( 207197 )  2024/08/31 17:18:29  
00

「もっている」のは間違いないハリス大統領候補(左から2番目)と、いい味を出しているウォルズ副大統領候補(同3番目)。民主党員は久々に候補者と恋に落ちている(写真:ブルームバーグ) 

 

 アメリカ大統領選挙には、こんなことわざがある。 

 

 「民主党員は恋に落ちるが、共和党員は行列に並ぶ」 

(Democrats fall in love, Republicans fall in line) 

 

 2008年選挙では、民主党員は確かに恋に落ちた。キラキラと光り輝くような候補者のバラク・オバマに惚れ込んだのだ。だから選挙ボランティアもしたし、小口の政治献金も惜しまなかった。彼らはロマンチストなのである。 

 

 ビル・クリントンやジミー・カーターも似たような感じだった。若い無名な候補者が「一大ムーブメント」になって、あれよあれよという間に大統領になってしまう。そんなストーリーはだいたいが民主党である。 

 

 それでは共和党員はどうか。彼らは「親が決めた相手」でも、文句を言わずに投票してくれる。候補者がロナルド・レーガンでもブッシュ親子でも、投票日になれば投票所に行って行列に並ぶ。ときには、「俺、トランプは好きじゃないんだけどなあ……」などと言いつつ、それでも義理堅く投票してくれる。彼らは現実主義者なのである。2大政党の支持者の投票行動には、おおよそそんな違いがある。 

 

■2020年の民主党員は「ぜいたくを言わず勝利を優先」 

 

 ところが近年の民主党員は、恋をしていなかった。2016年選挙のヒラリー・クリントンは立派な候補者だったし、「女性初の大統領」を目指すという大義もあった。しかし心底から好きだったわけではない。「まあ、相手はトランプだし大丈夫だよね」と油断していたら、信じられないことに負けてしまった。そして彼らにとって、悪夢のトランプ政権が始まった。 

 

 2020年選挙では、もうぜいたくは言っていられなかった。衆目の一致するところ、あのトランプを倒せる候補者はジョー・バイデンしかいない。トランプさんに取られたラストベルトの白人票を取り戻すには、それしかなかったのである。パッとしないお爺ちゃんだったけれども、そこは一致団結して勝たせたのである。 

 

 

 しかし、「さすがに2度目はないよなあ」、と思っていたら、2024年選挙はまたも「バイデン対トランプ」だという。ああ、どっちも嫌だ。選挙に行きたくない。気分が盛り上がらないときの民主党は弱い。 

 

 逆に共和党側には、熱狂的なトランプ支持者がいる。宗教保守派の応援もあるし、そうでなくても彼らは義理堅い。まして7月13日の「トランプ氏銃撃事件」があってからは、「神に守られた候補者」というカリスマ性も加わった。7月の共和党大会が終わった時点では大差がついていた。 

 

■「棚ぼたハリス」への悪評が「ごもっとも」なワケ 

 

 ところがそこへ奇跡が起きた。バイデンさんが不出馬宣言し、カマラ・ハリス副大統領にお鉢が回ってきたところ、彼女が急に光り輝いて見え始めたのである。 

 

 正直なところ、カマラ・ハリスさんはこれまで冴えない政治家だった。カリフォルニア州の検察官として順調に出世し、ついに州司法長官にまで上り詰めた。たまたま2016年に、同州のバーバラ・ボクサーという民主党古手の上院議員が引退したので、あまり苦労せずに後釜として上院選挙に当選。上院で司法委員会に所属したのは当然として、諜報(インテリジェンス)委員会にも所属したのは、「その上」を目指す野心があったからであろう。 

 

 2019年夏には、いきなり民主党の大統領予備選挙に出馬した。討論会でバイデン大統領をやり込めるなど、いくつか見せ場も作ったのだけれども、どうもマネジメント能力に欠ける人らしく、資金不足から12月にはあっけなく選対本部を解散してしまう。 

 

 しかるにその後がいけなかった。その時点で2020年1月のアイオワ州党員集会に向けて、ハリス陣営のスタッフは現地で活動していたのである。彼らは選対本部の解散を報道で知らされる。つまり、ボスに見捨てられてしまったのだ。これは怒っていいだろう。 

 

 そんな感じだったのに、ハリス氏は2020年8月に「棚ぼた」でバイデン氏の副大統領候補に指名される。予備選挙を勝ち抜けず、途中で部下たちを放り出した彼女が、史上初の女性副大統領になれてしまったのだ。以後、民主党内ではハリス副大統領について、何かと悪い噂が流れるようになる。「アイオワの恨み」を抱えるスタッフが党内に残っていることを考えれば、それはまったく不思議のないことと言えよう。 

 

