( 206092 )  2024/08/28 15:58:17  
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ディスカウントストア「ドン・キホーテ」(通称「ドンキ」)を運営するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)の人事に注目が集まっている。新たな非常勤取締役として22歳の若者を候補に挙げたからだ。9年半ぶりに決算会見に登壇した創業者・安田隆夫氏は、その狙いをどう語ったのか。『進撃のドンキ 知られざる巨大企業の深淵なる経営』を上梓(じょうし)した酒井大輔が若返り人事の狙いを読み解く。 

 

【関連画像】創業者・安田隆夫氏の息子で、PPIHの新任非常勤取締役候補として紹介された安田裕作氏(写真=的野 弘路) 

 

 2024年6月期で、連結売上高が2兆円を突破したディスカウントストア「ドン・キホーテ」擁するPPIH。 

 

 創業者・安田隆夫氏(75)が9年半ぶりに登壇した決算説明会で注目の的になったのが、新たな非常勤取締役候補として姿を見せた一人の若者だ。 

 

 「この場でぜひ皆さんにご紹介させていただきたい人物がおります。息子の安田裕作でございます。彼はまだ22歳の若輩者でございますが、今年の年明けから私のカバン持ちとして今はほぼ24時間行動を共にしております。私はこの安田裕作に将来的に当社の大株主である安田創業家当主の地位を譲り、また当社の取締役候補として推挙いたす所存でございます」 

 

 安田氏にそう促され、息子の裕作氏が、初めて公の場でマイクを握った。「微力な若輩者に過ぎませんが、今後はPPIHに少しでも貢献できるよう、身を粉にし、精進してまいる所存ですので、これを機にお見知りおきくだされば幸いに存じます。何卒よろしくお願い申し上げます」 

 

●40代2人にも代表権 

 

 PPIHは今回の決算会見に合わせて、取締役兼常務執行役員の森屋秀樹氏、常務執行役員の鈴木康介氏を、それぞれ代表権のある専務執行役員に昇格させることを発表した。森屋氏は現在46歳、鈴木氏は47歳であり、40代の代表取締役が2人誕生する。59歳の吉田直樹社長CEO(最高経営責任者)と合わせて3頭体制になる。 

 

 このほか、ユニー社長の榊原健氏が新任の取締役兼専務執行役員となる。さらに非常勤取締役として22歳の安田裕作氏が加わり、9月の株主総会での承認を経て、取締役会はいっそう若返ることになる。そもそも売上高2兆円を超える大企業で、新卒年齢の取締役を迎えるのは、極めて珍しい。 

 

 創業家だからというだけではない、明確な理由があると、吉田社長は説明した。 

 

●「10代、20代の半数を顧客にする」 

 

 「当社はこれからの新規顧客の獲得において、10代、20代の50%を顧客にするという野心的な目標を持っております。こういった観点から、今後PPIHの事業には若い感性がぜひとも必要と考えておりました」 

 

 ドンキには「顧客親和性」という鉄則がある。店づくりには想定顧客に最も近い店員が関わるべきだ、という考え方だ。 

 

 実際、ドンキの顧客層は、小売業界の中でも若い。特に「MEGAドン・キホーテ渋谷本店」では10代、20代の来店客の割合が40%を超える。Z世代(1990年代半ば~2010年代初頭生まれ)に特化した店舗「キラキラドンキ」も業態として確立し、全国に出店拡大中だ。 

 

 全国を見渡すと20代の若手店長も誕生している。しかし、取締役クラスで顧客親和性を体現するのは、なかなか難しい。 

 

 そこで白羽の矢が立ったのが、裕作氏だった。「20代から30代前半の取締役も可能なんじゃないか、ということでかねて探していたわけですが、今回ようやくご提案ができる運びになりました」(吉田社長) 

 

 裕作氏は創業者の家族だけに、若いながらもPPIHの事業への理解がある。実際、高校生のころからMEGAドン・キホーテ渋谷本店や、東京・中目黒の旧本社でインターンをし、社長室にも所属するなどさまざまな経験を積んできたという。 

