( 205507 ) 2024/08/26 17:06:45 0 00 実際に南海トラフ地震が起きた場合の経済損失は(岸田文雄・首相/時事通信フォト)
宮崎県日向灘を震源とするM7.1の地震をきっかけに、政府が史上初となる南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)を発表。この巨大地震では約230万棟以上が全壊し、32万人以上の死者が出ると推計されているが、脅威は災害による直接的な被害に留まらない──。
「巨大地震注意」の臨時情報の呼びかけは1週間で終了したものの、警戒を怠ることはできない。そのメカニズムは後述するが、地震の専門家は南海トラフ地震の震源域が活動期に入った可能性があると警鐘を鳴らす。
この巨大地震のリスクは地震・津波によって人命が失われることに留まらない。住居や道路の倒壊などで経済に様々な悪影響が生じ、長期にわたって尾を引くからだ。
政府は経済損失を最大220兆円と推定しているが、これは建物や道路など主な資産の被害に限ったものでしかない。
京都大学大学院教授の藤井聡氏は、企業の生産活動がストップし、個人消費が減退することも射程に入れた試算を2018年に公表。回復までの20年間の累計で、1410兆円にまで損失が膨らむとした。2011年の東日本大震災の16倍以上の規模だ。
国民生活にどのような痛みが及ぶのか──。
多くの人の暮らしを危機に晒すのは、サプライチェーンの寸断だ。地震学者の島村英紀氏(武蔵野学院大学特任教授)は、「より遠くまで伝わる長周期地震動により、広いエリアで構造物が破壊される可能性がある」と指摘。政府の被害想定でも、道路の被害は全国4万か所以上に及ぶとされる。
「東と西を結ぶ東京・大阪間の交通網が途絶えれば、物の流れが滞り、身近なところでは全国的な食料品不足が発生すると考えられます」(同前)
マーケットアナリストの平野憲一氏(ケイ・アセット代表)はこう言う。
「備蓄のあるコメは比較的安心ですが、輸入に頼る肉や魚は小売店から消える懸念がある。南海トラフの防災対策推進地域(※注)には茨城から沖縄まで広範囲が含まれ、令和4年の全国開港別貿易額トップ3の成田空港、東京、名古屋の港や、鶏肉加工品の輸入において10年以上全国1位のシェアを占める川崎港などに被災のリスクがある。
【※注/南海トラフ地震が発生した場合に著しい地震災害(震度6弱以上や、海岸堤防が低い地域での津波高3m以上など)が生じる可能性があるため、地震防災対策を推進する必要があると内閣府が指定する地域】
そうなると、博多港や仙台港など、被災を免れ、かつ大型船が入港可能な港まで遠回りせざるを得ない。交通網が寸断されれば食材の流通に不安が生じます。食卓に欠かせない冷凍食品や缶詰など加工品も輸入食材に頼っており、同様の懸念があります」
交通網が回復しても、十分な供給がなされるまでには時間がかかると考えられ、食料品価格の急騰なども起こり得る。
株価も大打撃を受ける。
東日本大震災後は日経平均が2割近く下落したが、前出・平野氏は南海トラフ地震での下落幅はさらに大きくなるとみる。
「被害が広範囲に及ぶため、企業活動へのダメージは東日本大震災の時より深刻になる。外国人の日本株の保有割合が31.8%と高まっている点も重要。短期的な利益を重視する外国人が南海トラフ地震で被害を受けた日本企業を見て、復興を待たずに売りに転じると、影響は非常に大きい。日経平均2万円の水準までの暴落も考えられます」
不動産価格の下落リスクもある。
建物の倒壊被害は四国、近畿、東海地方で大きいとされ、それらの地域では復興に時間がかかる事態が懸念される。加えて、遠く離れた首都圏の不動産も、倒壊などの被害を免れたとしても、その価格には影響が出そうだ。
東京湾に面した都内の区部でも最大で3メートル近い津波が想定されている。不動産ジャーナリストの榊淳司氏は言う。
「東日本大震災の後も、埋立地である千葉の新浦安と海浜幕張は液状化の被害でマンション価格が下がった。その後、東京の有明、豊洲、晴海といった湾岸エリアで多数のタワマンが建設されましたが、そうしたところには津波による停電リスクなどがあり、エレベーターが停まるなどの被害が出ると物件の印象は大きく損なわれる」
過熱気味のタワマン相場が崩れるきっかけになり得ると榊氏は見る。
「現状が高すぎるので、半値になってもおかしくない。東京だけではなく、静岡以西の想定震源域では、東日本大震災級の大災害を経験した大都市は神戸ぐらいで、名古屋や大阪にある旧耐震基準の建物の価格が急落する可能性がある」(同前)
南海トラフ地震は広範な地域で想定震度が大きい。トヨタを頂点にした自動車関連企業が集積する愛知県のほか、世界的なメーカーがある京都府や滋賀県などで震度6強~7が想定され、生産設備損壊のリスクに直面する。1995年の阪神・淡路大震災では京都や滋賀、大阪でも震度4~5程度だったので、それを大きく上回る揺れに襲われ、被害が出る可能性がある。
前出・藤井氏は、各都市で労働者がどれだけの所得を失うかを推定している(2020年累計値)。
「最も被害が大きいのが名古屋で、2058万円の所得減がもたらされ、これに大阪の1758万円、神戸の1340万円が続き、さらに広島、横浜、京都と広い地域で損失を被ることになる」
大企業の生産が滞れば、下請けの中小企業の稼働も停滞する。
「2次・3次請けの連鎖倒産があるでしょう。世界トップの半導体企業である台湾のTSMCが日本に工場を建てるなどの動きがあるなかで南海トラフ地震が起きれば、生産機能を再び海外に置くよう切り替える動きが活発化し、多くの雇用が失われる事態も懸念される」(平野氏)
甚大な被害が日本列島を襲うことになるのだ。
※週刊ポスト2024年8月30日・9月6日号
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