( 201352 )  2024/08/13 17:31:23  
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鉄道は単体では動かないため、「システム」として機能している。

鉄道を知りつくしたい人にとって、その最終的なゴールは「鉄道とは何か」という問いに答えることであり、これは鉄道の真理に近づくための終着点であると考えられる。

鉄道は列車ダイヤに基づいて陸上輸送を実現するシステムであり、この考え方は鉄道技術の専門書でも取り上げられている。

鉄道は機能を果たすために多くの要素が連携し合っており、その全体像を知ることで鉄道の面白さや魅力を感じることができる。

(要約)

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鉄道は車両単体では動かない。さまざまな要素によって陸上輸送を実現する「システム」なのである(metamorworks/PIXTA) 

 

 鉄道に興味を持った方のなかには、知識欲が旺盛で、鉄道のことを知りつくしたいと思っている方もいるだろう。そういう方にとっての最終的なゴールは、「鉄道とは何か」というシンプルな問いに対する答えを見つけることではないだろうか。なぜならば、それは鉄道の「真理」に近づくための究極の終着点だからだ。 

 

【写真100枚を見る】南正時氏撮影、「三大峠越え」から石北峠のD51形、上越国境のEF16形、瀬野八のEF67形、日豊本線の「鰐塚越え」C57形牽引急行まで、峠に挑んだ列車たち 

 

■鉄道は陸上輸送を実現する「システム」 

 

 この答えを見つけるのは難しい。そもそも鉄道は多面体のようなものであり、角度によって見え方が変わってしまうからだ。 

 

 ただ、筆者は、自然科学や技術の視点でとらえると、「鉄道は列車ダイヤにしたがって陸上輸送を実現するシステムである」と言えると考えている。これが、独立から20年間にわたり鉄道の取材を重ねて得た現時点での結論である。 

 

 この「鉄道はシステム」という考え方は、鉄道技術の専門書でたびたび記されていることであるが、一般の方にはわかりにくいであろう。なぜならば、「システム」という言葉は、「システムキッチン」や「システムバス(浴室)」のように、われわれの家庭の設備の名前に使われているものの、その意味は広く知られていないからだ。 

 

 そこで今回は、時計やオルゴールを例に挙げ、鉄道がシステムであることを述べる。身近な乗り物である鉄道を見る目が変わる話としてお楽しみいただけたら幸いである。 

 

■時計とオルゴール 

 

 まず、時計の話をしよう。時計の一種である機械式時計は、約100点におよぶ部品によって構成されており、歯車をふくむ多くの部品が連動し合って文字盤の針を動かし、時間を示している。 

 

 次に、オルゴールの話をしよう。オルゴールの一種であるシリンダーオルゴールは、箱を開けるとシリンダーと呼ばれる円筒が回転し、同じ楽曲を繰り返し演奏する構造になっている。シリンダーについたピンが櫛形の金属板に当たると音が鳴り、シリンダーが1回転すると1曲の演奏が終わる。 

 

 

 ここまで説明した機械式時計とシリンダーオルゴールは、複数の部品が連動し、目的の「機能」を果たしているという点で共通している。 

 

 同じ視点で、鉄道を見てみよう。 

 

 鉄道には、それを支える多くの施設や設備があるだけでなく、その運用やメンテナンス等を行う職場があり、それぞれで働く人がいる。また、これらは互いに連携し合うことによって、列車ダイヤと呼ばれる輸送の計画を示す図表にしたがって列車を動かし、人や物を運ぶ「機能」を果たしている。 

 

 こう見ると、鉄道は、先述した機械式時計やシリンダーオルゴールに似ている。いずれも、多くの要素が連動または連携して、目的の「機能」を果たしているからだ。 

 

 また、鉄道の列車ダイヤは、シリンダーオルゴールのシリンダーに似ている。いずれも発揮する「機能」の計画を刻み込んだものであり、コンピューターを動かすプログラムと同じような役割を果たしているからだ。 

 

 鉄道の列車ダイヤは、曜日や月などによって変わることがあるが、そのことを除けば基本的には毎日同じリズムを刻むのを繰り返している。この点は、シリンダーオルゴールが同じ楽曲を繰り返し演奏する様子と似ている。 

 

 以上紹介した機械式時計やシリンダーオルゴール、そして鉄道は、それぞれが「システム」であるという点で共通している。 

 

 それでは「システム」とは何か。『広辞苑第七版』には、「複数の要素が有機的に関係しあい、全体としてまとまった機能を発揮している要素の集合体。組織。系統。仕組み。」と記されている。 

 

 鉄道はまさにこれである。冒頭で筆者が「鉄道は列車ダイヤにしたがって陸上輸送を実現するシステムである」と述べたのは、このためである。 

 

■見えない舞台裏 

 

