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「残るか去るか」揺らぐ心 被災地襲った豪雨から1週間、2度の災害に被災者苦悩

産経新聞 9/28(土) 11:56 配信

https://news.yahoo.co.jp/articles/6e8eccfd7d486e9ccff32c8ee0ab82cabc990f80

 

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石川県輪島市では、大雨が被災地を襲い、地震により被災した地域が再び苦しんでいる。

南志見地区では、家屋が流されている状況で、復旧作業が続いている。

地震で孤立した地区では、復興に向け住民が励まし合い、再建を進めていた矢先の災害だった。

一部の住民は地域を離れる決断を下しており、再び失われた風景に取り残された人々の心情も語られている。

(要約)

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倒れた電柱に目印をつける輪島市議会の大宮正・副議長=27日午前、石川県輪島市名舟町(甘利慈撮影) 

 

最大震度7を記録した元日の地震から約9カ月、ようやく立ち直ろうとした被災地の人々を過去に経験したことのない大雨が襲った。「残るか、去るか」。能登半島を襲った豪雨災害から1週間、度重なる苦境に住民らの心は揺れている。 

 

【写真】元日の地震では、40億円かけた耐震文化財が一瞬で崩れ落ち… 

 

降り続いた雨は21日に激しさを増し、石川県輪島市沿岸部の南志見(なじみ)地区では南志見川などが氾濫。10軒以上の家が流され、ライフラインは再び寸断された。河口付近に流れ着いた土砂や大量の流木を撤去する作業が続く。 

 

「地震が起きてから今まで我慢や辛抱を重ねて作りあげたもんが一気になくなった」と輪島市議会副議長の大宮正さん(73)は肩を落とす。 

 

地区は元日の地震で一時孤立し、全住民を対象に集団避難が行われた。だが、大宮さんは町にとどまる決断をした。そのとき自宅は電気も水道も止まっていたが、そんな地区の現状を市議として市長に伝えたり、町の人たちが集団避難した避難所を回り、町の復旧の状況を伝えたりする役割を担った。 

 

5月になると地区内に仮設住宅が完成、徐々に住民たちが戻ってきた。「みんなで頑張ろう」。帰ってきた住民に支援物資を配ったり、公民館に人を集めてイベントを行ったりと、人が戻ってきたからこそ再びふれあいの場が生まれた。復興に向け励まし合い、再び動き出す矢先の豪雨だった。 

 

■「ここで生活できん」 

 

「生まれも育ちもここやし、この地域が大好き。地震の時から出ていく選択肢はなかった」と振り返る大宮さん。だが、今回の豪雨で地区から出る決断をした人もいる。 

 

70代の夫婦は「もうだめ。見捨てるわけじゃないけど、ここで生活できんから出る」と伝え、「行きたくねえけど、すまんな。ありがとう」と言葉を残し、地区を去った。故郷の復興に向け自らを奮い立たせる大宮さんですら、2度目の被災に「正直心が折れかかっているところもある」。引き留めることはできず、「元気で頑張ってな」と声をかけるしかなかったという。 

 

本当に復興できるのか不安もあるが、生まれ育った故郷に残るという決意は変わらない。「どうしようもなく去った人たちのためにも、何とか復興したい。そのためにはやっぱり、前に進んでいくしかない」 

 

 

■再び失われた風景 

 

一方で、2度目の被災に心が揺らいでいる人もいる。同市町野町の仮設住宅で暮らす団体職員、新屋誠さん(48)は、元日の地震で自宅が全壊した。いったんは母や妹家族と京都市内に避難したが、約1カ月後に単身で町に戻った。 

 

「生まれ育った町が復興する姿を見届けたい」。電気や水道は使えなかったが、町内の避難所で暮らし、その後、仕事を再開。豪雨が襲ったのは、地震から半年後の6月に仮設住宅に入居し、復興に向けてこれからというときだった。 

 

「すぐでなくてもいいから町の復興を見たい」と戻ってきたものの、「もしかしたら3回目もあるんじゃないか」と考えてしまう。豪雨により、町を流れる町野川が氾濫。緑豊かな田園風景に茶色く濁った水が激しく流れ込み、いたるところで巨大な流木が道をふさいだほか、各地で発生した土砂崩れによって、大木にいくつもの家が押しつぶされた。再び失われた故郷の風景を前に、「離れるか残るか、心の中でグラグラと揺らいでいる」と苦悩を語った。(木下倫太朗) 

 

 

( 216291 )  2024/09/28 14:51:33  
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能登地方における地震や豪雨などの災害について、地元の皆さまや関係者からは様々な意見が寄せられています。

 

 

一方で、地形の安定と災害リスクを考慮し、集団移転や地域再編を検討する声もあります。

高齢者や一定の世代にとっては故郷を離れることはつらい決断であり、離れるだけでなく新たな地域への定住や仕事、生活基盤の構築が求められるとの意見も見られます。

 

 

また、災害に対する防災意識やインフラの整備が重要であるとの声もあり、国や自治体がより積極的な移住支援やリスク管理に取り組むべきだとの指摘もあります。

 

 

能登地方の状況や課題に対する様々な考えや意見が示されており、地域の未来や住民の安全を考える上で重要な議論が続いています。

 

 

(まとめ)

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=+=+=+=+= 

地震で地形が変わり、雨や風で侵食されて安定する···を数百年とか数千年単位で繰り返すとすると、ここ何世代かが地形の安定した時期に生活できていただけかもしれない。 

と言うことを考えると、無理矢理今まであった状態に戻すのではなく、能登の中で安定した場所に集合住宅を作り、写って頂くのが良いのかもしれない。そうすれば、インフラも整備しやすいだろうし。 

 

=+=+=+=+= 

能登の皆さまにはそれなりの思いがあるからなのは分かりますが、 

地形を見ても、またなんらかの災害はくると思います 

人間が安心安全に暮らせるような 

場所ではないかと… 

もっと日本には住みやすくて良い場所あるので、ここは先の人生真剣に考えて、 

穏やかな生活を送っていく為にも 

決断された方が 

精神的にもよろしいかと思います 

 

