( 202257 ) 2024/08/16 15:23:05 0 00 写真:gettyimages
8月13日、パリオリンピックでメダルを獲得した日本選手団66人が、首相官邸を訪れた際、柔道の斉藤立選手が岸田首相にサインを求め、断られた一幕が、自民党のある議員との間で話題になった。
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「よく日本のメジャーリーガーが、いつ他の球団に移籍するかわからないから、サインするとき、球団名を書かないって言うよね。岸田さんも、もうすぐ総理総裁じゃなくなる可能性が高いから、『内閣総理大臣岸田文雄』って書けなかったんじゃないの」
この言葉は、翌日の14日に現実のものとなる。岸田首相による自民党総裁選挙への不出馬会見だ。
考えてみれば、その前兆は、パリオリンピックが始まった頃からあった。岸田首相に近い議員から「お盆明けが要注意」との一報がもたらされていたからである。
「精度は高い」と感じた筆者は、他のオンライン記事に、「お盆が過ぎた後、不出馬を表明する可能性は少なくない」と書いた。
当の岸田首相は、8月2日、自民党本部で、総裁選挙の鍵を握る人物の1人、麻生太郎副総裁と会談している。岸田首相と麻生氏のサシでの会談は、6月18日のホテルオークラ、同25日の帝国ホテル、そして7月25日の党本部に続くものだ。
6月の2度にわたる会食では、岸田首相が麻生氏の支持を求めたのに対し、麻生氏は色よい返事をしなかったとされている。
7月25日の会談は、岸田首相が今一度、麻生氏の支持を求める会談、そして8月2日の会談は、麻生氏が岸田首相に引導を渡す、もしくは岸田首相が「不出馬」を伝える会談となった可能性が高い。
では、なぜ岸田首相が、「お盆明け」ではなく、8月14日という日に不出馬会見をしたのかだが、1つは、8月20日に自民党総裁選挙管理委員会の会合で選挙日程が決まる前に、自らの判断で身を退く考えを示したかったこと、もう1つは、その夜、麻生氏と茂木敏充幹事長の会食が予定されていたためと推察する。
選挙日程が決まり、総裁選挙に名乗りを上げる有力者が出てくれば、「岸田さんでは衆議院選挙や参議院選挙は戦えない」と引きずり降ろされる可能性がある。
思い返せば、2021年10月、「第100代内閣総理大臣」に就任した10日後に衆議院を解散し、今年1月には、「政治とカネ」の問題を受けて、それまで率いてきた岸田派の解散を他派閥に先がけて表明した岸田首相である。
自民党総裁としての最後の決断も、引きずり降ろされる前に先手を打つ、岸田流のサプライズだったと言っていい。
実際、自民党内には、総裁選挙で支持を表明するため、岸田首相とアポイントを取っていた議員もいる。議員からすれば、何の前触れもなく、主役が舞台から誰にも相談することなく降りてしまったことになる。
また、麻生―茂木会談の前に身を退く記者会見を開いたのは、政権発足以降、「三頭体制」を組みながら、最後の最後まで首を縦に振らなかった麻生氏、そして自民党を揺るがせた「政治とカネ」の問題では汗をかこうとせず、総裁である自分を支えるどころか、「ポスト岸田」をも狙おうとする茂木氏に「政治家の意地」を見せたかったから、と筆者は見る。
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岸田首相の不出馬は、アメリカ大統領選挙でのバイデン氏撤退の顛末とかぶる。
バイデン氏の場合、高齢批判にもめげることなく戦う意思を示していたものの、7月18日、ワシントンポストが「オバマ氏がバイデン氏の撤退に言及」と報じたことで、ハリス氏にバトンを渡す決断を余儀なくされた。
岸田首相の場合も、先月下旬までは主戦論で臨んでいたのが、敵対してきた菅義偉元首相だけならいざしらず、頼みの麻生氏が岸田首相への支援要請に首肯しなかったことが決定打となった。
