( 202607 )  2024/08/17 15:30:58  
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写真はイメージです Photo:PIXTA 

 

● 「巨大地震は戦争と同じ」 為政者の頭の中 

 

 「地震、地震って煽りすぎ」 

 

 「コロナの時と同じで恐怖を煽り過ぎて経済が冷え込んでしまう」 

 

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 宮崎県沖の日向灘を震源とする震度6弱の地震を受けて初めて発出された「南海トラフ地震臨時情報」が批判を受けている。 

 

 お盆休みに重なったということで、観光地で宿泊キャンセルが相次いだことに加えて、一部で水や食料品の買いだめをする動きもあり、コロナ禍を想起させるような「自粛パニック」が起きているからだ。 

 

 そこに加えて、ここまで叩かれてしまっている背景には、地震予測に対して「どうせ地震学者が予算獲得のために話を大袈裟に盛っているんだろ」という否定的な意見が社会に広がってきたことも大きい。 

 

 きっかけは昨年8月に発売された「南海トラフ地震の真実」(東京新聞)だ。著者は中日新聞記者の小沢慧一氏。ある学者から「南海トラフは発生確率の高さでえこひいきされている」という告発を受けた小沢記者は、地震発生確率が特別な計算式で水増しをされているという事実を知る。調査を進めるとその裏には、研究予算獲得を目指す地震研究者や、防災対策の「アリバイ作り」に奔走する国や行政など、それぞれの思惑があるということを突き止めていく、という渾身の調査報道だ。 

 

 同書は「科学ジャーナリスト賞」や「菊池寛賞」を受賞して大きな話題になった。これを受けて「30年以内に南海トラフ地震が発生する確率は70~80%」という政府予測も科学的に根拠のないデタラメという認識が定着。そのため今回の「南海トラフ地震臨時情報」に関しても、「ハイハイ、どうせそうやって危機を煽れば防災予算をぶんどってくることができるからでしょ」とシラける国民も多くなってしまった。 

 

 要するに、南海トラフ地震の警戒ということに関して、日本政府は「オオカミ少年」のようになってしまったのである。 

 

 ただ、個人的には政府が過度に危機を煽ってしまった気持ちもわからんでもない。危機管理の仕事をしていると、組織内部には必ず「危機に備えること」に後ろ向きな人が一定数いて、物事が一向に進まないからだ。 

 

 彼らは危機管理体制の構築や、不祥事発生を想定したトレーニングなどが必要だと筆者が主張をすると、「そんないつ起きるかわからないことに予算や時間をかけるのは合理的ではない」とかなんとか反論をして、「備えよりも今が大事だ」という方向へともっていく。 

 

 しかし、面白いもので、そうやって危機管理を軽視する幹部がいる企業に限って、会社に深刻なダメージをもたらすような不祥事が起きがちだ。経営者がボロカスに叩かれる炎上会見の報道を目にして、「ああ、あのときにもっと話を盛ってでも、危機意識を高めてあげておいたほうがよかったかな」と悔やむことは一度や二度ではない。 

 

 官僚や学者が「予算獲得」という下心を持つのは紛れもない事実なのだが、一方で「危機意識ゼロの人たちを動かす」という目的のため、いたしかたなく確信犯的に「危機を煽る」という手法を選ぶ場合もあるのだ。 

 

 そこに加えて、日本政府が「南海トラフの恐怖」を過度に煽ってしまうのには、もうひとつ大きな理由があるのではないかと思っている。 

 

 

 実は日本の為政者たちの頭の中では、巨大地震というのは他国との戦争などと同じく、「国家存続の危機」という認識だからだ。つまり、今の政府、国家体制が終焉を迎えてしまう恐れがあるので、権力の座にいる者たちとしては敏感にならざるを得ないのである。 

 

 「そんな大袈裟な」と呆れる人も多いかもしれないがこれは地震発生の確率のように盛った話ではない。南海トラフ地震、あるいは首都直下型地震は、人口密集地隊が被災をするので、東日本大震災などと比べものにならないほど膨大な数の被災者がでるので当然、比べものにならないほど膨大なカネがかかる。それは国家財政に大きなダメージを与えるほどなのだ。 

 

 では、政府はこれらの地震が起きた際の経済的被害をどのように試算しているのか。まず、南海トラフ巨大地震(陸側ケース)の場合、171.6兆円。首都直下型地震は約95兆円を見込んでいる。 

 

 東日本大震災の被害額は約16兆9000億円なので、その10倍以上というすさまじい額に呆然としている人も多いだろうが、実はこれでもかなり「大甘」な見通しだ。 

 

 政府が想定しているのは、建物やインフラが壊れたなどの「直接被害」に加えて、全国の経済活動への影響だ。つまり、「巨大地震」単体の被害しかはじき出していない。現実は住むところがなくなった人々や、仕事を失った人々があふれかえるので、仮設住宅や生活支援、さらには地域の産業復興などで莫大なカネがかかる。しかも、今の東北の被災地を見てもわかるように復興まで長期間に及ぶ(国土交通省「防災・減災、国土強靱化 ~課題と方向性~」)。 

 