=+=+=+=+= 

生まれ育った愛する土地を離れる事はとても辛い事かと思います。でも命あっての事。家族の命を守る事が第一優先事項なのではないかなと思います。 

 

能登も素晴らしいとは思いますが、他の土地でも住めば都です。きっとよろこびもあると思います。 

 

支援する方も僻地に多くの資材や人員を投じる事よりも、人が生活するに必要な物が揃っている所へ移動する事の方がはるかに容易いと思う。 

 

=+=+=+=+= 

自分の親が能登に住んでたら引っ越すのを勧めると思う。 

今後ますます若者がいなくなって過疎化するのが分かりきってるし、地震の時はお正月で若い人が帰省してたからこそ生き残った人も多くいると思う。 

ある程度立て直してまた住んだとして、お年寄りばかりの平日に地震やら大雨など災害きたら逃げきれない人も多くなりそう。 

能登は自然豊かで時々観光するにはいいけど、住むとなると不便すぎる。 

15年くらい前にも能登でかなり大きな地震合ったと思うし、きっとまた来ると思う。 

そんなときでも県内の金沢はほぼ被害無しだし、金沢とは言わないまでも津幡らへんにでも集落ごと引っ越してきてはどうだろう。 

 

=+=+=+=+= 

残りたい気持ちはわかる。でも、昔と違って、地震だけでなく、地球温暖化の影響で豪雨もある。 

人を住まわせる地域、住まわせない地域を分ける方がいいと思う。 

建設業も担い手不足で復旧作業は進まないし、これからはもっと厳しくなる。 

インフラ整備しても維持するのも大変だから。 

 

=+=+=+=+= 

あの地震で地形も変わり、地盤の緩みからの被害も大きかったのだと 

思われます。2度の災害に心傷みます。 水もなく電気も通らず 

どうやって暮らされているのか・・ 今出来ることは金銭的なもので 

しかないけど、来週にあるチャリティコンサートに参加して募金箱も設置 

されているようなので、微力ながら寄付しようかと思います。早期復興を 

願っています。 

 

=+=+=+=+= 

故郷…ですよね。 

 

気候が変わり、これから石川県能登地方の方のみならず、日本の各所で災害が起きてきます。他人事ではないと私は感じます。 

 

 

残るか去るか… 判断は置いといて、一度離れてみるのもアリと私は感じます。それは、メンタルの為に。一番怖いのは、無気力なので… 

現実は、厳しいですが変わりません。その厳しい現実と向き合う為にも一度離れてみるという選択も必要な方はいると思います。 

 

=+=+=+=+= 

中山間地の災害に対する脆弱性が顕になったということだと思う。 

石破さんの掲げる地方創生もいいけど、自然には勝てない。 

地方は災害への脆弱性も考えながら、どう集約化していくか考える時代なんじゃないかな。 

 

=+=+=+=+= 

心情的には生まれ育った能登の町に残りたい住み続けたいという気持ちは分かる。しかし能登はこれから先災害が来ないという確信はないというか温暖化により地震は収束したとしても線状降水帯により豪雨による水害は避けようがない。豪雨による水害が起こった地域はまた水害が起こる。ここは命を守るために決断するしかない。そして政府はその勇気ある決断を支えるために大なたを振るう必要がある。 

 

=+=+=+=+= 

地球沸騰化の現在、能登半島に限らず、豪雨災害に脆弱な地域は、その土地を離れる覚悟が必要だと思う。そこに住んでいる方には申し訳ないが、復旧したって地球沸騰化を解決しなければ、また同じかそれ以上の災害で、次は命を落とすかもしれない。 

復旧に時間とお金をかけるなら、それを安心して暮らせる場所に使用した方が、未来に繋がると個人的に思う。 

 

 

=+=+=+=+= 

元旦の地震前から能登は地震が多かったですよね。 

そこに元旦の地震では地面が隆起したり割れたりして、不安定なところに豪雨。今回ほどの豪雨でないにしても、「弁当忘れても傘忘れるな」と言われる北陸地方で雨は今後も当たり前に降ります。 

 

残る残らないはもう個人で判断できることではないのかもしれない。 

最新危険度のハザードマップを作成し、住める場所と住めない場所を明らかにして、実情を知った上で残るなら場所により建築の安全基準を変えて改修や新築するのがいいと思う。 

 

残念ながら危険地域になってしまった人は、能登に残りたいならその地域の比較的安全な場所に引っ越すしかない。それでも危険度は金沢とかより高いと思う。 

 

能登以外に移住かここに残るか、行政がデータで出さないと、いくら残りたくても個人で判断できるものではないと思う。 

 

=+=+=+=+= 

東日本大震災で津波の壊滅的な被害を受けた陸前高田市は、高台を造成して移住するといった勇気ある決断を行いました。海沿いの都市であった陸前高田市の人々にとって、海岸から離れてしまうのは、とても大きな変化を求められたと思います。ただ、災害への備えや後世の安全を考えた結果、高台への移住を選択したのだと思います。 

 

能登の方々も、大変苦しい思いをされていると思います。傾斜地が非常に多い能登半島で、居住地に適した土地は大変少ないだろうと思います。その場所を二度にわたる災害が襲い、移住を考えられる方も多いと思います。 

 

日本は災害列島ですから、同じような苦しみを味わう人は今後も必ず出ます。 

 

国や自治体に求めたいことは、地元に残る決断をした人はもちろん、移住を決断した人にも、全ての人に十分な支援が与えられて欲しいという事です。 

 

全ての人が、安全で安心な暮らしを送れる日本であって欲しいと願っています。 

 

=+=+=+=+= 

地球温暖化で気候そのものが温帯から亜熱帯に変わってきており、日本はもはやここなら安全という場所は見当もつきません。 

私の家も海抜の低い所にあり、津波などくれば例え3メートルでも流されてしまうでしょう。 

過去になかったからと言って絶対に安全とは言えないのです。 

まして1年の間に2度も災害に見舞われれば、他所への移住検討も仕方のない事かも知れません。 

今、日本はウクライナ人の受け入れを人道的見地から積極的に受け入れていますが、これと同様に移住を考える被災者に対して何らかの支援は是非してほしいものです。 

生きていく為に最低限必要な支援に対し税金投与に国民は文句言わないと思います。 

その代わり、給食費無料、学費無料、出産費支給とか、外国人の生活保護など、差し迫っていない事への支援、支給に税金は使って欲しくないです。 

石破首相頼みますよ。 

 

