( 199309 )  2024/08/07 16:58:49  
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Photo by Gettyimages 

 

「34年ぶりの高値」「持たざるリスク」という景気のいい言葉に後押しされる形でバブル期の最高値38,915円超えを果たし7月11日に42,224円(終値ベース高値)まで力強く上昇してきた日経平均株価。連日の酷暑で夏バテに陥ったのか、8月に入ってから突然急落。8月2日には1997年10月20日、ブラックマンデー直後の3,836円に次ぐ2,216円下落を記録したのに続いて、週明け5日にはブラックマンデー直後の下落幅を大幅に上回る4,451円安と「37年ぶり」に過去最大の下げ幅を更新し、今年に入ってからの上昇分を全て吐き出してしまった(昨年末時点の日経平均株価は33,464円)。 

 

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今回の突然の急落劇を引き起こした犯人として市場関係者から非難を浴びているのが7月31日の日銀金融政策決定会合で打ち出された「意味不明利上げ」である。 

 

今回の金融政策決定会合で植田日銀は0.25%の利上げと、国債の月間買い入れ予定額を毎四半期4000億円程度ずつ減額し、2026年1~3月に3兆円程度とすることを決定した。 

 

植田日銀総裁は記者会見で「既に長期化した高いインフレが人々に負担を強いているのは申し訳ない」と金融政策が後手に回ったことを謝罪する一方、今回の政策変更に関しては「0.25%にあがったといっても、非常に低い水準であるし、実質金利は非常に深いマイナスだ。強いブレーキが景気にかかるとは考えていない」「(日銀の保有)残高の減少は2年先でも7、8%程度で、そこからくる金利上昇圧力は大したものではないと考えている」とその影響は極めて低いという矛盾したような見解を示した。 

 

植田総裁の発言から言えることは、今回の政策変更が「景気にブレーキを掛けない『利上げ』と市場金利に影響を及ぼさない『国債買入額縮小』の『0×0政策MIX』」であり、どのようなルートで「長期化したインフレの抑制」をするのか日銀の意図が全く見えない「効果なき政策変更」だという事である。 

 

換言すれば「利上げ」の目的が「長期化したインフレ退治」ではないこと、むしろ植田日銀の目的は「効果なき政策変更」を実施することだったことを想像させるものである。 

 

ではなぜ植田日銀総裁は今回「効果なき政策変更」に動いたのだろうか。その理由として考えられるのは以下の3点である。 

 

 

一つ目は「政治の季節」に入ってきたことである。円安による物価上昇に対する国民の不満が高まる中、9月の自民党総裁選挙を控え、次期総裁候補の一人と目されている河野太郎デジタル大臣が7月17日に日銀に「利上げ」を求める発言をしたのを皮切りに、19日には岸田総理が「金融政策の正常化が経済ステージの移行を後押しする」と強調し、22日には茂木幹事長が「段階的な利上げの検討も含めて金融政策を正常化」に言及するなど、政府側から日銀の独立性を侵害するような発言が相次ぎ、物価上昇の責任を日銀に押し付ける動きが強まってきていた。こうした外野の声を抑えるために植田日銀は「効果なき利上げ」を実施する必要に迫られたというのは十分あり得る話である。 

 

二つ目は、全国消費者物価指数(CPI)の先行指標とされる東京都区部消費者物価指数(中旬速報)と日銀金融政策決定会合との日程的な関係である。 

 

7月26日に発表された7月の東京都消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)は前年同月比2.2%の上昇と、日銀の物価目標である2.0%を3カ月ぶりに上回った6月に続いて2カ月連続で2%を上回った。2%の物価目標を上回る原動力となったのが前年同月比で19.7%上昇した「電気代」であり、同じく11.6%上昇した「ガス代」であった。 

 

「電気代」と「ガス代」が大きく上昇したのは、政府が燃料価格の落ち着きを理由に2023年1月から行って来た電気・ガス補助金(激変緩和措置)を5月末で終了したからである。しかし、支持率の低下などもあり岸田総理は6月21日に唐突に5月末に終了した電気・都市ガス料金への補助金を8月から10月まで3カ月間復活する方針を打ち出した。 

 

7月の生鮮食品を除く消費者物価は前年同月比2.2%上昇したが、生鮮食品及びエネルギーを除く総合指数の前年同月比は1.5%上昇と、4カ月連続して2%を下回っていることから明らかなように、補助金の再開は、ようやく物価上昇目標を上回ってきた消費者物価を再び目標値以下に押し下げてしまうリスクを高めるものである。 

 

8月から補助金が再開されるとしたら、その影響が反映された物価指数(中旬速報)が公表されるのは8月30日になる。日銀金融政策決定会合の次回会合が9月19、20日であることを考えると、8月30日に公表される東京都消費者物価指数(中旬速報)で、生鮮食品を除く総合指数が2.0%を割り込むようなことがあったら日銀は「利上げ」の大義名分を失うことになってしまう。それ故に「利上げ」を決断するとしたら今回の会合しかなかったのだと考えられる。 

 

 

3つ目は「介入」との関係である。日銀が利上げに踏み込んだ7月31日には、財務省から6月27日から7月29日の間の為替介入総額が5兆5,348億円であったことが明らかにされた。 

 

日本の介入に対しては米イエレン財務長官から「稀であるべきだ」など度々苦言が呈されてきた。その中で最も厳しい苦言は、政府日銀が大規模な為替介入を実施した直後の5月13日の「根本的な政策の変化がなければ必ずしも機能するとは限らない」という発言だ。この発言が出された後も介入を実施した政府日銀としては、介入という手段を奪われないためにも、介入効果を失わないためにも「根本的な政策の変化」を実施したという米国向けのアリバイが必要不可欠になったため「効果なき政策変更」に踏み切らざるを得なかったということも十分考えられることである。 

