( 197864 ) 2024/08/03 14:41:07 0 00 不登校の子どもたちが増えるなか、高校受験に際して調査書に目が向けられている
小中学校で不登校の児童・生徒は29万9048人(2022年度)と過去最多になった。そうしたなか、中学校の調査書に目が向けられだしている。不登校の子の多くは、定期テストや授業を受けていない。すると、調査書の内申点(評定)が低くなり、高校入試に際して高校の選択肢も狭められてしまうという問題があるためだ。そこで調査書が不要な特別枠を求める動きや、実際に導入する県も出てきた。不登校30万人の時代、不登校の受験生や保護者はどんな問題に直面しているのか。不登校の受験生の保護者や、不登校だった生徒、塾講師、教育委員会を取材した。(文・写真:ジャーナリスト・国分瑠衣子/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
石田めぐみさん
東京・城西地区に住むデザイナー・石田めぐみさん(仮名、30代)はこの春、中3になったばかりの娘の七海さん(仮名)からこんな決意を聞いた。
「成績でオール3は取りたい。だから、絶対遅刻しない」
聞いた母のめぐみさんは内心、「大丈夫かな」と思った。七海さんは長期にわたって、不登校だったからだ。
七海さんのノートや筆記用具(石田さん提供)
七海さんはもともと西日本の公立小に通っていた。小5のときに担任教師とのトラブルで不登校になった。小6で都内の公立小に転校、中学は公立校に進学したが休みがちだった。理由のないルールを押しつけられるのが苦手で、忘れものや忘れごとが多い。注意欠如・多動症(ADHD)の傾向がある。
今年、中3になり、高校受験を控える受験生となった。いま七海さんが目指しているのは定時制の都立高校だ。都心にあるその学校は、朝から夜まで登校時間を選べる4部制で、大学受験では国公立大や難関私大の合格実績も高い。「定時制のトップ高」(塾関係者)だ。
七海さんは中1の終わりから、不登校に理解がある個別塾に通い、勉強で後れをとらないようにしてきた。一方で、受験について気がかりなことがある。中学からの調査書だ。中1と中2は定期テストをほとんど受けられず、内申点は1か2だったとめぐみさんが言う。
「東京の都立高校の入試では、中3の1学期と2学期の成績が高校に送られるようです。だったら、調査書ではせめて(多くの教科で内申点5のうち)3は取りたいねって。それで、七海は毎日学校に行って、テストも受けると決めたようです」
そう決めてから七海さんは生活改善に取り組んだ。それまで昼夜逆転の生活だったが、夕方5時から12時間ぶっ通しで寝て、朝早く起きるようになった。生活リズムを整えると、4月から休まず中学校に通いだした。
ところが5月、思わぬことが起きた。その日、日直の仕事を忘れたことで、七海さんは担当教員に厳しく叱責された。教員は七海さんに発達障害があることを知らない人だった。それを機に、七海さんは再び学校に通えなくなってしまった。
調査書がどうなるのか、親子で心配しているとめぐみさんは言う。
「このままでは調査書は悪くなるかもしれず、そうなると高校入試に響くのではないかと思っています。娘が行きたい高校に行くにはどんな努力が必要か、三者面談で先生に聞きたい」
中学校から高校受験をする際、入学の選考で重要な資料となるのが中学校から送られる調査書だ。
調査書とは、「進学のための入学試験や就職に当たり、在籍校から受験先等に対して生徒の学習状況を伝えるために作成する書類」(文部科学省)のこと。中学校では、国語、数学、保健体育、美術など必修9教科の内申点が書かれている。部活動や生徒会活動を記入する欄もある。
調査書は受験する高校に送られ、合否判定の資料になる。ただ、調査書の書式や入試で何をどれぐらい重視するかなどは、都道府県によって異なる。都立高校の場合、入学試験の点数7、調査書3の比率の1000点満点で評価する学校が多い。
東京都教育庁が入る東京都庁第二本庁舎
調査書の内申点は、中学校教員にとっては別の意味がある。東京都教育庁の入学者選抜の担当者は「調査書は入試で活用しますが、内申点そのものは中学校で生徒の授業の理解度を把握し、日々の授業をよりよいものにするためのものです」と説明する。
中学生にとって調査書はプラスにもマイナスにもなる。定期テストの結果のほか、学習態度や提出物も評価されるため、真面目に取り組む生徒にはプラスだが、そうではない生徒にとってはマイナスになる。一方、調査書があることで受験校を決めるときに無理のない進路選択ができる。
ただ、そこで悩ましい思いを抱えているのが、不登校の生徒たちだ。
生徒が自宅で勉強をし、外部テストなどでよい成績を収めていたとしても、教員が校内での学力を把握できないと調査書の内申点は低くなる。当然ながら不登校の生徒にとって、高校受験は不利になる。
図版作成:Yahoo!ニュース オリジナル 特集
コロナ禍以降、不登校の児童・生徒は大幅に増えている。文科省によると、2022年度の小中学校の不登校の小中学生は29万9048人。うち中学生は19万3936人で、中学生の17人に1人は不登校という多さだ。
