( 220461 )  2024/10/09 17:46:09  
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キリスト教カルヴァン派のクリスチャンである石破茂首相。信仰が彼の政治手腕にどう作用するか(写真・JMPA) 

 

 「夢はあきらめちゃいけない。政治が感動を起こさなければいけない。有利だからやる、不利だったらやらない。それは私の生き様ではありません」 

 

 過去最多の5度目の自民党総裁選への挑戦でついに勝利し、首相の座に上り詰めた石破茂氏。負け戦となった4年前の総裁選直前に関西のテレビ番組でこう述べていた。 

 

 石破氏には愚直で誠実といったイメージがある。ドン・キホーテのような向こう見ずさを持ち合わせる。安倍一強という権力と敵対し、長らく閑職に干されても今回再び立ち上がった。不屈の精神の持ち主だ。 

 

 ここまで石破茂氏を突き動かしてきたものはいったい何か。 

 

 「密かに石破茂研究を行ってきた」という作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏は、政治家・石破茂の一番のポイントは宗教にあると指摘する。 

 

 「(石破氏は)プロテスタントのキリスト教徒で信心は極めて熱心な人です」。佐藤氏は2024年10月2日に都内で開かれた鈴木宗男参議院議員の政治資金パーティーでの講演の中でこう述べた。 

 

■4代目のクリスチャン 

 

 石破氏は長年、自身がキリスト教プロテスタント信者であることを公言してはばからない。 

 

 石破氏は4代目のクリスチャンだ。小さい頃から母親の和子さんに連れられてプロテスタント系の日本基督教団鳥取教会に通い、そこで18歳の時に洗礼を受けた。 

 

 キリスト教ニュースのクリスチャンプレスによると、鳥取から上京し、慶応義塾高校、慶応義塾大学に進学後は日本キリスト教会世田谷伝道所(現世田谷千歳教会)に出席し、教会学校の教師も務めた。 

 

 一方、鳥取県知事や自治大臣を務めた父親の二朗さんの家系は代々浄土宗で、石破氏は浄土宗の檀信徒の国会議員でつくる親睦団体「浄光会」の会員でもある。くしくも石破氏の政敵であった故・安倍晋三元首相が同会の世話人を務めていた。 

 

 石破氏の母方の曽祖父は、同志社英学校(後の同志社大学)の創立者である新島襄から洗礼を受けた金森通倫(みちとも)だ。金森は新島の自他ともに認める愛弟子だ。 

 

 石破氏はこの宗教家の曽祖父のDNAを色濃く受け継いでいるとみられる。それは隔世遺伝と思われるほどだ。若干長くなるが、ぜひ紹介したい。 

 

 金森は1857年、熊本県小天(おあま)村(現・同県玉名市)に生まれた。西に有明海を望み、夏目漱石の小説『草枕』の舞台にもなった村で、蜜柑の名産地として知られる。 

 

 

■宗教家の曾祖父の強いDNAを継承 

 

 『回顧録―金森通倫自伝』(アイディア出版部、2006年)によると、金森は旧肥後藩の郷士で総庄屋の出だ。15歳になった1872(明治5)年に熊本洋学校に入校し、元アメリカ陸軍人で教師のジェーンズの下でアメリカ式教育指導を受けた。 

 

 金森や明治から昭和の言論界で活躍した徳富蘇峰ら、この洋学校で机を並べた約40人は、「熊本バンド」と呼ばれ、同志社の礎を築いた源流の1つとされる。熊本バンドは「熊本から来たグループ」という意味で、同志社の宣教師が名付けた。 

 

 金森はプロテスタントの中でも、アメリカ東海岸の流れをくむ会衆主義の教会、日本キリスト教団岡山教会の初代牧師も務めた。 

 

 30代半ばで政界や実業界にも進出。59歳の頃からは「世界一周伝道」と銘打ってアメリカ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、カナダなどで海外伝道活動を行い、晩年は湘南の嶺山で原始的な洞穴生活をし、「今仙人」と呼ばれた。バイタリティあふれるなかなかの野心家で、世界を股にかけた行動派だ。1945年3月、享年87歳で亡くなった。 

 

 佐藤氏は金森について、「日本の歴史に残るたいへんな宗教人」と述べている。 

 

 金森は前述の自伝で幼少期を振り返り、「私は太平の子ではない、動乱の子である」と記す。また、熊本の私塾「日新堂」で学んでいた15歳の頃には、「此の頃から私は自身自ら天下を治めるの大望を抱いたのである。ここで私は初めて国家的人物になった。そして又心霊的人物となった。天下国家を治めんとするものはまずその身を治め、その心を正しうせねばならぬからである」と述べ、キリスト教入信後もこうした精神を維持していたと明かす。 

