( 200514 ) 2024/08/11 01:26:50 0 00 8月5日、日経平均株価は過去最大の下落幅を記録した(写真:新華社/アフロ)
円安株高の投機の巻き戻しから、8月5日には日経平均が前日比4451円下げるセリングクライマックスに至った東京株式市場。その後はやや回復したものの、積み上がったポジションの整理にはまだ時間を要する。
【チャート】米国株上昇をけん引してきたエヌビディアの株価チャート。2000年のITバブルの中心銘柄だったシスコを彷彿とさせる値動きになっている。ということはまさか……?!
他方で、米国の景気や不穏な中東情勢が懸念され、大統領選までは米国の政策は方向が定まらない。大統領選後も消化に時間がかかり、年内は株式市場の動揺は続きそうだ。
日本銀行はさらなる利上げが難しくなり、再び受け身の状態になる。円安インフレは和らぐが、人手不足による供給制約もあり、日本のスタグフレーション的な状態は続く。(大崎明子:ジャーナリスト)
■ 植田総裁は記者会見の質疑応答が下手
8月の株価暴落の最大の要因は円安株高投機の巻き戻しであり、日本銀行の利上げはそのトリガーを引いたとはいえる。しかし、植田和男総裁はかねてさほどハト派的だったわけではない。
筆者はむしろ、4月の「展望レポート」以降、円安インフレの状況次第で日銀は利上げに踏み切り、連続利上げもあるとみていた。市場関係者の間でも利上げ観測は燻り続けていた。
ただ、植田総裁は記者会見などでの質疑応答が下手であり、利上げに慎重だと見られて、安易に円安に賭けるFX投機が積み上がり、円キャリートレードや円安に連動して上昇する日本株買いの信用取引も膨らんでいた。これが7月31日の金融政策決定会合での利上げによって一気に逆回転した。
そもそも、7月中旬を境に米国の株式市場がもたつきはじめていたという事情があった。
第1に米国の景気後退への懸念が急浮上したこと。第2に相場をけん引してきたエヌビディアやGAFAMなどのAI関連企業は市場の期待ほど利益を出せるのかという疑問。第3にイスラエルがイランにいたハマスの最高幹部ハニヤ氏を殺害したことによるイスラエルとイランの軍事衝突への懸念の高まり。
これらの悪材料に日本株のクラッシュが重なった。暴落の規模だけでなく、複数の要因が重なったという点でもブラックマンデーに似ている。
FX投機はかなり巻き戻されたが、株の信用取引の巻き戻しにはまだ時間がかかる。直近の公表数字である8月2日時点では東京市場の信用の買い残は4.87兆円もあり(売り残は5587億円と少ない)、整理には時間がかかる。
8月7日の内田眞一副総裁の「金融市場が不安定な状況で利上げすることはない」との発言から、落ち着いてはいるものの、複数の不安材料とそれがドル円に及ぼす影響を見ながらの一進一退が続く。米国景気指標の悪材料が続くようなことがあれば、株価は二番底のおそれもある。
もっとも、今回の暴落がリーマンショックのような金融システム危機につながる可能性は小さい。民間債務が積み上がっていないからだ。
■ 株価暴落後のマクロ経済の最大のテーマ
リーマンショックの原因は、住宅バブルに伴う過剰融資によって米国の家計部門の債務が積み上がり、銀行の不良債権が拡大。さらに、証券化という手段を使って銀行の信用の枠を超えて巨額になり、それが投資対象として世界中にばらまかれたことにある。
その結果、資産価格が下がり始めると、大手金融機関の連鎖倒産にまで発展する金融システム危機を引き起こし、信用収縮が続いた。もっとも、その後は世界的に大手金融機関のリスク管理は強化され、制御不能なほどのリスクは取れなくなった。
今回のバブルは、コロナショックに対応した大規模な金融緩和プラス大規模な財政出動で盛り上がった。政府による大規模な財政出動によってさまざまな給付金などのばらまきが行われた結果、米国の家計の貯蓄がかつてないほど潤沢なものになり、バランスシートは健全だ。
その貯蓄はようやく使い果たされてきており、バッファーは小さくなっているものの、多額の借金を膨らませる格好にはなっていない。コロナ後に空室率が高まった商業用不動産などの問題が2023年3月に問題になったものの、その後も連鎖することなく個別処理で抑え込めているのはそのためだ。
その一方で、各国の政府部門の赤字はその結果、拡大しており、ポピュリスム的な選挙の下でとどまる兆しが見えない。財政の持続可能性や高いインフレ率の定着と裏腹の通貨価値の下落などは将来問題になってくる可能性が高いだろう。
金融システミックリスクは小さいものの、住宅ローンやクレジットカードの延滞率なども上昇しているため、景気の行方は注視する必要がある。中東の地政学リスクを除けば、マクロ経済の最大のテーマは米国の景気がソフトランディングするのか、景気後退に入るのかという点だ。
■ パウエル議長はジャクソンホールで何を語る?