=+=+=+=+= 

地震については、耐震の新しい建物を建てれば安心と言えますが、洪水や土砂災害は個人で対策できるものでは有りません。 

また、人が減ることでインフラだけでなく生活に必要なスーパーとか公共機関以外の生活基盤がなくなればそれもそこで暮らすことが難しくなっていくと思います。 

子供が通う学校も人口が減れば廃校になり遠くの学校に通学しなければならなくなります。 

だったら、もう生活しやすいところに引っ越そうかってなりますよ。 

岩手県陸前高田市の嵩上げを参考にすれば、地域を災害に強くしながら復旧復興に待てる時間は1年だと思います。 

2~3年もかかるようなら、他に引っ越して復興したら考えようってなります。他へ引っ越してしまったら多くの人が戻りません。 

地域の人口に合わせて、コンパクトに早く強靭に復興することが大事だと思います。 

今の岸田政権のような生ぬるいことをやっていたら、被災地はどこも人がいなくなりますよ。 

 

=+=+=+=+= 

各自治体で県営住宅や市営住宅など空部屋に希望者には優先的に入居出来るように都道府県が連携して移住がスムーズにいくように支援すべき。もうすぐ冬の季節がやって来る。仮設住宅が大雪の重さに耐えきれず仮設住宅の入居者が怪我をしたり死亡したりすることがないように今すぐに対策するべきだ。 

 

=+=+=+=+= 

大きなダムや強い堤防を全国津々浦々に造れるだけの余裕は無い。今後は地方の災害対策や復興の方向性をどうするかは、これまでと変えていかなければいけないと思います。 

 

ところで都会はどうなのだろう? 

東京では2019年の台風19号の時に、地下神殿や北関東のダムが満水に近かったので、あと2、3時間も大雨が続いていたら危なかった。ダム等も有効な対策ではありますが、それらが満水になってしまえば、それ以降は結局は川の排水能力次第です。 

力業でなんとかしているものの、一度それらが破られたら一気に数十万人が浸水により被災、孤立してしまう。 

ゼロメートル地帯で建物の建て替え時に、土地の嵩増しを義務付けてはどうか? 

 

それと、都市部は土地の需要が高いが故に、地方なら無理して開発しないであろう急斜面でも住宅地に開発してしまう。渋谷の裏の方だったり、新横浜、平塚辺りは急斜面の住宅地が多い。対岸の火事とはいえない。 

 

=+=+=+=+= 

今まで台風と言えば九州と言った具合で、何百年の間に河川整備や土地を高くしたり、それぞれ自然の猛威に晒されてきた歴史がありますが、数年前から台風の進路が九州を避けて本州や東北に上陸するケースが増えて来てます。 

少々の雨や風には住民も近の河川も山も土手も耐えられるが、過去に経験した事の無いレベルには成すすべがありません。 

今回の被害は、九州であれば過去に経験した事があるので、また違った考えが生まれるのかも知れません。 

 

=+=+=+=+= 

世界を見ても温暖化の水位上昇で消えてしまった島国も有る中、能登の地形を見ると、温暖化が無ければ良いですが、これ以上住むのは、危険ではないかと感じますが、能登の住民を全てまとめて、何処かに移住して、輪島商店街等を構築して後世に繋げて行くのが良いと思います 

ご高齢の方が多いし、これ以上の災害は見ている方もとても辛いです 

技術も継承して欲しいです 

どんな災害も、乗り越えてやる!と言う気概も良いですが、何年続ける必要が有るのか、何回有るのか分かりません 

安心して生活を送るのが一番良いです 

 

=+=+=+=+= 

引越して別の地に行きたくても、土地の買い手がつかず、引越したくても引越せないという状況が生まれていると予想する。 

 

そうした土地を、なんかしらの理由をつけて国がまとめて買い取り、石破さんの提唱する防災省を建てるというのはどうだろう。 

 

熊本地震で被害が大きかったところで、熊本県は補修に加えて道路幅の拡張を実施した。 

道路幅の拡張がなんで復興なんだという人もいたが、たぶんあれは、道路拡張の名目で売るに売れない沿線の倒壊家屋を買い取ることで暗に住民の資金づくりを手助けしたのではないか、と予想している。 

 

=+=+=+=+= 

異常気象は最早例年並みの気象の扱いに変わりつつある。このままなら災害は毎年来て当たり前になるかもしれない。その都度金がかかって復興を余儀なくされれば誰だって心が折れて故郷を捨てる選択肢しかなくなる。それではますます人が減って衰退を早めてしまう。政府は線状降水帯に対する防災・減災の新たなアプローチとして建物に避難機能を強化するなど日本各地で今後起きるであろう災害のロールモデルとして能登の経験から考えるべき。 

 

 

=+=+=+=+= 

記事を読んでいて、胸が、心が痛くなりました。 

一度ならず二度も被害に遭うと、心が折れてしまう方がいても不思議ではありません。 

 

若ければ、生活を立て直すためによその土地に行くのもありだと思いますが、長年住まわれていた高齢の方々がよその土地に行く決断をすることは長年掛けて築いてきたコミュニティをリセットして、新しい土地で再び作らないとなりません。 

そして、お金も掛かります。 

 

ですが、大震災と豪雨災害の復旧を待つことなく、やがて厳しい冬を迎えます。 

そのことを考えると能登を離れる決断をすることは間違いではありませんが、住む人がいなくなったら、その地にお金を掛けて復旧工事は出来ないですよね。 

 

私も能登半島は大好きな土地でしたので、先のことを考えると苦しくなります。 

 

=+=+=+=+= 

二度ある事は三度あり、三度ある事は四度ある。 

だが日本列島すべて安全な場所は無い。 

順番、交互に、10年周期・100年周期・1000年周期・過去最大規模 

・異常気象・観測史上初などの震災が起こる。 

 

