( 202892 )  2024/08/18 15:52:14  
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提供:桑原農産 

 

すわ令和の米騒動か――。現在、コメの民間在庫量が過去最少となり、全国各地のスーパーでコメの品薄状態が続いている。収穫時期は目前だが、昨年に引き続き今夏も猛暑だ。昨年、災害レベルともいわれた猛暑の影響でコシヒカリなど主力銘柄の一等級比率が過去最低にまで落ちこんだ新潟県では、2024年産米の生育状況が注視されている。もともと暑さに強くはないコシヒカリ。高温耐性のある新品種の開発が進むなか、「温暖化のスピードは想像以上に速い」と悲鳴を上げる農家も。新潟が誇るブランド米コシヒカリは、手の届かない幻の品種になってしまうのか。また、私たちの食卓に与える影響は? 農家と専門家に話を聞いた。(取材・文:山野井春絵/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部) 

 

昨年の夏は、観測史上もっとも暑く、残暑も厳しかった。今夏も40度に迫る猛暑日が続き、ニュースは連日、不要不急の外出を控えるようにと伝えている。  

 

新潟県南魚沼市の米農家、「桑原農産」の桑原真吾さんは、昨年の夏の苦い記憶がよみがえる。  

 

2023年、新潟県内の8月の月平均気温は、28の観測地点のうち 27地点で観測史上1位を更新。新潟沖の海水温度も過去最高を記録した。またフェーン現象による乾燥した熱風に3度も見舞われ、渇水にも悩まされた。猛暑は、コメの正常な生育を妨げ、コメの等級にも影響する。特に昨年は、種子が発育・肥大する登熟期の気温が高く、その影響で胚乳(白米として食べる部分)の一部または全部が白く濁る白未熟粒が多発した。その影響で平年、7割以上の県産コシヒカリが見た目と品質がよい一等米になるが、昨年は5%にまで落ちこんだという。災害級の被害に、多くの農家が肩を落とした。 

 

制作:Yahoo!ニュース 

 

「昨年の8月末に行った、最初の稲刈りが忘れられません。猛暑だったので、危機感から収穫を早めたんです。さっそく乾燥させて玄米にしたコシヒカリを見た瞬間に、『やばいな』と思いました。白未熟粒というんですが、白っぽいんです。ショックでした。スーパーへも行っていろんなコメを見てみました。そしたらみんな白いんですよ。やっぱりなあ、と」(桑原さん) 

 

コメの等級には一等、二等、三等があるが、一等のコメは、一定量の玄米のなかの欠け米や未熟米などではない整った形のコメ粒の割合(整粒歩合)が高くて虫食いがなく、透明感がある。例年多くのコシヒカリを一等米に育ててきた桑原さんだが、昨年は半分ほどが二等米になってしまった。 

 

「等級が下がっても、おいしさにはさほど変わりはないんですけど、収入はどうしても下がってしまうので……。南魚沼でも渇水した地域は、夜の気温も下がらなくて、かなり大変だったと思います。うちの田んぼは、標高250~300mほどのところにあります。ダムから近いのと、夕立が多くて水がキープできるのと、風も抜けやすいので、まだマシなほうだったようです」 

 

 

猛暑となった2023年、稲の生育状況を見て歩く桑原真吾さん(本人提供) 

 

北魚沼とよばれる魚沼市でコシヒカリを栽培する「さくらや農園」の櫻井悟さんも、「じわじわと確実に温暖化が進んでいることを感じる」と語る。 

 

「自分は30年ほど前に農業をはじめたんですが、そのころはまだゴールデンウィークくらいまで田んぼのあぜに雪があったんです。今はさっさと解けていく。田んぼに積もった雪の下の草がもう青かったりして、ずいぶん暖かくなっているんだなと。急激に変化したというよりは、徐々に、確実にね」(櫻井さん) 

 

さくらや農園の櫻井悟さん(本人提供) 

 

