( 204207 )  2024/08/22 16:34:42  
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by Gettyimages 

 

為替レートの円高転換に伴い、本来であれば、消費者物価が低下するはずだ。しかし、企業が輸入価格低下を売上価格低下に還元しないと、この過程が実現しない。物価引下げを実現させることが必要だ。 

 

【写真】1ドル130円台の可能性も!いまこそ「物価引き下げ」で国民を困窮から救え 

 

円ドルレートは、今年7月始めには1ドル=160円を突破する円安になったが、10日から急速に円高が進んだ。 

 

そして、8月5日には、1ドル147円程度となった。この間に、円は9%ほど増価したことになる。だから、現地価格が不変なら、輸入価格は下落するはずだ。 

 

これまで、為替レートが円安になる局面では、それによって消費者物価が上昇してきた。これは、円安による輸入価格の上昇で売上原価が上昇すると、企業はそれを次の段階に転嫁したからだ。転嫁はつぎつぎに続き、最終的には消費者物価に転嫁された。そして、日本国民の生活が困窮してきた。 

 

為替レートの円高転換によって、これまでの過程が逆転し、消費者物価が低下して、元の水準に戻ることが期待される。 

 

このような転換が起きるかどうかは、国民生活に大変重要な意味を持っている。 

 

しかし、為替レートが円高になったときに、必ず消費者物価が下がるかと言えば、現実にはそうならない場合が多い。 

 

そうしたことが2022年の秋に起きた。 

 

為替レートは、21年には1ドル=110円程度だったが、アメリカが政策金利を急速に引き上げたために、2022年2月から急速な円安が進み、2022年10月に150円に近づいた。 

 

これに対処するため、日本政府は、10月21日に5兆6000億円の円買い介入に踏み切った。このため、為替レートは円高に転換した。そして2023年1月には、1ドル=130円程度にまで円高が進んだ。22年10月頃と比べると、約15%の円高だ(なお、介入の効果は長続きせず、23年1月からは、ふたたび円安が進行した)。 

 

円安時に見られた関係が成り立つとすれば、22年10月からの円高によって、消費者物価が下がってしかるべきだった。 

 

しかし、実際にはそうしたことは起こらず、消費者物価(生鮮食料品を除く総合)の対前年同月比は、23年の中頃まで3%台中ごろの値だった(22年12月、23年1月には、むしろ上昇率が4%台に高まった)。 

 

つまり、円安が進んで原価が上昇したときには企業はそれを売上に転嫁するが、逆に円高が進んで原価が低下した場合には、それを売り上げ価格の低下に結びつけなかったと解釈できる。今後予想される円高過程で、こうしたことが再び繰り返されるとすれば、大きな問題だ。 

 

 

世界的なインフレ傾向の中で、「強欲資本主義」ということがヨーロッパで言われた。 

 

これは、インフレによって企業の付加価値が増大するとき、企業はそれを従業員の給与引き上げにはあてず、もっぱら企業利益の増大に回したことへの批判である。 

 

前項で述べた企業行動は、これとは若干違う意味ではあるが、企業が消費者や従業員のことを考えず、利益の増大だけを求める行動をしているという意味で、一種の強欲資本主義だと考えることができる。これを「強欲資本主義のバージョン2」と呼ぶことができるだろう。 

 

これまで述べたことを、この言葉を使って言えば、次のようになる。 

 

企業が輸入物価の上昇を売上価格に転嫁するのは止むをえないかもしれない。しかし、そうであれば、円高の過程では、売上価格を引き下げることによって利益を消費者に還元すべきだ。 

 

それをしなかったという意味で、日本企業の行動原理は「強欲資本主義のバージョン2だ」と表現することができる。 

 

今後の円高進行の過程で、こうした行動を許さないことが重要だ。つまり、輸入価格の下落を消費者価引き下げに還元するよう、求める必要がある。 

 

物価の上昇に悩まされてきた日本国民にとって、消費者物価が低下するのは、願ってもないことだ。 

 

しかし、日本銀行はこのような考え方をとっていない。日銀は物価が上昇することが望ましいとし、それをこれまで大規模金融緩和の目標に掲げてきた。 

 

しかし、これまで10年以上にわたって金融緩和を続けたが、目標としてきた「消費者物価上昇率2%」は実現できなかった。 

 

ところが、2022年からの円安によって輸入物価が上昇したために、この目標はあっけなく実現してしまった。 

 

ただし、 これは、当初考えていたプロセスとは、全く異なるプロセスで実現したものだ。当初考えていたのは、日本経済の成長率が高まることによって賃金が上昇し、それによって物価が上昇するということであったのだろう。しかし、実際に起きたのは、このようなプロセスではなかった。上で述べたように、海外からインフレが輸入されることによって物価が上昇しただけのことだったのだ。 

 

そのために、金融を引き締めざるを得なくなった。そして最近では、「賃金と物価の好循環が実現されれば、金融政策を正常化する」としている。つまり物価だけでなく賃金も上昇すれば、これまでの緩和政策を本格的に転換すると言うのだ。 

 

物価が上昇したため、春闘に見られるように賃金が上昇しているのは事実だ。しかし、これによって経済が好循環を始めたわけではない。 

 

企業が「強欲資本主義」の原理で行動するとすれば、賃上げは企業の利益を減らすことによって行なうのではなく、売上に転嫁することによって行なうはずだ。つまり、賃金が上がれば、物価が上昇することになる。 そして、 物価が上がるから、賃金をさらに引き上げざるをえなくなる。賃金上昇分は消費者物価に転嫁されるので、さらに賃金引き上げが必要になる。こうして、悪循環が生じることになる。 

 

これは「物価と賃金の好循環」ではなく、「物価と賃金の悪循環」だ。これは、コストプッシュ・インフレーションであり、経済を破壊する恐ろしい事態だと考えざるをえない。 

 

これを阻止するためには、これまで述べたように、コストが低下した場合には、企業が売上価格を引き下げるよう、政府が指導することが必要だ。そして、国民がそれを監視することが必要だ。 

 

野口 悠紀雄(一橋大学名誉教授) 

 

 

 
 

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