( 211408 ) 2024/09/13 16:53:00 0 00 Photo:JIJI
ユニクロ、アマゾン、ヤマト運輸、佐川急便からトランプ信者の団体まで――。組織に潜入し実情を掘り起こしてきた「潜入記者」が、その取材方法を明かす。横田増生がユニクロを例にして「検証なき経済報道は害悪」と主張するわけとは? ※本稿は、横田増生著『潜入取材、全手法』(角川新書)の一部を抜粋し再編集したものです。
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● ユニクロ店長の平均年収は1000万円? 柳井正に直接聞くと間違いを認めた
潜入取材以外でも、ファクトチェックが必要な場面は多々ある。
その一例が、ユニクロの店長の給与についてだ。
柳井正が書いた『一勝九敗』にはこんな一節が出てくる。
「当社の店長とは、知識労働者だと考えている。店長を『店舗という場所で、自分たちの力で付加価値をつけていく人』と定義すれば、3000万円の年収は可能だ。平均でも、1000万円以上取ることはできると思う」
これを読めば、ユニクロの店長の年収は平均でも1000万円以上あり、最高では3000万円もあり得ることになる。
しかし、私が『ユニクロ帝国の光と影』を書くときに複数の店長から聞いた話では、せいぜい500万円前後の範囲で、柳井の主張する金額とは大きな開きがあった。店長の年収が3000万円か、1000万円以上なのか、それとも500万円前後なのかで、働く側のモチベーションが全然違ってくる。
先に書いた通り、疑問を抱いたら、相手に直接聞くのが一番いい。
たった一回だけかなった柳井とのインタビューで尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「1000万円以上というのは、われわれの職階でいうスーパースター店長とか、スーパー店長という方になるんじゃないかと思います。それを乗り越えると、フランチャイズのオーナーってことになります。現在では、スーパースター店長が10名ぐらいで、スーパー店長が60~70人ぐらいです」
当時、ユニクロには700人前後の店長がいた。その中の高給を食むのはごく一握りであり、店長の平均給与が1000万円以上との記述は間違いである、と認めたわけだ。
その後、間違った記述は修正されたのか。
私が取材の時に持っていたのが、新潮文庫の2009年発行の9刷りだった。ロングセラーである『一勝九敗』は刷りを重ね、最新の文庫本は23年の26刷り。
出版物は、刷り増しするときに内容を修正することができる。しかし、店長は「平均でも、1000万円以上取ることはできる」という記述は修正されることなく現在に至っている。
● ユニクロ中国工場の劣悪な労働環境 柳井正「びっくりで残念」にびっくり
柳井正のウソはこれだけにとどまらない。
香港のNGO団体が2015年、ユニクロが生産委託をしている中国の2工場に潜入し、その劣悪な労働環境を暴いた。詳細な報告書を出し、基本給が最低賃金以下であることや、月の残業時間が100時間を超えていることなどを指摘した。
これに対し柳井はテレビカメラの前で何と語ったか。
「今まで監査をやってきたんですけど、あのような現状があるということ自体、非常にびっくりしているし、残念だと思っています。事実かどうか、確認しなければいけない。今回は例外で、中国の労働環境は決して悪くない」
このコメントには、私の方がびっくりした。
中国での劣悪な労働環境については、私が『ユニクロ帝国の光と影』で指摘し、裁判の争点となり、すでにユニクロ側が敗訴していた。
さらに、ユニクロが毎年発行している「CSRレポート」では、ユニクロの海外の170工場のうち、労働環境の監査の結果、問題なしだったのはわずか10工場のみ。9割以上の工場には何らかの問題があり、「重大な指摘事項」があった工場も65工場にのぼっている。
この自社の報告書を柳井が知らないはずがない。にもかかわらず、NPO団体の指摘をはじめて聞くかのようにびっくりしてみせることができるのだ。
● ユニクロの賃上げを大手紙が報じるも… 検証なき経済報道は害悪だ
そのユニクロが23年1月、従業員の給与を大幅に引き上げる、と発表した。
「日経新聞」は、「ファストリ(引用者注・ユニクロを指す)、国内人件費15%増へ 年収最大4割上げ」と見出しで掲げてこう書いた。
「ファストリ本社やユニクロなどで働く国内約8400人を対象に、年収を数%から約40%引き上げる。新入社員の初任給は月25万5千円から30万円に、入社1~2年目で就任することが多い新人店長は29万円から39万円になる」
日本経済の長年の停滞の原因は、賃金の伸び悩みにあったのだから、これが本当ならば吉報だ。各社の報道も、ユニクロが賃上げを主導した、という方向で、諸手を挙げて歓迎した。
「日経新聞」は、社説で「ファストリの経営革新が生む賃上げ」と題し、このように持ち上げた。
「ファストリの賃上げは、日本の産業界に大きな刺激となる。とりわけグローバルで成長する企業と国内中心で業績が伸び悩む企業との賃金格差が改めて浮き彫りになった。今後さらに人材獲得の格差も生まれかねない」
しかし、これは本当だろうか、という検証を行った記事を見つけることはできなかった。
● 疑問を持ちながら報道することが 事実に近づくことになる
ユニクロの成長をこれまで支えてきた経営方針の一つは、本来は固定費であるはずの人件費を、社員やアルバイトの出勤日数を調節することで、無理やり変動費として、売上高と連動させた点にある。
簡単に言うなら、売上高が落ち込む閑散期になると、従業員の出勤日数を絞って、人件費が売上高の10%前後に収まるようにした。
その分、割を食うのは、給与が減らされる従業員だが、ユニクロがこうした方法で利益を確保してきたのは厳然たる事実だった。
ユニクロの動向を追ってきた記者なら、柳井が13年の「朝日新聞」の記事で、このように発言したことを覚えているはずだ。
「将来は、年収1億円か100万円に分かれて、中間層が減っていく。仕事を通じて付加価値がつけられないと、低賃金で働く途上国の人の賃金にフラット化するので、年収100万円のほうになっていくのは仕方がない」
柳井正はいつだって、人件費を抑え込むことに執心してきた。
さらにユニクロには、労働者の利益を代弁する労働組合さえ存在しないのだ。
そのユニクロが、柳井の鶴の一声で、一転して大幅な賃上げに向かうとなると、その経営の成り立ちを知っている記者の頭には、黄色信号が灯るはずだ。本当だろうか、という疑問を持ちながら報道することこそが事実に近づくことになる。
ユニクロ側の情報を報道するにしても、過去のブラック企業批判や柳井の発言を盛り込むこともできただろう。
ユニクロ側は、賃上げのニュースを大きく報道してほしいのだろうが、それを垂れ流すのはPR記事でしかない。
横田増生
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