( 210783 )  2024/09/11 16:35:50  
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自民党総裁選への立候補表明後、銀座4丁目交差点で初の街頭演説を行う小泉進次郎元環境相(7日、筆者提供) 

 

● 出馬記者会見はほぼ満点 「和製オバマ」になった小泉進次郎 

 

 9月6日、筆者は、小泉進次郎元環境相(43)の出馬表明会見を見ながら、2021年9月3日、小泉氏が首相官邸を訪ね、当時の菅義偉首相(75)に、総裁選挙への出馬見送りを進言し、涙を流したシーンを思い出していた。 

 

 菅氏との面会後、筆者ら報道陣に囲まれた小泉氏が、「(菅)総理は批判されてばっかりでしたけど、こんなに仕事をした政権はない。1年でこんなに結果を出した総理はいない」と述べたうえで、「(菅総理は)懐が深い方で、息子みたいな年の私に、退くという選択肢まで含めて話をする。感謝しかない」と涙ぐみながら語った場面である。 

 

 あれからおよそ3年。小泉氏は、自民党総裁(つまりは次期首相)の椅子を争う権力闘争のど真ん中に身を投じた。そして今、第102代内閣総理大臣の地位に最も近い位置にいる。 

 

 「出馬会見、思った以上にインパクトがあったね。菅さんや菅さんに近い官僚が作ったものだとしても、若々しさだとか刷新感だとか、政策の実現性はともかく、予想以上だったよ」(石破茂氏を支持する閣僚経験者) 

 

 「誰に投票するか決めていない若手の議員は、あの記者会見を見て、心を動かされるかもしれませんね」(旧安倍派衆議院議員) 

 

 小泉氏の出馬会見の後、自民党内からは、さっそくこんな声が聞かれたが、これまで、「小泉氏は、所詮、菅氏の影響力を後ろ盾にしているだけの天才子役で、とても、米中ロなど海千山千の政治リーダーとはわたり合えない」と酷評してきた筆者でさえ、小泉氏が会見の中で「自分の気持ちに素直に生きられる国を作る」や「日本社会にダイナミズムを取り戻す」とうたい上げた部分には、思わず胸が熱くなった。 

 

 演説で、集まった聴衆に「明るい未来」を想像させるストーリーテリング(データよりも、体験談やエピソードを交え、物語として伝える話法)の名手と言えば、アメリカのバラク・オバマ元大統領が代表格だ。 

 

 小泉氏は、あの出馬会見で、働く人たち、なかでも子育てと家事に追われる世代に、「これからはきっと良くなる」というイメージをストーリーテリングで語る「和製オバマ」になったと実感した。 

 

● 小泉氏が試される 「首相としての器」 

 

 もちろん、小泉氏の会見内容には、評価できる点もあれば、「?」をつけたくなる部分も多々ある。 

 

 まず、評価できる点は、小泉氏が総裁選挙で勝利し首相になれば、早期に衆議院の解散・総選挙に踏み切り、政治改革と規制改革、そして、働き方など人生の選択肢を拡げる「3つの改革」を1年以内に実施すると訴えた点だ。 

 

 この部分は、在任期間わずか384日の間に、携帯電話料金値下げ、デジタル庁の創設、不妊治療への保険適用などを実現させた菅氏の功績とかぶる。 

 

 また、政党が所属議員に支出する「政策活動費」の廃止に言及し、「聖域なき規制改革」として、個人が自家用車で乗客を運ぶ「ライドシェア」の全面解禁や選択的夫婦別姓を認める法案を国会に提出すると約束した点も評価していいだろう。 

 

 これは、「自民党をぶっ壊す」や「聖域なき構造改革」を政策の中心に据えた父親の小泉純一郎元首相を彷彿とさせるものだ。 

 

 その小泉氏は、9月7日、東京・銀座で遊説をスタートさせた。銀座での第一声は、来たる解散・総選挙を視野に入れたものだろう。 

 

 小泉氏の頭の中には、「総裁選勝利→首相就任→解散・総選挙」の流れが浮かんでいるのかもしれないが、小泉氏が唱える政策には懸念すべき点も多い。 

 

 

 ・「政治とカネ」の問題で、当事者について選挙を経るまで要職に就けない 

⇒選挙で当選し、みそぎが済めば要職に就けるということか? 

