( 214735 ) 2024/09/23 17:43:15 2 00 “モラハラ離婚”と言われた高橋ジョージが語る、別れたひとり娘との「10年ぶり」再会 「父の日には“パパ”と呼ばれました」デイリー新潮 9/23(月) 9:10 配信 https://news.yahoo.co.jp/articles/ef9a5da53eeaeeb4328f1601407f63c53594acdb |
( 214738 ) 2024/09/23 17:43:15 0 00 ロックバンド「The 虎舞竜」を率いる
220万枚を超えるメガヒット曲「ロード」で知られる高橋ジョージ(66)。彼は元妻・三船美佳(42)と離婚し、10年ほどはひとり娘と会うことがほとんど出来ない“疎外”状態にあったが、今年、父娘の関係に大きな変化があった。この春、20歳を前にした彼女本人から突然、連絡があり、2週間の間、同居することになったのだ。娘と再会を果たした高橋がその「親子」観を語る。 【西牟田靖/ノンフィクション作家】
【写真を見る】“24歳差”のカップル…元妻・三船美佳とは「パートナー・オブ・ザ・イヤー」に選ばれたこともあった
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8月に発売された「週刊文春」誌上で、高橋は娘と再会したことを明かし、ニュースになった。5年前、高橋に「家族と親権」がテーマのインタビューを行い、「週刊新潮」に寄稿した経験のある筆者は、再会を知り、改めてインタビューを申し込んだ。この5年間で、離婚後に子どもに会えなくなる親の存在がクローズアップされ、今年の5月には離婚後の「共同親権」導入を含む民法改正が行われた。高橋に自身の経験と思いを聞いてみることは、同じ境遇に苦しむ親にとって重要だと考えたからだ。高橋からも「ぜひ知ってほしい」との返事があり、インタビューは実現した。
「あれは3月23日の午後、仕事のメールチェックをしていたら、『お久しぶりです』って書かれたメールが届いたんですよ。差出人には娘の名が。ちょっと待って。これ誰かのいたずらだろうって思って見たら、すごく長くてね。なりすましじゃ知りえない内容だったの。もしかしてと思って私のプライベート・メールのアドレスを教えました。そうやってやり取りがはじまった」
そう高橋は振り返る。
高橋が、故・三船敏郎の娘である女優・三船美佳と結婚したのは1998年のこと。24歳差の夫婦は大きな話題となり、2004年には娘が誕生した。しかし、2013年の暮れ、三船が娘を連れて東京の自宅から大阪に移り、別居を開始。調停、裁判を経て2016年には離婚が成立した。
高橋が娘と2人で会ったのは、2014年3月23日が最後だった。この時は高橋の大阪でのライブ会場に娘が訪れ、夕食を共にし、宿泊先で一泊した。しかし、離婚成立後は半年に一度、2枚の写真が送られてくるだけのみで、次第にそれも途絶えた。2019年3月末、双方の弁護士同伴の元、大阪の喫茶店で2時間、顔をあわせたことがあったが、当時14歳、思春期真っ只中の娘に「あんた」と呼ばれるなど、決して打ち解けた雰囲気ではなかった。そして以後5年間、2人は一度も会うことは叶わなかった。ちなみに、その後、三船は再婚し、2020年には女児を生んでいる。
「その間は、懲役を食らったようなもんだ、って諦めてたんです。でも“子供以外には会えてるから、幸せな方なんじゃないかな”って無理に思うようにしていたわけですよ」
一切コミュニケーションがない状態で、彼は娘のことを思い続けてきた。
「最後に楽しく会えた3月23日だけはなぜか忘れられなくてね。毎年その日になると、今年はあれから〇年目だ、〇年目だと数え続けていました。そして毎年“今年も何もなかった”と。今年の3月23日はちょうど10年。その少し前に姉から“連絡来るような気がするから部屋片づけておきな”と言われたんですよ。そんなことあるかと思っていたら……」
突然、事務所宛てに冒頭のメールが届いた。
メールには、概ね、次のような内容が記されていたという。
「ご無沙汰しております。数年お会いできていませんが、いかがお過ごしでしょうか」
「3年前に生まれた妹はとてもかわいくて、今まで子どもに関心がなかったのに、初めて愛おしさを感じました」
「去年の11月に19歳になりました。今年はもう20歳になります。なんだか不思議と達成感があります。自分ももう成人である以上、親権に縛られずに話ができるのではないかと思い、ご連絡させていただきます。高橋さんがよろしければ」
5年前のような言葉遣いではなく、きちんと敬語が遣われていた。
「後で聞いたら、娘は私の連絡先を知らなかったから、インスタから会社のメールアドレスを調べたらしい。高橋さんなんて固すぎる。私はジョージだから、YouTubeで『Gさん』と名乗っている。だから呼び方は『Gさん』でいいよ、と伝えました」
その後、やり取りされたメールには、19歳の娘の、さまざまな悩みが綴られていたという。
「将来のこと、家族のこと、友人関係のこと……。たくさんありました。溜まっていた思いがあったんだろうね。だからこそ、何かを変えようと思って連絡をしてきたのでしょう。とにかく会おうという話になりまして、4月に彼女が東京に来ることになったんです。しかし、それには条件を付けた。“来るんなら、ちゃんと(母親に)言ってきた方がいいよ”と。だって、黙って俺に会うことは娘の母親に対しての裏切りだからね。そこで娘は母親に手紙で自分の意思を伝えたようです。母親も“あなたの人生をこれからも応援しますよ”って賛成してくれたようです」
再会が決まった。
「新幹線代を振り込もうと口座を教えてもらったら、苗字が新しいお父さんのものになっていたけど、それは記号だからいいや、と思いましたよ。その日は駅に迎えに行って、焼肉ランチを食べて、うちに一泊泊まりました。顔かたちはもちろん幼い頃とは変わっていたけど、時折、昔の面影が残っているのを感じる瞬間がありましたね。娘は悩みや将来の不安をたくさん話し、“今まで自分は守られ過ぎてきた”“自立したい”“そのために力を貸してください”と言うんです。そして“将来の選択肢を広げたい”と。それで、“東京来る?”と提案したんです。娘も頷いて……」
こうして娘は上京することになった。後日、高橋の自宅には段ボール箱20箱が送られてきたという。
「娘は“6月9日に行きたい”って。“なんでその日?”って聞いたら“6月9日ってロックの日だよね。大切な記念日だよね”って」
父娘の生活が始まった。
「その日は品川駅まで迎えに行きました。娘が“荷物いっぱいあるから”って言うから、“いや俺の上京したときと一緒だわ”と。“俺は17だったけど”って盛り上がりましたよ。その後2週間、娘はうちにいました。毎日、私がご飯作って、スクーターの後ろに乗せて買い物に出かけたり」
