( 202697 )  2024/08/17 17:15:23  
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(※写真はイメージです/PIXTA) 

 

「いまの日本企業は、賃上げも設備投資も不十分だ」「莫大な内部留保を吐き出し、従業員の給料を上げたり、設備投資したりするべきだ!」という意見をしばしば見聞きします。一見すると真っ当に思えるかもしれませんが、会社の仕組みを正しく理解していれば、この理屈のおかしさに気づけます。経済評論家の塚崎公義氏が解説します。 

 

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日本企業は、莫大な内部留保を持っています。利益が出てもあまり配当せずに会社に残してあるからです。そして、資金を会社に残しているのに設備投資をあまりしないので、現金を多額に持っています。 

 

「稼ぎをため込んで設備投資も賃上げもしないのはケシカラン」という人がいますが、内部留保が多いことは悪いことではありません。企業が儲けることは悪いことではありませんし、儲けを配当するか内部留保するかは企業の自由だからです。 

 

企業活動の規模が決まっていれば、持つべき資産の量も決まるでしょう。つまり、負債と自己資本と内部留保の合計額が決まるのです。その上で、利益を配当するか、配当せずに社内に残しておいて借金を返すのに使うか、どちらがいいということはいえないでしょう。 

 

日本企業のなかには、稼いだ利益を内部留保として持っていて、それを借金返済に使わずに現金として持っている企業も多いですが、超低金利時代に現金を多額に持っているのはあまり素敵なことではありません。そこで、「現金を使って借金を返すか設備投資をするか、どちらか選べ」ということはいってもいいのかもしれませんが、内部留保はそれとは違うのです。 

 

内部留保を持っていることは問題ではないのですが、どうしても内部留保を減らせというのであれば、方法はいくつかあります。 

 

借金をして配当を増やすならば、企業活動自体は何もかわらずに内部留保は簡単に減るでしょう。もうひとつ、思い切り賃上げをして企業が赤字になれば内部留保は減るでしょう。しかし、そんなことは部外者が口を出せることではありません。 

 

しかし、内部留保を使って設備投資をすることはできないのです。「内部留保が多すぎるから、それを使って設備投資をしろ」といわれても、設備投資をするためには現金が必要ですから、バランスシートの負債の部の借金を増やすか資産の部の現金を減らすか、いずれかの方法しかないのです。どちらの取引をしても内部留保は減りません。 

 

無駄な設備投資をして企業が赤字になれば、結果として内部留保が減ることはあるでしょうが、そんなことを部外者が要求できるはずもありません。普通に考えれば、設備投資によって企業の利益が増え、配当が変わらないとすれば内部留保は結果として増えることになるはずです。 

 

 

同様に、内部留保で賃上げすることもできません。賃金は現金で払うため、借金をして現金を手に入れるか手元の現預金を使って賃金を払うか、どちらかです。賃上げをして決算が赤字になれば、結果として内部留保は減るでしょうが、それは「内部留保を使って賃上げをした」とはいわないでしょう。仮にそう呼ぶとしても、企業に向かって「赤字になるまで賃上げをしろ。お前の会社は赤字になるべきだ」などと部外者がいうべきではありませんよね。 

 

そもそも論として、企業が設備投資をするか否か、賃上げをするか否かは、部外者が口出しすることではありません。加えて設備投資すべきか賃上げすべきかは、内部留保が多いか否かに関係ありません。内部留保が多くても少なくても、設備投資や賃上げが必要なら実行すべきなのです。その面からも「内部留保が多いなら、それを使って・・せよ」といった議論には疑問を感じます。 

 

上にも書きましたが、内部留保が多いほうが好ましいか否かは何ともいえません。株主と従業員で望ましいことが違うからです。 

 

株主としては、少ない純資産と多くの借金で事業をしてほしいと考えているでしょう。銀行から借りた金でビジネスをして儲けが出れば、それは株主のものになるからです。したがって、純資産1、借金9の会社が5個あったほうが、純資産5、借金5の会社が1個あるよりありがたいわけです。 

 

しかし、従業員や経営者や銀行にとっては、純資産5、借金5の会社の方が倒産しにくいので、望ましいといえるでしょう。企業が倒産すれば失業者が増えてしまいますし、企業のノウハウ等といった無形資産も雲散霧消してしまいますから、日本経済にとっても倒産しにくい会社の方が望ましいといえるでしょう。 

 

もうひとつ、純資産が少ないということは、倒産リスクを銀行に押しつけていることになります。企業が4の損失を出しても、純資産が5の会社は倒産しませんが、純資産1の会社は倒産し、損失のうち3は銀行が被害を受けるわけです。 

 

本来であれば、銀行は「そんな危険な会社には貸さない。とても高い金利を払ってくれるなら貸してもいいが」というべきなのでしょうが、昨今の日本の銀行は借り手が少なくて困っているので、そうした企業にでも喜んで貸しているようですね。 

 

もうひとつ、企業経営者と株主の関係についても考えておきましょう。「企業は株主のもので、経営者は株主のために働くべき」という考え方があります。それに従えば、株主は内部留保を増やさずに借金を増やしてほしいと望んでいるのだから経営者はそうすべきだ、ということになります。 

 

しかし実際には、経営者は会社が倒産すると自分が失業したり無能の烙印を押されたりするので、会社が倒産しないように内部留保を増やすことに熱心です。 

 

これを、日本の企業はガバナンスの問題がある、と考える人もいるようですが、そこにはさまざまな考え方があるでしょう。経営者に株主のいうことを聞かせるには「株主が儲かったら経営者の報酬を10倍にする」といった報酬体系にすればよいのです。ストックオプションと呼ばれるものは、その発想ですね。その結果、企業の倒産可能性が高まっても構わないと考えるのか、それは望ましくないと考えるのか。論者の視点によって結論は異なるのだと思います。 

 

今回は、以上です。なお、本稿はわかりやすさを重視しているため、細部が厳密ではない場合があります。ご了承いただければ幸いです。 

 

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塚崎 公義 

経済評論家 

 

塚崎 公義 

 

 

 
 

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