( 218166 ) 2024/10/03 16:14:14 0 00 Photo:JIJI
マクドナルドでは、ダブルチーズバーガーを1個買うよりもチーズバーガーを2個買った方が安い。「マックの謎」「価格のバグ」とも言われるが、これには深いワケがある。マックで「ダブチを買う客」と「チーズバーガーを頼む客」の決定的な違いとは?(イトモス研究所所長 小倉健一)
【比較画像】マックの「ダブルチーズバーガー」と「チーズバーガー2個」並べてみたら
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● マックの戦略「5つのP」とは?
世界中のマーケティングの研究者・実務者が、お手本の一つとしてあげるのが、マクドナルドの「5P」と呼ばれる経営戦略である。製品(Product)、場所(Place)、価格(Price)、プロモーション(Promotion)、人(People)の頭文字「P」から成り立つものだ。
今回は、特に「価格(Price)」に関して、最新のマクドナルドの戦略を掘り下げていくが、まずは簡単に「5つのP」全体を説明しておこう。
1. 製品(Product)
マクドナルドでは、どんなメニューを出すかについて国ごとに異なるメニューを用意している。日本では「月見バーガー」「てりやきバーガー」など、日本人が好む味を取り入れた商品があるように、各国の人々が好きな食べ物を提供している。
2. 場所(Place)
マクドナルドの店舗は、いつでも簡単に行けるようにアクセスが良い立地にある。たとえば、都心部では、ほとんどの店舗が駅徒歩3分以内にあるため、お客さんは衝動的に食べたいと思った時にすぐ行けるようになっている。
これは少し不便でも安い場所を選ぶ傾向にある鳥貴族や、広い場所を確保したいサイゼリヤなどとは異なった戦略だ。
3. 価格(Price)
詳細はのちに譲るが、マクドナルドは機械学習(マシンラーニング)を大規模に活用することで、以前は10種類未満だったお客さんのグループ(コホート)を、数千ものグループに分けて、価格戦略を行なっている。
● マクドナルドの深すぎる価格戦略
お客がどのような背景を持ち、収入がどれぐらいで、マクドナルドをどのような用途で使っているかを場合分けをして、「とにかく安く済ませたい人」「1000円以内で済ませたい人」など、すべてに対応できるようになっている。
マクドナルドの価格戦略は、同社のグローバルな成功を支える重要な要素であり、多様な顧客層に対して競争力のある価格設定を行うことで、利益と市場シェアを維持しているのだ。
4. プロモーション(Promotion)
マクドナルドは、広告やキャンペーンを通じて、多くの人に自分たちのブランドを知ってもらう努力をしている。テレビのコマーシャルやインターネットでの広告を見たことがない人はほとんどいないのではないだろうか。
また、季節限定のメニューやクーポン配布など、特別なキャンペーンを行うことで、さらに多くの人を店舗に呼び込もうとしている。
これはサイゼリヤなどは、広告費を一切使わないことで知られているのと対照的だ。当然、広告費はコストに跳ね返ってくるはずなのだが、利益率はサイゼリヤよりマクドナルドのほうが高い。
5. 人(People)
最後に、マクドナルドは従業員の満足度を大切にしているということだが、私には特筆すべきものはあまり感じられない。
ただ、そこまで高い時給ではないにもかかわらず、初めてのバイトをマックでしたいという学生に会ったこともあるので、楽しそうな雰囲気、働いてみたい雰囲気を出すブランド戦略には成功しているのではないだろうか。確かに、吉野家で働きたいという女子高生は少ないかもしれないが、マクドナルドならいそうな気がする。
ざっと「5つのP」をおさらいできたところで、肝心のプライス戦略へと進もう。
最近、こんな記事が配信されていた。
● 「100円マック」は過去のもの
《「100円マック」を実施していたデフレ時代とは違い、現在のマクドナルドは安売り戦略を止めている。(中略)以前よりセットメニューは高くなり、かつてのようなお得感はなくなった。通常のバーガーセットは700~800円台である》
《しかし、コストパフォーマンスに長けた商品が全くなくなったわけではない。例えば「ちょいマック」はその一つだ。「マックチキン」や「エグチ(エッグチーズバーガー)」などのバーガー類などから構成されるメニュージャンルで、一般のメニューより低価格帯となっている》 (ITmedia ビジネスオンライン、9月22日)
日本のマクドナルドの価格戦略は、この記事の指摘通りであることが、マクドナルドのホームページを見るとわかる。
・期間限定 月見バーガーセット…740円~ ・ビッグマックセット…750円~ 「ひるまック」(平日10:30~14:00)では、価格帯が600円台に下がる。
・ひるまック ビッグマックセット…650円~ ・ひるまック てりやきチキンフィレオ セット…620円~ という具合だ。こうしたメニューを前面に押し出す一方で、「とにかく安く済ませたい」というお客も満足いくような500円台のメニューも用意されている。
・マックチキンセット…500円~ ・エグチ(エッグチーズバーガー)セット…540円~
● チーズバーガー2個の方がダブチ1個より安い!
