( 207856 )  2024/09/02 17:07:35  
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テーマパークにおける値上げが続いており、東京ディズニーリゾート(TDR)やユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)などが高額なチケットを設定している。

これは、テーマパークが「量から質」への転換を進めており、個々の来場客に深い体験を提供するために施設を改善しているためと考えられる。

例えば、新しいテーマパーク「イマーシブ・フォート東京」は、体験の質を重視しつつ、高い入場料や追加料金が物議を醸している。

このような「質」への方向転換は、テーマパークのみでなく、観光業全体に広がっており、消費者単価の増加を目指している。

将来的には、価格の引き上げや経験価値の向上が観光業界全体に波及する可能性も考えられる。

(要約)

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Eric Akashi - stock.adobe.com 

 

―[テーマパークのB面]―  

 

全国に数多くあるテーマパーク。今もなお新しいテーマパークが生まれては人々を楽しませ続けている。しかし、そんなテーマパークには、あまり語られることのない側面が存在する。そんな、「テーマパークのB面」をここでは語っていこう。 

このところ、テーマパークにおける値上げ報道が後を絶たない。例えば、東京ディズニーリゾート(以下、TDR)。2023年にはチケットが1万円の大台に乗った。 

 

また、東がTDRに対して、西のユニバーサルスタジオジャパン(以下、USJ)も負けていない。TDRと同じく2023年には1万円の大台に乗った。2024年にはさらなる値上げを行い、もっとも高いチケットで10900円。TDRと同じ水準だという。ちなみにTDRもUSJも、日にちによってチケットの値段が変わる変動価格制だが、最安値の日を比べると、TDRが7900円なのに対し、USJは8600円。USJのほうが全体的に見て、より高い値段になっている。 

 

TDRとUSJは日本を代表するテーマパークであり、それぞれがそれぞれの値段を念頭に置いた価格設定をしているから、このように双方の値段が高くなることはうなづける。 

 

しかし、それ以外のテーマパークでも「高すぎる」という反応が出ている。例えば、今年、お台場に誕生したテーマパーク「イマーシブ・フォート東京」。USJの業績をV字回復させたことで知られる森岡毅氏が率いる株式会社・刀がプロデュースしている。ここの入場料は6800円。 

 

ただし、これは一部アトラクションが楽しめるチケットで、いくつかのアトラクションは追加料金がかかる。特に江戸の世界に迷い込む体験ができる「江戸花魁奇譚」は、なんと一回9000円という値段である。無料アトラクションはあるものの「課金しないと楽しめないのか」という声も聞かれるほどである。 

 

愛知県長久手市に誕生したジブリパークも「高い」という評判が立ってしまった一例だ。入園するだけであれば、平日は1500円で済むのだが、それだけでは中のアトラクションが楽しめない。フルでアトラクションを楽しもうとすると平日7300円、土・日・祝では7800円と、「ディズニー並み」の値段になることに批判が集まったというわけだ。特にこれは県の施設ということだけあって、そうした声も一段と大きくなったようである。 

 

こうした背景には何があるだろうか。もちろん、物価高などの事情もある。一方、それだけでない要因もある。それが、テーマパーク全体の「量から質」への転換だ。 

 

ディズニーが最もわかりやすい。コロナ禍での大幅な来場客の減少を経て、たくさんの客という「量」を入れて収益を取る方向から、それぞれの来場客の体験の「質」を深める方向に転換することを公式に発表している。 

 

 

イマーシブ・フォート東京でも同様だ。そのオープニングセレモニーで森岡氏はこう述べる。現在のテーマパークは、多くのゲストを入場させて同じ体験をさせるモデルである。しかし、イマーシブ・フォート東京ではそれを変え、「一人ひとりに違う体験をさせる」ことを目指している、というのだ。 

 