10年ぶりの水入らずの時間だった。三船美佳がかつて出演したドラマのVTRも二人で見た。
「“君のお母さん、こんな素晴らしい芝居してたんだよ”って私、感動して泣きながら、娘に言いました。その姿を見て娘はショックを受けたみたい。私が母親のことを心から尊敬していて、全然憎しみをもっていなことがわかったんですよね。娘もこれまでバラエティでの姿は見たことがあったけど、母が芝居している姿はほとんど見たことがなかったようなんです。芝居を見て、母親のことも尊敬できたみたい」
親子にとって、いくつか節目となる日もあった。
「6月12日がうちの父親の命日なんですよ。父が亡くなったのは(別居中の)2015年だったので最期は娘と会えなかったんですよね。80になってからの孫なので、娘が生まれた時、親父は、“誕生日1週間目おめでとう。2週間目おめでとう”と毎週メッセージを送ってくるほど、バカかって思うぐらいのかわいがり方でした。そんな親父の命日の日に一緒に手を合わせられた。もう一つは16日に、父の日を祝ってくれたこと。娘からシェーバーをプレゼントされた。そこにはメッセージが添えられていて、“この空いた10年分の思い出も一緒に作っていこうね”と記されていた。これはもう、過去最高の父の日でしたね」
そうした生活を送る中、いつしか娘は高橋を「パパ」と呼ぶようになったという。5年前は「あんた」と呼ばれていたのが、「高橋さん」、続いて「Gさん」、そして幼かった日と同じように「パパ」と呼ばれるようになったのだ。高橋は心の中でガッツポーズをした。
その日の夜、高橋は、「山嵐のジレンマ」の話をしたという。それは「山嵐は近づき合いすぎると自らの持つトゲで相手を傷つけてしまい、離れすぎると凍えてしまう。そのうち丁度いい距離を見つける」というものであった。その話を彼が娘に聞かせたのは、これから一緒に思い出を作っていきたいと思いつつも、ひとりの大人として、干渉しすぎずに見守っていきたいという、親心の発露だったのだろう。
「“パパとお前も丁度いい距離が見つかるといいね”と話すと娘は笑顔で頷いていました」
2週間が過ぎた頃、彼女は家を巣立つように出ていった。
「地方で住み込みのバイトを見つけ、旅立った。いずれ留学にトライしたいとも言っていました。自立して一人での生活へ挑戦してみたいという思いと、いつでも帰れる『巣』があることを確信したからだと思います」
後編では、娘との再会を経て高橋が感じたこと、そしてその後の娘との関係について記す。
西牟田靖(にしむたやすし) ノンフィクション作家。1970年大阪府生まれ。日本の国境、共同親権などのテーマを取材する。著書に『僕の見た「大日本帝国」』、『わが子に会えない』、『子どもを連れて、逃げました。』など。
デイリー新潮編集部
新潮社
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( 214739 ) 2024/09/23 17:43:15 0 00 =+=+=+=+= 高橋さんと同じ境遇の者です。 養育費はもちろん、誕生日、クリスマス、 お年玉、年賀状だけは毎年欠かさず 送っています。 僅かばかりですが、いつか渡せるように 娘用に積立もしています。
実際会える日が来るのか分からないけど 仮にずっと会えないとしても 娘の幸せを願う気持ちは変わらないです。
高橋さんと娘さんの再会は 自分のことのように嬉しいです。 本当に良かったですね!
=+=+=+=+= 24になる娘がいます…とても胸がキュッとなるお話しでした…こういう気持ちって親にならないとなかなか分からないと思う…逆に子供の方の気持ちは私には分からないんだろうな、と思う…一方的に自分の気持ちを押し付けても意味ないと思うけど高橋さんはそのあたりもしっかりと分かって接している事に感心しました…私もそうでしたが社会に出て色々な人と会って自分の稼いだお金で生活するようになった初めて親のありがたみを知る事になると思う…高橋さんの娘さんはその少し前に色々と気が付いて頼って来てくれたんでしょう…これから更によき理解者となってくれるんじゃないかな…お二人に幸あれ!
=+=+=+=+= 娘さんにとっては幼い妹は可愛いけれど、新しい家族の中では疎外感があったのかもしれないね。無意識のうちに実父である高橋さんに頼りたくなったんでしょう。成人しているから自分の意思で会いに行けるし。
お父さんに生活の面倒を見てもらわず、自立しようとしてる姿勢は立派だと思う。この娘さんが1番大人なんじゃないかな笑。
=+=+=+=+= 別居や離婚をきっかけにした紛争や対立的関係が収束しない場合は、別居親は子どもとは生活に無理のないコンタクトに留め、子ども一人で会えるようになるまで我慢して待っている方が、子どもの負担が少ないこともある。別居親が裁判所を使って子どもが嫌がっても無理やり頻繁な面会を義務付け、子どもが心の不調を訴えるケース(不登校や入院等、それに伴う学業不振)があることはあまり知られていない。それまで三船さんがお子さんを紛争に巻き込まない様に、守っていたという面もあると思っています。それにしても、高橋さん、本当に良かったです。
=+=+=+=+= 娘さんにとって、母親である三船さんや新しいお父さん、そして妹さんはかけがえのない大切な家族なんだと思うけれど、やはりどこかで家族になりきれないものもあったのではないでしょうか。
どこか遠慮があり、どこかで悲しい気持ちや辛い気持ちに蓋をして、新しく出来た新しい家族のバランスを娘さんなりに壊さない様に気を使いながらの生活だったのではないかなと思います。
高橋さんという存在はとても大きくて、いわば崩れてしまいそうな心を支えてくれる「心の支え」になっていたのかなと思います。
愛情って伝わりますよ。 離れていても、会えない時間が長くても、想い続けている娘さんへの愛情は伝わっていたんだと思います。 娘さんとの関係性が良い方向へと向かわれたみたいで他人事ながら良かったなと思いました。
=+=+=+=+= 小さい時は近い親の言う事や考え方に影響するけど、子供が大きくなり物心ついた頃は 客観的に物事見れる様になるから、色々思うところはあったと思う。親同士は離婚と言う選択肢があるけど、子供には罪がないし、親の感情で子供の人生を左右させてはいけない。 一緒に暮らせなくても、親子の関係や絆が 変わる事の無い様にしてあげたいですよね
=+=+=+=+= うちは離婚とかないが娘が将来を考え抗う姿勢を慮ることがあります。 頼れる親族が遠方に居て環境を変えるのは良いですね。 地方や海外に一人で移住する若者が増えてきてます。海外のデメリットを忠告したりすれば、とりあえず沖縄ってなるけどコミュニティ向いてない人にはキツいよね。 両親とも見守ってくれる安心感を得て自立とうまく両立し、何処かで子供が元気に暮らしてる事が親として一番喜ばしいです。