私は、小腹が空いたときにチーズバーガー(200円~)だけを食べることがよくある。コンビニで軽食を買うよりも安く済むからだ。マクドナルドの価格戦略において特に注目すべき点は、「定価が原価に基づいて設定されているわけではない」ということである。
例えば、ダブルチーズバーガー(430円~)とチーズバーガーを比較してみると、このことがよく理解できるだろう。ダブルチーズバーガーは、パンが2枚、肉が2枚、チーズも2枚入っている。
それに対して、チーズバーガーを2個注文すると、合わせてパンが4枚、肉が2枚、チーズが2枚になる。コストを考えると、「チーズバーガー2個」の方がパンが多い分だけ材料費がかかっているはずなのに、値段は合計400円で済む。「ダブルチーズバーガー1個」よりも安くなる計算だ。
ここで重要なのは、マクドナルドが「ダブルチーズバーガーを頼む客」と「チーズバーガーを頼む客」の違いをしっかり理解しているということだ。
● 「ダブチを買う客」と「チーズバーガーを頼む客」の決定的な違い
ダブルチーズバーガーを注文する客は、多少の価格差をあまり気にしない層が多いのに対して、チーズバーガーを頼む客は価格に敏感で、少しでも安い選択肢を探していることが多い。
マクドナルドはこうした違いを利用して、それぞれの客層に合わせた価格設定をしているのだろう。
「ここ2年間で大きなインフレ(物価の上昇)があったにもかかわらず、私たちの戦略的な価格設定の方法、ブランドの強さ、そして全体的な『お得感』を提供する力によって、価格の構造をうまく変えていきながら、お客さんに『お得』を感じてもらうリーダーの立場を維持できている」
「ロイヤルティプログラムのお客さんについてもっと多くのことを学んでいく中で、彼らがどのように店舗を訪れ、何を購入するのかといったデータを集めていく。そのデータを使って、大規模に機械学習を行い、価格設定の方法をさらに賢くしていくことができる」
「この技術を使うことで、以前は10種類未満だったお客さんのグループ(コホート)を、数千ものグループに分けて、より正確に個別対応ができるようになる」 (マクドナルド国際事業部門のプレジデントであるジル・マクドナルド氏、2023年12月6日の2023 Investor Updateでの発言)
カスタマイズされた「お得感」を提供しているのが、マクドナルドの注文用アプリを通じた「ロイヤルティプログラム」だ。
● 急成長する「ロイヤルティプログラム」
ロイヤルティプログラムは2021年にスタートし、2023年末の段階では1億5000万人ものユーザーが使っているという。
2027年までにはユーザー数が2億5000万人に達する、とマクドナルドは予想している。プログラムのユーザーが増えるほど、マクドナルドはお客さんがどんな商品を好んでいるのか、どんな頻度で来店するのかといったデータをたくさん集めることができる。
集めたデータを使うことで、マクドナルドはそれぞれのお客さんに合ったメッセージや、特に「お得さ」に関する情報をより効果的に届けることができるようになる。マクドナルドが価格設定をより賢く行えるようになっているのは、ロイヤルティプログラムに力を入れて、その仕組みをどんどん発展させているからなのだ。
《この数年間で、マクドナルドは独自の「価格設定ツール」を作り上げてきた。これらのツールは、お客さんの行動やその意見に基づいて、価格をどう設定するかを考えるためのものである。マクドナルドは、各店舗ごと、そしてメニューの項目ごとに価格の設定を見直し、その調整によって、価格に対するお客さんの反発を抑えられている》 (米Nation's Restaurant News、2023年12月11日)
マクドナルドのCEOであるクリス・ケンプチンスキーは「価格設定のツールがより鋭くなっている」と評している。
● マックとテックの幸福な関係
他の会社が直面している「価格を上げるか、それとも利益を減らすか」という難しい問題に対して、マクドナルドは最新のテクノロジーを駆使し、すべてのお客にとってお得感を感じてもらうことに成功しているということだ。
日本でも、円安や材料費の高騰により、多くのレストランがメニューの価格を引き上げざるを得ない状況になっている。その結果、客数が減少し、頭を悩ませている店も多い。
一方、マクドナルドはお客を一つの大きなグループとして捉えるのではなく、「コスパを重視するお客」「ボリュームを求めるお客」「味や品質を優先するお客」など、さまざまな嗜好に合わせて細かく見ている。この戦略は、外食産業に限らず、売り上げ減少に悩むすべての企業が参考にすべきだろう。
お客のニーズを細かく分析し、それに応じた価格設定やサービスを提供することで、競争が激しい市場でも競争力を維持できる。このようなアプローチは、特に現代のような変化の激しい経済環境において、企業が生き残り、成長していくために重要な要素となる。テクノロジーの勝利だ。
小倉健一
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