( 217240 )  2024/10/01 01:35:47  
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金沢文庫駅西口で街頭演説をする麻生太郎氏(写真=Noukei314/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons) 

 

自民党総裁選で石破茂氏が新総裁に選ばれた。これからの日本の政治はどうなるのか。ジャーナリストの鮫島浩さんは「キングメーカーとして君臨してきた麻生氏は高市氏を推し、ついに負け組に転落した。石破新体制は『脱麻生』『脱安倍』によって生まれたが、また新しい権力闘争が始まったに過ぎない」という――。 

 

【写真】檀上に立つ石破茂新総裁。麻生氏はこの表情。 

 

■高市氏に乗った大博打は完敗に終わった 

 

 自民党総裁選の影の主役は、キングメーカーとして君臨してきた麻生太郎氏だった。 

 

 投票日前夜、麻生派が擁立した河野太郎氏ではなく、石破茂氏、小泉進次郎氏と三つ巴の大激戦になっていた高市早苗氏に第一回投票から入れるよう派閥の子分たちに指令を出し、高市氏を首位に押し上げた。 

 

 ところが、直後に行われた「高市氏vs.石破氏」の決選投票では「高市包囲網」が瞬時に形成されて石破氏に大逆転を喫し、麻生氏は一転して負け組に陥落したのである。 

 

 勝者として壇上にあがる石破氏を拍手で迎えた党執行部のなかで、麻生氏は拍手を送らず、ものすごい形相で固まっていた。最終局面で高市氏に乗った大博打は完敗に終わった。キングメーカーから滑り落ちた瞬間だった。 

 

 今回の総裁選は、岸田政権の生みの親である麻生氏と、非主流派のドンである菅義偉氏の元首相同士のキングメーカー対決だった。新しく誕生した石破政権に、麻生氏の居場所はない。麻生氏が陣取ってきた副総裁の椅子に入れ替わって座ったのは、菅氏だった。敗者に容赦はしない。総裁選は仁義なき権力闘争なのだ。 

 

■新総裁を決める主導権を握っていたが… 

 

 麻生氏はいったいどこで道を踏み外したのか。 

 

 菅氏は小泉氏を支持し、石破氏とも良好な関係を維持していた。麻生氏は河野氏支持を表明しつつ、裏では上川陽子氏、小林鷹之氏らの推薦人に麻生派の子分たちを振り分け、決選投票で主導権を握る戦略で対抗した。ところが麻生陣営の候補はすべて振るわず、菅氏に近い小泉氏と石破氏、そして安倍晋三元首相の後継者として安倍支持層に絶大な人気のある高市氏の3人に総裁レースは絞られた。 

 

 石破氏と高市氏は党員票でトップを競っていたが、ともに国会議員への支持に広がりを欠いていた。小泉氏は国会議員票でリードし、決選投票にさえ進めば勝利が有力視されていたが、党員票が予想に反して大きく伸び悩み、3位脱落の見方が強まっていた。国会議員に不人気同士の「石破氏vs.高市氏」の決選投票にもつれ込めば、予測不能の大激戦になるのは間違いなかった。 

 

 混沌とした三つ巴の戦いを決するのは、麻生氏の動向と目された。決選投票で誰に乗るのか。さらには、決選投票に進む見込みのない河野氏ら麻生陣営の候補を見捨て、第一回投票から上位3人の誰かに乗って総裁レースの形勢を一気に方向づける可能性も指摘されていた。麻生氏が新総裁を決める主導権を握っていたのだ。 

 

 

■「石破政権だけは絶対阻止」が最優先事項 

 

 麻生氏は石破氏が大嫌いだった。かつて麻生内閣に農水相として入閣していた石破氏が真っ先に麻生おろしに動いたことを根に持っていた。 

 

 石破氏が自民党を離党して新進党に加わり、自民党に復党した「出戻り組」であることも、家柄や格式を重んじる麻生氏は気に食わなかった。石破政権だけは絶対に阻止することが、麻生氏の最優先事項だった。 

 

 残るは小泉氏か、高市氏か。麻生氏は高市氏とは疎遠だった。しかも高市氏には乗りにくい事情があった。 

 

 ひとつは米国の意向である。米国は高市政権誕生を最も警戒していた。特に高市氏が首相になっても靖国参拝を続けると明言したことに神経を尖らせていた。米国はロシアや中国に対抗するため、日米韓の連携をアジア外交の基軸にしている。 

