( 208303 ) 2024/09/04 00:30:23 0 00 写真:アフロ
9月になり、秋入学の外国人留学生が続々と日本にやってくる時期になった。多くの留学生がアルバイト先として選んでいるのがコンビニエンスストアだ。今や従業員の過半数は当たり前で、オーナーや店長らを除いたすべての従業員が外国人というコンビニも首都圏では少なくない。外国人留学生は、コロナ禍で一時大きく減ったものの、今また急増している。彼らの多くは経済の低迷が続く日本での就職を希望している。それはなぜなのか。取材するとさまざまな境遇の留学生が日本を支えてくれている現状が浮かび上がってきた。(文・写真:ジャーナリスト・本間誠也/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
取材に答える梁さん(撮影:本間誠也)
月曜日の朝7時前。中国人留学生の梁雪陰さん(25)=仮名=の一週間は、千葉市内のコンビニのアルバイトから始まる。背中まである長い髪を束ねてユニホームに袖を通すと、レジカウンターで来店客に声をかける。
「いらっしゃいませ」「3点で879円です。レジ袋はどういたしますか」「ありがとうございます」
コンビニでのアルバイトはこの店で3店目。商品のバーコードを読み取るスキャナーやタッチパネルの扱い、レジ袋に素早く商品を入れる動作は手慣れたもの。笑顔と明るいキャラクターで梁さんは職場のムードメーカーだ。日本語も流ちょうにあやつる。
「仕送りがあるのでアルバイトは日本語の勉強のため。今の店の店長は優しいし、よく話を聞いてくれる」
アルバイトは週2回。月曜日は朝7時から3時間働いた後、東京・新宿区内にある2年制の専門学校の授業に電車で向かう。
中国東北部出身の梁さんは、一人娘で両親は公務員。初来日は高校時代の18歳のとき。通っていた高校と京都府内の高校の間に交換留学制度があり、高校最後の1年間を京都で過ごした。「京都の人たち、学校の友達、とても優しかった。日本の大学で勉強したい」「できれば日本で就職も」と夢を描いた。
高校生活を終えた梁さんは千葉市内に移って日本語学校で学び、心理学を学ぶために私立大学に入学。「日本では心理学を勉強しても就職しにくい」との思いから卒業後はIT専門学校に通って勉強している。
「人口が多い中国では受験勉強がとても大変。すごい学歴社会です。学校でも家でも『勉強しなさい』とずっと言われていた。中国での私は明るくなかったです。いつも抑えつけられている感じ。日本は勉強も生活するのも、自分で全部決められるから自由というか、気持ちがラクです。日本で就職したいのは、私の子どもを日本で育てたいから。競争が大変な中国で育てるのは難しい。お父さんは心配してるけどお母さんは賛成してくれてる」
取材に答える王さん(撮影:本間誠也)
東京都内のJR中央線沿線のコンビニ。レジに立つ中国出身の男性アルバイト、王俊宇さん(25)=仮名=は、中国の「地方重点大学」の中でも屈指の名門校で機械工学を専攻した。大学院の試験に落ちたことで日本への留学を考えるようになった。両親がかつて日本で暮らしていたことや日本のアニメに親しんでいたことから親近感を抱いていた。
2022年春、王さんは大学院進学を目指して来日した。入学した日本語学校ではわずか3か月でN1(N1~N5まである日本語能力試験の最上位)を取得。今は国立大学の研究生として大学院進学に向けた勉強に励んでいる。一人息子だが日本での就職を強く望んでいる。
コンビニでアルバイトを始めたのは来日して数カ月が経ったころ。店頭のポスターを見て応募した。今も講義のない土曜、日曜を中心に週3回、アルバイトのシフトに入る。
「始めたころはたばこの種類が分からなくて大変だった。時間がかかっているとお客さんから『こんな子にアルバイトさせちゃダメだ。上の人、呼んで』と大声をあげられたりもしました」
経済力では日本をしのぐ中国の高学歴の若者がなぜ、30年以上もの経済低迷や近年の円安に苦しみ、人口減による一層の先細りも予想される日本での就職を望むのか──。
「コンビニのバイトで分かったことだけど、日本は1分単位で残業代を払ってくれる。それは中国ではないこと。週休2日にもなっていないし、今は若者の就職が厳しい。日本は街もきれいで住みやすい」
筆者の問いにそう答えていた王さんが、より本音に近い思いをのぞかせた場面があった。
写真:アフロ
