( 202177 )  2024/08/16 02:10:25  
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一時は141円まで下落したが、ショートポジションの巻き戻しが終わった後は145~147円台で推移している(写真:新華社/アフロ) 

 

 今回の超円安を主導したとされる円キャリー取引の巻き戻しは既に終了している。 

 重要なのは投機的なポジションが解消された後のドル/円相場だが、現状は145~147円とショートポジションが解消された後の水準としては円安に映る。 

 今後、円安軌道に復帰するかどうかは新NISAに伴う対外証券投資、すなわち「家計の円売り」がどこまで進むかに左右される。 

 (唐鎌 大輔:みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト) 

 

【著者作成グラフ】投資信託による対外証券投資。グラフで見ても明らかなように、この1年で株式・投資ファンド持ち分は大きく増加した。これだけ対外証券投資が増えれば、円安圧力になっても不思議ではない 

 

■ 円ショートは巻き戻し完了 

 

 今月に入ってからの2回のコラムを通じて議論したように、筆者は事が起きてから円キャリー取引の残高を争点として議論を展開し、それが円安の主因だったかのように語る風潮には賛同できない。 

 

 半ば独り歩きしている「600兆円」という残高は過去2年半の円安局面においてほとんど使われてこなかった数字であり、この巻き戻しでドル/円相場が元の水準(円安の起点は2022年3月の113円付近)に引き戻されるかのような議論は唐突感を覚える。 

 

 ◎株価大暴落の原因「600兆円の円キャリー取引説」の違和感、「円安バブル」崩壊で円高は再来するのか? (JBpress) 

◎米国の利下げで日本はどれだけ円高になり得るのか? 貿易赤字国に転落した日本の円高反発力に疑問(JBpress) 

 

 もっとも、「皆がそう思うことはそうなる」という市場の特性を尊重し、円キャリー取引が2022年3月以降の円安局面を主導してきたとしよう。 

 

 この点、多くの市場参加者が円キャリー取引の代理変数として注目するIMM通貨先物取引は8月6日時点で既に巻き戻しが完了している(図表(1))。8月6日時点の円のネットポジションは▲9.8億ドルでこれはネットポジションが円ロングになっていた2021年3月9日週以来で最小となる。つまり、今の円安局面では最小だ。 

 

 ドル/円相場について、筆者は何度も「問題は投機ポジションが去った後の水準」だと述べてきた。投機的取引である以上、必ず反対売買される。本稿執筆時点で残ったドル/円相場は145~147円というレンジ取引である。これが着地点と断言はできないものの、円ショートポジションが完全に解消された水準としてはやはり円安気味ではないだろうか。 

 

 もちろん、ここからネットポジションがロングに傾斜していく可能性もないわけではない。現に、グロスポジションで見た時にロングの残高は積み上がる傾向にあり、8月6日時点の57.30億ドルはやはり2021年3月9日週以来の高水準となる。 

 

 しかし、これも「日銀の連続利上げが可能」という前提で積み上げられたものだろう。日銀の利上げなかりせば、円がネットロングに転じ、持続性を帯びるという展開は考えにくい。 

 

 今後の注目点は「家計の円売り」の行方だ。 

 

 

■ 「大暴落」で純流出になった対外証券投資 

 

 財務省「対外及び対内証券売買契約等の状況」における投資家部門別の対外証券投資を見ると、投資信託委託会社経由の買い越しは1~7月合計で+7兆8695億円まで積み上がっている。このままいけば買い越し額は前年(約+4.5兆円)の約3倍にもなる。 

 

 問題は日経平均株価が史上最大の暴落となり、ドル/円相場も急落した8月初頭のショックを経ても、こうした異次元の買い越しペースが続くのかどうかだ。 

 

 QUICK資産運用研究所が発表した推計によれば、8月7日に関し、設定額から解約額を差し引いた金額は1609億円の資金純流出だったことが分かっている。1000億円以上の資金流出は、新NISAが始まってから初めてであるという。 

 

 同報道によれば、今年1月4日から8月7日までの資金動向を見た場合、資金が純流出になったのは今回を含めてわずか3回(4月5日、7月8日、8月7日)しかなく、今回(8月7日)の流出が最大だったとも指摘されている。 

 

 個別ファンドの動向については本欄の関知するところではないが、「家計の円売り」の代名詞でもある「eMAXIS Slim」シリーズの「米国株式(S&P500)」や「全世界株式(オール・カントリー、通称:オルカン)」からも純流出が見られており、オルカンに至っては史上初めて日次ベースで1億円以上の純流出になったともある。 

 

■ 対外投資による「家計の円売り」は今後も続くか?  

 

 こうした推計報道を確認するまでもなく、今回のショックは新NISA開始以降、成功体験しか知らなかった日本の個人投資家層に痛烈な一撃を見舞ったことは間違いない。この痛みを乗り越えてハイペースの「家計の円売り」が続くのか、それとも例年ペースに戻るのか、はたまた売り越しが続いてしまうのか。 

 

 蓋を開けてみなければ分からないことではある。仮に9月に発表される8月の投信経由の対外証券投資が大幅な買い越し減少(もしくは売り越し)に転じ、それが9月以降も持続するとした場合、年初来の円安相場を支えてきた需給要因の一つが剥落することになる。同時に、それは年初から順当に進捗してきた資産運用立国の動きが躓くことも意味する。 

 

 少なくとも「積み立て」で投資する以上、「下落で手放す」を繰り返せば収益が上がる理由はないが、この辺りが資産運用立国元年を迎えた日本国民にとってどう映るのかが年後半の関心事である。 

 

 ※寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です。また、2024年8月13日時点の分析です 

 

 唐鎌大輔(からかま・だいすけ) 

みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト 

2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(2022年、日経BP 日本経済新聞出版)。 

 

唐鎌 大輔 

 

 

 
 

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