( 196749 ) 2024/07/31 16:35:55 0 00 民放は「禁断の領域」に踏み込んでしまったのか(写真:Sinisa Botas/Shutterstock.com)
最近の民放の地上波テレビでは、番組の中で食品会社などの新商品やキャンペーンを取り上げる場面をよく見かける。バラエティー番組やワイドショーでは今に始まったことではないが、ついには特に「公正・中立」が求められるはずのニュース番組でも、そうした宣伝まがいの場面が散見されるようになった。
【図表】「視聴率ベスト20」もはや20位でも10%を切る水準に
なんとかして広告収入を上げたいという事情があるにしても、越えてはいけない一線を越えているのではないか。「視聴者に有益な情報を提供している」という理屈はあるのだろうが、それはあまりにご都合主義だろう。
(岡部 隆明:就職コンサルタント、元テレビ朝日人事部長)
■ 減退が続く地上波テレビのパワー
毎週水曜日の読売新聞朝刊に「週間視聴率ベスト20(ビデオリサーチ社調べ)」が掲載されます。定点観測をしていると、少しずつ数字が下がってきていることに気づきます。
その変化を実感するのは、20位の番組の数字です。2年くらい前まではおおむね10%以上を維持していましたが、このところ9%台に落ち込むことがほとんどです。ちなみに、7月10日に掲載された「7月1日~7日のベスト20」の20位を見ると、NHK「あさイチ」で、9.4%でした。
20位の番組が9%台ということは、大多数が2ケタに達していないことになります。地上波テレビのパワーが減退している表れですが、それを端的に示すデータがあります。
2023年度の年間平均「世帯視聴率」<ゴールデンタイム(19~22時)> 第1位:テレビ朝日 8.9%(前年度比▲0.6%) ビデオリサーチ社調べ
テレビがよく視聴される時間帯である「ゴールデンタイム」で、1位が8%台というのは往時を知る一人として寂しいことです。さかのぼってみると、2006年度の「ゴールデンタイム」の1位はフジテレビの「14.1%」でした。数字だけで語るのは一面的ですが、地上波テレビのパワーが約6割になったことを示しています。
民放各局としては、広告収入の減収を食い止め、反転させることが共通の課題です。とは言っても、簡単に視聴率が跳ね上がるものでもありません。そうした背景から、由々しき状態になっていると感じていることがあります。
それは、CMではなく番組の本編で「明らかに商品の宣伝だろう」と思われる場面に出くわすことが非常に多くなったことです。
■ 台本に沿って「言わされている感」も漂う
たとえば、CMでよく見る外食や日用雑貨の大手チェーンの店舗をタレントなどが訪れ、「購入額が最も大きいチームを当てる」といったバラエティー番組の企画です。
外食店ならば、どこでもよさそうなのに、あえてCM出稿があるチェーン店を選んでいるのではないかと邪推したくなります。テレビ業界に長く在籍した私がいつも気になるのは、「この宣伝効果はCMに換算したらいくらか?」ということです。
この手のバラエティー番組は各局がやっています。「企画ありき」ではなく、「スポンサーありき」になりがちで、正直なところ面白いと感じません。出演しているお笑い芸人などの芸能人が役割分担しながら商品を褒めそやす姿は、台本に沿って「言わされている感」も漂い、不自然で痛々しいくらいです。
当コラムの「これはステマと何が違うのか? テレビに横行する『プロダクトプレイスメント』(2023年8月26日)で、私がテレビ朝日の営業局で社内調整にあたっていたときに、「ワイドショーなら商品紹介をしてもいいだろう」という考え方が社内には当たり前のようにあり、それに閉口していた経験について述べました。
■ 放送法や業界基準をないがしろにしていないか
テレビ業界のその風潮は相変わらずのようです。イベントに協賛しているスポンサーを朝のワイドショーで取り上げるのは当然のように行われています。スポンサーとの絆を強め、次のCM出稿につなげる仕組みになっていて、ワイドショーはそのツールになっているかのようです。