「オレが頭にきてるのは、日本に来てみて大学生や若い人が楽しそうだったこと。オレは(小学校入学から)この20年間、楽しいと思ったことは一度もなかった。良い高校、大学、大学院に入らなければ自分の人生はないんだ、終わるんだと思っていた。日本では(学歴競争とは関わりの薄い職業の)多くの人たちが自分の仕事にプライドを持って働いている。それは中国と違っている」
その声はいくぶん感情的だった。
行知学園の揚舸社長(撮影:本間誠也)
中国人留学生向けの大学予備校運営に加え、大学や大学院に在籍する中国人留学生の就職支援も手掛ける「行知学園」(東京)の担当者によると、「中国のIT業界には『996問題』(朝9時から夜9時まで週6日働かないといけない)に加え、『プログラマー35歳定年説』などがあり、安定した労働環境を求めて日本のIT業界での就職を希望する留学生も多い」と話す。
行知学園の揚舸社長は「中国の熾烈な学歴競争を勝ち抜いて経済的地位を築いた親世代の中で、受験競争が中国ほど激しくない日本の大学に子どもたちを進ませようとする人たちが増えています。円安の影響で教育投資としても安く済む。私たちの取り組みもあって日本は欧米諸国に次ぐ6番目の留学先として認識されています。その流れの中で今後、日本での就職を希望する留学生は増えていくと考えています」
独立行政法人・日本学生支援機構(JASSO)によると、2011年5月時点で約16万4千人だった外国人留学生は19年5月に約31万2千人を数え、政府が08年に策定した「留学生30万人計画」を達成。コロナ禍で22年5月は約23万千人まで減ったものの、ほぼ終息した23年5月では一気に5万人近く増加して約28万人に。政府が同年、新たに「留学生40万人計画」を示したことなどから、今年5月時点の留学生の数は過去最多となるとも予想されている。前出の中国人留学生の2人のように日本での就職を希望する外国人留学生は約65%に上り、出身国での就職希望者の約19%を大きく上回っている。
コンビニ大手3社の外国人従業員割合
留学生のアルバイト先の大きな受け皿であるコンビニは、コロナの期間も通常営業だったため外国人アルバイトは減少しなかった。セブン-イレブン、ファミリーマート、ローソンの大手3社の今年2月現在のデータは別表のようになっており、コロナ前の18年との比較では各社とも全国の外国人従業員数、外国人割合は増加。首都圏や各地の大都市では「外国人の割合がさらに増える」(セブン-イレブン)という。
出身国別の留学生数
JASSOによると、 留学生の国別・地域別のランキングは23年5月1日現在、別図のように①中国②ネパール③ベトナム。前年3位のネパールがベトナムを抜いて2位になり、次いで韓国、ミャンマーの順。ネパールやベトナムなどからの留学生の中には、留学とは「名ばかり」で出稼ぎが目的の若者も少なくないとされる。経済的な地位は低下しているとはいえ、日本の一人当たりのGDP(国内総生産)はネパールの20倍以上、ベトナムの約8倍で、まだまだ「夢のある国」なのだろう。
ネパール人留学生はコロナ前から増加ぶりが際立っており、背景には法務省告示の日本語教育機関(日本語学校)によるネパール人留学生の受け入れ強化がある。北海道から沖縄まで全国877校(2024年4月現在)を数え、この10年余りで約400校も増えている。
取材に答えるアニルさん(撮影:本間誠也)
東京の東部地区を走る私鉄駅近くのファミリーレストラン。今春、西日本の日本語学校を卒業して都内の専門学校(2年制)に入学したネパール出身の男性、アニルさん(23)=仮名=はうつむき加減でとつとつと話し出した。
「今、アルバイトしているのはコンビニとファストフード。合わせて週20時間くらい。これではそのうち授業料が払えなくなる。(日本語学校があった)A県では『(アルバイトが法定時間を超えていることが)バレないように働きたい』と言ったら、『分かった』と雇ってくれた。東京に来たら『他で週20時間やってるなら、この店では8時間までだね』と」
出入国管理法では、留学生は申請すれば週28時間以内(長期休暇中は週40時間)のアルバイトが認められている。しかし、ネパールなどからの留学生の多くは、授業料と生活費を稼ぐために週28時間以上、働かなければならないのが実情とされる。来日時の費用約150万円(日本語学校の1年間の授業料や寮費、飛行機代など)の返済に加え、次年度以降の学費や生活費のすべてをアルバイトでまかなっている留学生も少なくない。
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