1969年に自主流通米制度がはじまって以来、コシヒカリは圧倒的な人気を誇り、現在も全国の作付面積はトップだ。 

 

「コシヒカリは食感がやわらかく、タンパク質含有量が低く食べやすい。あきたこまちやひとめぼれなど、北海道系以外のコメはほとんどコシヒカリがルーツです。昭和からはじまった日本人のコシヒカリ信仰には、根強いものがありますね」 

 

そう語るのは、元米穀新聞記者でジャーナリストの熊野孝文さん。 

 

「コシヒカリを自慢のブランド米として生産してきた新潟の温暖化は深刻です。平野に張り巡らされた用水路の水が温泉のように熱くなって田んぼに流入することも高温障害の一因。コシヒカリは暑さに弱い品種ではないのですが、今の高温は稲育種の常識を超えています。 気温が上がると成長が急激に進み、穂の重さから倒伏しやすくなります。暑さに強いコシヒカリをと、以前から国の農研機構、各都道府県の農業試験場でも取り組みが進んでいますが、品種改良には莫大な予算と10年以上の歳月がかかるのです」(熊野さん)  

 

農研機構(国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)では、今後予想される気候をシミュレーションした気候モデルと、温室効果ガス排出シナリオを組み合わせた「気候変化シナリオ」に基づき、将来的な気温から水稲にどのような影響が出るかを20年以上予測・研究してきた。 

 

「人工的に二酸化炭素濃度を高めた屋外で水稲を育てる実験をしました。二酸化炭素濃度が上昇すると光合成が活発になり、収穫量が増加します。ところが、あまりに高温条件になると、その増収効果は抑制されてしまうことがわかりました。また、二酸化炭素濃度は品質に対しても影響し、白未熟粒(乳白部が白濁し、未熟粒に分類される粒)を増やしてしまうのです。影響を軽減するための適応策としては、品種改良のほかに、田植えの時期をずらすとか、発育特性の違う品種を導入するなどして、稲が高温影響を受けやすい時期を高温のピーク期に当たらないようにする、農業用水が豊富であれば水田の水をかけ流ししたり多く入れたりすることで水温が高くなることを防ぐといった水管理を適正に行うなどがあります」(農研機構 農業環境研究部門 石郷岡康史グループ長) 

 

 

同じ年に同じ条件で育てられた「にじのきらめき(左)」と「コシヒカリ(右)」の玄米。コシヒカリは種子が次第に発育・肥大する登熟期の気温が高いと、白く濁って白未熟粒となる(農研機構提供) 

 

新潟県は冬季の降雪から、作付け期間が太平洋側の地域と比べても短くなる。作付けの時期をずらしにくく、ほぼ同時になるので、高温障害が起きたときに広範囲で影響が出てしまうのだという。 

 

「新潟県をはじめとする日本海側は、春先まで積雪に覆われることや、夏季の南風がフェーンとなることから、全国的に見ても温暖化の影響を大きく受けそうな地域の一つであるということで、特別に注目しているところです」(石郷岡さん) 

 

農研機構を中心に、温暖化に対応する品種改良の流れは2000年のはじめ頃にはじまった。本格的に注目されるようになったのは、2010年のこと。この年も、猛暑が新潟県を襲った。 

 

「品種改良には、とにかく時間がかかります。ざっくり説明すると、おいしい品種と暑さに強い品種があったとしたら、両方のいいとこ取りをしようと、まずは親の情報を整理して、有用なものをかけ合わせる交配を行います。種子の世代を重ねていくと、最初のうちはバラバラなだけですが、3、4世代くらいたつと、それぞれの種子から得られる次の世代の特徴がそろってきます。その頃に良い個体から得た種もみから調査用の集団(系統)をいくつか作りだし、様々な特徴についての調査をはじめます。ここまでくるのに、だいたい5年程度はかかります。その後も様々な調査を繰り返して各系統の成績をまとめた後、普及想定先の県に配って試験をして1~2年データを取り、そこまでやってはじめて品種登録の申請を行います」(農研機構 作物研究部門 後藤明俊グループ長) 