 では、そういう現実的な問題を考慮すると、どれほどのカネがかかるのか。公益社団法人「土木学会」が阪神淡路大震災で神戸市が受けた経済被害を参考にして、20年間でどれほどの「長期的被害」になるのかを算出しているが、そこには驚きの数字が出ている。 

 

 なんと首都直下型地震で1001兆円、南海トラフ地震の場合も1410兆円と試算されているのだ。ちなみに、南海トラフは18年の試算だが、現在の社会状況を踏まえて再検証がなされているので、もっと膨れ上がるかもしれない(3月14日 NHK)。 

 

 これがいかに途方も無い数字なのかということは、2023年の日本の名目GDPが約591兆円ということで理解できるだろう。つまり、もし仮にこの2つが連続する形で日本列島を襲ったら日本の財政は確実に「詰み」だ。プライマリーバランスなんか無視しろとか、赤字国債をじゃんじゃん発行すればいい、なんてレベルの話ではないのだ。 

 

 では、具体的に何が起きるのか。 

 

 まず、財政がしっちゃかめっちゃかになるので、社会保障などの公共サービスや、インフラの保守点検も大混乱に陥る可能性が高い。そして、復興支援を口実にさまざまな分野に外資が入ってくる。中国とアメリカが瓦礫の山となった日本を舞台に利権の争奪戦をする可能性もある。ただ、政府は何もできない。財政難でそれどころではないのだ。いくらガマン強い日本人とはいえ、これには流石に堪えかねる。そこで倒閣運動や、既存の社会システムの破壊を掲げる勢力が台頭をしてくるだろう。 

 

 なぜそんな未来が予測できるのかというと、歴史の教訓である。 

 

 実は260年続いた江戸幕府を終わらせたひとつの要因は、巨大地震による財政破綻もあるのだ。 

 

 多くの日本人は江戸時代が終わったのは幕府への不満を募らせた薩長同盟や、黒船など海外からの外圧だと考えている。学校でそう習ったからだ。 

 

 

 ただ、今の永田町を見てもわかるように、政治というのは権力闘争だけで動くわけではない。為政者としてやるべきことを、カネをつかってちゃんとやってくれるているのか、つまり財政が健全である否かという点も実はかなり重要だ。 

 

 そういう意味では、江戸幕府後期が危険水域だった。かねてから慢性的な財政難に悩まされていたからだ。そこにトドメを刺したのが、「安政の東海・南海地震」。つまり南海トラフ巨大地震だったのだ。 

 

 1854年11月4日、5日とわずか31時間の間隔でM8.4の巨大地震に襲われた太平洋沿岸は壊滅的な被害を受け、およそ3万人が亡くなったと記録がある。当時の日本の人口が3300万人ということを考えると、凄まじい死者数だ。 

 

 この悲劇からどうにか復興に動き出した翌年、次の巨大地震が日本を襲う。 

  

 1855年10月2日の「安政の江戸地震」、つまり首都直下型地震だ。マグニチュード7クラスで、幕府の施設や各藩の江戸屋敷は壊滅的な被害を受け、首都機能はマヒしてしまう。それでもどうにか頑張って首都の復興を進めようとすると、今度は巨大台風に襲われる。 

 

 1856年の「安政の江戸暴風雨」、高潮を伴うこの巨大台風が江戸を直撃して、当時の江戸の人口の1割にあたる10万人が亡くなったという資料もある。 

 

 この3年間の自然災害ラッシュによって、幕府の財政は完全にトドメを刺されたのだ。これが徳川の求心力低下を招き、諸藩の不満をふくらませて1864年からの討幕運動につながっていく。カネがない権力者が引きずりおろされるのは、歴史の必然なのだ。 

 

 この国家衰退の流れは、今の日本で起きてもおかしくないと思っている。もちろん、今の社会状況から、暴力的な反政府運動が盛り上がるとは考えにくい。しかし、東日本大震災での民主党政権のように、やることなすことボロカスに叩かれてからの「政権交代」は十分あり得るだろう。 

 

 能登半島沖地震を見てもわかるように、日本の防災体制はかなり遅れている。先進諸国がドン引きするような「体育館で雑魚寝」なんてのを未だにやっているのがその証左だ。復興もうまくいかない。能登半島沖地震から半年以上経った今も、倒壊家屋の公費解体は進まず、申請に対する解体の進捗率は1割ほどにとどまり、未だに避難所暮らしを強いられる人もいるほどだ。 

 

 南海トラフ地震や首都直下型地震は人口密集度や被災エリアの広さから、能登半島沖地震と比べて桁違いの被害・犠牲者が出ることは間違いない。 

 

 岸田首相の後に誰がリーダーをやるのか知らないが、そのような「悪夢」が現実になったとき、自民党政権の維持はできないだろう。 

 

 先ほど江戸幕府を例に挙げたが、世界の歴史を見渡しても、「政変」や「社会変革」は巨大地震、巨大台風、火山噴火など自然災害がトリガーになることが多い。それは為政者たちもよくわかっている。 

 

 「なんか最近、政府が南海トラフや首都直下型地震の恐怖をやたら煽るなあ」と違和感を覚える人も多いだろう。それはもしかしたら、日本という国の形が大きく変わっていくことの「前兆」なのかもしれない。 

 

 (ノンフィクションライター 窪田順生) 

 

窪田順生 

 

 

 
 

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