( 208478 )  2024/09/04 15:29:54  
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Photo:PIXTA 

 

 いわゆる不良やヤンキーは、クルマのタイヤを“ハの字”にする改造を好みがちです。皆さんも、そうしたクルマを見かけて「ガラが悪そうだな」「何の意味があるのか」と感じたことがあるかもしれません。ですが実は、タイヤの角度を変える改造にはメリットもあるのです。その詳細を踏まえながら、不良が“ハの字”を好む理由を解説します。(モータージャーナリスト 諸星陽一) 

 

【画像】「タイヤがハの字になったクルマ」の実物写真を見る 

 

● 日本の不良はなぜ タイヤを“ハの字”にしたがるのか? 

 

 本連載で、少し前に「日本の不良はなぜ車高を下げるのか?」という記事を書いたところ、大きな反響がありました。そこで今回は「クルマとヤンキー」に関して、追加の解説をお届けしたいと思います。 

 

 具体的なテーマは「日本の不良はなぜタイヤを“ハの字”にするのか?」です。ただ、「そもそも“ハの字”って何?」という方も多いでしょう。それでは早速「説明しよう!」。 

 

 次の画像をご覧ください。不良というジャンルの人たちの中には、このクルマのように、改造によってタイヤの角度を「斜め」にすることを好む層が存在するのです。 

 

 こうしたクルマを正面から見ると、左右のタイヤ下部が「外側に傾いている」ことから、タイヤが“ハの字”に見えるはずです。一般的なドライバーは「なぜこんなことをするのか」と疑問に思うかもしれませんが、タイヤの角度を変える改造には、実はメリットもあります。 

 

 少し難しい話になりますが、ホイールがクルマに装着される際の角度や位置関係を専門用語で「アライメント」と呼びます。アライメントには、クルマを上から見たときのタイヤの角度を指す「トー角」、正面から見たときのタイヤの角度を指す「キャンバー角」などがあります。 

 

 というのも、タイヤは前面・側面・上面から見たときに全て真っ直ぐになっていればいいわけではありません。ほんの少し角度が付いていたほうが、走行時や操作時に都合がいいのです。 

 

 

● タイヤの角度が変わると クルマの走行性能も変わる! 

 

 たとえば、上から見たときの「トー角」が、スキー初心者がよくやるプルークボーゲンのように、前が狭くて後ろが広い状態(=トーイン状態)になっていると、ステアリング操作の影響を受けにくくなり、直進安定性が増します。 

 

 正面から見たときの「キャンバー角」に関しては、タイヤが“ハの字”に傾いている(下側が開いている)状態を「ネガティブキャンバー」、“逆ハの字”に傾いている(上側が開いている)状態を「ポジティブキャンバー」と呼びます。 

 

 このうち、タイヤをほんの少しネガティブに設定する(外側に傾ける)と、ドライバーがハンドルを回すときに必要な力が軽減されます。 

 

 現代のクルマには操舵をサポートする「パワーステアリング(パワステ)」が付いているので、「キャンバー角の設定変更は不要では?」と感じる方もいるかもしれません。ただ実際は、ハンドルが重いとクルマへの負担が大きく、トルクもより大きな力が必要になり、エネルギーロスも大きくなります。 

 

 キャンバー角を設定するもう一つの理由は、コーナリング時の安定性です。クルマが角を曲がる際、遠心力の働きなどによって、実はイン側タイヤが浮き、アウト側タイヤが沈みます。このときキャンバー角が付けられて(=タイヤが外側に傾いて)いると、アウト側のタイヤが直立状態に近くなるので、接地面積が増えて安定性が増します。 

 

 レーシングカーの場合は、特にこの効果を狙ってキャンバー角を強めに設定します。キャンバー角を変えると走行抵抗も増減するので、コースごとに角度を変更しているのです。 

 

● 不良のクルマ改造は ファッションに通じている! 

 

 さて、本題です。不良(いいですね、不良という響き!)がタイヤを“ハの字”にする理由は、レーシングカーに寄せたドレスアップの一環です。キャンバー角を強めに設定する場合も、実際のレーシングカーはそれほど極端な“ハの字”にはなりませんが、不良のドレスアップは極端が基本です。 

 

 ファッションの世界を見てみるとよく分かります。不良が学生服の襟の高さを上げるとき、上着の裾を伸ばすとき、ズボンの幅を広げるとき。全て極端ではないでしょうか。彼らにとっては、こうしたカスタムがカッコイイのです。 

 

 こうした極端な“ハの字”の改造は、「強度のキャンバー角」を意味する「鬼キャン」と呼ばれます。改造のベースとなるクルマは、実は国産高級セダンであることが多いです。具体的には、トヨタ自動車のレクサスLSやクラウンなどが挙げられます。 

 

 改造を施した高級セダンは「VIPカー」とも呼ばれます。VIPカーを好む不良はフォーマルなクルマに乗りながらも、人とはちょっと違うんだぞという主張をしているわけです。この文化もファッションに通じています。学生服もフォーマルな服装ですが、不良は裏地に昇り龍の刺繍を施すなど、ちょっと人とは違う加工をしますよね。 

 

 そういえば大谷翔平選手も、今夏のMLBオールスターゲームの「レッドカーペットショー」で、愛犬“デコピン”を裏地にあしらったスーツをまとっていました。彼は不良ではありませんが、フォーマルな中に遊び心を持ち込んだ好例だと言えます。 

 

 さて、クルマの改造に話を戻します。VIPカーだけでなく、ドリフト走行用のスポーツカーも「鬼キャン」のベースとして使われがちです。ドリフト走行用のベース車は後輪駆動車です。現在は中古車しか存在しませんが、日産シルビアやマツダRX-7などがメジャー。新車が購入可能なクルマなら、トヨタ86や日産スカイラインなどといったところです。 

 

 ドリフト走行ではクルマが横滑りした際、リヤタイヤの滑り量をアクセル、フロントタイヤの滑り量をステアリング操作でコントロールしてクルマの姿勢を整えます。横滑りする際の速度やエンジンの出力によっては、キャンバー角を大きくとった「鬼キャン」がコントロールしやすい場合もあるのです。 

 

 

● 「出っ歯」に「竹槍」… 不良が好むカスタムとは 

 

 不良はこのほかにも、フロントバンパー下に取り付ける「リップスポイラー」を大きく前に張り出させたり(通称:出っ歯)、排気用の「マフラー」を天に向けてそびえ立たせたり(通称:竹槍)と、極端で過激な改造を好みます。 

 

 これらは形状や寸法によっては違法改造となるのですが、タイヤを“ハの字”にする行為は上手に行えば合法です。詳細は省略しますが、クルマのタイヤのはみ出しは「許容範囲内であればOK」とされており、一定の基準を満たせば車検にも通ります。角度についても、タイヤの上部がボディ内に収まっていれば問題ないので、「鬼キャン」を合法的に行える場合もあります。 

 

 とはいえ、先ほどの「タイヤに角度をつけると安定性が増す」という解説とは少々矛盾しますが、“ハの字”をあまりにもきつくすると、さすがに乗りにくくなります。気を遣って扱わねばならない部分も多くなりますが、そんなことは気にしないのが改造車好きです。 

 

 それどころか、不良や改造車好きの世界には「乗りにくいクルマを華麗に操る美学」というものも存在します。前回の「車高」に関する記事にも書きましたが、不良は単に悪ぶりたくてクルマを改造しているわけではありません。彼らは、自分たちにとっての格好良さやオリジナリティ、理想の走りやデザインを追求しているのです。 

 

諸星陽一 

 

 

 
 

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