一刻も早い災害感知、避難場所の確保、被災時の緊急物資の開発と備蓄、 

少しでも人間らしく快適な仮施設の研究、迅速な災害からの復興と、 

災害時復旧にかかるコストダウン、データの積み重ね、の進化しかない。 

 

=+=+=+=+= 

生まれ育った土地を離れるのは辛いかもしれませんが、まずは命があってこそだと思います。 

2度あることは3度あるし、最近の夏の異常気象と言ったら皆の知るところです。 

三度命が助かるとは限りません。 

冷静で合理的な判断が出来ますように。 

 

=+=+=+=+= 

これが東京23区や横浜辺りなら全国から技術者呼んで短期で修復すると思うし、日本の国力アピールしそう。東日本の時に東海に居ましたが、復興に携わる仕事の依頼がありました。 

 

地方はなかなかそうはいかない。 

自衛隊や救急などは関西や各地から派遣されていますが、お金の掛かるインフラ整備となるとなかなかすぐには難しい。 

 

ここの場合まず変わってしまった地形や地質の調査から入るだろうし。 

普通に東京に家1件建てるだけでも調査に数ヶ月掛かったから地域でってなると子供が成人してしまうくらい掛かるかもしれない。 

 

そう思うと生活を整える為に自ずと移住の選択をするだろう。 

もう先が短いからと移動しない人はなるべく人に迷惑掛けない選択をして欲しい。 

捜索する側にも家族がいる。 

 

ある程度のラインまで安全が確保されるまでは一旦離れるのが懸命な判断だと思う。 

周りの人は英断した方に辛い言葉は言わないであげて欲しい。 

 

=+=+=+=+= 

「最大震度7を記録した元日の地震から約9カ月、ようやく立ち直ろうとした被災地の人々」 

はたしてそうでしょうか。 

震災から9か月、能登に希望はあったでしょうか。 

 

また、1月に地震がなかったと仮定したとき、今回の水害の被害者がもっと多くなった可能性を否定できるでしょうか。 

 

天災地変はいつどこででも起きるし、誰もが被災者になりうる。だからこそ、万が一の時、支援を受けことができる地域を選択して暮らすのは、ある意味、個々人の「生きのびるための知恵」の有無にかかってくると思うようになりました。 

 

=+=+=+=+= 

私だったら離れるな。 

勤め先が遠のいたとしても もう嫌だ。 

ある程度の都会ならば、ライフラインも早くに復旧するでしょうが、やっぱり安心して生活が出来ない環境下では辛い。 

 

日本の何処が安全なのか? と、聞かれれば これまた難しいけど、1年の中で2度も壊滅的な状況になれば そりゃ嫌だよ。 

 

住み慣れた土地・故郷だから離れたくは無い。と思っても、動ける内に動いた方が良い。 

 

=+=+=+=+= 

これからは家を建てれる場所の基準を見直していかなきゃいけないですよね。 

 

生まれ育った地を離れるのは胸が張り裂ける思いなのはわかりますが、 

これからは気象災害は増えていくと思う。 

今までの常識は捨てて色々と考え直さなきゃ。 

 

=+=+=+=+= 

温暖化が原因であれば、どこでも起きる災害ではあるが、震災後の復旧が遅れたことも被害の大きな拡大につながったことは先ずは政府は恥ずべきだろう。 

 

被害の大きさを見れば、移住も検討しなくてはならない。 

移住先は東日本大震災の復興を参考にして、検討するのもひとつかもしれない 

 

生まれ育った土地を離れたくないと言う声をたくさん聴くが、生活再建には必要なこともあるだろう。 

田舎から都会に出て暮らしている人たちだって最初は仕事を求めて都会に出たのだから、その土地を守るよりも、これから生きていくことを検討する方が良いかもしれない。 

 

=+=+=+=+= 

地元で踏ん張ってる人にこういうのも申し訳ないが、よほどそこに住む必然性がない限り、便利で安全な場所に引っ越した方がいいと思う。「去る」と言えば悲しい響きだが、「より良い場所に移る」と考えて、その地に住んだ先祖に想いを馳せつつ移住した方がいいだろう。 

 

とはいえ、私の実家も田舎(能登ではないが)で、ハザードマップで危険となってるから移住してほしいが、住んでいる土地へのこだわりが強くて説得は容易ではない。不便な場所なのに「先祖が住んできた」などのこだわりで住んでいる人に合理的な説明をしても無理なんだよなあ。。。 

 

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地震の被害も豪雨の被害ももろに受けてしまう場所はもう人の住める場所では無くなってしまったんだと思う。 

特に豪雨は日本全国で頻発している事を考えると、今後数年のうちに何度も沈む事になる可能性を考えた方が良い。 

 

 

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地震の被害も豪雨の被害ももろに受けてしまう場所はもう人の住める場所では無くなってしまったんだと思う。 

特に豪雨は日本全国で頻発している事を考えると、今後数年のうちに何度も沈む事になる可能性を考えた方が良い。 

 

=+=+=+=+= 

この問題を一番心配していました 

特にこの二年くらいの間で能登地方は何度も被災しています 

何とか復旧してきた、となった途端、賽の河原の石積のように何度も台無しにされたら、人によっては心が折れてしまうと思いますし、これがもし自分だったなら去るを決断してしまうかもしれません 

これは自分自身、出生地で育った期間が僅かな事もあり、引っ越しに対しての抵抗や不安を大きく感じないことに起因しています 

でも能登で生まれ育ち、能登でしか生活経験のない方が去るを選択するというのは、正に苦渋の決断になると思うのです 

最終的にどのような判断をされるのかは個々によると思いますが、一つだけお伝え出来ることがあるとすれば、日本列島に居住する限り絶対的に安全な場所は、残念ながら無いということくらいでしょうか 

なので今の地域よりまだマシと思える場所に行きたいと思われる方、故郷に居たいという方どちらの決断も尊重いたします 

 

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昔離村や集団移転が各地でありましたが能登も現地で復興するのもなかなか厳しい感じになってきましたね(⁠・⁠_⁠・⁠;⁠) 

またこの先水害が起きる可能性があると復興してもまた被災するかも知れないので先を考えると厳しい判断も選択肢に入れる必要がありそうですね(⁠╯⁠︵⁠╰⁠,⁠) 