私が問題にするのは、そもそも放送法では、視聴者が「ここが広告だ」とわかるように放送するよう定めているからです。また、民放連(日本民間放送連盟)が定めた「放送基準」でも「広告放送はコマーシャルとして放送することによって、広告放送であることを明らかにしなければならない」と明記しています。
明確な禁止事項としては挙げられていないとしても、「広告放送はCMで行う」という法律や業界基準の精神をないがしろにしているのではないでしょうか。
■ ついにはニュース番組にまで侵食
そんな私の危惧をあざ笑うかのように事態はエスカレートしています。バラエティーやワイドショーばかりではなく、ニュース番組まで商品宣伝に侵食されてきたのです。
先日、某局のニュース番組で「きょう最も知っておきたいニュース」として、「本マグロに次ぐ高級魚である『ミナミマグロ(インドマグロ)』がお得」という企画がありました。
「ミナミマグロ」はまだ比較的知名度が低く、漁獲量が増えたために価格が低下していることなど、VTRとスタジオで10分近くにわたって解説する、という内容でした。
その企画の中で、「ミナミマグロ」を扱ったキャンペーンを展開している回転寿司チェーンが紹介された時に、私は「これは宣伝ではないのか?」と警戒アラートが鳴りましたが、それに続いてほかの寿司屋の場面があり、アラートは小さくなりました。
しかし、最初に鳴ったアラートは外れていませんでした。
■ 番組の中で企画と同趣旨のCMが…
このニュース番組を見続けていたところ、「マグロ企画」が終わって約25分後に、企画の中でも紹介していた回転寿司チェーンのCMが流れたのです。「本マグロとインドマグロの食べ比べ」をキャンペーンしているCMでした。企画では「ミナミマグロ」、CMでは「インドマグロ」と表現していましたが、両者は同じものです。
「企画の本当の狙いは、おそらくこれだったのか」と気づくと同時に、怒りが湧き上がりました。そして、「たくさん食べれば漁業関係者の支援にもなりますね」という、スタジオの女性アナウンサーのコメントも思い出され、馬鹿馬鹿しく白けた気分になりました。
メディアには「公正・中立」が求められています。とりわけ報道であるニュース番組は、その原則を忘れてはいけないはずです。にもかかわらず、企画の内容とスポットCMが連動していることに驚愕しました。
■ スポンサー企業の別の商品キャンペーンの紹介も
すべてのニュース番組を見ているわけではないので、もしかしたら、こういう手法が常態化していることに私が気づいていなかっただけなのかもしれません
別の放送局の夜のニュース番組では、「『ジン』が食事にも合う」という大手飲料メーカーのイベントを3番目の項目で取り上げていました。
アナウンサーがカレーライスを食べながらジンを飲み、「(料理に)合う!」とお約束の一言。来場者たちも口々に「合いますね!」とコメントしていました。最後に数秒間、商品をクローズアップして映しており、メーカーは喜ぶだろうと思いました。
「ニュース番組で取り上げるほどのテーマなのだろうか」という疑問が残ったので、録画してあった番組を最初から見返したところ、この飲料メーカーは提供スポンサーでした。ただし、番組で流したCMは「ジン」ではなく、このメーカーの別の飲料でした。もしも「同じ商品でなければ構わない」と関係者が考えていたとすると、それは違うのではないでしょうか。
CMを放送して、その対価を得る仕組みは、放送局、スポンサー、視聴者などの信頼関係のもとに成り立っているはずです。にもかかわらず、それと切り離して、CMより大きな宣伝効果を見込みながら、番組本編で宣伝をしている実態があります。
それは放送局とスポンサーが裏で手を握っているようで、ビジネスとして歪んでいると考えます。「バラエティーやワイドショーならば、商品宣伝をしてもよい」という考え方は間違っているはずですし、ましてや、ニュース番組であからさまに特定の商品を宣伝をするのは考えられないことです。
まさに「パンドラの箱」を開けてしまったと思いました。ギリシャ神話で、人間界に送り込まれたパンドラが、「開けてはいけない」と言われた箱を開けてしまい、人間はあらゆる災いを抱えて生きていくことになったという話です。
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