・すぐに経済政策を指示する 

⇒会見で配布された資料でも言及がない。誰に何をどう指示するのか? 

・年収の壁を撤廃し、働いている方には厚生年金が適用されるように制度を見直す 

⇒年収106万円以下の人も、厚生年金の負担が増えてしまうのでは? 

 

 他にも、肝心の外交・安全保障への言及が乏しいことや、原発の新増設や建て替えという選択肢を排除しないと述べている点も、個人的には疑問に感じている。 

 

 ただ、このあたりは、候補者討論会や9月14日の愛知県を皮切りに全国8カ所で実施される地方遊説で、本当に次の首相にふさわしいのか、それとも、言葉は明瞭でも中身は薄っぺらい「小泉構文」のままなのかが厳しく問われることになる。 

 

● 大谷翔平が挑む「50-50」では勝てない 決選投票になれば小泉氏が有利か 

 

 これまで、総裁選挙には、小林鷹之前経済安保相(49)、石破茂元幹事長(67)、河野太郎デジタル相(61)、林芳正官房長官(63)、茂木敏充幹事長(68)、それに小泉氏と高市早苗経済安保相(63)、加藤勝信前厚労相(68)が名乗りを上げ、上川陽子外相(71)を加えた9人で争う構図が固まりつつある。 

 

 普通に考えれば、小泉氏の前に立ちはだかる1番手は、大手メディアによる自民党員・党友への調査で首位に立つ石破氏ということになる。 

 

 過去最多、9人もの候補者が乱立する今回の総裁選挙は、1回目の投票で734票(自民党所属国会議員票367+地方の党員・党友票367)のうちの過半数、368票を取れる候補はおらず、上位2人による決選投票に持ち込まれる公算が大きい。 

 

 9人の候補者が734票を均等に獲得すれば、1人80票あまりとなるが、実際に2位以内に入るには、メジャーリーグで大谷翔平選手に達成の期待がかかる「50-50」(総裁選挙で言えば議員票50と地方票50)では到底届かず、「50-100」(議員票50と地方票100)、もしくは合計で150票以上の獲得は必須条件になる。 

 

 

 現状でこれをクリアできそうなのは、小泉氏と石破氏の2人だが、決選投票にもつれ込めば、地方の党員・党友票367は都道府県票47へと圧縮される。 

 

 そうなると、議員票より党員・党友票で稼ぐ「30-120」タイプの石破氏は苦しく、3位以下となった候補者の陣営が、1位と2位、どちらの候補者に乗るかで形勢は一変する。 

 

● 小泉氏の勝利を拒む 石破氏以外の候補者は誰か 

 

 その意味で、筆者は、あえて、小泉氏の当選を阻む有力候補として、コバホークこと小林氏と保守派の星、高市氏を挙げたい。 

 

 9月3日、永田町では「若手議員(当選4回以下の議員)が誰を支持しているか」を調査したリストが流出した。まだ、小泉氏らが出馬会見を開く前の調査で、態度未決定の議員も多いのだが、小林氏がぶっちぎりでトップ(33人)なのだ。その数は石破氏(18人)、小泉氏(17人)を凌駕している。 

 

 小林氏支持に名を連ねている議員は、武部新氏(早大→シカゴ大院)、福田達夫氏(慶大→ジョンズホプキンス大留学)、中曽根康隆氏(慶大→コロンビア大院)、細田健一氏(京大→ハーバード大院)、塩崎彰久氏(東大→スタンフォード大院)など、難関大を出てアメリカに留学し、大手銀行や大手商社勤務、あるいは官僚や海外で弁護士経験があるようなキラキラした経歴の持ち主がほとんどだ。 

 

 小林氏自身も、東大卒でハーバード大院修了の元財務官僚だが、共通して言えるのは、ピカピカのキャリアの割に庶民的で、政策立案能力が高いと言う点である。 

 