 

 24年1月、PPIHグループに入社。現在は子会社であるPPRM(Asia)、PPRM(USA)の取締役を務め、今後アジアか北米のいずれかで常勤する予定だ。 

 

 

 巨大企業となったPPIHの精神的支柱になっているのは、創業者である安田氏が渾身(こんしん)の力を込めてしたためた企業理念集「源流」である(関連記事:ドンキ、35期連続増収増益に挑む カルト集団のごとき理念の徹底実践 )。 

 

 源流を血肉にし、役員を含む社員一人ひとりが自ら考えて行動することが組織に浸透したことで、PPIHは一枚岩となって貪欲に成長を追い求める企業集団へと変貌した。しかし、安田氏自身が発する肉声の存在感は依然として大きい。それは安田氏自身が、最も自覚している。 

 

 「問題はこれからでございます。当然のことながら、私は後期高齢者でございます。当然のことながら、生物学的な限界も当然あります。そうした中で、私たちPPIHグループが未来永劫(えいごう)、輝き続けるためにはどうしたらいいのか。そればかりをここ数年間考えてきた実感がございます」 

 

 その答えの一つが「大きな若返り」の断行だった。 

 

 「森屋とか鈴木とか、新しいメンバーがまさにリーダーシップを握る立場になり、彼らがこれから新しい気風を吹き込んでくれるものと期待をしております」 

 

 それと同時に、安田氏が熱視線を送るのは20代の台頭だ。 

 

 「安田裕作をご紹介いたしましたが、私には20代を中心としたメンバーが、これからの未来をつくらなければならないという切迫感もございます。私たちリアル店舗を取り巻くネット環境のさらなる進化、および今後の顧客対応に対する機敏な対応。こうしたものにはやはり若い感性が必要です。消費者と最も(年齢が)近い人たちが、何をおいても『この仕事は面白い、楽しい』(と感じる、)そんな環境をつくれたらいいなと私自身も思っております」 

 

 一代で急成長した企業ほど、世代交代が難しい。小売大手ではファーストリテイリングも、創業者である柳井正氏の長男と次男を取締役に迎えた。PPIHやファストリの決断は、経営において創業家と執行部の関係性をどう構築するかを考えるモデルケースになりそうだ。 

 

 ファストリの場合は、柳井氏と長男、次男の3人で発行済み株式の4分の1以上を持つ大株主でもある。一方、PPIHは安隆商事(東京・千代田)が5%強、公益財団法人の安田奨学財団が2%強の株式を持つが、大手金融機関が株主の中核となる。保有株式の割合を見ると、創業家といえどもファストリほどの影響力はない。 

 

 決算や人事の発表を受けて、8月19日の東京株式市場ではPPIHの株価が前週末日比で一時8.65%安となる3400円をつけるなど、急落した。25年6月期の業績見通しで連結営業利益は前期比7%増を見込むものの、純利益は2%減になりそうだと発表。市場予想を下回る見通しに対して売りが膨らんだとみられるが、そこには人事に対する評価が含まれているとも考えられる。 

 

 こうしたマーケットの評価をどう打開していくか。PPIHの場合、人事は「完全実力主義」で決まる。やる気があれば思い切って登用する半面、降格も活発だ。創業家出身として異例の抜てきとなった裕作氏だが、他の社員と同様、結果を残すことを何よりも求められるのは間違いない。 

 

 裕作氏は入社後、海外のDON DON DONKI(ドンドンドンキ)で展開する、すし店などで勤務したことに触れ、「これから(世界に)拡大していく飲食業態について深く関わっていきたい」と意欲を示した。 

 

 今後、創業者の安田氏から「当主」の座を引き継ぎ、いわばオーナーとして、会社と向き合う姿勢も問われる。難しい立場だが、裕作氏が実力を発揮し、社内の求心力を得ることができれば、PPIHは組織として若々しさを保ちながら、さらに進撃を続ける道が開ける。 

 

酒井 大輔 

 

 

 
 

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