=+=+=+=+= 娘さん、正しい判断だと思う。
三船さんは娘の父親である高橋さんを堂々と貶めた発言をしていたわけで(裁判で三船さんが主張した高橋さんのモラハラは認められなかった)子供だった娘さんは本来複雑な感情を抱きながらも、抑えつけてきたと思う。
三船さんは気付いていないかもしれないけど、娘さんにとっては父親は自分と同じ血が流れた身の一部なんだから。それを否定されるのは、自分の一部を否定されたも同じ。
側から見ていてもいつかわかる時がくると思っていた。新しい家族ができて結局居場所がなくなってるんだろうなと推察する。 連絡先を母親にも聞けないわけだから。
芸能人の娘が住み込みのバイトを見つけてというのも、いかに彼女が色々と気を遣って複雑な環境にいるかがわかる。母親に気を遣って高橋さんに甘えられないんでしょう。
まだ19歳ということは大学生の年齢。親にも頼ってもっと色んな勉強をしてもいいと思う。
=+=+=+=+= 娘から連絡をしたということは、娘にとって父親は悪人ではなかったということ。 連絡した年齢的に、母の気持ちを考慮して成人になるのを待っていたんだろう。 義務教育が終わる15になったら行こうと思っていたけど、自立してないから家を出れなかった。 家を出たのは、妹が産まれて居場所がないと感じたのか、義父を受け入れ難かったのか、 親を頼らず住み込みでバイトをするのは、父母に遠慮があるのかも、
とか色々思ってしまい、泣けてきた。 娘は親が離婚してから様々な思いと葛藤しながら生きてきた。 父に対して「正論だけど言い方」的なことを言えるのも、母から聞かされてきたことの真偽を自分の中で考えてきたからだろう。
母からしたらモラハラは事実なんだろうし、別れたのは致し方ない。
でも娘が父を嫌っていなかったのなら、 親子の交流は認めてあげても良かったのにと思った。
時間はかかったけど、会えて良かった。
=+=+=+=+= 良かったですね。私も最初は、もう一生娘さんに会えないだろうと思っていました。かなり時間は、かかりましたが、娘さんのほうから連絡があり、会えるようになった。本当に良かったですね。 これは娘さんは父(高橋さん)のことをやっぱり自分の父親だと思って、頼ってきたんだと思います。同じ娘を持つ者として大変嬉しいことです。安心しました。私も嬉しいです。
=+=+=+=+= 成人を過ぎたから独立をするのは良い事だと思う。でも定職もなく進学もせず住み込みで働き生計を立てつつ、受験勉強をする余力はあるのでしょうか? この子は三船美佳の新しい家庭に居場所がないのでしょう。ジョージさんが暫く引き取ってあげて落ち着いて受験勉強をさせてあげたら良いと思う。 留学といっても…費用もかかるし現実離れしてる。 娘さんは娘さんなりに物凄く気を遣って生きてる様に見える。普通の大学生を目指して、普通の社会人を目指して。それまではジョージさんのお世話になったら良いと思う。
=+=+=+=+= 泣かせるなよ、高橋。
泣いちまうよ。俺も娘がいる。疎遠じゃないけどときどき連絡が来る。 うれしいんだよ、言わないけど。
「パパ」っていいよな。今は俺のこと「とうさん」って言うんだ。でも俺は小さいころのように「パパ」って呼ばれたい。これも言わないけどね。
いい人生だと思う。幸せだと思う。 歌もがんばれよ。
=+=+=+=+= とても考えたら怖いんだけど、これがすべてシナリオだったとしたら‥。14歳の頃の2人の出会いから今に至るまで。元々お母さんの喜多川美佳さんが虎舞竜の大ファンだったと言うし、自分はムリでも娘と‥からはじまり。 確か喜多川さんと同居していたときは高橋さんが生活費を出してたんじゃなかったっけ。
不倫、出産、子供を三船の芸名をつけて(本名は違う)三船敏郎の子どもとしてデビューさせる、大ファンの虎舞竜の楽屋に娘を連れて行く… このストーリーだけでも怖い。
=+=+=+=+= 離婚は元夫婦の問題、10年もお父さんに会えないとは不思議でし。さすが美佳さんですね。元義母も三船さんの介護が面倒になり奥様にかやしたのです。娘さんはだんだん分かってきてお父さんに会いたくなったのでしょ 連絡先も調べるほど…再会できて良かったです。
=+=+=+=+= 10年ぶりに父親に連絡するのは、娘さんにとってとても勇気の要ることだったと思います。それだけ近くの大人に頼れない事情や思いがあったのかもしれませんが、ジョージさんとも良い関係が築け、帰る場所がひとつ増えたのはこれから色々な面で娘さんの支えになると思います。
=+=+=+=+= 娘さんは母親の為に無理して父親を嫌いと言い、会いたくないと思わせていたのかもしれない。 思春期の多感な時期もあったと思うでその時は母を選んでよかったと思うけど、新しい父親と妹の3人だけの写真がネットニュースに流れる事も多かったし、成人して自分の意思で父親と時間を過ごせたのはよかった。 三船さんを見てると父親のことを悪く言わなかった清原の元奧さん亜希さんはつくづく素晴らしい人だなと思う。
=+=+=+=+= そうした生活を送る中、いつしか娘は高橋を「パパ」と呼ぶようになったという。5年前は「あんた」と呼ばれていたのが、「高橋さん」、続いて「Gさん」、そして幼かった日と同じように「パパ」と呼ばれるようになったのだ。高橋は心の中でガッツポーズをした。
その日の夜、高橋は、「山嵐のジレンマ」の話をしたという。それは「山嵐は近づき合いすぎると自らの持つトゲで相手を傷つけてしまい、離れすぎると凍えてしまう。そのうち丁度いい距離を見つける」というものであった。その話を彼が娘に聞かせたのは、これから一緒に思い出を作っていきたいと思いつつも、ひとりの大人として、干渉しすぎずに見守っていきたいという、親心の発露だったのだろう。 ← 泣けた ら
=+=+=+=+= 離婚当時から違和感がありました。 年の差もあるから、世代的にも夫婦のあり方、モノの言い方が、DVと捉えられてしまうのかな。また、お嬢様育ちのミカさんにしたら、初めは出会ったことのないロックな年上の彼が素敵に思えたのに、結婚したら亭主関白に感じた。とか… 人それぞれ本当に価値観って違って、恋愛の時にはお互いソレがいちいち新鮮に感じる。でも結婚して、まして子供が生まれると、ささいな事がいちいち違って気になってくる。夫婦こそ難しい。 娘さんが、安心して帰ってくれる居場所が見つかって良かった。心置きなく好きなことをできそうで良かった。
=+=+=+=+= 新しいお父さんが嫌では無いと思うけど、大人になってくると気持ち的には複雑になる。 本当はやりたい事もあるけど、言いづらい。
多分、今も三船さんが結婚せずに母1人子1人だったら、娘さんは高橋さんに会ってないかも。新しい家庭が出来るって、本当に複雑。
娘さんは、これからやりたい事をやって、時々、高橋さんと会いながら、素敵な花開く人生を送って欲しい!