 

 高市氏が首相として靖国参拝を強行すれば、韓国世論を刺激して日米韓の連携が揺らぎかねない。高市政権だけは避けてほしいという米国の意向は自民党の実力者たちに伝わっていた。麻生氏は対米重視派として知られ、米国の意向に反して動くのは抵抗があるとみられていた。 

 

■高市氏に最後まで躊躇した 

 

 ふたつめは財務省の意向である。高市氏はアベノミクスの継承を掲げ、金融緩和への反対を鮮明にしたうえ、一切の増税を否定して積極財政を掲げている。高市政権だけは回避したいというのが財務省の本音だった。安倍・菅政権の副総理兼財務相として二度の消費税増税を後押しし、財務省の用心棒として振る舞ってきた麻生氏は、もちろん財務省の立場を理解していた。 

 

 最後は麻生氏の家柄主義である。麻生氏は明治国家をつくった大久保利通を高祖父に、戦後日本の礎を築いた吉田茂を祖父に持ち、さらには実妹が三笠宮家に嫁いだ華麗なる一族である。家柄や格式を重んじ、安倍氏ら政治名門一族には心を許す一方、菅氏や二階俊博氏ら叩き上げ政治家に警戒感を解くことはなかった。 

 

 高市氏は叩き上げの政治家だ。しかも新進党から自民党に移ってきた「外様」である。石破氏のように自民党を飛び出した「裏切り者」ではないにせよ、麻生氏の眼鏡にかなう総裁候補ではなかった。だからこそ前回総裁選では安倍氏が担ぐ高市氏には乗らず、世襲政治家の岸田文雄氏を担いだ。今回も家柄主義でいえば、首相を父に持ち世襲4代目である小泉氏のほうが遥かにケミストリー(相性)が合うに違いなかった。 

 

■最後の土壇場で一番重視したのが「派閥」 

 

 しかし、小泉氏にも乗れない事情があった。キングメーカーを争う菅氏に加えて地元・福岡の政敵である武田良太氏(元総務相)が支援に回っていたのだ。 

 

 このままでは小泉氏は第一回投票で3位に沈み、決選投票は「石破氏vs.高市氏」の大接戦になる。石破氏が大嫌いな麻生氏は、高市氏に乗るしかない。石破政権も高市政権も回避するには、第一回投票から小泉氏に乗り、決選投票へ押し上げるしかなかった。 

 

 

 そのためには菅氏と土壇場で折り合い、ダブルキングメーカーとして小泉政権を支える「談合」を成立させる必要がある。高市氏か、小泉氏か。どちらも麻生氏にとっては苦渋の選択だった。 

 

 麻生氏が土壇場で最も重視したのは「派閥」だった。岸田首相が自民党の裏金事件を受けて派閥解消を表明した後、すべての派閥が解散を表明するなか、麻生派だけは存続を宣言し、世論からも党内からも激しく批判を浴びた。 

 

 麻生氏はそれでも派閥にこだわった。1999年に老舗派閥・宏池会(現岸田派)を河野洋平氏(河野太郎氏の父)とともに飛び出して旗揚げした小グループの大勇会が麻生派の源流である。大勇会は当初、総裁選出馬に必要な推薦人20人にも満たなかった。 

 

 党内では弱小集団と見下され、新聞は「派閥」と表記せず「河野グループ」と呼んだ。それを第二派閥まで押し上げたのが麻生氏だった。派閥解消をあっけなく口にする風潮に怒り心頭だったのは想像に難くない。 

 

■残る選択肢は高市氏だけ 

 

 総裁選に派閥は必要不可欠だ、俺がどれほど苦労して派閥を拡大してきたのかわかっているのか? 派閥の結束なしに総裁選に勝てるのか? なのに今の自民党の面々は派閥を否定している、いったい何を考えているのだ? 権力闘争はそんな甘いものじゃねえぞ……。 

 

 麻生氏の胸の内はそんなところだろう。今こそ派閥の重要性を思い知らせる時である。有象無象が乱立する総裁レースの土壇場で麻生派が一致結束して行動して勝敗を決定づけ、派閥の力を見せつけなければならない。そのためには最終局面で勝者に乗り、勝ち組に回らなければならない。 

 

