( 214078 )  2024/09/21 18:06:11  
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奥渋、神泉、百軒店、マークシティ裏…飲食カルチャーの発信源の渋谷エリアでは、おしゃれ飲食店のインフレ化が凄いことになっているようです(筆者撮影) 

 

 あらゆるトレンドやカルチャーの発信地となる街、渋谷。酒場に関しても、多くのトレンドが渋谷から発信されている。感度の高いイケてるZ世代は、新宿でも池袋でもなく、渋谷で飲んでいる。 

 

【画像】渋谷から徒歩圏内、おしゃれな若者がこぞって通う飲食店のあるエリア 

 

 渋谷で若者が集まる繁華街といえば「センター街」のイメージがあるが、食の感度が高い若者たちが集まるのはセンター街のようなゴチャゴチャした場所よりも、メインストリームから少し離れた隠れ家ロケーションにある店だ。 

 

 例えば、代々木八幡方面に向かうオーチャードロード沿いのいわゆる奥渋、井の頭線で1駅、渋谷中心部から徒歩圏内でもある神泉エリア、井の頭線の渋谷駅直結のビル、渋谷マークシティと国道246に挟まれた道玄坂1丁目エリアのマークシティ裏、代官山に近い閑静な住宅街の桜丘など。 

 

 これらのエリアには20代30代が夜な夜な集まる話題店が点在しており、噂を聞きつけ全国の飲食店経営者も視察に来るほどだ。 

 

■渋谷のおしゃれ飲食店のインフレがすごいことに 

 

 そんな渋谷の最先端なトレンド酒場では、今インフレがすごい。グラスワインが普通に1200円、1500円する店も珍しくない。2000円を超えるものも見たことがある。ボトルではなく、グラス1杯だ。 

 

 生ビールは700円超えも普通にある。おつまみも手の込んだ料理なら1皿1000円、2000円を軽く超える場合も多い。 

 

 例えばテーブルクロスが敷かれたレストランでソムリエが恭しく注ぐワインがそれくらいの値段でも何ら違和感はないが、そうではない。店内は流行を取り入れたオシャレな空間で、流行りの音楽がクラブさながら流れていたり、カジュアルなカウンター席や立ち飲みだったりで、若くてオシャレなスタッフがフレンドリーな接客でラフに提供される。 

 

 そうしたカジュアルな雰囲気はいかにも20代30代に好まれそうだが、価格はカジュアルではない。そんな店が若者から人気を集めている。 

 

 決して「ワイン1杯1200円は高い」と非難したいわけではない。筆者は個人的に適正価格に基づいた飲食店の値上げは賛成派だし、相応の品質のワインを提供しているはずと思っている。ラフな立ち飲みで1200円に相当するワインを提供すること、すなわち提供される環境と提供される商品価格のイメージの乖離に驚いているのである。 

 

 「内的参照価格」という言葉がある。商品には多くの人が「これくらいだろう」とイメージする価格があるということで(例えば、狭い店内でサクッとたいらげる牛丼なら1杯400円くらいが相場だろう、といったイメージのこと)、この場合は内的参照価格から大きく外れている。 

 

 

 にもかかわらず、それらの店を「コスパがいい」と評する口コミすら見たことがある。思わず「コスパとは?」と首を傾げたくなる。 

 

 渋谷で飲む若者は一体何に価値を感じてその値段を受け入れているのか?  外食は小売りと違い、商品そのものだけでなく接客や空間、雰囲気などの「体験」込みで値段を払ってもらうビジネスモデルだ。商品そのものの価値以上に、そうした店は魅力的な外食体験をお客は感じているということなのだろう。 

 

■SNSの功罪も値上げの要因 

 

 値段が上がっているのには、店側の都合もある。物価や人件費の高騰ももちろんあるが、SNSの影響も大きい。 

 

 近年はよくも悪くもSNSが集客に影響を及ぼしている。インフルエンサーに取り上げられるなど何かの拍子でバズり、普段は来ないような若い人が詰めかけることがある。 

 

 そうした層は写真を撮るための最低限の商品しか注文せず、客単価が上がらない。すると店が想定している売上が取れず、客数は増えるのに売上は下がるという現象が起きてしまう。客数が増えることで現場は疲弊し、もともと来ていた本来の客単価を支払うお客は、突然若い人で騒がしくなった店に嫌気がして離れていく。これに悩まされる店は多く、渋谷という立地は特にその現象が起こりやすい。 

 

 そこで店は価格設定を高めにすることで客単価対策を行っている。特に、SNSを見てきたお客が絶対に頼みたい名物や写真映えするメニューの値段を上げることで、注文数が少なくても一定の単価を確保できる。それを支払えない層を排除することで店の治安が保たれ、こうして「カジュアルだけどいい値段のする店」が完成する。 

 

 ここで筆者が思い出すのは、2016年にアマゾンプライムビデオで配信されたドラマ「東京女子図鑑」だ。 

 

 水川あさみ演じる主人公・綾が、23歳で上京してから40歳になるまでを描いた本作の中には、高級フランス料理店の代表格、ミシュラン三ツ星の「ジョエル・ロブション」について、「30歳までにデートで行けたらいい女」と形容するシーンがある。綾のこの言葉に「そんなの、初めて聞いたよ!?」と思う人も少なくなさそうだが、とは言え、高級レストランを訪れることがステータスとされていた時代があったのも間違いない。 

 

 そう考えると、今の若者は、高級レストランにはもう興味がないのかもしれない。 

 

 

■現代人は「失敗したくない」 

 

 Z世代はじめ現代人は「失敗したくない」という思いが強い。インターネットの発達により多くの情報が氾濫し、たくさんの選択肢があふれる中で「正解を選ばなくては」「間違えたくない」というプレッシャーにさいなまれている。若い世代はSNSで自分を発信する機会も多く、人の目が気になり、失敗した姿を見られることに強い抵抗を持つようになっているのも一因だ(参考「SHIBUYA109式 Z世代マーケティング」)。 

 

 高級なレストランは行き慣れてない人からしたら緊張するし、マナーがわからず恥をかく可能性もある。難しい料理も理解できるかわからない。「失敗したくない」のに、わざわざ高い代金を払っていくメリットがない。 

 

 一方、上記の店はカジュアルに自然体で楽しめる。でもイケてる雰囲気、非日常感が楽しめる。スタッフも友達のようなラフな感じ、でも失礼じゃなくて心地いい。同じお金なら、こういう体験に払いたいのではないか。 

 

 カジュアルに見える店でいい酒や料理をさらりと嗜めるのがイマドキなステータスになりつつある。今やロブションよりも奥渋のワインバルで1杯1200円の自然派ワインを気取らず飲めたら「いい女」なのかもしれない。そう考えれば、ロブションに行かずとも「いい女」になれるならワインが1200円しても、確かにコスパはいい。 

 

■その他の写真 

 

大関 まなみ :フードスタジアム編集長/飲食トレンドを発信する人 

 

 

 
 

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