=+=+=+=+= 高橋さん娘さんに会えて本当に良かったですね! 10年間も会えずに寂しかったと思います。 私も離婚をして子供の親権は私が取りました。最初は子供と会わせたくない気持ちが強かったですが、子供の気持ちを考えていつでも会って良いよって言いました。 子供にとっては母親も父親もどちらも好きで選べないと思います。 やはり親の感情よりも子供の気持ちが一番大事だと思います。
=+=+=+=+= 時間がかかったけれど良かったですね。私は幼い頃に両親の離婚があり子供の立場ですね。思春期は母親ですら難しいのに父親なら尚更です。 でもこうやってジョージさんに連絡を取ってきたのは彼女なりに母親や新しい家族への気遣いなどもあり、ずーっと言えないことがいっぱいだったんでしょうね。私は何処にもすがることができなくて大変な思いを沢山しましたが、そのおかげでかなり強くなれました。 お母さんにも反対される事なく再会されたのは本当に良かったです。 これからまだまだ色々ある人生。 ジョージさんがパパとして寄り添ってあげてください。
=+=+=+=+= ロードの歌が好きです。 こんな優しい歌を歌える高橋さんは、三船さんの言われるようなモラハラが本当にあったのでしょうか。それはどう頑張っても埋められないジェネレーションギャップもあったのでは?とも思います。 真相は、お二人にしか分かりませんが… 本当に、娘さんも心身共に大人になられましたね。 一緒に住んでいても、娘の父親の呼び方は同じ様な過程を踏む事もあり、ある意味健全に成長されたとも思います。 10年という年月は、高橋さんを少しずつ受け入れる時間だったのでしょう。 長く待った分高橋さんの感動は計り知れませんね。 ロード♪第何章になるか分かりませんが… 又歌って欲しいと思います。 そして、お嬢さんがバージンロードを歩く時は、傍に高橋さんがいらっしゃる事を夢みています。
=+=+=+=+= 私は男で子供の立場ですが、親が離婚して父親とは疎遠になりました。私も「あんた」と呼んだ時がありました。原因は母親が父親を悪く言っていたから子供心に父親を恨んでました。中学生の頃に母親にも非があるのがわかり、結局は好きな人ができたから離婚に踏み切ったのと、まぁ、理由付けで父親の欠点をあげつらってたことを理解しました。その後、父親と一緒に暮らしました。初めはぎくしゃくして他人行儀でしたが、次第に「おとうさん」と呼ぶようになりました。子供は思った以上に親の顔色をうかがってるし、影響も受けやすいものだと思う。私も最初は高橋さんのモラハラが酷かったという印象でしたが、結局はそういうことかと思い直しました。娘さんが大人になってよかったなぁって思います。お幸せに・・・
=+=+=+=+= 夫婦は離婚したら他人だけど子供にとっては実親は変わらない。でも一緒に暮らす方の親に別れた夫や妻の愚痴など聞かされて育つと離れて暮らす親と接点を持つことが同居する親を裏切ることのように感じてしまい、勝手に顔色をうかがって離れて暮らす方の親を遠ざけるようなことをしてしまうようになったりします。私がそうでした。 離婚の理由がどうであれ、親同士、未成年の子供に親の悪口を言うことだけは絶対にしてはいけないと思っています。
=+=+=+=+= 娘さんへの想いが痛いほど伝わってきました。ジョージさんにとって連絡取れなかった長い間の溝が埋まり、娘さんにとってはもう一つの帰れる場所が見つかってよかったなと思います。娘さんが立派に育ってて素晴らしいです。ジョージさんにとって今年は最高の年になりましたね。
=+=+=+=+= 自分も同じ境遇です。大学卒業して社会人になって養育費の期間が終わったらつながりがなくなってしまったようで何か終わった感がありました、中々会えなくて寂しかったけどずっと思っていました、新しい生活あるからあまり出張らない方がイイと先輩女性から経験上として言われたので、会いたくても控えた、だから会ったときものすごく上がりその後しばらくは辛かった。私は10年以上時が止まったまま娘の成長だけが生きがいで、何も出来ずただ生きてるだけでした、いま高橋さんが生きる喜びを感じているのが自分事のように嬉しいです。
=+=+=+=+= 娘さんも成長して、母親を通して父親を見ていた頃と違い、自分自身の視点から両親を見るように変化したのかも知れません。 両親の仲が上手くいってないと、どちらかに味方に付けさせられて、相手の悪口を聞かされたりとかして、子どもだとそれに従っちゃったりするんですよね。 高橋さんは娘さんのことも大事にされ、元奥様のことも、あんなことがあったのに悪しざまに言ったりもせず、穏やかで良いですよね。付かず離れずでも、どんな形でも、良い関係がずっと続くといいなと思います。
=+=+=+=+= 娘さんの、成人したから親権に縛られず会うことができるんじゃないか、、という言葉が1番胸にきましたね。 旦那さんに圧倒的な非があっての離婚、女性に非がある場合の離婚、お互い様な場合の離婚、色々な形があるけれど、どの形だったとしても子供の気持ちより自分の気持ちを優先させ、親権を盾に子供と父親を離れさそうとする女性は多いです。 これに苦しんでいる元旦那、子供は多いのではないでしょうか。 今回は新しい旦那のもとに子供を授かったので、上の子を解放したように思いますが、その子が生まれていなければ、今だに上の子を縛りつけてた可能性は十分にあります。 とにもかくにもパパに自由に頼れるようになってよかったですね。
=+=+=+=+= よかった。娘さんも心の成長期だったんですね、思春期とは少し違う大人になっていく心の成長期。両親の仲に関係なく子供は親を知りたい時がある、時期が来る。その時に実父として迎え、実母への気持ちを表してくれた高橋さんは娘さんの心の何かを解放してあげたように感じます。高橋さんにしかできないことを120%で果たしている姿に感激しました。山嵐の話、とてもいいですね。私も学んだように感じました。
=+=+=+=+= とても娘想いなお父さんですね。 夫婦として離婚しても、親子の縁は切れません。 子供に合わせないほど何かあったのか分かりませんが、子供が大人になって自分の意思で会えるようになると良いです。 中には養育費すら支払わず、逃げたり無視をする酷い人がいます。 子供には真相を伝えず、恨まれている場合もあると思います。 離れていても大切に思う気持ちが伝わりますように。
=+=+=+=+= 私も同じ境遇です。勝手な想像でその立場に立った事が無い方々が適当な事を言っていますが、子供が両親に会いたい意思があれば普通に会える世の中にしなければならない。両親に自由に会う事は子供の当然の権利である。高橋さん、娘さんと過ごせて良かった。
=+=+=+=+= 幼い娘さんは、両親の離婚後、身近にいる母親からの一方的な言い分を聞かされ、信じ込んでいたんでしょうね。成長と共に自分で考える事ができるようになると、母親の言い分だけが正しいわけではないと、真実が少しづつ見えてきたんでしょうね。高橋さん、長い間お疲れ様でした。やっと、娘さんと向かいあえる時期が、来ましたね。本当に良かったです。真実が伝わるには、長い時間がかかりましたが、これからの人生を楽しんでください。
=+=+=+=+= ただただよかったなと思いますね。娘さんも大人になって子供のころには見えていなかった色々なものが見えてきたのだと思います。高橋さんがひたすら娘さんのことを思い続けていたことが実ったようで他人事ながらほっとしました。親の命が終わってしまってから後悔するより、親が生きているうちに離れていた間の時間を埋めるようにたくさん会って話をしてほしいと、自分の経験からそう思います。
=+=+=+=+= どんなに離れて暮らしていても、血は繋がっていて決して切れる事はありません
自分は逆に成人になってから離れた子供がいます 母親と同居しているみたいです 自分が住んでいる場所より遠く離れた場所に住んでいるみたいです 子供とは10年会ってません もう良い歳なので結婚しているのかもしれません 自分も、子供と会って話しをしたいのですが母親に気を使って会う事は出来て無いです
高橋ジョージさんは娘さんと打ち解けて良かったですね とても羨ましく思います この体験を是非とも歌にして発表してもらいたいです 自身のYouTubeチャンネルでもいいので聞きたいです
=+=+=+=+= 娘さんが勇気を出して連絡してくれて良かったですね。 案外こういう親は少なくないのかも。 人に暴力をふるってしまう様な人とは縁を切るべきですが、娘さんにとってはそこまで辛い思い出ではなかったのでしょう。 自分の意志で会えるって本当に良いことです。 そして今回の同居も良かったんじゃないですかね? 頼れる親がちゃんといることは自立するのに心強いでしょう。
=+=+=+=+= 世の中、安易な人はいて、他に好きな男作って、100歩譲って好きな人が出来てしまうのは仕方ないとして、それを男側のせいにしてきたり、別れたら別れたで、子供を自分の持ち物とばかりに相手側の悪口吹き込んで洗脳するのもいる。もはや理性ではなく猿並みに動物的に行動しているというか。でも、子供も大人になる。その時に、どっちか正しかったのか分かる時は来るでしょう。正解・不正解でなくても、人の醜さは見抜ける時は来る。そこでそっぽ向かれないように生きるって大切
=+=+=+=+= 自分も高橋さんより歳を取ってから一人娘が産まれたので離婚して娘に会えなかった10年間の気持ちを思うと読んでいて涙出そうになりました。娘さんのこの10年間の心の葛藤を思うと我が娘が同じ経験をしたらと思うとさらに涙が出そうになります。できるだけそうはならないように妻とも仲良くやっていきたい。でも高橋さんもこれから失われた時間を取り戻せそうで何よりです。これからの娘さんと過ごす時間はとても素晴らしいものでしょう。
=+=+=+=+= 成人になったこともあって自身で選択できることを三船さんも尊重したと思います。三船さん夫婦の了承もあり連絡をしたのでしょう。幼い妹を見ると親の気持ちがなんとなく感じられたのではないでしょうか。夫婦の間のことは分かりません。モラハラがあろうがなかろうが、三船さんが一切拒絶したという事は関係が破綻していたのは間違いないです。お互いの子供なので双方に親権を持つ事は正しいとは思いますが、その関係性によるかと考えます。双方が合意の元で、成人までの法的責任関係も明確にした上で行うべきと思います。
=+=+=+=+= 離婚して子供と暮らせない親にとって参考にもなる良い記事だと思います。 高橋ジョージさんの人柄が出ていますね。 特にジョージさんの子供を思いながら自己成長をする姿に感銘を受けました。 子どもに教えられるというコメントが理想の父親なるという覚悟が感じられ 相当考えていたことが窺えます。
高橋さんのお姉さんが「もうすぐ娘さんから連絡があるかも」という予想は 高橋さんが娘さん対しての日頃からの思いを知っていたからなのではないでしょうか?