そんな不登校生徒たちの不利な受験を改善しようと取り組む人たちが出てきている。
不登校の子が通う「にしおぎ学院」の田中勢記さん
東京都杉並区の学習塾「にしおぎ学院」は、不登校になった子が通う塾だ。中学受験して都立や私立の中高一貫校に進学したものの、入学直後から行けなくなった子が多い。
塾長の田中勢記さんが言う。
「厳しい中学受験を経て、入学後に燃え尽きてしまった子、難関校の勉強についていけず自信をなくしてしまった子など不登校の理由はさまざまです。うつ病や発達障害で通院中の子もいます」
こうした子たちがリラックスして学び、再び自己肯定感を持てるように、にしおぎ学院では完全個室での1対1の指導と、スモールステップで授業を進める。
「もともと学ぶ意欲があり、学力が高い子が多いです。ただ、中学受験の“貯金”があるのは国語と算数の計算ぐらい。特に英語は一から勉強する必要があります」
にしおぎ学院に通う中学生の大半が、籍を置く中高一貫校を離れ、定時制の都立新宿山吹高校などに入学することを目指す。「定時制と言っても、入試倍率が2倍に迫る人気校もあり、決して楽な受験ではありません」と田中さんは言う。
調査書の内申点が低い場合、入試で1点でも高い得点をとるしかない。にしおぎ学院に通う子が目指す高校の入試科目は国・英・数の3教科だ。田中さんは生徒一人ひとりに合わせた対策プリントを作り、当日の満点を目指す。
不登校の子の受験に対し、テクニカルな助言をする教育関係者もいる。
「東京高校受験主義」の名義でXアカウントを運営する塾講師の男性は、保護者から学校に確認すべきことがあるという。男性は、都内の塾で教えるかたわら、不登校の保護者約100人が情報交換するチャットも運営する。「消極的な方法ですが」と前置きしたうえで言う。
「保護者には、調査書の内申点を“斜線(測定不能)”で記述してもらえるか、中学校の先生に確認するように助言しています。なぜなら、私を含む塾講師たちのこれまでの調査から、東京の都立高校では入試で得点がとれる子については斜線の場合、入試得点をもとに調査書点を出してもらえることがわかっています。ですので、テストが得意な子が斜線の内申点であれば、オール1やオール2の低い内申点がつくよりも入試選考に有利になる可能性が高いです」
実際にはどうなのか。確認すると、都教育庁は「調査書の“斜線”は、出席日数が少ないため、参考にできる資料などを活用しても、評価を行えないと中学校長が判断した場合につけるものです。保護者や生徒からの依頼に基づき、記載されるものではありません」との立場だ。
とはいえ、取材の過程では「中学校の先生から、斜線か内申点をつけるかどちらがいいか聞かれた」と話す不登校の生徒や保護者が複数いた。都の方針はあるとしても、実際には学校や教員によって対応が異なるのだろう。
「調査書になじまない生徒もいる」と指摘する声もある。写真はイメージ(写真:アフロ)
塾講師の男性は、全ての生徒に調査書を使う入試の限界にきているのではとみる。
「学校にとって調査書は『普段の学校生活での頑張りを評価するためのもの』です。だから内申点を“斜線”にすることにはすごく抵抗がある。一方で、学校が“善意”でつけた内申点で、行きたい高校に行けなくなってしまうリスクがあります。不登校や発達障害など、調査書になじまない生徒に考慮した入試制度に変えていくときではないでしょうか」
調査書の問題は東京に限ったことではない。調査書の見直しを求める動きもあれば、実際に見直す自治体もある。
「学び舎Planus」の村上陽一さん(村上さん提供)
2023年5月、高校入試に調査書を必要としない選抜枠を求めた731筆の署名が、長野県教育委員会に提出された。出したのは、長野県茅野市の「学び舎Planus」の塾講師・村上陽一さんだ。村上さんが言う。
「今の先生は不登校に理解があって『学校だけが学びの場ではないよ』とか『つらかったら休んでいいよ』と言ってくれます。ただ、学校外の学びを選ぶと内申点がどうなるか、子どもや保護者は聞きにくい。ところが、高校受験の時期に突然、調査書として現実を突き付けられます。不登校の子には不利です。だとすれば、調査書がない選抜枠があっていいのではないでしょうか」
この署名を受けた長野県教委は調査書のあり方を見直し、2025年度入試から、調査書の「出欠・健康の記録」欄を削除する方針を決めた。こうした動きに対して村上さんは、自分たちの声が一定程度は届いたと思っている。
一方で、出欠欄だけではなく、入試の枠組み自体でもう一歩変化が必要だと言う。
「毎日学校に行き、頑張って課題を提出している子たちから見ると、『不登校の子はフリースクールなどで好きなことをやっているだけ』のようにも見えてしまう。『ずるい』という感情はどうしても生まれると思いますし、それが現実だと思います。だとするなら、公平・公正な入試を目指すため、各高校の定員の1割ほどを『内申点不問枠』にしてほしい。そうすればどちらも納得できるのではないでしょうか」
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