 そんな彼女が、2024年選挙でも予備選を戦うことなく、いきなり大統領候補の座が回ってきた。よほど「もってる」人なのであろう。それでも大統領選のステージに上げてみたところ、急にスター性が開花した。そこで民主党員は、久々に候補者と恋に落ちているという次第である。 

 

 

 何より彼女は明るい。そしてよく笑う。バイデン氏81歳対トランプ氏78歳という構図に辟易していた向きには、59歳という年齢だけでホッとするものがある。 

 

 「女性初の大統領を目指す」、というモチベーションも健在だ。特に人工妊娠中絶の問題で、保守化した最高裁に怒っている女性は多い。黒人でアジア系でもある、という複雑なアイデンティティも、いかにも21世紀の候補者という感じではないか。元検察官が有罪判決を受けた犯罪者・トランプに立ち向かう、という構図がまた民主党支持者を高揚させる。 

 

■「決めぜりふ」やウォルズ副大統領候補も大きなプラス 

 

 しかもここへきて、初めて民主党には「決めぜりふ」が生まれた。それは彼女が多用する”We are not going back.”(私たちは後戻りしない)というフレーズだ。これを聞いた後に、トランプさんの”Make America Great Again”(アメリカを再び偉大な国に)という言葉を思い浮かべると、なんとも時代錯誤的に思えてくる。すなわち民主党は前向きで明るい政党、共和党は後ろ向きで暗い政党、という対比になるわけだ。 

 

 みずからの「伴走者」”Running Mate”として選んだ副大統領候補、ティム・ウォルズ氏がまたいい味を出している。この人、ハリスさんと同じ1964年生まれなのだが、「見た目年齢」が上なものだから、まるでハリスさんの保護者か何かに見えてしまう。 

 

 経歴を見ると、陸軍、高校教師、アメフトコーチとある。陸軍だって「上がり」ポストが「曹長」とあるから、さほど出世したわけではない(ちなみに勲章はたくさんもらっている)。それが地域のボランティアとして皆に愛され、ついには下院議員を6期も務め、ミネソタ州知事になったという叩き上げの人物なのである。 

 

 いかにも「アメリカのお父さん」というノリの庶民派で、それに比べれば、共和党副大統領候補のJ.D.ヴァンス上院議員はイエール大卒のインテリである。焦点となる白人ブルーカラー層の票を取りに行くには、ウォルズ氏のほうが有利なんじゃないだろうか。 

 

 さて、間もなくアメリカは9月第1月曜日の2日、「レイバーデイ」の祝日を迎える。労働者のお祭りの日だが、ここを過ぎればアメリカ大統領選挙はいよいよ終盤戦だ。州によっては、郵便投票も始まってしまう。ここから先、11月5日の投票日まではあっという間だ。現在の情勢は横一線、いや、ハリス半歩リードと言っていいだろう。 

 

 

■「もしハリ」が実現したときの準備不足は明らか 

 

 あらためて気がつくのは、われわれは「もしトラ」については散々、思考実験を重ねてきたし、材料もそれなりにある。トランプ第1期政権のことを思い出せば、「ああ、またアレが始まるわけね」と想像がつくのである。ところが「もしハリ」については、あまりにも準備不足である。「ハリス大統領」になったらどうなるのか、さっぱり見えてこない。 

 

8月24日付の『The Economist誌』が、さっそくカバーストーリーで取り上げている。”Kamala Harris can beat Donald Trump. But how would she govern?”(カマラ・ハリスはドナルド・トランプを倒しうる。だが、どうやって統治するのだ? )   

 

 いわく。「ハリス大統領」が何を目指しているのかは、気持ちが悪いほど曖昧なままだ。彼女は深い信念とは無縁な人物で、バイデン氏と同様、党にあわせて立ち位置を変える。彼女が以前に大統領選に出馬したときの公約(民間医療保険の廃止、シェール開発の禁止、越境の非犯罪化など)は、あっけなく放棄された。 

 

 彼女はトランプ氏が言うような左翼的イデオローグではないのだろう。現実主義者なのは政治家として結構なことだ。ただし「理念なきプラグマティズム」は危うい。優先順位のない大統領は、目の前の出来事に流されてしまう。海外からの挑戦を受ける恐れもある……。 

 

 確かにそうなのだ。トランプに勝てればそれでいい、というものではない。大統領として4年の任期に何を目指すのか、ちゃんと有権者に示さなければならない。以前に掲げていた政策を変えるのも結構だが、その場合はちゃんと理由を説明すべきである。 

 

 ところがハリス陣営は今のところは安全運転で、今のところ記者会見さえ行っていない。8月29日にようやく初のインタビューをCNNから受けるが、それも生放送ではなくて事前収録である。さすがに過保護すぎるのではないか。 

 

 

 
 

IMAGE