( 211933 )  2024/09/15 14:53:11  
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写真はイメージです Photo:PIXTA 

 

 日本酒といえば冬場のイメージを持つ人が多いかもしれない。たしかに、底冷えする夜にじっくり燗した酒をくいっとやれば、体が芯から温まり幸せなひとときになるだろう。しかし、日本酒は決して冬だけのものではない。夏から秋にかけてのこのシーズンならではの醍醐味を享受するために、今夜から酒場で使える日本酒の豆知識をご紹介しよう。(フリーライター 友清 哲) 

 

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● 「ひやおろし」と「秋あがり」の違いは? 

 

 厳しい残暑が続いているが、それでもこの時期(9月半ば)になると生活のそこかしこから秋の足音が聞こえてくるもの。酒飲みにとっては、酒屋やスーパーの陳列棚に登場する「ひやおろし」や「秋あがり」もそのひとつだろう。 

 

 日本酒は本来、真冬の寒い季節に仕込まれる。これは発酵の過程が気温の影響を受けやすいためで、冷房設備が存在しない時代の名残でもある。 

 

 冬場に仕込まれた酒は、味を落ち着かせるために一度火入れしてから、酒蔵の冷蔵庫で貯蔵されるのが一般的。そしてひと夏の間じっくりと熟成させた後、その一部が秋口に出荷されることになる。これが「ひやおろし」だ。 

 

 つまり「ひやおろし」とは、フレッシュな鮮度を保ちながら適度な熟成を加えることで風味とまろやかさを表現したもので、この季節ならではのお楽しみと言っていい。 

 

 では、同時期に店頭をにぎわせる「秋あがり」との違いは何か? 

 

 実は「秋あがり」という言葉に明確な定義は存在しない。大まかには「ひやおろし」と同様に、春先に仕上がった酒を秋まで熟成させた状態を示しており、やはりまろやかな風味が楽しめるものだ。 

 

 2つの呼び名が混在するのは紛らわしいが、9月中旬頃に出荷のピークを迎えるという意味では、どちらも季節を逃さずに味わいたい点は共通している。ぜひこの時期にリリースされる各銘柄を飲み比べてみてほしい。 

 

● 「冷や=冷たい酒」は間違い 

 

 ところで、この「ひやおろし」という言葉。語源をたどれば「ひや」と「おろし」に分けられる。「おろし」については文字通り「卸す(出荷する)」ことを表しているが、問題は「ひや」のほうだ。 

 

 「ひや」とは「冷や」、すなわち日本酒の温度帯を示す言葉であるが、誤解されがちなのはこれが冷やした状態を示すものではないということだ。 

 

 日本酒における「冷や」は、実は常温を意味している。冷蔵庫などで温度を下げた状態は、正しくは「冷酒」であり、酒の世界では両者は明確に区別されているのだ。 

 

 たまに居酒屋などで、日本酒を「冷やでください」とオーダーする人を見かけるが、言葉の通りなら常温の酒が出てくることになる。そこで店の側も「常温でよろしいですか?」と確認を挟むことになるが、「いや、冷やで」「だから常温ですよね」などと不毛な問答が発生しかねない。 

 

 こうした誤解には売り手も辟易しているはずで、逆に言えば「冷や」と「冷酒」を正しく使い分けられる客は、なかなかツウっぽくてイケている。さっそく次の酒席から留意してみてほしい。 

 

 

● 残暑の時期でも 冷やし過ぎにはご注意を 

 

 「ひや(常温)」で「おろす(出荷する)」酒がうまいこの時期。しかし、実際にはまだまだ残暑が厳しいこともあり、「ひやおろし」だからといって常温で飲まなければいけない道理はない(むしろ、ちゃんと冷暗所で保管すべき)。 

 

 要は「ひやおろし」にしろ「秋あがり」にしろ、これらは日本酒がうまい季節の訪れを知らせるサインと受け止めるのが風情であり、キリリと冷やして飲むのもおすすめだ。ただし、そこで気を付けてほしいのが、何でもかんでも冷やせばいいわけではないということだ。 

 

 一般的に冷酒の適正温度は5~10度あたりとされ、冷蔵庫で管理されていればたいていこの温度帯に落ち着くことになる。 

 

 冷酒の魅力は、日本酒が持つ独特のクセやアルコール臭、甘みなどを抑制してくれることにあり、文字通り爽やかに味わえる。 

 

 原料の酒米をきれいに磨いて仕込んだ吟醸酒や、近年流行りの発泡タイプの日本酒は、冷やすことでよりスッキリした呑み口を楽しむことができるはずだ。 

 

 しかし吟醸酒の場合、過剰に冷やし過ぎてしまうと、せっかくの吟醸香が抑えられてしまうので注意してほしい。もちろん、酒は嗜好品だから思い思いに楽しむのが一番なのだが、温度帯にほんの少し気を使うだけで、その酒のポテンシャルを最大限に味わうことができることを知っておきたい。 

 

● 残暑の時期でも 燗酒がおすすめな理由 

 

 そもそも日本酒というのは、数ある世界の酒の中でも、温度帯の変化をとことん楽しむことができる稀有な酒だ。キンキンに冷やしていただく冷酒はもちろんのこと、逆に温度を上げて楽しむ「熱燗」もある。 

 

 熱燗はどうしても冬のものというイメージが強いが、実は夏場に燗酒を嗜む文化は江戸時代からの伝統である。 

 

 ただでさえ冷たいものを摂取しがちな夏場は体に負担がかかるし、エアコンの効いた現代では尚更。そこで燗酒で体をいたわろう、という考え方が広まったわけだ。 

 

 人の体はアルコールを体温に近い温度帯で吸収する性質があるといわれている。そのため冷酒の場合、体内でアルコールの温度を上げる行程が生じ、内蔵に負荷がかかる。逆に燗酒ならそうした負担を体に強いることはない。 

 

 季節的にまだもうしばらくエアコンなしではいられないから、せめて燗酒で体内の負担を和らげてやってはどうだろうか。 

 

 なお、熱燗は温度によって6種類に分類されている。たとえば、常温からほんの少しだけ温度を上げた30度前後を「日向燗」と呼び、ほのかな香りを楽しむのに適した温度帯とされている。 

 

 35度前後のやや温かな温度帯は「人肌燗」で、米のふくよかな味が引き立つ。さらに40度あたりまで上げると「温燗(ぬるかん)」となり、熱くはないが香りがよく立つツウ好みの燗酒となる。 

 

 そして45度で「上燗」、50度で「熱燗」、55度で「飛び切り燗」となり、それぞれ日本酒らしいキレが際立ったり、シャープな呑み口になったりと、酒のさまざまなニュアンスが引き出されることになる。その風流なネーミングもさることながら、こうした繊細な楽しみ方ができるも日本酒ならではだろう。 

 

 何より、秋の味覚を日本酒で彩るのもオツではないか。この残暑の候を、日本酒で思いっきり楽しんでいただきたい。 

 

友清 哲 

 

 

 
 

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