 麻生氏が第一回投票から石破氏に乗れば勝利は確実だった。けれどもそれだけはできなかった。どうしても石破氏は許せない。ならば小泉氏か。小泉氏は想定外の大苦戦で、菅氏も追い詰められている。菅氏と折り合える可能性はあった。 

 

 麻生氏が第一回投票から小泉氏に乗れば、決選投票は「石破氏vs.小泉氏」となり、小泉氏が勝利して、麻生氏と菅氏のダブルキングメーカー体制が出現しただろう。だが菅氏は「脱派閥」の急先鋒だ。菅氏と手を握れば「派閥の復権」は果たせない。 

 

 残る選択肢は高市氏しかなかった。高市氏は安倍氏が他界した後、安倍派5人衆からも疎まれて党内で孤立し、推薦人20人の確保にも苦労して、当初は泡沫扱いされていた。人権侵犯で批判を浴びている杉田水脈氏や裏金議員13人の力を借りて辛うじて出馬にこぎつけたのである。 

 

■派閥議員に「第一回投票から高市氏へ」と指令 

 

 ところが総裁レースが始まると、安倍支持層から熱烈な支持を受けて党員票で躍進し、石破氏とトップを争う勢いだった。国会議員では孤立し、党員には大人気――。ここに麻生派が乗れば国会議員票が大幅に上積みされて高市氏勝利に弾みがつき、麻生派の力を鮮明に見せつけることができる。高市政権は麻生氏の傀儡になるしかない。 

 

 

 問題は、高市氏で本当に勝てるのかどうかだった。 

 

 麻生氏は慎重に票読みしたことだろう。麻生派が第一回投票から河野氏を見捨てて高市氏に乗れば、高市氏はいきなりトップに躍り出て、小泉氏は3位に脱落し、決選投票は「高市氏vs.石破氏」の激戦になる。どちらも国会議員には不人気で、究極の選択になる。高市氏の勢いをみて「勝ち馬に乗れ」という空気が広がるに違いない――。 

 

 麻生氏の読みは的中するかに見えた。麻生氏が投票前夜、麻生派内に「第一回投票から高市氏へ」と指令を出し、それがマスコミに報道されると、高市氏優勢の見方が一気に広がった。麻生派ばかりではなく、最後まで投票先を迷っていた議員たちも高市氏になだれ込んだのである。麻生氏の老獪な立ち回りは奏功しつつあったのだ。 

 

 第一回投票は、麻生氏の読み通りだった。高市氏の国会議員票は30票台と予測されていたが、倍増して72票に達した。トップの小泉氏には3票届かなかったものの、3位の石破氏を26票も上回ったのである。党本部の総裁選会場はどよめいた。 

 

 しかも高市氏は党員票でも石破氏を1票抜いてトップに立った。総合では①高市氏181票、②石破氏154票、③小泉氏136票となり、高市氏が予想を遥かに超える結果で堂々と首位通過したのである。高市政権誕生は目前に迫っていた。 

 

■石破政権が消去法で誕生した 

 

 ところが直後に行われた決戦投票は、麻生氏の期待とかけ離れた結果となった。国会議員票は石破氏になだれ込み、①石破氏189票、②高市氏173票で大逆転されたのだ。 

 

 麻生氏の完敗だった。石破氏が積極的に選ばれたのではない。自民党議員の多くが「高市政権阻止」に動いたのである。土壇場で「高市包囲網」が瞬時に出来上がった。その結果、石破政権が消去法で誕生したのだった。 

 

 自民党議員の多くが高市政権を嫌ったのはなぜか。 

 

 最大の理由は、目前に迫る解散総選挙である。高市氏は確かに党員人気は高かった。しかし、一般の世論調査では石破氏に大きく負け越し、党員人気との落差は明らかだった。世論の大勢は、高市氏のあまりに右寄りな政策を警戒し、安倍支持層の熱狂的な支持を冷めて見ていたのである。 

 

 いざ総選挙になると無党派層の動向が重要になる。とくに1議席を争う小選挙区では大きく右傾化することは禁じ手だ。右寄りの高市氏に警戒して中間層が立憲民主党へ流れてしまうことを、自民党議員の多くは恐れた。まして立憲民主党の新代表に中道で安定感を売りにする野田佳彦元首相が就任したばかりだった。総選挙が「高市氏vs.野田氏」の選択になれば、自民党は惨敗しかねない。 

 

 

 
 

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