 ここまで読んだ方のなかには、「わかりにくい」「イメージしにくい」と感じる方もいるだろう。 

 

 それは当然のことである。なぜならば、鉄道を構成する要素の多くは、われわれ利用者の視点では見えないからだ。そもそも見えないものを想像することは難しい。 

 

 ここで、また機械式時計の話をしよう。われわれは基本的に機械式時計の文字盤と、その上を動く針しか見ていない。理由は単純で、文字盤の裏側が見えないからだ。たとえその裏側に「小宇宙」とも称される複雑かつ緻密なメカニズムがあり、数ある部品たちが見事に連携し合って動いていても、それに興味を示す人は少ない。 

 

 

 鉄道も同じだ。われわれは基本的に駅などの施設や、線路や踏切などの設備、線路を行き交う車両、そして駅員や運転士、車掌などの人しか見ていない。たとえその舞台裏で施設や設備、車両、人が見事に連携し、全体として自動車では実現できない陸上大量輸送を実現していたとしても、それに興味を示す人は少ない。 

 

 そこで筆者は、鉄道の舞台裏を取材することで、その全体像を把握しようとした。取材した対象は、新しい鉄道の建設現場から、電車などの車両や鉄道を支える機器を製造する現場、運転士や車掌の職場、そして車両や設備のメンテナンスの現場まで多岐にわたる。 

 

 筆者が「鉄道はシステム」という考え方を理解したのは、JR東日本の東京総合指令室を取材したときだった。東京総合指令室は、東京圏のJR在来線を管理する施設であり、1日約8000本の列車を動かし、約1400万人の旅客を運ぶ輸送の中枢として機能している。 

 

 この指令室に初めて入り、全体を見学して驚いた。これまで見た鉄道を支える職場や人のすべてが、見えない糸のようなものでつながり、歯車のように噛み合って動いているように感じたのだ。それは、「鉄道はシステム」という言葉の意味が腑に落ちた瞬間だった。 

 

 東京総合指令室は、「総合」がつく名の通り、複数の指令業務を集約して、鉄道全体を一括で管理している施設である。ざっくり言うと、列車運行や、乗務員や車両のやりくり、情報提供や座席指定などのサービス、線路・信号・電力・防災等の各設備を管理する部署があり、それらが総括指令長のもとで連携し合って列車を動かし、日々の鉄道輸送を実現している。近年は、このうちの列車運行を管理する部署(輸送指令)がクローズアップされてテレビで紹介されたが、それはこの指令室全体の一部にすぎない。 

 

 かつて日本の鉄道事業者は、東京総合指令室のような鉄道の舞台裏を公表することに消極的だった。俳優やミュージシャン、講演者が舞台裏や楽屋での姿をあまり見せたがらないように、日本の鉄道事業者もどちらかと言うと人間くさく、機械よりも人力に頼ることが多い職場を見せたくなかったのであろう。 

 

 しかし、時代は変わった。今は鉄道事業者がユーチューブのチャンネルやSNSのアカウントを運用し、自ら舞台裏の様子を積極的に公開するようになった。このことは、単に鉄道事業者の「ファン」を増やすだけでなく、鉄道に対する理解が深まるきっかけになる。 

 

 

 ならば、鉄道事業者は、鉄道のシステムとしての弱点も一般にさらしてはどうだろうか。鉄道は、全体が正常でないと輸送という機能を発揮できないシステムなので、その一部でトラブルが起こるだけで機能不全に陥り、路線全体で列車が動かなくなり、駅で人があふれることがたびたびある。そのような「融通がきかない」という弱点をはっきりと伝えることは、利用者の理解につながり、クレームやカスタマー・ハラスメントを減らすうえでも役立つのではないだろうか。 

 

■ 鉄道は「小宇宙」 

 

 さて、ここまでは、筆者が「鉄道は列車ダイヤにしたがって陸上輸送を実現するシステムである」という結論に達した理由を説明した。ただ、冒頭で紹介した「鉄道のことを知りつくしたいと思っている方」のなかには、「知りたかったのはそういうことではない」「面白くない」「自分が好きな車両の話が全然出てこない」と不満に感じる方もいるだろう。 

 

 そう、筆者が見た鉄道の全体像は、鉄道趣味との接点が少ないという点においては、面白みに欠けるものなのだ。たとえば電車などの車両は、人々が興味を持ちやすく、鉄道趣味の対象になりやすく、鉄道を知る入り口になりやすい存在ではあるが、鉄道全体においては、システムを構成する要素の一つにすぎない。 

 

 ただし、システムという言葉を手掛かりにして視座を上げ、その全体像を俯瞰すると、鉄道が持つ面白さがより感じられるのではないだろうか。機械式時計が「小宇宙」と称されるならば、鉄道だって「小宇宙」であり、魅力的なものだからだ。 

 

川辺 謙一 :交通技術ライター 

 

 

 
 

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