 小林氏の欠点は、186センチと長身で見た目が良く、経歴も華やかな割に、話し方が聴衆の心に刺さらないことだ。真面目に政策を訴える姿は好感が持てるものの、小泉氏のストーリーテリングとは正反対だ。 

 

 「話し方が面白くない。そのせいか、最初に手を上げて浸透を図ってはいるものの、訴求力が弱い」(前出の旧安倍派衆議院議員)という声もある。 

 

 「まるでChatGPT」と揶揄される話し方を修正し、周りにいるキラキラな仲間たちが小林氏の知名度アップに奔走することで、党員・党友票を上積みできれば、手堅い議員票があるだけに2位に食い込む可能性はないとは言えない。 

 

 自民党の重鎮や霞が関の官僚たちからすれば、次の首相は「刷新感があり、それでいて素直で扱いやすい人物」がベストだ。 

 

 その点、小林氏は、「政治とカネ」の問題で、政策活動費の透明化などに触れた程度だ。裏金議員からすればそれほど厳しくない考え方だ。 

 

 また、財務省出身という経歴もあってか、茂木氏の「増税ゼロ」や石破氏の「金融所得課税」のような、財務省や経済産業省の感情を逆なでするような政策には批判的だ。 

 

 そのため、小林氏が1回目の投票で2位に入りさえすれば、先ほど述べた3位以下の候補者の陣営も、「無難な小林氏なら」と連合を組みやすくなるだろう。 

 

 一方、高市氏は、「刷新感」という面では40代の小泉氏や小林氏に見劣りがするものの、女性という点で一定の「新鮮味」はある。経験値も高く、相手を論破する能力もある。党員・党友を対象にした調査でも、石破氏や小泉氏に次ぐ3位につけている。 

 

 仮に、1回目の投票で、小泉氏と石破氏が1位2位となった場合、これまで主流派を形成し影響力を持ち続けてきた麻生太郎副総裁(83)、そして安倍晋三元首相という大黒柱を失った保守派の議員たちが、出番を失うまいと高市氏を支援し、1回目の投票で2位に入れば、初の女性宰相誕生に向けて大同団結することもあり得る。 

 

 

● キングメーカー争いも 総裁選挙のもう1つの焦点 

 

 こうして考えると、9人で争う総裁選挙は、小泉氏を軸に、実質4人の争いということになるが、これからのキングメーカーが誰になるのかも焦点の1つになる。 

 

 もし小泉氏が勝てば、菅氏の影響力が強まるのは確実だ。一時、出馬に意欲を示した齋藤健経済産業相(65)を高く評価してきた菅氏の脳裏には、「小泉首相、齋藤官房長官」という絵柄すら浮かんでいるのではないだろうか。 

 

 実際、小泉氏と齋藤氏の関係は良好で、衆議院第1議員会館3階にある小泉氏の事務所と同8階にある齋藤氏の事務所では、頻繁に両者が会談を重ね、党改革案を練ってきた。 

 

 それを知る菅氏なら、齋藤氏か、行政手腕を高く買っている加藤氏のどちらかを、「かわいい進次郎」の女房役につけたいと考えるだろう。 

 

 次期キングメーカーと言えば、岸田文雄首相(67)もその有力候補だ。正式に解散したばかりの旧岸田派から、林氏と上川氏の2人の候補者を輩出し、2人とも圏外であったとしても、決選投票で誰に乗るかで影響力は保てる。 

 

 これに対して厳しいのが麻生氏で、麻生氏は河野氏が勝たない限り、勝ち馬には乗れず、小林氏か高市氏が2位以内に食い込まない限り、キングメーカーの座から転がり落ちることになる。 

 

 それに伴い、唯一現存する派閥、麻生派は大幅な縮小もしくは解体へと向かい、麻生氏自身にも、すでに次の総選挙に不出馬を表明した二階俊博氏(85)と同様、「引退」の2文字が現実味を帯びてくる。 

 

 (政治・教育ジャーナリスト/びわこ成蹊スポーツ大学教授 清水克彦) 

 

清水克彦 

 

 

 
 

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