 

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震災は仕方が無いと思うが、豪雨による災害はもはや日本全国どこでも起こりうる。結論としては残るのが良いと思うけど。要は、能登の中でも川や土砂崩れによる被害が考えられない土地に耐震補強の家を造れば良いのである。 

 

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72時間総雨量について、例えば台湾の記録とは約3倍の差がまだある。つまり、亜熱帯化が進むにつれ、集中的降雨量はまだ伸びしろがあるということ。全国津々浦々治水をまたやるのか、居住に適した地域にまとめて効率化を図るのかは、最重要政策判断のひとつ。 

 

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コンパクトシティーを目指すべき。 

水道、電気などのインフラのメンテナンスも考えると山間地など人家がまばらなところにポツンと 

あるのは今後、災害復旧の点から自給できるところ以外は回避したい。 

  

人の住む場所を集中させ、 

それ以外は森林を増やすようにして 

災害対策、地球温暖化、気候変動対策と 

並行して国土開発を進めないと。 

間に合うか微妙だが。 

 

=+=+=+=+= 

就職で地元を泣く泣く放れ家から追い出された人もいるわけです。 

家が元からあるということが恵まれていたことに初めて気がつくでしょうし、地元から仕事も家もなく出ていった者と同じ、そういう人もこんな感じで辛かったと思うし、その人たちと気持ちは一緒です、ここからがスタートです。 

 

=+=+=+=+= 

先日仕事で見てきたけど、今回の豪雨は地震より酷いです 

テレビで映る輪島市中心部もひどいけど、郊外は土砂崩れと氾濫でインフラ、農地が壊滅 

住むところはなんとか復旧できるけど、地域の中心人物になっていた商店、大規模農家が事業継続不可能になりそうなので、先行きが全く見通せない 

そろそろ防災集団移転促進事業の話が出てきそう 

心も体も疲れきった被災者に、地域の歴史を閉ざす重い決断を迫るのは過酷 

自らも地域の住民であり、他の住民と顔をつき合わせている市町長じゃ決断はできない 

国(首相)が憎まれ役となり、被災者のやり場のない怒りを受け止め、引導を渡してあげるべき時です 

その分、補償はしっかりと。千年に一度の災害が二度も起きたのだから、異例の措置を期待します 

 

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残りたいと言う希望と残れないという現実 

高齢限界世帯で故郷で最期を迎えたい 

国の支援が空き届かないと感じているかもしれませんがあの地に向かう作業の方も命懸けです 

人災だと言い切れない程現場は困難な立地です 

余選択は自由です 

未来の子供達が同世代の子ども達と同じ環境も与えられず大人の思惑で残る 

子供の人権を尊重することは大人の責任だと思う 

 

=+=+=+=+= 

本来は日本政府が国土強靭化の下に公共インフラ投資を増やし続けなければいけなかったが、橋本政権以降公共事業=悪というイメージをメディアと共に国民に刷り込ませ公共事業を減らしていった。 

令和になり、高度経済成長に作ったインフラが老朽し更新時期になったタイミングで本来ならば続々と強化していかなければいけなかった。 

しかし公共事業を減らしていった為に、インフラ更新技術は途絶え人手も足りなくなってしまった。 

まさに人災だと思う。 

 

 

=+=+=+=+= 

古来から先祖達は海を渡り山を越え、生き延びやすい環境に移動してきました。その結果私達がいます。 

その営みを大事にして、住みよい場所に移る事は「故郷を捨てる」のではなく「未来に進む」事と捉えてほしい。 

 

=+=+=+=+= 

山形放送のニュースからの抜粋です。 

 

蔵岡地区会山崎昇会長「今後、子どもの世代、孫の世代を考えるとここには住めないという感情を持っている人が非常に多くなってきているのが実情。今後、地区の検討委員会を立ち上げながらやっていきたい」 

 

国土交通省によりますと1972年の集団移転制度の創設以来、県内では過去2回、集団移転が行われています。1回目は1974年3月に酒田市の旧平田町で発生した地すべりで16戸。2回目は同じ年の4月に大蔵村で山崩れが発生し20戸が移転しています。 

 

村は集団移転する時期や場所については未定とした上で今後、住民に対する意向調査を実施し、県や国との協議を進めていくとしています。 

 

上記の法律が既に存在しています。自治体で検討して国に対応してもらうのが良いのでは? 

 

=+=+=+=+= 

自治体が災害リスクマップを作っているので、よく見て、危ないところからは撤退しましょう。今まで起きなかったから大丈夫、という判断は何の論理的根拠もないので、やめましょう。 

 

被災は辛いでしょうが、復興を支援する側も大変ですから、そもそも災害にならないよう、家を建てるときはリスクの少ないところを選びましょう。 

 

=+=+=+=+= 

建て替えるなら移住するべきではと思ってます我々一族は冬の北海道の辛さに堪えられず滋賀に移住しました祖父母を説得するのはてこずりましたが落ち着いてくると良かったと言ってくれました数年に1度の墓参りを楽しみにしてます 

 

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能登は旅行でなん回かお世話になった。 

鄙びた漁村が素敵だった。 

輪島もね、古い町並みがあったりして、下手な観光地より居心地よかった。 

あんな素敵な場所はあまり知らないが、もう復興出来ないんだろうか。 

災害多発地域なんてレッテル貼られるとなんも出来ないかも知れないし、ただそれも仕方ないかなとは思う(ちゃんと言わないのは不誠実だから。)。 

石破新総理には、最重要課題の一つとして「能登」を入れておいて欲しい。 

 

=+=+=+=+= 

東日本大震災後には高台への集団移転もあった。能登も考えないといけない時期が来ると思う。闇雲に復旧しても同じことになるし、何か対策を講じるとしても予算をかけるメリットがあるのかどうかをしっかり考えないといけない。 

 

=+=+=+=+= 

4月1日の時点で  

奥能登地域の小学校と中学校に在籍する児童・生徒は、2023年12月と比べて約2割減少しています。  

自治体別にみると、減少の幅が最も大きいのが輪島市で、1100人から689人と、37%減りました。  

珠洲市は詳しい数字は公表していませんが、560人から約30%減少したということです。 

能登町は691人から606人、穴水町は320人から281人となり、いずれも12%の減少です。  

 