過去の10年は取り戻せませんが、末永く良い父娘の関係でいてくれる ことを心からお祈りします。
=+=+=+=+= やはり連れ子の結婚は新しい家庭で子供の居場所を作ってあげるけど子供はほんとうの居場所はなく何となく居心地が落ち着かなかったのかもしれませんね…… そうゆう時は離れていても血の繋がった父親に頼るのが本能でしょうね
高橋さんも辛い時期が続いたと思いますが娘さんが頼ってきてくれて本当に嬉しかったと思います。 これで本当の父娘の関係が築けたと思います。 これからが楽しみですね!
=+=+=+=+= 本当のことを確認して、知りたかったのかもね。子供は子供で離れ離れになって恨んでいただろうし、なぜ別れたのか。ずっと疑問を持っていたんだと思う。今も妹は可愛いけど、今の父親はお母さんの再婚相手で、娘にとっては本当のお父さんではないし、ずっと気まずかったのかも。だからツラくて家を出ていきたいが、成人になるまでの時期を待っていた可能性もある。
=+=+=+=+= ジョージを頼って会いに来た訳でも無い娘さん、自立しようと必死なんだな。 偉いと思う。 母親が再婚して新しい父親がいる家族の中で父親の違う妹もいて疎外感もあったんだろう。 三船側が娘を会わせなかっただけで無く悪口も相当吹き込んでた事は容易に想像出来るな。 これからしっかりと娘を応援して欲しいものだ。
=+=+=+=+= 自身の思う行動が、今やっと叶ったのですね。ゆっくりゆったり、波風立てないように、思いやりある素敵なお嬢さんだなぁって感服しました。 ともあれ、こんなに立派に今まで育てあげられたお母さんも素晴らしいと思います。 これからは、お嬢さんが大人の一個人として、そしてみんなで皆んなの幸せを大切に、ゆっくり歩まれて欲しいです。
=+=+=+=+= 10代で24歳差で結婚とは、大人側としてもいくらでも洗脳できるレベルだと思う。 普通なら犯罪レベルじゃないのかな? 何があったか本人たちにしか分からないけど、大人になって、気がつくことも沢山あったと思う。離婚は仕方がないし、親権を争うには嫌なことも言わなくてはいけないと思う。 でも、子どもからみたらまた違う印象もあるでしょう。 子ども自らの意思で会いに来てくれて、その意見も尊重してくれて良かったと思う。
=+=+=+=+= 子供にとっての親の存在って何だろうと度々考えます。 自分が定年近くなり、子供たち全員が独立した今思うのは、親は子供がいつでも帰る事ができる「家」なのですね。 この記事の最後にも書かれていた通りだと思います。 もちろん例外はあります。 過去や経緯は様々ですが、高橋さん、良かったですね。 一山超えて、新たな親子の縁がようやく繋がりましたね。
=+=+=+=+= 今の時代SNSで名前登録したら人と繋がるから本当にいい時代になりましたね 子供が成人したら別に誰の許可もとらずに会いたいと思えば会うべきだと思います。 この2人は色々とあったけど、お母さんは自分の幸せの為に離婚してそして幸せになったけど子供って本当はお母さんとお父さんがいつまでも一緒にいてる姿が1番幸せなんですよね ジョージさん娘さんが探して来てくれて本当に良かったですね これからの活躍も応援しています 頑張れパパ
=+=+=+=+= 親も子も距離感て大事だなと思った。親だから何でもして言い訳じゃない。 子供だからって親に何言っても何しても言い訳じゃない。バウンダリーオーバーしてても可愛い我が子として許すんだろうけど、自分は別れた父親にあんたなんて絶対言わなかったな。誰でも通る道とは思わんでほしいし、こんなに突き刺さり残るんだから言葉も大切にしてほしいと思った。
=+=+=+=+= うちは娘が幼少の頃に離婚しています。子供にも会わなくていいから離婚したい!と言われ泣く泣く別れたのに今じゃそんな事が嘘だったのかと思える程我が家に顔を出します。私としては本当に本当に本当に複雑な想いですが、娘の嬉しそうな顔を見るとまあいいのかなっても思います。来年からは中学生なので勝手に会ってくれればと思います。 私にとっては憎たらしい男ですが娘にとってはたった1人の父親なのだと理解しています。
=+=+=+=+= 世間って女性の意見に同情しがちだと思うけど、裁判でモラハラ訴えても当時から世の中高橋さんに同情集まりがちだった印象です。義父には新しい子供、家を飛び出してきたかのような上京、実父には長年会えず、そして母の貼り付いた笑顔‥色んなことを考えると、娘さん、相当大変な日々を送ってたのかな?と思ってしまいます。 でもこれからは成人して人生をなんとでもできる、そして実父は精神的にも金銭的にも支えてくれるだろうから、明るい方向へ自分の足で歩んで欲しいです。
=+=+=+=+= 私も同じじゃないかもですけど離婚して 子供3人と離れてます。 生活カツカツで厳しいけど、養育費、毎月の小遣い、ずっと渡してます。 そのおかげか分からないですが、3人とも普通に 会ってくれます。 今は20歳の次女と2ヶ月に1回ほどの 2人で行くアウトレットモールの買い物が 自分の生き甲斐になってます。 色々ありましたが、綺麗事かもですが 私の場合は、本当に良く育ててくれてる ことに、感謝しかなく 高橋さんより恵まれてなとおもいます。 高橋さんも良かったですね!