 

日銀審議委員だった2000年8月、速水日銀総裁(当時)が行ったゼロ金利解除に「反対票」を投じた武勇伝を持つ植田日銀総裁が、自らの武勇伝をかなぐり捨てただけでなく、非伝統的金融政策からの脱却は「量の削除に着手してから、比較的すみやかにはっきりとプラスの金利に持っていくのが自然だ」という持論を覆すという学者として屈辱的な選択をしてまで「効果なき政策変更」に踏切った裏にはそれなりの理由があったはずである。 

 

今回、植田日銀は政策効果が出過ぎないよう熟慮の上に「効果なき政策変更」というアリバイ工作に踏み切ったのかもしれない。しかし、「効果なき政策変更」は日銀の想像を遥かに超える衝撃を金融市場に及ぼすことになってしまった。 

 

日銀が「利上げ」に踏み切った7月31日こそ「金融政策正常化」を歓迎して日経平均株価は前日比575円上昇、為替も「利上げ」リーク記事が既に流れていたこともあり大きな混乱は起こさなかった。ここまでは植田日銀のシナリオ通りだったはずだ。 

 

しかし、同日に行われたFOMC後のパウエルFRB議長の記者会見を契機に事態は急変し、急激な円高、株安というダブルパンチを受けることになった。 

 

 

植田日銀総裁は「効果なき政策変更」が金融市場に混乱を起こすことはないと考えていたとしたら、それは目先の金融市場の動きにばかり目を奪われ、これまでに積み上げられてきた大規模なポジションに対する警戒と配慮を怠った罰である。 

 

植田日銀総裁が警戒と配慮を怠ったのは、「投機筋の円売りポジション」と新NISAが生み出した想定を上回る「歪んだ需要」を正しく理解出来ていなかったからである。 

 

植田日銀はCFTC(商品先物取引委員会)公表の「投機筋の円売りポジション」がリーマン・ショック以来の規模に膨れ上がった原因を、「投機の円売り」によるものだというメディア等での説明を真に受けてしまったからかもしれない。 

 

現実の市場において「投機筋」が自らの判断だけでポジションを一方的に偏らせることはほとんどない。「投機筋」は「実需」と真正面から勝負するような「勝ち目のない戦」は避けるからだ。 

 

相対取引がほとんどの為替取引において、先物市場での「投機筋の円売りポジション」が積み上がっていくというのは、相対取引だけでは捌ききれない規模の「実需」の円売りがあったことの裏返しである。つまり、CFTCの「投機筋の円売りポジション」がリーマン・ショック直前の水準迄積み上がったのは「実需の円売り」の強さを表すものだと解釈する必要があったのだ。 

 

その強い「実需の円売り」を生み出した主役の一人が新NISAによる海外投資の増加である。日銀が「効果なき政策変更」に踏切る前日の7月30日付日経電信版(「新NISA半年、購入総額4倍に NVIDIA買いはトヨタ超え」)では 

 

「新しい少額投資非課税制度(NISA)開始から半年が経過し、主要証券会社の専用口座を経由した個人の購入額が7.5兆円を超えた。旧NISA時代の上半期実績の4倍に相当する。うち4割が日本の個別株に流入した。長期保有を前提に優良株を買う新しい投資家層の存在が浮かび上がる。米半導体大手エヌビディア株の購入額がトヨタ自動車を上回るなど海外志向の高まりも明らかになった」 

 

ことが報じられている。こうした新NISAという新たな制度が生み出した海外投資に伴う「実需の円売り」が相対取引だけでは消化しきれない円売りを生み出し、結果的に「投機筋の円売りポジション」として積み上がっていたのだ。 

 

また、ボーナス時には通常月より多めに積立することが出来るNISAの「ボーナス設定」制度も日銀や投資家の眼を惑わせる要因となった可能性が高い。 

 

「松井証券では海外株の6月の買い付け額が前月に比べて9割増えた」(同日経電子版)、「7月第4週(22~26日)の日本株を投資対象とする投信への資金純流入額(購入から解約などを除いた値)が今年最大となったと」(7月30日付日経電子版「日本株投資信託、資金流入が今年最大 7月第4週」という報道に見られるように「新NISAのボーナス設定特需」が通常月を上回る一時的な海外投資と円売り圧力を生み出したからだ。 

 

円安が7月頭にピークを迎えたのも、トヨタを上回る人気を博したエヌビディアの株価が6月後半から7月上旬にかけて高値を付けたのも「新NISAのボーナス設定特需」に後押しされたものだったことは状況証拠からほぼ間違いないことである。 

 

問題は「ボーナス設定特需」の特徴は一時的なものであり8月以降も継続するものではないことだ。次の「ボーナス設定特需」の発生は半年先の12月まで待たなければならない。要するに「ボーナス設定特需」が生み出した「歪んだ需要」は季節が変われば消滅するものであり、それによって生み出した円安もエヌビディアを始めとした海外投資も一旦おさまる運命にあった。 

 

政府が税制優遇によって生み出した「新NISA特需」による円安を「投機」と決め付け、介入に加えて「利上げ」まで行って食い止めようとした政府・日銀の姿はもはや滑稽でしかない。 

 

パウエルFRB議長が7月31日のFOMC後の記者会見で「もうインフレだけに100%注意を集中する必要はなくなった。インフレ対策はまだ終わっていないが、同時に引き締め気味の政策金利を緩め始める余裕が出てきた」と金融政策の優先順位変更を示唆したこともあり、植田日銀の目論んだ「効果なき政策変更」は急激な円高と日経平均株価の「過去最高の下げ幅」という逆効果を招く「植田ショック」に姿を変えてしまった。 

 

 

 
 

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