少し補足すると、イマーシブ・フォート東京で楽しめるのは、「イマーシブシアター」という参加型演劇の形式を採ったアトラクションで、これはゲストがそのアトラクションに一人の参加者として入り込むもの。客の反応や選択によって、そのアトラクションの内容が変わるのだ。だから森岡氏は「一人ひとりに違う体験をさせる」ことができる、というわけである。 

 

こうしたアトラクションの性質上、一回でそれを体験できる人は限られている。例えば、「江戸花魁奇譚」では、ショーを構成する出演者15人に対して、それを体験するゲストの数は30人。それだけ濃密な体験ができるのだ。逆に、人件費などを考えれば、それだけ値段が高くなることもやむを得ないということである。まさに「量から質へ」を体現しているのが、イマーシブ・フォート東京なのである。 

 

テーマパークが日本にやってきてから約40年。当初は、「テーマパーク」なだけで人気だったものも、絶対数が増えるにつれて、そうはいかなくなる。そこで従来の「量」をさばくやり方から、それぞれのゲストの「質」を取る方向に全体がシフトしているのだともいえる。 

 

実は、「量から質へ」の転換は、テーマパークだけで起こっているのではない。 

 

観光産業全体の昨今のトレンドでもある。2023年3月に閣議決定された「観光立国推進基本計画」では、今後の日本全体の観光の方向性として、「量から質」への転換が謳われている。そこでは、これまでのような観光客の量に依存して収支を取るのではなく、一人一人の消費額を増やしていく方向で観光地を形作ることが目指されている。こうした背景には、コロナ禍を経験したことにより、観光客の量だけに頼ってしまう危険性が露呈したことや、昨今話題になっている「オーバーツーリズム」(観光客の増大により、地域住民の生活に悪影響が出たり、観光地の質が低下してしまうこと)の問題も関係していると思われる。 

 

例えば、国内外に69の施設を持つ星野リゾートの代表である星野佳路氏は、とあるインタビューの中で明確に「これからの観光はコロナ禍前に出来なかった量から質への転換が重要だと考えています」と述べ、自社での沖縄のプロジェクトについて説明する。そこでは客単価を下げず、社員教育を徹底して、サービスを徹底させていった経緯も語られている。 

 

 

「量から質へ」の転換は、テーマパークのみならず、観光業全体、ひいていえば日本全体で起こっている変化なのである。 

 

しかし、「質」を向上させるには、基本的にその施設の利用料を引き上げるしかない。観光立国推進基本計画でいわれていたように、量に頼るのではなく、一人一人の消費額を上げる方向を目指すのならば、当然それぞれの商品やサービスの単価は上がっていく。 

 

また、テーマパークの事例でも明らかなように、「質」の向上は基本的には「チケット料金の値上げ」を意味している。イマーシブ・フォート東京が典型的なように、ゲスト一人あたりにかけるコストをあげていくことが、体験価値の向上につながっていくからだ。 

 

テーマパークだけであればいいかもしれない。「行きたい人だけが行けばいい」といえるからだ。ただ、それが、観光業界全体で起こっているとなると、(卑近な言い方になるが)これからの観光は「金持ち」しかいけない、ということになってしまうのではないか。もちろん、これは誇張した言い方だ。さまざまな工夫で低価格の観光も実現はされていくだろう。 

 

とはいえ、「質から量へ」のシフトは確実に現在起こっていて、「たくさん消費をさせる」方向へ社会全体が進んでいる。 

 

テーマパークからは、日本の観光産業全体で起こる問題も見えてくるのである。 

 

<取材・文/谷頭和希> 

 

―[テーマパークのB面]―  

 

【谷頭和希】 

ライター・作家。チェーンストアやテーマパークをテーマにした原稿を数多く執筆。一見平板に見える現代の都市空間について、独自の切り口で語る。「東洋経済オンライン」などで執筆中、文芸誌などにも多く寄稿をおこなう。著書に『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』(集英社)『ブックオフから考える』(青弓社) 

 

日刊SPA! 

 

 

 
 

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