=+=+=+=+= 高橋さん良かったですね、と喜ぶ前に、この子が両親の勝手な都合で片親になり、周りの友達には父親がいて、想像の範疇ですが寂しい思いをされたかもしれない。だが成人になり、自覚を持ち、両親の胸中も理解して、父親に大きくなった自分を見せたい。素晴らしい成長ぶりだと思います。
=+=+=+=+= 娘さんに会えて本当に良かったですね。 本当はずっとお父さんに会いたかったのかもしれないですね。 子連れ再婚って難しいのかな。 新しいお父さんがいくらいい人だったとしても、赤ちゃんがかわいかったとしても、子供からしたら疎外感というか… 一緒に暮らすのは私だったら無理だなぁと思う。 娘さん、頼れるところができてよかった。
=+=+=+=+= 高橋さんが芸能人だったことで、仕事の窓口ではあるのでしょうが連絡先がわかりやすかったのは不幸中の幸いでしたね。一方で三船さんは本当に娘さんから高橋さんを遠ざけていたんだなぁと悲しい気持ちになりました。 もちろん事実はわかりませんが、離婚前後の経緯も今読み返すと母親有利な親権を盾にした、実子誘拐の視点で見直しうる事例のように感じられました。 本当に自身や子供の身の危険を感じている場合もあり一概に悪だとは言えませんが、本来得られるはずだった子供の成長を見守り支える日々を一方的に奪えてしまう現行の制度は見直されるべきですし、より良い形をめざす一案として共同親権の議論が進んでほしいと思います。
=+=+=+=+= 離婚してもいつでも自由に子供に会えて常に連絡も取り合い、双方とも元パートナーの不満も一切言わないどころか立てることが出来る、ということが子供にとって一番良い環境なのは誰もが思うこと。 しかし、それだとそもそも離婚する必要は無かったはずで、何かしらの耐え難い不満や乗り越えられなかった壁に長らく苦しみ離れる決断をされた方にそれを求めるのはかなり酷なのだとも思います。
ただ、私が昔から気になっていたのは、引き取らなかった親に対して自分は捨てられた、と感じている子どもが少なくないこと。おそらく親権がどちらかになってしまうことにも原因があると考えています。 両親はお別れしてしまったけれど、子どもへの愛情や責任は全く変わらないという意識を皆が持つためにも、これから共同親権にすることは必要なことだと思っています。
=+=+=+=+= 親権問題も改正され良かったと思いますが何らかと同様に遡って実行して欲しい案件ですね。以前はどうしても母親側に優先的な親権があり父親は涙を流すしかなかったですから…ジョージさんは自業自得なところがありましたから仕方なかったでしょうがここに来て娘さんに会えその後も娘さんの意志のもと会える様になり歳を取る年代になり本当に良かったと思います。
=+=+=+=+= 人間関係は、どんなに親しくても理解しあっていても、違う人格だから、誤解や価値観の相違で、離れなければならない時もある。 でも、誠実を貫いて行けば、時がくれば状況が変わって道が交わる時もあるし、そうでなくても、自分の良心を裏切らない生き方をしていれば、寂しくても心は穏やかでいられる。 高橋さんの生き方が、娘さんに伝わったのだろう。おふたり、お幸せに。
=+=+=+=+= 良い父親だな。久しぶりに最愛の娘と住めるようになったら離れたくないと思ってしまいそう。そこを我慢して娘の成長のために良い距離を取るというのはなかなかできないと思う。 住込みのバイトを自分で探した娘も素晴らしい。父親の想いも伝わってちゃんと自分に向き合った結果だね。
=+=+=+=+= 健気ですね。基本的には両親揃っているに越したことはないと思います。父親も母親も役割が違うんですよ。片方と気まずくなったら片方に逃げられるしバランスが取れるから。男親は娘には基本甘いと思うけど、無条件の甘やかしは大事だと思う。この娘さんは、愛情を確認しに戻ってきて、納得したから次に行けたのかもしれないですね。
=+=+=+=+= 一方的じゃなく夫として問題があったからこそ離婚されたんだと思うけどやっぱり自分の娘はいつまでたっても可愛いでしょうね。 父親として娘には何にも酷いことをしてないと思ってるのに冷たくされればかなり堪えたでしょう。 その娘が大人になって父のありがたさを思い出し本当の父としての優しさを確かめたくなったのかと思います。 ジョージさんは今そんな娘さんに心から幸せを感じていると思います。
=+=+=+=+= 50歳になる私ですが、20歳の時に12年ぶりに父に再会しました。ちょうど携帯電話が普及し始めてその連絡先を母に伝えたとのことでした。 高橋さんと同じように東京に行き、ひと時を過ごしました。しかしどのように接して良いか分からず、2年ほどで私から連絡をしなくなりました。育ての父はすでに亡くなりとても感謝はしていますが、自分の起源はやはり実父の血が色濃いと実感しております。今では実父の介護もしたいと考えSNSを頼り探していますが、見つかりません。役所に行っても一度養女になり、実父との関係が分かっても、住所などが分からなければ死亡したかも分からないとのこと。もっと連絡をとっておけばと後悔しています。親にとってはトラブルで別れた相手でも、子供にとっては憎い存在だけではありません。
=+=+=+=+= 離婚原因など理由あったとしても、やはり親の都合で生活が一変した環境を子供に我慢させていたのは、親が悪い。子供の意見を尊重すべきだったと思います。再婚して親が幸せになれば、子供も幸せとは限らない。離れていた親子の時間を取り戻すように、楽しい時を過ごしてほしいですね。
=+=+=+=+= 子どもにとって、良くも悪くも親は絶対的な存在なので。 母親と少し距離をおきたいとき、父親という逃げ場所があるのは、大きいですよね。 母親にとっては不都合もあるかもしれませんが、子どもにとっては貴重な存在だと思います。
=+=+=+=+= この記事の後半に「パパは言っていることは正しいことが多い。でもやっぱり自分が優位に立とうとして、人を傷つけることも多いよ」と娘さんに言われたとあった。 この内容をこの伝え方が出来るように育ったこと、お母さんがきちんと向き合って育てられたんだなと思います。 そしてこの言葉、きっと元奥様からならず周りの人からもも言われていたろうに、受け入れて変わろうと思えるようになるまでこの方にはあの経験と長い時間が必要だったのかもしれない。 これからどうかいい関係が続きますように。
=+=+=+=+= ちょっと泣けました。父親を高橋さんと呼ぶ心境。5年会えていない父親の力をかりようと思うに至った心境。さまざまなな葛藤を乗り越えて自分で道を切り開こうとする娘さんの力強さ。高橋さんの娘さんの受け止め方。素敵だと思います。いざという時に頼れる存在があるというのはとても心強いものだと、父が亡くなってはじめて実感しました。
=+=+=+=+= ジョージさんは家族を大切にしていた、美佳さんはジョージさんの言動を窮屈に感じてきた。きっとどっちも事実で、どちらかが嘘をついているとかではないんだよね。そこを上手く擦り合わせて、お互いの妥協点を見つけられたら夫婦生活は上手くいくだろうね。それが出来なかった結果だと思う。だけど、これは夫婦間の問題であって子どもに一方の悪いことを吹き込んだりするのはやってはいけないこと。パパとママは夫婦ではなくなったけど、ずーっとあなたのパパとママだよって伝えてあげるべき。そこはジョージさんが可哀想で仕方ない。
=+=+=+=+= 片親が犯罪程度の理由で別れた場合は、子供を引き取った側からすれば簡単に会わせられないのは分かるが、何故か親権はほぼ母親側に行くこと多い日本で、母親の考えだけで父親に会わせないのは納得いかないね。人攫いの犯罪とも思う。夫婦別姓検討する前に、共同親権を直ぐにでも討議すべきだと思う。また、女性にとって都合の良いことは問題にならないこのご時世、これも社会問題だと認識すべき。
