( 212988 )  2024/09/18 17:42:17  
00

〔PHOTO〕gettyimages 

 

自民党総裁選の争点となっている「解雇の規制緩和」。前回記事(「小泉進次郎総理」誕生で「クビ切り」が簡単に…平均年収でも「絶望的な生活」から抜け出せない悲惨な未来)のように、9人の総裁選候補者の意見は分かれている。口火を切った小泉進次郎元環境相は、四半世紀前に「小泉構造改革」を断行した小泉純一郎元首相を父にもつ世襲議員だ。現在の雇用崩壊、格差拡大の“戦犯”となったと言える「小泉構造改革」。その雇用の規制緩和を振り返る。 

 

【写真】じつは「低所得家庭の子ども」3人に1人が「体験ゼロ」の衝撃! 

 

「クビを切りやすくして、リスキリング?何を言っているのか分からないですね。学び直しなんて余裕はありません」 

 

斉藤武志さん(仮名、50歳)は、憤りを隠せない。それというのも、小泉進次郎元環境相が自民党総裁選への立候補を表明した際に言及した「解雇の規制緩和」が総裁選の争点の一つとなっているからだ。企業が解雇しやすくなることで雇用が流動化し、国はリスキリング(学び直し)を支援してニーズのある質の高い雇用を目指せばいいという。 

 

武志さんが大学を卒業した1997年は山一證券が破たんして金融不安が起こった。“超”がつくほどの就職氷河期の最中、やっとのことで入社した中堅小売会社では店長になった。トップクラスの営業成績を維持していたが、ほぼ休みなしで長時間労働の毎日に30歳を目前に心身を壊し退職した。 

 

しばらくリハビリのつもりで派遣社員として働いて食いつないだが、新卒採用でも就職が厳しいなかで正社員の職が見つからない。あったとしても“ブラック企業”で、サービス残業は当たり前。上司の気分ひとつで「明日から来なくていい」という、労働基準法など無視した無法地帯。武志さんは、うつ病になって退職。その後は非正規雇用で職を転々とせざるを得ないでいる。 

 

進次郎氏は「聖域なき規制改革」を提唱。父・小泉純一郎元首相は「聖域なき構造改革」、「小泉構造改革」といって、道路公団の民営化、国と地方の三位一体の改革、郵政三事業の民営化を行った。この小泉構造改革は「痛みを伴う改革」として、日本経済や政治が経営者寄りになって、非正規雇用が増える転換期になったといえよう。 

 

2001年に小泉純一郎内閣が発足し、2003年に「規制改革推進3か年計画」を閣議決定。ここで「解雇の金銭解決」の検討が盛り込まれた。翌2004年に規制改革・民間開放推進3か年計画がスタート。 

 

この頃、長引く不況から2000年の大卒就職率は統計上初めて6割を下回る55.8%をつけ、2003年に過去最低の55.1%をつけるという超就職氷河期に陥っていた。企業は新卒採用を絞り込み、非正規雇用を増やすことで人件費を削減して利益を確保した。 

 

 

そもそも雇用の規制緩和は、今から約40年前に始まった。 

 

前回記事で、解雇の規制緩和が行われれば、特に出産前後の女性が簡単にクビを切られるようになる可能性があることを指摘したが、今よりももっと女性が働きにくい時代だった1986年、働くにあたり性別によって差別されることなく、働く女性が母性を尊重されつつ能力を十分に発揮できるよう「男女雇用機会均等法」が施行された。 

 

ところが同じ年に「労働者派遣法」が施行されると、「女性に用意されるのは非正規雇用だった」という労働界の懸念が現実のものとなった。 

 

バブル崩壊前の1990年に20%だった非正規雇用率は2023年に37%と4割を占めるようになった(総務省「労働力調査」)。そのうち女性の非正規雇用は2023年で53.2%と過半数を占める。 

 

国会で就職氷河期世代の非正規雇用の問題が取り上げられる度に政府は「定年退職後など、高齢者の非正規雇用が増えた」と答弁してきた。しかし、非正規雇用の状況を年齢層別に見てみると、2013年と2023年を比べ15~24歳で非正規雇用率が48.7%から50.5%へと上がっている。 

 

2023年の非正規雇用のうち、約6割を15~54歳の現役世代が占めており、決してシニア雇用が押し上げたわけではないことが分かる。解雇の規制緩和が行われたときに、どうなるか。 

 

労働者派遣法ができた背景には、経済不況によるところも大きかった。筆者が約20年に渡って雇用問題を追うなかで、ある大手企業の社長は当時の背景について語った。 

 

「プラザ合意があり、輸出企業はどうやってでも人件費を削減したかった。それが派遣法の成立を後押しした」 

 

