( 200959 )  2024/08/12 16:20:57  
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EVのイメージ(画像:写真AC) 

 

 世界各国で社会問題化している肥満(obesity)だが、それは人間だけはなくクルマにも及んでいることが指摘されている。世のクルマもまた“肥満”傾向にあるというのである。 

 

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 2024年6月に「Nature Energy」で発表された研究で、英オックスフォード大学の地理環境学部教授であるクリスチャン・ブランド氏は 

 

「大型で重量のある電気自動車(EV)車両の生産、販売、使用の増加」 

 

を「モビシティ(mobesity)」と名づけ、早急に解決されなければならない問題であることを指摘している。 

 

 EVへの移行は、気候変動を緩和するための世界的な取り組みの要であるとされ、現在販売されている自動車の14%をEVが占めている。 

 

 しかし最近の傾向として、モビシティ車両の生産と運用への驚くべき移行が見られ、これが炭素排出量削減への思わぬ障害になっているのだ。 

 

 電気スポーツタイプ多目的車(e-SUV)はガソリン車のSUVに比べてエネルギー効率が3倍優れているといわれているが、それでも製造には大幅に多くのリソースが必要でエネルギー消費量も大きいため、環境フットプリントが増加し、電動化による潜在的な利益が損なわれている。 

 

 将来的に世界中の車両が電動化されても、このモビシティの出現と増加によって、世界の気候目標に沿った炭素排出量の削減が実現しない可能性が出てきたのだ。 

 

e-SUVのイメージ(画像:写真AC) 

 

 2022年には、e-SUVは世界中のEV販売の約35%を占めるまでになり、同時にメーカーは市場に投入する新しい小型モデルを減らしており、小型EVの存在感を薄めている可能性がある。 

 

 より大きなバッテリーとより強力なモーターの需要が高まると、リチウム、コバルト、その他の重要な原材料の需要も高まる。これらの材料の抽出と加工はエネルギーを大量に消費し、環境に負荷をかけるため、皮肉にも 

 

「電動化が解決しようとしている問題」 

 

そのものが悪化する。重量が増加するとタイヤと道路の摩耗が早まり、粒子状物質が増加し、人間の健康と環境の双方にとって有害となる。 

 

 乗用車の大型化はガソリン車のSUVでも見られる世界的トレンドとなっているが、“グリーン輸送”を目指しているはずのEVの大型化は本末転倒の事態を招いているのである。「モビシティ」がもたらす課題に対処するには、 

 

・政策介入 

・技術革新、 

・消費者行動の変化 

 

を組み合わせた複合的なアプローチが必要であると、ブランド氏は主張している。 

 

 例えば大型車両の生産を抑制し、効率的で低排出の車両を促進する規制と基準を導入することや、重量、サイズ、またはパワーに基づく課税と、CO2排出量に比例した段階的な課税を導入して、小型でエネルギー効率の高いEVの生産と使用を奨励することなどが考えられる。 

 

 また、地方自治体は大型車両の使用を規制または禁止し、 

 

・歩行 

・自転車 

・公共交通 

 

の利用を促進および投資する必要があり、 

 

・大型EVの環境および経済への悪影響 

・小型電気モデルの利点 

 

について消費者を啓発するメディア戦略も必要であるということだ。 

 

 

肥満のイメージ(画像:写真AC) 

 

 モビシティ問題の最大の懸念は 

 

「車両のサイズ」 

 

である。人命に直結する交通事故のリスクが車体の大型化で一気に高まるのである。 

 

 2024年5月に「Epidemiol Community Health」で発表されたロンドン大学衛生熱帯医学大学院の研究は、都市部と農村部の環境におけるハイブリッド車(HV)を含むEV(E-HE車)とガソリン車(ICE車)による歩行者の負傷リスクを調査、検証している。 

 

 研究チームがE-HE車と ICE車による2013年から2017年にかけての1億6000万kmの移動あたりの死傷者率を計算して推定したところ、 

 

・E-HE車:5.16人 

・ICE車:2.40人 

 

と大きな差が開いた。 

 

「車両の歩行者への接触」 

 

の可能性が E-HE車では2倍以上高いことが示されたのである。 

 

 さらにポアソン回帰分析では、E-HE車が郊外の環境でより危険であるという証拠は見つからなかったが、“都市環境”ではE-HE車が ICE車両の 

 

「3倍以上危険」 

 

であるという確かな証拠が見つかったのだ。 

 

 都市環境において、E-HE車はICE車よりも歩行者に対して大きなリスクをもたらすことが示されたということは、車体のサイズが大きくなれば当然だがその危険はさらに高まることになる。 

 

 EVのほうが危険な理由は今のところは不明だが、研究者の見立てでは、EVのドライバーは 

 

・若く経験が浅い傾向がある 

・ガソリン車よりも静かなので特に市街地では歩行者に気づかれにくい 

 

ことが挙げられている。 

 

 一般的に車幅が広くになるほど運転がしにくく感じられるのだが、これが都市部であればなおのこと取り回しに難が生じ、その結果接触事故のリスクが高まることは明らかだ。 

 

論文『Confronting mobesity is vital for the global electrification of transport(モビシティとの対決は世界の輸送電化に不可欠)』(画像:Nature Energy) 

 

 2019年7月以降、欧州で販売されるすべての新しいHVとEVには、クルマが低速走行しているときに音を発する 

 

「音響車両警報システム」 

 

の搭載が義務付けられているが、実際はこの装置を搭載していないEVが何十万台も路上に出ているといわれている。 

 

 また音の問題以外でも、EVは加速に優れ、車格に比して車重が重いため急ブレーキの際の停止距離が長くなることの懸念もある。 

 

 乗用車、特にSUVの大型化という世界的なトレンドに反し、EVこそ小型化すべきであることが指摘されているのだが、この問題についてひょっとすると日本ならではの規格である 

 

「軽自動車」 

 

が何らかの役割を果たすことができるのかもしれない。 

 

 英国では一部で日本の軽自動車(ガソリン車)が人気を博しているという意外な現象も見られ、米国では少し前から日本の軽トラックの人気が高まっている。 

 

 いずれにしても予想だにしていなかった現象だが、ドメスティックでまさに“ガラパゴス”であった日本の軽自動車規格が、今後のEV開発に意外な角度から光を当てるとすればなかなか愉快なことにもなりそうだ。 

 

仲田しんじ(研究論文ウォッチャー) 

 

 

 
 

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