( 205492 )  2024/08/26 16:54:55  
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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/FroggyFrogg 

 

日本は2023年、GDPでドイツに抜かれて世界4位に転落した。しかし、アメリカ・中国に次いで世界第3位となったドイツも安泰とは言えないという。ドイツ在住のジャーナリスト・熊谷徹さんの著書『ドイツはなぜ日本を抜き「世界3位」になれたのか “GDP逆転”納得の理由』(ワニブックス【PLUS】新書)より、一部を紹介する――。 

 

【図表】2023年の主要国の名目GDP(億ドル) 

 

■55年ぶりに日独の順位が逆転 

 

 「順位逆転」の第一報は、2023年秋に外国から飛び込んできた。2023年10月10日、国際通貨基金(IMF)は、世界経済見通し(WEO)10月版を公表した。IMFはこの中で、「2023年のドイツの名目GDPが、55年ぶりに日本を抜いて、世界第3位になる」という見通しを明らかにした。 

 

 IMFはそれから約6カ月後の2024年4月21日に公表したWEOの中で、「ドイツ第3位・日本第4位」を確認した。 

 

 IMFが発表した統計によると、ドイツの名目GDPは4兆4574億ドルで、米国・中国に次いで第3位。日本は4兆2129億ドルで第4位に転落(図表1)。ドイツの名目GDPは、日本を5.8%上回った。ドイツの名目GDPは前年比で9.1%増え、日本は前年比で1%減った。 

 

 1968年には日本の名目GDPが当時の西ドイツを追い抜いて、世界第2位になった。日本の名目GDPは2010年に中国に追い抜かれて世界第3位に転落したが、それから13年後の2023年には第4位に下落した。55年ぶりに、日本とドイツの順位が入れ替わったのだ。 

 

■日本は来年、インドにも抜かれる見通し 

 

 内閣府もIMFの最初の発表から4カ月後の2024年2月15日に、「日本の2023年の名目GDPは591.4兆円で、ドルに換算すると4兆2106億ドルだった。ドイツ(4兆4561億ドル)よりも少なくなり、第4位になった」と発表した。 

 

 日本政府が2024年2月に発表したドル建てのGDPがIMFの2024年4月の発表と異なる理由は、ドルへの交換レートの違いによるものと思われる。 

 

 ちなみにIMFは、2025年に日本の名目GDPがインドにも抜かれて、世界第5位になると予想している。ドイツの未来も決してバラ色ではない。2027年にはドイツもインドに抜かれ、世界第4位になる。つまり日独ともに沈んでいく。 

 

 

■ドイツ鉄道は2~3時間の遅延が常態化 

 

 私は1990年からこの国に住んでいるが、21世紀に入ってから、特に2020年以降、社会の各所に様々な「きしみ」を感じる。かつての美徳が、どんどん失われている。一例が交通機関の遅れだ。ドイツ鉄道(DB)の長距離列車は、かつて時間の正確さで知られた。しかし今では2~3時間の遅れが常態化しており、利用者の間で不満が高まっている。 

 

 先日、あるドイツ人男性が、列車でミュンヘンからバイエルン州南部のフュッセンに行こうとした。しかし発車時刻になっても、列車が動かない。 

 

 やがて車内放送があった。「いま列車の運転士を探しています。もう少しお待ち下さい」。しばらくすると、また車内放送。「運転士が見つかりませんので、この列車はキャンセルになりました。皆さん降りて下さい。次のフュッセン行きの列車は、2時間後に発車します」。 

 

 この男性は、「時間を守ったり、約束したことを必ず実行したりするというのが、かつてのドイツの常識であり美徳だった。しかしこの美徳は、失われつつある。ドイツは、下り坂だ」と私に言った。 

 

 私も1980年に、この国の鉄道が国営でドイツ連邦鉄道と呼ばれていた頃頻繁に列車を利用したが、発車・到着時間の正確さに感動した。「これがドイツ的秩序なんだな」と思った。連邦鉄道は1994年に民営化されたが、それ以来徐々に金属疲労の兆候が見えてきた。 

 

■マンハイム駅で乗り継ぎできるはずが… 

 

 最近では、列車に乗る前に「定刻に着くだろうか」と不安になる。大切なアポイントメントがある時には、前の日に行くか、飛行機を使う。やむを得ず列車を使う時には、列車の到着が遅れるという前提でスケジュールに余裕を取る。なるべく乗り換えのない列車を選ぶ。1980年代に経験した安心感、信頼感はなくなった。 

 

 2023年9月に講演を行うためにミュンヘンからデュッセルドルフに行った。列車は2時間遅れた。講演には間に合ったものの、かなりギリギリだった。 

 

 帰りの列車は、10分の遅れで済んだが、珍事があった。列車がマンハイム駅に近づくと、車内放送が流れた。「チューリッヒ行きの列車は、到着ホームの向かいのホームから発車します。乗り継ぎできる予定です」。だが列車がマンハイム駅のホームに入ると、車窓から、向かいのホームの列車が走り出したのが見えた。 