=+=+=+=+= 複雑な環境の中で育って、お嬢さんも苦労してると思う。 寂しい思いがあっても誰かのせいにしないで 父親違いの妹を可愛いと言い。 二十歳前に早く自立したいと模索する。 そんなお嬢さんはしっかり成長してると思う。久しぶりにあったお父さんに自分の胸のうちを話せてよかった。 これでどこに行っても帰ってくる場所があるという安心感ができた。 若いんだから自由になんでもチャレンジできる。 髙橋さんも待った甲斐がありましたね。
=+=+=+=+= 私は娘側の立場です。 高橋さんが父親として娘のことをずっと想っていたことをこの記事を読んで、考えさせられました。 私の父親もそういう風に私自身のことを想っているのだろうか? もし、そういう風に想ってくれているのであれば、会いに行きたい気持ちもあります。 自分自身と重ね合わせて考えるきっかけをもらえた気がします。
=+=+=+=+= 私はずいぶん前に離婚、妻は近所の人に子供の虐待と話していた。しかし実際は数千万の金の持ち逃げです。離婚を切り出された時、預金は私名義の100万円しか無いと言い張った。しかし彼女は数年前から親、兄弟の名義を借り銀行などに隠していた。数年後に同じ市町村に家を建てた。実情は闇が深い、女性は怖い、悪魔の様な事をしながら悲劇のヒロインを演じれる、人様に話すときは涙を浮かべてね。浮気相手に夢中になり罪を旦那に擦り付けて離婚して幸せに暮らしている人もいる様だ、私の周りにもいる。「天網恢恢疎にして漏らさず」
=+=+=+=+= 娘さんは成人して自分の考えで行動していて立派だと思うし、そんな言動を見てジョージさんも長年苦しい思いをした分色々と報われただろうなぁ。
自分は離婚した父が12年ぶりに急に許可無く高校まで会いに来て、いきなり新しい家族を紹介された。意味が分からなすぎてもう会わないと決めたけど、二十歳を過ぎて、ジョージさんの娘さんと似た様な考えを持つようになった。それで大学卒業前に一度だけ会いに行った。そこでも父は変わっておらず、縁を切りました。
ジョージさんも離婚前はいいパパ良い旦那さんでは無かったのかも知らないけど、紆余曲折を経てジョージさん自身が良い方向に変わったことが今回の件に繋がったんだろうなと思う。娘さんはそんな実のパパに再会できて本当に良かったね。
=+=+=+=+= 読んでいて涙がでました。 私も小学校1年生で父と離れました。 それから何に数回連絡を取っていましたが、10年程前に途切れました。 私は会いたいのですが、向こうが会いたくない様です。父は再婚していますし、もちろん今の家庭を大切にして欲しいです。 でも無性に会いたくなる。 高齢になっているし、体調は大丈夫かなと気になります。 そんな私は40歳を超えていて、子供もいて、夫もいますがいつまでも娘のままです。 高橋さんの娘様の気持ち、よくわかります。 いつまでも、いつでも会える状況にしてあげてください。
=+=+=+=+= 2015年にNHKで「美女と男子」というドラマがあったんですが、高橋さんは一発屋の歌手役でした。「離婚して妻子と別居」という設定に当時は週刊誌にいじられたんです。 でも新曲が娘を想う歌だったので、創作じゃなく高橋さんの思いだったんだろうと、そのうちいじられ記事もおさまったんですよね。 9年前の作品なので喫茶店で再会する前のこと、もしかして、「あんた」よばわりされましたけど、あの時のドラマの曲が娘さんの心を少しだけ動かしたのかもしれませんね。
=+=+=+=+= モラハラの記事が出たときは、正直えって思いました。 年の差があったので、始めから大人のジョージさんと、徐々に大人になっていくミカさん。次第にお互いにズレが生じ、ミカさんには耐え難かったのかなと。 娘さんも、きっと大切に育てられたから、ミカさんを傷つけないように、この時期を待っていたのかな?と。
ミカさんは、新しい家族が出来、 ジョージさんは、娘さんと再会出来、 娘さんは、ご自分の幸せな未来を求め、自立。
他人には、わからない、色々な家族な形がありますね。 お幸せに。
=+=+=+=+= 嫁さんの方は自身の家の都合などで高橋さんと子供の頃に仲良くなって結婚も当たり前と思ってたが、娘育てている内に「あれ?この年齢から接触してくる大人って」となり高橋さんを気持ち悪く感じて離婚に至ったけど、娘さんからしたら唯一の実の父親だし継父と後から生まれた弟含めた家庭の中で疎外感感じたらそりゃ父親を頼るのも無理はないよね。まあ高橋さん三船さんどっちが悪いとかない。今は父親を頼ってるから父親が頑張る番として娘さんに関わってほしい。
=+=+=+=+= 三船敏郎氏が亡くなった翌年に16歳の娘を40歳の高橋と結婚させたのは母親。 2013年に三船家の借金を高橋氏が返済し終わったら「パパの役目は終わった」と言って、母娘孫の三人で大阪へ移住。離婚に応じない高橋氏をモラハラで訴訟し2016年に離婚。2019年、大阪在住の男性と美佳さんが再婚。
つまり離婚は美佳さんに彼氏ができ、高橋氏が借金を返済し終わったから。 娘さんとの再会おめでとうございます。
=+=+=+=+= 娘さんにとっては、高橋さんは「頼ってもいい存在」の1人になったんだろうな~と だからといって、美佳さんやその再婚相手との関係が悪かったかどうかは分からないし、その2人も娘さんにとっては「頼ってもいい存在」かもしれない 手紙で伝えたのだって、正確に自分の気持ちを伝えたい時の1つのやり方だと思うのて、書いてもないことを昔の裁判のことなどから想像を膨らませて、人を批判するのはどうかな、と個人的には思います。
=+=+=+=+= 夫婦のことも親子のことも当事者にしか分からないよね。 離婚して子供は母親について行っても心の内は本人しか分からないし、母親に見せている姿が全てとも限らない。 誰が悪いとかではなく、当時はみんな自分のことで必死だっただろうし、子供も子供なりの葛藤があったのだろうと思う。 今自分の意思で自由に会えて、母親も快く送り出してくれて良かったね。 読む限り自分の考えをしっかり持っていて、良い子そうでもあるので彼女の育て方や愛情のかけ方に間違いはなかったんだろうなと思う。
=+=+=+=+= 別れた時がちょうど思春期の一番尖る歳だったのかもね。距離ができて初めて良い関係が築けるケースもあるし、それは恋人も夫婦も親子も一緒なんだと思う。 この年代の子供が有名人の親を頼ると聞くと単純にお金や芸能界へのツテかな、って邪推したけど、自分で住み込み仕事見つけて巣立ったというのは、本当に自分を見つめ直す為にお父さんに会いにきたんだろうね。
=+=+=+=+= 多感な時期の離婚は子供にとっては非常に辛いと思います。小さい頃は良くても新しい家族に子供が産まれ、徐々に歳を重ねると居場所だとか気を遣って本音で言えなくなってくるもんです。第三者から見ても髙橋さんは優しさがある方だと思ってます。それを娘さんは少なからず分かっているからこそ会ったのだと思いますね。
=+=+=+=+= 色々有る事ない事言われテレビで見る事も無くなったけども、娘さんから話したい!と自分で事務所を調べ連絡をして来てくれて良かったね。 まぁ思春期にあんたとかジジイと悪態を付くのは自然の事だから気に病む事は無い。しかし、あんたから高橋さんGさんになりパパに戻った。凄く嬉しかっただろうな〜ガッツポーズした気持ちが良く判る。近く離れずの距離感で娘さんを見守る事が出来る関係になり良かったです。 ジョージさんもコレから娘さんと空白の10年を、思い出で埋める為にも、もう高齢ジジイだと老け込む訳にはいかないね。仕事にも生活にも覇気が戻った感じだろうな。そして元奥さんのドラマ残してて娘さんと鑑賞し、お母さん芝居して凄いよね?って会話したって事で、色々有っても惚れた女には変わりないと、今でも好きなんだろうなぁって見える所も有り切ないね~ってしみじみしてしまった。 何かイイ話だし父娘をテーマに曲書いてみたら?