7月11日発表の米国CPI(消費者物価指数)6月分は総合で前年比プラス3.0%、前月比では同マイナス0.1%になるなど、3.4%、プラス0.1%の市場予想を下回り、コア指標でも市場予想を下回った。
インフレ率の低下だけなら、FRB(米連邦準備制度理事会)による利下げへの期待が高まり、むしろ株価にはプラスだった。ただ、その後発表されたISM製造業景況指数なども悪く、8月2日に発表された7月の雇用統計は市場心理を大きく冷やした。
雇用統計は、非農業部門雇用者数は前月比プラス11.4万人と、17.5万人の市場予想を大きく下回ったうえ、失業率が4.3%と、6月の4.1%から跳ね上がった。これは、かねて市場関係者が注目していたサーム・ルールに触れる結果だった。
サーム・ルールとは元FRBエコノミストのクラウディア・サーム氏が指摘したもので、失業率の3カ月移動平均が過去12カ月間の失業率の最低値から0.5%ポイント超上昇すると、景気後退に陥っているという経験則。今回は0.53ポイントになったのでこれに当てはまる。
ただし、その後、7月の雇用統計にはテキサス州を襲ったハリケーン「ベリル」の影響があったとの指摘がなされているため、引き続き数字を検討していく必要がある。
また、米国の7月のISM製造業景気指数(8月1日発表)は46.8と4カ月連続で景気の縮小を示す50を下回る数字となったが、8月5日に発表された非製造業景気指数は51.4と市場予想を上回り、前月の48.8から改善する結果となっている。
来週(8月11日週)の米国は7月の消費者物価指数や小売売上高、フィラデルフィア連銀の景況指数、鉱工業生産指数や住宅着工件数、ミシガン大学消費者信頼感指数などの注目材料が目白押しだ。
8月22~24日まで開かれるジャクソンホール会議(経済シンポジウム)でパウエルFRB議長が何を語るかということも注目される。大統領選の年でもあり、対中政策や中東外交、AI企業への規制をめぐるバイデン政権や、トランプ、ハリス両陣営の発言も相場を揺らすことになりそうだ。
■ むしろ遅すぎた日銀の利上げ
米国では5.0~5.25%という高い政策金利の下でもなかなか下がらないインフレ率、強い景気の状況が続いていたため、FRBの利下げが後手に回ったのではないか、という懸念が台頭している。9月まで待ったのでは手遅れで、急速に景気の悪化が進んでいるとの見方が広がっている。
市場では一時は年内に0.25%の利下げ1回のみとみられていたものが、一気に、年内に計1.25%の利下げで9月には0.5%の利下げという織り込みになってきている。ただ、いずれにしても、米国の金融政策には選択の幅がある。
株式市場関係者からは米国FRBの利下げは遅すぎるのではないか、日銀の利上げは早すぎたのではないかとの怨嗟の声が聞かれる。しかし、筆者は日銀の利上げはむしろ遅すぎたと考えている。
日本の場合、物価上昇の原因はもっぱら供給制約であり、需要が旺盛なわけではない。こうした中で、政府日銀が言う「賃金と物価の好循環」は難しい。欧州のように景気がよくない中でも通貨安とインフレにブレーキをかける利上げは早めに着手したほうがよかったと思う。
結局、日銀が利上げの時期を待ち続けたことで、円安インフレが加速した。これは消費を冷え込ませて実体経済を悪化させた一方、金融市場では円安株高の投機を促進したといえる。それが今回の株価暴落につながってしまった。
株式市場関係者の見立て、そして日銀の当初の見立ては、需給ギャップがまだ大きい(潜在GDPを実質GDPが下回っている)から利上げをすべきではない、というものだった。
しかし、潜在GDPの推計には幅がある。需要は弱くても、人手不足や働き方改革という供給制約から需給ギャップはもう少し早い時期にプラスになっていた可能性もある。
日銀の「展望レポート」や決定会合などにおける「主な意見」(8月8日発表)からすると、結局、中立金利を最低でも1%と捉えたうえで、今後、そこまで段階的な利上げをするなら、7月に最初の利上げに着手するのが望ましいという結論になったことがわかる。
7月31日の会見で、植田総裁は今回の0.25%への利上げでもインフレ率が2%を超える状態が続いている中で、実質金利は「非常に深いマイナス」で金融緩和的な状況であると繰り返し強調した。
しかし、そのロジックならば、もっと早くに利上げできたはず。今回の利上げは、政府高官の発言も相次ぐなど、円安インフレが国民生活を圧迫しているとの批判に配慮したというのが実情だろう。
■ 打つ手が限られている日銀
米国の景気減速ないし悪化が焦点になる中で、日銀による連続利上げは難しくなったと考えられる。ただ、米国FRBの利下げを主軸に円安が修正され、円安インフレには歯止めがかかってくるだろう。これはこのところ、円安インフレによる消費の弱さから実質GDP成長率が低迷していたことを考えるとプラス材料だ。
ただ、38人のエコノミスト(機関)が予想するESPフォーキャスト調査によれば、8月15日発表の2024年4~6月期の実質GDPは前期の反動からプラスになったと見られるものの、その後は低下していく予想である(図)。米国の景気暗転が影を落とせば、先行きは厳しくなる。
超金融緩和政策の長期化によって景気悪化や金融市場の混乱に対して、日本の金融政策には打つ手が限られる。その意味でも、もっと早い段階の利上げで正常化を進め、欧米の金融政策に方向性を合わせられるようにしておくほうがよかったと思う。
大崎 明子(おおさき・あきこ) 早稲田大学政治経済学部卒。一橋大学大学院(経営法務)修士。1985年4月から2022年12月まで東洋経済新報で記者・編集者、2019年からコラムニスト。1990年代以降主に金融機関や金融市場を取材、その後マクロ経済担当。専門誌『金融ビジネス』編集長時代に、サブプライムローン問題をいち早く取り上げた。2023年4月からフリーで執筆。
大崎 明子
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