労働者派遣法が施行された前夜の1985年は、ドル高が行き過ぎたことで先進国5ヵ国(日・米・英・独・仏のG5)が集まってニューヨークのプラザホテルで会議が行われた。ドル高を是正するための「プラザ合意」によって、急速に円高が進み、輸出企業には大打撃となったというわけだ。 

 

最初は16業務に限られて解禁された派遣労働は、1991年にバブル経済が崩壊すると1996年に26業務に拡大された。1999年には原則自由化となって、2000年には直接雇用を前提とする「紹介予定派遣」が解禁された。「無職よりマシ」が合言葉のように、不安定な非正規労働が受け入れられていった。 

 

 

非正規雇用の上限が3年になったことで、その上限がくる直前に「ポイ捨て」できる法改正が行われたのは、2004年。労働基準法と労働者派遣法でそれぞれ雇用と派遣の期間の上限が3年とされた。表向きには3年経ったら正社員などの安定した雇用にすべきという主旨の法改正であるにもかかわらず、企業はそれを「コンプライアンス」だといって、一斉に3年で契約を打ち切っていった。 

 

実際、働いて3年経つと派遣社員がどのくらい正社員などに直接雇用されているのか。「労働者派遣事業報告書の集計結果(速報)」(2022年度)から、派遣で3年経ったあとの状況が分かる。 

 

112万9409人の派遣社員のうち、派遣期間が3年となる見込みで、かつ、派遣の終了後も継続して就業することを希望する派遣社員が9万2862人。そのうち、派遣先に直接雇用(正社員やパート社員)の依頼があったのが1万7723人で、実際に派遣先で直接雇用されたのは6679人でしかない。 

 

つまり、派遣社員の場合は0.6%しか直接雇用されていないのだ。 

 

制度はあっても直接雇用されないことで、3年おきに職場を転々とせざるを得なくなり、継続就業が叶わずスキルアップの機会を逃す。さらに2004年は、これまで禁止されていた製造業への派遣が解禁された。これらが、不安定雇用と格差ができた大きな要因となった。現在の雇用崩壊のきっかけを作ったのは、小泉純一郎氏とは言えないか。 

 

2006年の第一次安倍晋三内閣に規制緩和が引き継がれた。第三次安倍晋三内閣の2015年に女性活躍推進法が成立して、女性が働きやすい職場作りを後押ししたか。しかし、1986年に男女雇用機会均等法と労働者派遣法がセットで施行されたのと同様に、女性活躍推進法と同時に労働者派遣法が一層と規制緩和されたのだった。 

 

派遣法改正では、これまで無期限で働くことができた専門職の派遣期間の上限が3年となった。同年は労働契約法も改正されて、非正規で5年経つと「無期雇用」に転換することが決まった。それぞれで、期限がくると雇用が打ち切られる問題が起こっている。 

 

企業は、企業にとって都合よく非正規雇用を“活用”しているに過ぎない。上限の期限がくると契約を更新しないことで、合法的に“クビ”にできる。解雇規制が緩和されれば、正社員の行く末は非正規雇用と同じ、クビが合法化されるだけ。首相候補が自らこのパンドラの箱を開けようというのだ。 

 

菅義偉政権は安倍政権を踏襲し、規制改革を断行。その菅氏の支援を受けているのが、小泉進次郎氏というわけだ。この流れが踏襲され続けるのであれば、崩壊している雇用は壊滅してしまうだろう。改革することが規制緩和ではない。解雇の規制緩和によって、日本の雇用が壊滅する最悪のシナリオとなるのではないか。 

 

著書『年収443万円』で取り上げた介護職の女性は、妊娠中に夜勤を免除されず流産を経験。その後に待望の子どもを授かったが、夜勤ができなくなると正社員からパートに降格。職場にとって都合よくシフトに入れないと、パートでさえもアッサリとクビを切られた。たまに贅沢をして3人の子どもを連れていくのはサイゼリア。マクドナルドは高くて連れていけない。雇用ニーズの高い業界でも、現実は厳しい。 

 

そんな現実を自民党総裁選の候補者が知っていれば、解雇の規制緩和も雇用の規制緩和もできないのではないだろうか。 

 

小泉元環境相は「解雇の規制緩和」への大きな批判を受けて「見直し」だと軌道修正を図っているようだが、法制度を変えようとしていることには違いない。そもそも雇用について規制緩和を行うというのは、経営者を見ての発言。正社員で働く約3500万人、非正規雇用で働く約1700万人を見ている政治家は誰なのだろうか。 

 

小林 美希(ジャーナリスト) 

 

 

 
 

IMAGE