 

 また車内放送があった。「お客様、悪い知らせです。チューリッヒ行きの列車は、もう発車してしまいました。乗り継ぎはできません」。乗客たちから、笑い声が上がった。 

 

 

■ケルン駅で定刻に着いた列車は4本に1本 

 

 2023年9月にミュンヘン交響楽団は、ケルンからベルリンへ向かう予定だったが、列車が約4時間半遅れた(通常5時間~5時間半で着くが、この時には約10時間かかった)。 

 

 このためコンサートは予定よりも15分遅れて、始まった。予定されていたコンサートのラジオ中継は、中止された。交響楽団の関係者はX(旧ツイッター)で怒りをぶちまけていたが、DBからは何の賠償も受けられなかった。 

 

 この国では列車が定刻よりも6分以上遅れて到着した場合を遅延と見なす。DBの統計によると、2023年12月に定刻に目的地に着いた列車の比率は、58.6%にすぎなかった。つまり長距離列車に乗ると、ほぼ2回に1回は定刻に着かない。 

 

 最も遅延がひどいのはケルン西駅で、2022年の統計によると、定刻に着いた長距離列車の比率は24.6%にすぎなかった。ヨーロッパで最も遅れが少ないのはスイス連邦鉄道で、長距離列車の96%が定刻に到着する。スイス連邦鉄道を優等生とすると、DBは落第生だ。 

 

 遅れが深刻化している原因は線路やポイントなどの老朽化や、人手不足だ。ドイツ人に「日本の新幹線では、到着が予定時刻より2分遅れても、謝罪の放送がある」と言うと、びっくりする。 

 

■運転士の労働組合が求めた4つの条件 

 

 これに加えて、ドイツの列車運転士らが賃上げや労働条件の改善を求めて時折行うストライキも、乗客たちを悩ませる。 

 

 2023年12月7日、ドイツ列車運転士労働組合(GDL)は2日間の警告ストに踏み切り、全国で長距離・近距離列車を停止させた。列車の発車時刻を表示する駅の電光掲示板には「キャンセル」の文字が並んだ。ストの理由は、2024年の賃金と労働条件をめぐるDBとの交渉が暗礁に乗り上げたからだ。GDLはDBに対し次の改善措置を要求した。 

 

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① 全労働者の月給を555ユーロ(9万4350円)引き上げる。 

② シフトで働く労働者の所定労働時間を週38時間から35時間に減らす。ただし給料は減らさない。 

③ インフレ対策手当として年間3000ユーロ(51万円)の上乗せ(実習生の場合1500ユーロ)。 

④ 企業年金の改善など。 

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 焦点となったのが、給料を減らさずに、シフト労働者の所定労働時間を週38時間から35時間に減らすという要求だ。これは事実上、週休3日制の導入を意味する。 

 

 

■ストで全国の公共交通機関が機能不全に 

 

 現在DBの社員数は約32万人。しかしDBでは今後定年退職する社員が増えるので、今年1月には2万5000人の社員を募集する方針を打ち出していた。 

 

 経営側は「シフト労働者を週休3日制に移行させた場合、労働力不足がさらに悪化する」として、GDLの要求を拒否した。このため運転士たちは警告ストに踏み切ったのだ。 

 

 GDLは2024年1月24日にも、4日間にわたりストを行った。2月2日には、バイエルン州を除くドイツ全域で地下鉄、バス、市電、近距離鉄道で働く職員がストを実施。2月1日には空港の安全検査員、2月7日にはルフトハンザ航空の地上勤務員がストを行い、空の旅にも乱れが出た。 

 

 ちなみにドイツ最大の産業別労組IGメタルも、鉄鋼部門の労働者の週労働時間を35時間から32時間に減らすことを要求している。週休3日制の要求は、鉄道以外の部門にも広がりつつある。 

 

 GDLは2023年後半から2024年前半に合計6回のストを実施した結果、交渉の勝者となった。経営側は、シフト勤務の運転士の労働時間を徐々に減らしていき、2029年にはGDLの要求通り35時間にすることに合意した。 

 

■市民も「労働者の権利だ」と我慢している 

 

 ストライキが少ない日本とは異なり、ドイツの労働組合はしばしばストを実施する。列車の運転士に限らず、市電・バスの運転手、航空管制官、航空会社のパイロット、郵便会社の社員らも毎年のようにストを行う。 

 

 日本人の私の目から見ると、「よく客が我慢しているな」と感心させられる。ドイツは元々日本に比べるとサービスの水準が低いので、ストライキによって不便が生じても我慢する人が多い。また、「労働者にはストライキによって賃上げや労働条件の改善を要求する権利がある」という意識も、市民の間に浸透している。 

 

 労働組合が日本では考えられないほどの影響力を持っているため、労働者による実力行使が多発する。 

 

 

 
 

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