 

研究、開発。さらに普及させ、収穫に至るまでのプロセスを加味すれば、新品種リリースの難しさは想像に難くない。 

 

たとえば新潟県の「新之助」は、2008年から開発された新品種だ。500種類の交配によって20万株の品種候補を育成し、特に「食味」に優れた株を探すところからスタートした。高温耐性を確認するために温室や石垣島で候補を栽培し、性質の安定化を図ったという。 

 

 

現在新潟県では、この「新之助」や「にじのきらめき」の作付けが増加傾向にある。どちらも高温耐性と耐倒伏性に優れているとされる。特に新之助は、猛暑下の昨年も一等米の割合が高かった。 

 

制作:Yahoo!ニュース 

 

新潟県農林水産部農産園芸課の瀧澤明洋参事は、「昨年の猛暑で農家の異常高温に対する 危機意識が高まったことも普及の一因では」と話す。 

 

「特に新之助は、集荷・販売の際の品質に基準が設けられているため、新たに挑戦するのは農家さんとしてもなかなか簡単ではないと思いますが、新之助はコシヒカリより生育期間が長い晩生の品種。高齢化などでコメ作りをやめる小規模農家の田んぼを引き受ける大規模農家が、『コシヒカリと収穫時期が異なる新之助なら作れる』と、取り組みをはじめたりしています。大規模農家が複数の品種を栽培することは、温暖化だけでなく、労働力を分散させることもできるので、新潟県としても早生の『ゆきん子舞』 や『こしいぶき』等の導入と併せた品種構成の見直しによるリスク分散を進めていきたいと考えています」(瀧澤さん) 

 

店舗に陳列されている「新之助」。隣には魚沼産コシヒカリが並ぶ 

 

桑原さんも、コシヒカリに加え、新之助、こがねもち、いのちの壱と複数の品種を栽培している。新之助の導入時には、生産工程を記録し提出するなどの手順を踏んだという。現在、コシヒカリと新之助の割合は25:9。すべて新之助にしようとは思わないのか。 

 

「新之助は、暑さには強いんですけど、いもち病にとても弱い。今年のような、湿度が高い日が続くと出やすくなるので、かなり気をつけて見ていかないと。また、無理に収量を上げたりすると、食味が下がるという特徴があると思っているので、ここは駆け引きが必要なんです。丈夫でたくさん取れるからといって、おいしくないコメを作りたくはないので」(桑原さん) 

 

ジャーナリストの熊野さんは、「今後、コシヒカリ信仰は薄れていくだろう」と予想している。  

 

「新之助もにじのきらめきも、最近の新品種はどれもおいしいですよ。目をつぶってコシヒカリと食べ比べて、当てることができる人がどれくらいいるでしょうか。これから、特に若い人たちは、銘柄にこだわらず、味や機能性でコメを選ぶ時代になっていくと思います。今はコシヒカリはブランドだし、高く売れるから、農家もコシヒカリを作りたいと思う。新品種を取り入れて、うまく育つという保証もないからチャレンジすることに躊躇(ちゅうちょ)する農家もあるでしょう。新品種を定着させるのにはまだまだ時間がかかります。国内外の消費をもっと推奨し、生産者と消費者がどちらも安心できる政策を考えるべきなんです」(熊野さん) 

 

連日の猛暑に、局地的な豪雨。今年も秋の収穫が心配される。 

 

品種改良が温暖化のスピードに追いつかなくなったとき、日本人の食糧はどうなるだろうか。当たり前のように口にしていたコメが手に入らない日が来るとしたら……? そうならないように、コメ農家や関係者たちの熱い闘いは続いている。 

 

新品種の普及や品種改良を待つだけでなく、日本のコメを守るために何ができるかを考えるのは、農家だけが負うべき課題ではない。 

 

 

 
 

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