もっとも、仮に岸田首相が本人の意思を貫徹し、出馬したとしたら、敗北は避けられなかっただろう。
今回の総裁選挙は、自民党衆参国会議員票367票と地方党員票367票の合計734票で争われる。1回目の投票で過半数の票を得る候補がいなかった場合、国会議員票367票と地方党員票47票で決選投票となる見通しだ。
前回、2021年9月29日の総裁選挙では、岸田首相が1回目の投票でトップ(議員票146、地方党員票110)となり、2位につけた河野太郎氏を決選投票で破り、総理総裁の座を射止めた。
最終的に岸田首相が獲得したのは257票(議員票249、地方党員票8)、河野候補が170票(議員票131、地方党員票39)であった。
しかし、「政治とカネ」問題の後始末などをめぐり、内閣支持率が15%~20%と低迷する現状では、旧岸田派以外の国会議員票と地方党員票は見込めない。
仮に、旧岸田派40人に加え、唯一現存する派閥、麻生派の50人余りが支持したとしても、国会議員票は90票~100票に留まる。地方党員票で言えば、岸田首相への投票が期待できるのは、地元の広島県くらいしか思い浮かばない。
振り返れば、岸田首相は1000日を超える在任期間の中で、安倍政権ですら実現できなかった防衛3文書の改訂と防衛費増額に踏み切り、官製春闘と揶揄されながらも賃上げを実現し、日米および日韓関係の強化にも成功した政治家だ。
さらに、曲がりなりにも派閥解消を成し遂げ、「異次元の少子化対策」などにも着手してきた。
人柄も誠実で、話しやすい政治家なのだが、「この低支持率では、迫る衆参両院議員選挙や都議会議員選挙で勝てない。特に地方は敏感になっている」(自民党旧安倍派衆議院議員)という実情は拭えない。
出馬して大敗し、汚点を残すよりも撤退し、政治家としてのプライドを守った方が賢明、という意識が働いたとすれば、その点でもバイデン氏と同じだ。
1978年の総裁選挙の予備選で、大平正芳氏に敗れた福田赳夫氏が、本選挙を断念し、その後も政権闘争を続け権力を維持したように、そしてまた、2021年、再選の道が絶たれた菅氏のように、一定の政治力を持ち続けているケースもある。
岸田首相の場合も、たとえば党内基盤が弱い石破茂元幹事長に乗り、勝たせるなどすれば、キングメーカーとして存在感を維持できるだろう。
実際、永田町では、「岸田首相が出れば石破氏は出ず、不出馬の場合、石破氏が出る」との密約説すら流れているくらいだ。
その石破氏は、7月21日、地元の鳥取市で、出馬の判断に関し「お盆がめど」と語っている。今、思えば、その頃には、岸田首相が進退を明らかにしているとわかっていたかのようだ。
「私のような者でも一緒にやろう、推してやろうという人が20人いれば、ぜひとも出馬したい」これは、8月14日、訪問先の台北で報道陣に答えた石破氏の言葉だ。
報道各社の世論調査で「次の首相にふさわしい人」の首位に選ばれ続けてきた石破氏が、ついに、岸田首相不出馬のニュースを待っていたかのように腰を上げたのである。
石破氏にとっては、「5度目の正直」がなるかどうかの戦いで、負ければ政治生命が終わりかねない。石破氏を支えてきた派閥(水月会)はすでになく、悩みに悩んだ末の出馬宣言だったに相違ない。
しかし、これで選挙の行方は混とんとしてきた。政治ジャーナリストの後藤謙次氏は、筆者に「石破氏の動きは、菅元首相らとは別個の動き」と語る。
同様の証言は、自民党の衆参国会議員からも聞こえてくることを考えれば、総裁選挙は、石破氏+菅元首相の息がかかった人物+麻生氏が中心となって推す人物+さらに数人という構図になる。