子どもが700人も引越しているってことは  

現役世代の保護者も転居していると見るのが自然。  

地域の難はとっくに始まっていたのよ。 

 

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珠洲市で所帯を持っていた私の実姉も元日の大地震で被災して以来金沢市に避難しておりますが、9か月経った現在も復興と言うにはほど遠い状態の中過日の大水害、とにかく能登の人は我慢してしまうんですが、今回はさすがに多くの被災者は「心が折れた」と言っています。 

 

自民党とのパイプの太さを売りに衆院議員から知事に転身した馳知事の能力を疑問視する県民も多くいますが、石破新総理には口先だけではなく即刻復興に当たってもらいたい。 

 

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自分は東京の港区の出身で故郷とか先祖伝来地とか言う感覚がほとんどないが、なぜ地方の人は一箇所にこだわるのか理解出来ない、生活とは快適な生活が出来あり程度の息抜きが出来る娯楽施設があり仕事が十分にある場所に住むべきでは無いか?ましてこの地域は今年に入り2度目の災害で数年起きに震度六クラスの地震が発生する地域で仕事も娯楽もほとんどなにも無い地域、今の時代一箇所に止まり先祖伝来の地を守り墓を守るなど時代遅れの考えだ、今後日本は少子高齢化社会で地方ほど病院やスーパーなどが無くなっていく時代老後を考えれば金沢市とかインフレ設備が整った土地に移住考えるべきだ。 

 

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高齢で年金暮らしの方は住み慣れたところを離れる事は抵抗あるでしょう。 

若い方は多く既に離れてますが今回の災害を機に残っている人も離れる決断をする人は多いと思います。その方が良いと思います。 

若い内は生活を優先、良い条件で働ける場所が有る事は必須の事と思います。 

 

 

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高齢で年金暮らしの方は住み慣れたところを離れる事は抵抗あるでしょう。 

若い方は多く既に離れてますが今回の災害を機に残っている人も離れる決断をする人は多いと思います。その方が良いと思います。 

若い内は生活を優先、良い条件で働ける場所が有る事は必須の事と思います。 

 

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100年に一度大地震、大津波がくる土地があると判ったので情報は有益に使ってこそかなと思います。 

土地にそれぞれ想いがあるのは解るつもりですが、子孫泣かせな土地なら要らない。 

現実問題、働けない人達や定年されて新しい土地でやっていくのも厳しいだろうから、空き家や使われていない集合住宅などに集まって頂けば行政の負担も少しは軽くなるかなと。 

もともと持ち主の解らない、連絡がつかない空き家もタクサンあるから電気水道光熱費だけ負担して頂くとか。 

防衛費も大切だけど、足元見ないと。 

引くも地獄、戻るも地獄なら動けるうちに1日でも早くと思います。 

 

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頑張ろうと思ってもこんな災害が2度も続いたら心が折れてしまうよなぁ。 

新天地で立て直ししようって気持ちもわかるし、もう歳でこの地から離れたくない人の気持ちもわかる。 

どちらにせよ、少しでも支援できればと、募金だけは少しずつですがやっています。ちゃんと支援が必要な方に届きますように。 

 

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難しい問題です。 

人口の多い場所から復旧させるのは自然の流れであり人口の少ない場所の人達は置いてけぼりにならざるを得ません。 

その人達は待っている間に痺れを切らせ生活出来ないので出て行くことになると復旧も出来なくなりその場所は死んで廃墟になります 

こうして地方の過疎地は滅んで行くのでしょうね。 

 

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政府には原状復帰義務があります。 

役所の裁量で行える補正予算を出さずいちいち財務省の許可なくして使えない予備費では復興のスピ-ドが10倍ほど違います。 

過疎地には補正予算を出しても人がいなくなるだけだから金がもったいないという策を取った岸田、そして相変わらず「予備費でしっかりと行わなければならない」と補助財源を出さない新総裁石破は能登を見捨てているとしか思えません。 

岸田は水害前日にも能登に来ていたのに見ぬふり。 

 

自分の故郷に住みたいと思うのは当然だと思います。 

高台を作るなど災害環境に耐える日本を作るべきではないですか。 

過疎地になっているのは半島なのに高速道路がないからです。 

一般道で3時間かかるのと高速道路で1時間かかるでは観光客の人数も変わります。 

北陸(石川・福井)の自民党議員も視察に着ても人口が少ないから票にならないと見て見ぬふりの態度は非難されてもおかしくないと思います。 

 

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昨晩のニュースゼロで、石破さんと野田さんで討論をしていたときに、被災地の話になり、どういった予算で成立させるかと言う議論になっていました。予算の内容は、ともかくとして、政党問わず一致団結して、全力で被災地を支援してあげてほしいと思いますね。 

やはり日本は非常に災害の多い国だと思いました。 

 

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簡単な事では無いが、地震で地盤が脆くなっており、大雨や再度の地震で生き埋めになるリスクを考えたら、移住も大きな選択の一つだろう。 

最後はお一人お一人の決断で、その結果夫婦が別々の生活を選ぶかもしれないが仕方ないと思う。 

 

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半島の特性なのか、孤立集落が発生しやすいようなので、危険性の高い少人数の集落は輪島市や珠洲市、能登町の中心部への集団移転も選択肢の1つだろう。 

各集落からそれぞれの市町の中心部に集住した方が、中心部も活性化するし、行政効率も上がり、危機管理上も良くなるだろう。 

近所への移転なら元の実家にもすぐ行けるしね。 

 

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いっそのこと、能登半島を国が買い取り自然保護区という名目で人を住ませないようにした方が良いのでは。 

能登で生まれ育った方々には酷な事かもしれませんが、今後この土地に住む人口が増えるとは思えないし、国としても採算が付かないのではないでしょうか。 

ただ、能登に住んでいた方々の気持ちを考えるとそんな簡単な事ではないとは思います。 

 