=+=+=+=+= 色々有る事ない事言われテレビで見る事も無くなったけども、娘さんから話したい!と自分で事務所を調べ連絡をして来てくれて良かったね。 まぁ思春期にあんたとかジジイと悪態を付くのは自然の事だから気に病む事は無い。しかし、あんたから高橋さんGさんになりパパに戻った。凄く嬉しかっただろうな〜ガッツポーズした気持ちが良く判る。近く離れずの距離感で娘さんを見守る事が出来る関係になり良かったです。 ジョージさんもコレから娘さんと空白の10年を、思い出で埋める為にも、もう高齢ジジイだと老け込む訳にはいかないね。仕事にも生活にも覇気が戻った感じだろうな。そして元奥さんのドラマ残してて娘さんと鑑賞し、お母さん芝居して凄いよね?って会話したって事で、色々有っても惚れた女には変わりないと、今でも好きなんだろうなぁって見える所も有り切ないね~ってしみじみしてしまった。 何かイイ話だし父娘をテーマに曲書いてみたら?
=+=+=+=+= 同じ境遇です。娘と30年前まだ1歳の時に理不尽な別れ方をして親権を取られ二度と会えていません。後で分かった事ですが元妻は精神障害があって被害妄想が激しかったのです。こちらとしてはしんどい時期があったのでもう辟易としていて、逆に少し楽になったと思ったけど、娘には何の罪もなく後からずっと後悔し、あの親と一緒で大丈夫だろうかと悩んだ時期が長くありました。今はもう成人もして自分の人生を歩んで行ってる事と思うし、会える事はないけど幸せになっていてほしいと思うだけです。
=+=+=+=+= 現行の法律はおかしいし、見直すべき。離婚することは仕方ないところもあるが、現代はしょうもないことから離婚に至るケースが目立つ。 真面目に働いて頑張っているお父さんは寝耳に水的なケースもある。しかしそんな場合でも親権はまず、取れない現実。我が子と離れ離れに半ば強制的に暮らすことになるとダメージは相当なものだ。中にはショックの余り、心療内科を受診する事もあるようだ。 頑張っているお父さんの肩身が狭くなる世の中も如何なものか…かつての外へ出て頑張ってきたお父さんの誇りを取り戻したいものである。
=+=+=+=+= 私にも娘がいますが、ジョージさんと 同じ立場だったらとても辛いです。 言いたいこともたくさんあっただろうと 推察します。 モラハラどうのは外野には分かりませんが ジョージさんを悪者にして親権を渡さない という印象でした。(あくまで印象) でも、時間はかかりましたが娘さんが 再びパパと呼ぶ日が来て飛び上がるほど 嬉しかったと思います。 娘さんのこれからの人生において壁に ぶち当たったときに頼れる親がいると 娘さんも安心されたのでは。 半年に一度写真を送ることもだんだん ないがしろにするあたり、ミカさんの 性格が分かる気がしました。
=+=+=+=+= 多分女性より男性の方が心が弱いのではないか?だからいつまでたっても子離れ出来ないのかも知れない
時が過ぎて子供は成長して大人に成り個人が確立するが、自身の心の中には親を慕う幼い頃の我が子がいる
しかしあの頃の我が子はもう居ない事に気付くのに随分と時間が掛かってしまうものだ
本来なら大人になった我が子との紳士的な少しだけ距離の有る交流が理想的だが、相手方の影響も有る為か通常はそうはならない
本当なら我が子が人生の岐路に立った時や悩んでいた時、苦しんでいた時に支えてやりたかった 会社員を卒業して起業する事もアドバイスして豊かな人生を歩んで欲しかった。
でもあの頃はもう戻らない今は豊かに成ったが自身がどんなに資金を投入しても過去には戻らない
まさにロードだ 何気ない事が幸せだと 若い頃は愚かで当たりまえだ、人間初めてなんだから
痛みを持つ方々が、時間が過ぎて心が穏やかになります様に
=+=+=+=+= いじめられたりなどがなくても、血の繋がらない男性と日常を共にするのに違和感を覚える年代だろうなと思います。 腹違いの子供がいたら、なおのこと色々勘ぐってしまったりもしそうだし。 そこで、あそこまでお母さんが叩いていたのに、父親のところにいけるのは、高橋さんが前々から密かに、細やかに心を砕いていたからなのだと思う。 ご苦労もあったと思いますが、頑張って耐えてきて良かったですね、高橋さん…って、内情は知らないけど思ってしまうな。
=+=+=+=+= 今どき19歳で住み込みのバイト見つけて行く人っているの?本当に読んでてビックリしました。自分はフリーターで30歳まで住んでる県から遊びですら出た事無かった息子だったので。感動しております、本当に頑張って下さい!ジョージさんも身体に気を付けて下さい! 私は時間だけなら気が遠くなる位あるのでネットでお二人を追っかけて応援してます!
=+=+=+=+= 良かったです。 私も養育費をずっと払ってましたが、面会交流が数年間一方的に停止され、再開まで調停や弁護士費用で数百万円を要しました。 今は子どもは成人して、携帯をもたせて忙しい中でも都合が合えば月に一度程度会ってますが、面会交流に対する法的不備は本当に酷いです。
養育費は強制執行が可能で、通常の債権より遥かに効力も高く、給与に対する執行であれば通常は1/4までしか執行を認められないところ、養育費債権であれば半額まで執行可能です。
虚偽の理由による強制執行も事実上は可能で、私はこれをやられたため退職に追い込まれました。競争力のある知見、経験を持っているため、転職先では年収は700万円上がり、不当利得返還請求訴訟を提起して不当に執行された分は取り戻しましたので、結果的には良かったですが。日立は勝訴しても執行の不当性を認めませんでした。
不当な面会交流の不実施に苦しむ親を救済すべきです。
=+=+=+=+= 娘がいる身としては涙が出てしまいました。 お父さんの所に行ってから住み込みのアルバイトを見つけるなんて‥なんか再婚家庭環境が透けて見えます。 お父さんにもお母さんにも気を使ってそんな選択をしたのかもしれないけれど、疲れたならお父さんの元に戻って助けて貰えばいい。 陰ながら娘さんを応援しています。
=+=+=+=+= きっとお母さんに聞けば連絡先はすぐ分かったかもしれないのに大人になったから自分から連絡先を探して会うってなかなか勇気がいることだったでしょう。今は自分で調べられるツールがあるのは良かったと思います。自分が頼れる存在が見つかって良かったですね。
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