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現職の総理総裁に挑むという構図が消滅したため、「我こそは」と思う実力者がフリーハンドで動けるようになったことは、老壮青、入り乱れての混戦を予想させる。
そこで、きょう(※2024年8月15日)現在、予想される顔触れと寸評をまとめ、さらに筆者独自の分析として、(1)経験値、(2)新鮮度、(3)外交力(特に対米、対中)、(4)安全保障に関する知見、(5)内政(経済対策、少子化対策、DX、防災等)の5つの観点から、A(十分)、B(まあまあ十分)、C(普通)、D(不十分)、E(未知数・判定不能)で採点してみる。
〇石破茂元幹事長(67)慶大法卒
国民受けはナンバー1でも自民党内受けは最悪の鉄道&防衛オタク
(1)A (2)D (3)B (4)A (5)C
〇小泉進次郎元環境相(43)関東学院大経済卒、コロンビア大院修了
知名度抜群のサラブレッド、党内からは「まだ早い」「軽い」との声多し
(1)D (2)A (3)E (4)E (5)D
〇高市早苗経済安保相(63)神戸大経営卒
保守派の星だが、ガラスの天井を破るには支持の拡がりが必要
(1)B (2)B (3)B (4)A (5)A
〇小林鷹之前経済安保相(49)東大法卒、ハーバード大院修了
「コバホーク」の愛称もある長身で若手のホープだが経験不足がネック
(1)D (2)A (3)D (4)A (5)E
〇野田聖子元少子化担当相(63)上智大外国語卒
少子化対策には適任も、推薦人20人の確保に苦しむようでは厳しい
(1)B (2)B (3)D (4)D (5)A
〇河野太郎デジタル相(61)ジョージタウン大卒
改革派で国際通だが、マイナ保険証問題で国民的人気が急降下
(1)A (2)B (3)A (4)A (5)A
〇上川陽子外相(71)東大教養卒、ハーバード大院修了
安定感抜群だが、旧岸田派の「カマラ・ハリス」的存在としては地味
(1)B (2)B (3)A (4)B (5)B
上記以外にも、官僚受けが良く政策通の加藤勝信前厚労相(68)を推す声があるほか、前述の茂木氏(68)も可能性を探っている。
筆者は7月半ば頃まで、麻生氏よりもはるかに菅氏とそのグループに勢いがあり、「加藤勝信首相、石破茂幹事長、小泉進次郎官房長官」などといった図式があり得ると感じてきた。
ただ、岸田首相の不出馬、石破氏の出馬表明で情勢は一気に変わった。今後の大どんでん返しを恐れずに言えば、「石破氏vs小泉氏vs 小林氏」が軸で、推薦人(自民党衆参国会議員)20人を確保できれば、これに高市氏が絡む構図と予想する。
かつてキングメーカーとして権勢をふるった田中角栄氏が、生前、総理総裁の条件として述べた言葉に次のようなフレーズがある。
「党3役(党幹事長、総務会長、政調会長)のうち幹事長を含む2つ。それから、蔵相(現財務相)、外相、通産相(現経産相)のうち2つ」
この条件を満たしている人は誰もいない。ずいぶん軽量級になったものだ。
ある自民党議員は、筆者の「誰がいい?」の問いに、総裁選挙後にすぐあるとみられる衆議院選挙や来年の参議院選挙の「顔」になる人がいいと言う。それは、国民にとってどうでもいい話だ。単に「顔」になるだけなら、菅氏や森喜朗元首相らが推す小泉氏で十分だ。
やはり筆者は、アメリカのトランプ氏もしくはハリス氏と駆け引きができ、中国の習近平総書記や北朝鮮の金正恩総書記らによる脅威と向き合える人、そして、賃上げや少子化対策など喫緊の課題を前に進めることができる人物を選べるかどうか、そして旧派閥単位ではなく、個々の意思で投票できるかどうかで、自民党という政党が本当に変わったのかどうかを判断したいと思っている。
清水 克彦(政治・教育ジャーナリスト/びわこ成蹊スポーツ大学教授)
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