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災害時の転居をコーディネートする機関を防災行政で整備し、災害発生個所で相談窓口を設置するのはいかがでしょうか。県域を越えたコーディネートとなることから国が取り組んだ方がいいと思います。 

来るべき関東大震災や南海トラフ地震・津波に向けて早速、石川県で活動を開始すべきだと思いますがいかがでしょうか。 

 

 

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災害時の転居をコーディネートする機関を防災行政で整備し、災害発生個所で相談窓口を設置するのはいかがでしょうか。県域を越えたコーディネートとなることから国が取り組んだ方がいいと思います。 

来るべき関東大震災や南海トラフ地震・津波に向けて早速、石川県で活動を開始すべきだと思いますがいかがでしょうか。 

 

=+=+=+=+= 

あれだけの土砂が流れだとなると、地盤が変わってしまい、表面的に元に戻せたとしても、自然災害に見舞われたら崩れるでしょう。 

将来的にみても、人が住める環境ではないのでは。 

 

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地震で地盤がずれたり歪んだりしているので、数年間は、大雨のたびにこういう被害が出そうですね。 

昔から発展している地域は、そういう災害が少ないから栄えてきたんでしょうね。 

自分たちは好きに住めばいいですが、未来の子供達のことを考えると難しいですね 

 

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残ったとしても、今までと同じ生活は出来ない。 

残ったとしても、災害が起きる可能性は高い。 

残ったとしても、支援はいずれ滞る。 

 

簡単に他の土地へ移り住めば良いとは言えないから、 

後は、自分たちで考えて欲しいとしか言えない。 

 

もし分かり合えるとすれば、東日本大震災で津波に襲われた地域の人しかわかりあえないと思う。 

 

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二度ある事は三度あるとも言いますし、他人事になってしまいますが私なら去ります。ただ地元で育ち、慣れ親しんだ場所なら苦悩は計り知れないと思います。誰かのアドバイスよりも自分自身で決める事が一番だと思いますね。 

 

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「もしかしたら3回目もあるんじゃないか」とのことだが、もともと地震の多い場所、地形的に大雨が降れば水害が起きやすい場所なので、「もしかしたら」ではないと思います。 

地球規模で気候が変わってきているのは間違いないので大雨は降りやすくなるでしょう。 

それを考慮して残るか去るかを決めるべきです。 

 

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定期的に大きな、家が流される等々の災害、天災のある地域というのは文明が育たない、要するに人が住むには適さないというのがセオリーでした。 

例えば昔のバングラデシュ。 

私の世代では飢餓の国のイメージがある国の一つで記憶に残っています。 

川の氾濫が定期的にあった地域。 

気候が変わり、深刻な居住の問題となる地域に当たる所では、国も今後、地方発展の方向性と同時に規制をしても良い感じがしていますがどんなものでしょう? 

子や孫の世代まで考えた行動をして欲しいと思うだけ。 

 

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能登で生まれ育ったひとたちには難しい選択だろう。これでもかってくらい被災したわけだ。若者は去るだろうけれど、中高年は悩みどころ、揺らぐ心もわからないことはない。けれど、この異常気象にさらされている極東の島国のどこに行けば安全なのかはわからない。もしも、去ることにしても、受け入れどころが来年災厄に見舞われないとも限らない。 

 自然災害は何を呪っていいのかわからないところが悲劇を惨劇にしてしまうから恐ろしい。 

 

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今の住民からしたら残りたいというのもあるだろうけど、現実厳しいと思う。そもそも元々高齢化率高いし、人口は減ってるし。 

住めば都というように移転して時間が経ち更に次の世代になれば先祖が住んでたとこに戻ろうとは中々思わない。 

新総裁の石破さんも地方創生をうたってるが日本中隅々までと思ってるなら現実的に無理だと思うし、結局はコンパクトシティー化するしかないと思う。お金も人も足りない。 

 

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日本は100年計画で国土開発計画を大幅に見直し実施をするべきです。気候変動により従来の延長とは決別せねば国土強靭化など無理。人間居住地と農業地域、漁業地域、自然環境保護地域を分けて開発整備、過去からの人の居住地でも災害リスク地域、人口減少限界集落などは公費で周辺の安全性高い地域へ移住する。無闇矢鱈に災害復旧するよりも経済的なはずだ。 

 

 

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今衆議院を解散し選挙をするのを延期し、先ず組閣終了したら直ちに能登の復興をすることが先決、それの目処が立ってから総選挙すればよい。 

今解散しても能登半島が選挙区の議員は、おそらく地元住民(この豪雨災害でどれだけ人口が減るかだが)から、選挙より早く復興してくれの要望の方が強いはずだし、仮にしても選挙区を回ることすらできないし、投票に行く人がどれだけいるかだ。 

 

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正直言ってもう住むには厳しいと思う 

元日の大地震は何千、何万年に一度とかだっけ? 

ああいうレベルはこの先当分ないだろうけど、雨となると話は別 

分からないけど毎年や数年に一度ぐらいのペースで同じ事が起きるかもしれない 

ニュースでは毎年暑さや寒さ、台風や大雨について異常気象だと言うけれど異常でもなんでもない 

それが普通だと思った方がいい 

要は毎年起きるという事 

ただでさえ地震でダメージを負っている能登だから、そんな規模の雨が毎年きたらとんでもない事になる 

今年、来年は大丈夫でもいつか死ぬ事になるかもしれない 

まぁ長く住んでいる人からしたら死ぬまでここでと思うかもしれないが、本気で移転を考えた方が良さそう 

 

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経済的事由により「残る」選択をする方には、補助することで移住促進させるべきだと思います。 

便秘に浣腸では無いですが、「出来るなら移住したいんだけどなー」という方にきっかけを与えてあげるのは国の仕事だと思います。 

 

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私なら去る。苦しい決断でも3度目がないとは限らないし。 

この地球温暖化による天災は少なくなることは今後ないと思うから少しでも被害の少なさそうなところに移住したほうがいいのではないか。 

地震で被害にあった場所を復興させて、またこんな災害がきたら辛すぎます 

頑張ってほしい。 

 

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縮小していく日本社会おいて、どこにでも居住する権利はそろそろ制限すべきです。 

