( 201319 ) 2024/08/13 16:57:49 0 00 日本初の柔軟仕上剤として1962年に誕生したハミング(1966年に「花王ソフター」から「ハミング」へ改称)。花王の定番商品として販売されている(画像:花王「柔軟剤ハミング」公式サイトより)
花王の柔軟剤「ハミング」のPR動画に批判が殺到しているという。本動画は、8月5日に公開されたものだが、8月10日に配信された「Smart FLASH」の記事で、動画の中で描かれている夫婦に「年の差が離れすぎている」というクレームが殺到しているという報道があった。
【写真】夫婦じゃなくて親子に見える? 「“炎上”したPR動画」の中身
X(旧Twitter)への投稿を見ていても、批判的な意見は見られるが、「殺到している」というほどでもない。批判的な意見に対して違和感を示す投稿も多く、「賛否両論が見られる」と表現したほうが適切だろう(実際の動画の内容は記事後半に掲載)。
■本当に批判が起きていたのか
先月に起きた、大正製薬「リポビタンD」の電車内広告に対する“批判”と同様、たいして批判されていないものが、メディアが取り上げることによって火に油を注いでしまっているケースであると思う。
一方で、こういう事例が複数出てきてしまっている状況も考えると、企業側もより注意をしていかなければならなくなっているのも、また事実である。
動画を見ると、男性も家事をする時代を踏まえつつ、夫婦間のありがちな行き違いを描きながら、夫婦の愛情を描いたものになっている。たしかに、夫と妻の年齢は離れているように見えるが、気になるほどなのか? ――と言うと、議論が分かれるところだろう。
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花王側も、ジェンダーバイアスに配慮をして動画を制作したことがうかがえる。おそらく、花王にしてみると、こうした批判が出てくることは寝耳に水ではなかっただろうか。
SNS上の声は、極端に振れることも多く、それが本当に「“世の中の声”を反映しているのか?」ということは意識しておく必要がある。
■広告では「年の差婚」は一般的
「ハミング」の動画以外にも、広告表現において夫婦間の年齢差が大きいものは、他にも多数ある。
ちょうど1年前に放映された、キリンビール「スプリングバレー」のテレビCMでは、俳優の大森南朋さんと広瀬アリスさんが夫婦役を務めている。実に年齢差は25歳で、ハミングの動画と同様に「親子に見える」と違和感を持たれてもやむを得ないほどだ。しかし、このCMに「批判が殺到した」という話は聞かない。
2016年から数年間にわたって放映されていた「アフラック」のCMシリーズでは、俳優の西島秀俊さんとお笑いタレントの渡辺直美さんが夫婦役を演じていた。親子ほどではないが、16歳の年齢差がある。
この2人が夫婦役を演じるという“意外性”が話題になり、違和感を示す声も一部あったが、筆者が把握する限り、年齢差は問題視されてはいなかった。
「大森南朋や西島秀俊だから、(年齢のある夫婦を演じても)違和感がない」ということかもしれないが、それは“偏見”と言ってもよいだろう。
なお、妻役のほうが年齢が高い事例では、今年4月に放映開始したサントリー「オールフリー」のCMがある。お笑いコンビ・ダイアンの津田篤宏さんと、俳優の深津絵里さんが夫婦役を演じているが、深津絵里さんのほうが3歳年上である。最も、この年齢差は気になるほどではないが……。
タレントの広告への起用は、企業・商品イメージとの相性、商品のターゲット顧客とタレントのファン層との一致度、事務所やタレントの意向や契約条件、契約金など、さまざまな要素から決められる。
夫婦役の場合、それぞれで上記の条件を満たしつつ、夫婦役としての「見え方」も勘案しなければならないので、なかなか難しい。
視聴者から見て「なぜこの配役?」と思える広告も、いろいろな制約条件の中で、試行錯誤して決められていることが多いのだ。
■「リアリティー」より「受容性」が重要?
年齢差の話に戻そう。
広告の世界では、夫婦役の俳優の年齢差は、夫役のほうが妻役よりも年齢が高いことが多いことは事実だ。このこと自体を「偏っている」とする見方もあるかもしれないが、実態はどうだろう。
厚生労働省の調査に「初婚夫妻の年齢差別にみた婚姻件数・構成割合の年次推移」というデータがある。それに基づくと、初婚夫婦の年齢の違いは下図の通りだ。
夫のほうが年上という夫婦は過半数を占めている。なお、夫のほうが7歳以上年上である比率は9.7%となっている。
数字から見ても、夫の年齢のほうが高い「年の差婚」は少数派とは言いがたい。一方で、夫婦の「年の差」は小さくなっている傾向がある。夫の年齢のほうが高い夫婦ばかり描いていると、「ステレオタイプ」と受け取られかねない時代が来ているとも言えるだろう。
広告に限らず、エンターテインメント全般に言えることだが、描かれている世界が現実に即したものとは限らない。むしろそうでないことのほうが多い(ただし、以前と比べるとリアリティーが重視されるようにはなっているが……)。現実から乖離していても、それが人びとから受容されているのであれば、実質的に容認されていると考えられる。
例えば、調味料のCMでは、キッコーマン「大豆麺シリーズ」の田中圭さん、味の素「クックドゥ」の阿部寛さん、藤原竜也さんなど、男性俳優が出演し、料理するシーンが映し出されている。一方で、主婦役の女優が料理をして、夫や子供に振る舞うシーンはほとんど見られなくなっている。
洗濯洗剤のCMでも、花王「アタックZERO」、P&G「アリエール」など、男性俳優が出演し、率先して洗濯をするようになっている(男性俳優はこれまでも出演していたが、主に「解説役」だった)。
「男性も家事をするべきだ」という社会通念として浸透しており、企業側もそれを啓発していこうという意思があり、消費者にもそれが受容されるからこそ、こういう広告が一般的になっている。
■いまだ残っている“ジェンダーバイアス”
話を「ハミング」のPR動画に戻すが、夫婦で家事を分担する様子が描かれており、“時代性”の配慮は十分になされていると思う。夫婦の年齢差に関しても、筆者しては問題になるほどだとは思わないし、企業側が取り下げたり、声明を出したりする必要もないと思う。「そういう意見も見られる」ということで、今後に活かしていけばよい――というところだろう。
筆者としては、大正製薬「リポビタンD」や花王「ハミング」の事例を問題視するのであれば、ジェンダー表現で問題にすべき広告は他にもあるのではないかと以前から思っている。
例えば、温泉やリゾート施設の広告の大半は、いまだに若い女性モデルが起用されている。実際の利用客は、男性も多いし、年齢も多様であるにもかかわらずである。「若い女性客を呼び込みたい」という意図があるのかもしれないが、それを勘案しても、偏りすぎであると思う。
インターネット上の広告で、美容や脱毛の広告、マッチングアプリなど、消費者のコンプレックスを過度に刺激したり、セクシーな画像を使って誘因しようとしたりしているのも問題であると思う。
大手企業の広告だから叩かれるという要素はあるのかもしれないが、日々目にしていて「当たり前」になってしまっている表現の中にも、問題のあるものは多々あると思うし、批判するのであれば、そうしたものも批判してもらいたいと筆者としては考えている。
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西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授
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