居住する地域の選択権を与えられるならば、どこにでも住む自由はなくても良い。こうした過疎地域で農林水産業に現に携わっている人は国策に貢献するものとして保護しつつ、そうでない人は地方都市に集住を進めないと、住む人全てにあまねくサービスを提供する余裕は日本にはありません。 

 

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明治時代に奈良の十津川村が水害にあい村民2500人が北海道に移住して新十津川村を作ったように政府が支援して海沿いのどこかの土地に移住できないだろうか?簡単なことでは無いだろうけど今の土地での復興は厳しいと思う。 

 

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南海トラフ地震後の徳島、高知の姿もこうなると思うね。 

地震も台風も間違いなくくる訳だから。 

過疎地域の無駄な対策はやめて、都市部への移住を推進した方がいいと思う。 

 

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能登の皆さんは、地震、豪雨災害と大変苦しい状況にあり、政府も県も躍起になって復興に取り組んでいるようには見えず、希望まで失いかけているんではないでしょうか。 

 

とにかく、政府、県には集中的に躍起になって取り組んでいただきたい。 

 

後で財務省や政府に悪用されなければ、特別措置的な能登復興増税も止む無しと思う。日本は災害の多い国、いつ自分の住んでる所に同じ苦難が訪れるかもしれないから国民も理解できると思うが。 

 

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先祖代々住み続けてきた土地と家。 

それを自分の代で手放して、他所の土地に… 

 

そう簡単に割り切って気持ちを切り替えれる話ではない。 

もし一度も地元以外に暮らした事がないの人などは、災害のリスクは減っても、生活を安定させるために余計な心配が増えそう。 

 

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故郷を無くす事は耐え難い苦しみかもしれないが 同じようにインフラを整備するのも時間と莫大なお金がかかる 一番の問題は過疎化が進んでいるから復旧後に住人が半分以下になっている可能性もある 

だったら国が全ての土地を買い取って集団で移住してもらう 

そしてその場所に例えば 未来に向けての実験都市(空飛ぶ車や自動運転などを許可を得れば誰もが実験や試験できる場所とか人が住んでない事を大前提に巨大地震や津波などにも耐える安全性を明確にした新原発建設のなど無人をいかしたプロジェクト場所にする 

 

 

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相手は自然ですからね。頑張って災害リスクの高い場所に住み続ける事はないんじゃないの。家が住めなくなったのなら、より安全な場所へ移住する良い機会だと思いますよ。健康で長生きすることを第一に考えた方が良いよ。生きていれば良いことがありますよ。 

 

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今まで震災がなく古い家が多いからの被害と、地形的な問題での水害。 

残るなら、今回水害がなかった土地に耐震の建物を建ててそこ一つにまとまるべきだと思う。あちこちに住んでもまた同じように孤立する。 

 

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地元を離れる決断は簡単には出来ないだろう、離れる決断した人に「残って頑張ろうよ」とも簡単には言えないだろう、、 

 

地から天から、復興し始めた段階でのこの災害は重すぎる。 

阪神大震災で被災した時を思い出して自分も辛くなる。 

 

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能登の名産品や輪島塗を絶やさないでほしいですが政府が一向に復興へ向けての対策を取らないのと支援も大してしてないのもあり大変厳しい状況でしょうね。 

 

能登や輪島から日本人が出ていくのを待ってるとしか思えないんですよね。 

出て行ったあとどうするかなんて、どうせ中国に売るんじゃないですか? 

 

伝統や文化を守りたいなら1月1日の能登地震の時に対策本部を立ち上げ早急に支援できたはずなのに未だにしてないということはそういうことなんじゃないかなと思いますよね。 

 

自分的には負けないでほしいです! 

 

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大都市の海に近い地域から郊外の高台に引っ越しました。 

たとえ都市部であっても津波や河川決壊や内水氾濫の浸水域に住むと、緊急地震速報や防災無線の度に怯えて暮らすことになります。 

インフラが脆弱な過疎地なら尚更です。 

 

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テレビを見る限り、現地の建物は地震にも風水害にも弱そうな木造住宅しか見当たらない。備蓄の充実も含めて、町や村の、各種災害への強靭化が必要だと思う。 

 

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こういう人達にこそ、貸付ではなく、失った自宅のローンの免除などかなり踏み込んだ支援をしてあげて欲しい。海外に莫大な支援をする前に自国民を助けるのが国の一番の優先すべきこと。 

 

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今まで大丈夫だったからと言う事は、もうこれからの気象状態では通用しないのではないでしょうか? 

これからも災害が起こる可能性があるから、政府が能登復興に積極的ではないのはないように感じます。 

もし、元に戻したら皆んながまた能登に戻り、また被災する人が増える事を避けたいと考えているような気がします。 

 

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判らんでもないけど、…海や、田畑や、山林での自然な暮らしで、大らかに生きてきた生活は、何物にも代えられない貴重な財産でもあるのだ!。そりゃあ、きれいで、気密性のいい住宅を求めて、生活できればいいけど、農業、漁業で生きてきた世代が暮らすには、余りにも、生活感がなさ過ぎて、ボケるだけだ。仕事を今更、変えることも厳しいだろう。かと言って年金だけで暮らせるわけがない。何より、彼らの生きがいを奪った時から、過疎化は極端に進みかねないからだ。生きる望みを失わせてはいけない!。根本的な、日本の政治家の出来が悪い頭脳では、解決できないだろう。なぜなら、彼らの意見を取り入れることなど、してこなかったからである。 

 

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この2度目の災害が起きて政府一丸となって取り組まなければならない時に岸田総理は訪米。 

林官房長官が指揮をとって災害対策にあたった。 

もうこの一点だけでもわかるだろう、岸田総理という人物を。 

人命を軽視し、渡米する始末。 

海外首脳だって自国で災害が起きれば、国際会議中であっても帰国します。 

石破さんが新総裁になられたから、防災省の必要性を訴えていたのだから岸田総理の二の舞にはならないと信じたい。 

改めて官房長官の幅広い仕事を着実にこなした林官房長官には脱帽する。 

ちょうど内閣が大幅に変わるので、官房長官はあらゆる政策に精通した人でなければならないと認識した。 

 

 

 
 

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