 

「当たり障りを顧みず、誰に遠慮も会釈もせず、又手加減もせず、只一方向きで馬車馬の様にその目的に向かって疾走するのである。これは私の癖であり、又短所でもある。誠に損な性分である。事は成っても人は敗れる。が併(しか)しそこにまた私の長所もあるだろう」(『回顧録―金森通倫自伝』) 

 

 その性格といい、伝道師風の物言いといい、石破氏と似ていないだろうか。理想を振りかざす書生肌の石破氏も、頼れる側近がほとんどいないと指摘されている。 

 

 

 日本経済新聞の2015年2月23日付の記事によると、石破氏はその偉大な宗教人の曽祖父について、「親戚の間ではあの寡黙で謹厳実直な二朗さんの息子がなんで茂さんなのか、どうも金森通倫の遺伝子が突然あらわれてきたのではないかといわれている」と自ら述べている。 

 

■「神はいない」なんて考えたことがない 

 

 作家の佐藤優氏は、石破氏が慶応義塾高校進学後に通っていた世田谷の教会に注目する。プロテスタントの中のカルヴァン派の教会だからだ。 

 

 佐藤氏は講演で「カルヴァン派の考え方は、その人の使命は生まれる前から決まっている。成功する人も失敗する人も生まれる前から決まっている。その人にはその人にしかない使命があるわけ。どんな逆境があってもどんなに無理だと言っても神様の声だけを聞いていれば必ず成功するという教えだ」と指摘した。 

 

 これは「救われる人間と救われない人間の両方を神はあらかじめ決めている」というカルヴァン派の「二重予定説」の考え方として知られている。 

 

 佐藤氏は自らが、金森が設立に尽力した同志社で神学を学び、同じカルヴァン派教会出身者だから石破氏の考えていることがよくわかるという。 

 

 2022年10月19日付の毎日新聞夕刊の記事によると、石破氏は「幼いころから『神はいない』などという恐ろしいことを考えたことは一度もありません。幼稚園のころから教会に通っていましたからね。神の存在はもちろん信じています」と答えている。 

 

 さらに、「その神とは『ゴッド』なのか、日本で言えば『おてんと様が見ている』『八百(やお)万(よろず)の神』といったたぐいのものなのか」と記者に問われ、「キリスト教の神です。私たちは唯一神、絶対神という立場です。『八百万の神』という考えは取りません。とはいえ欧米のクリスチャンの政治家とも、私は少し心情が違うと思う」と述べている。 

 

 また、クリスチャンプレスも、石破氏が2019年6月の「国家朝餐祈祷会」で「私自身は自分がいかような者であるとも思っておりませんが、『御心にかなう者であれば、御用のためにお用いください』とお祈りできることは幸せなことであると思っております」と述べたと伝えている。 

 

 佐藤氏は、「石破さんは今回自民党総裁選で自民党員によって選ばれた。あと広い意味では国民によって選ばれた代表だという思いとともに石破さんの心の中では神様によって選ばれたと彼は思っている。だからそれで神様に選ばれた使命が何なのかと石破さんが思うことで日本の進路は大きく変わってくる」と指摘する。 

 

 

■トランプ前米大統領と同じ信仰 

 

 実はドナルド・トランプ前大統領の宗教も、キリスト教プロテスタントのカルヴァン派の一派、長老派(プレスビテリアン)であることが知られている。 

 

 トランプ氏は幼い頃、生まれ育ったニューヨーク市クイーンズの長老教会に通っていた。そして、そこで1950年、13歳になった頃に堅信礼を受けた。その後は、マンハッタン5番街にあるマーブル協同教会に毎週日曜日、約50年間も礼拝に行ったという。 

 

 ただ、トランプ氏は大統領在任中の2020年10月、アメリカのメディア「レリジョン・ニューズ・サービス」の取材に対し、自分はもはや長老派教会員ではなく、今は無宗派のキリスト教徒だと考えていると述べた。トランプ氏は過去に何度も長老派教会員であると公言してきたのにもかかわらずである。 

 

 アメリカのメディアは、これはトランプ氏が幼少期に通っていた教会から徐々に離れ、政治的影響力の強い福音派キリスト教指導者と緊密に連携した結果と報じた。 

 

 ただ、子どもの頃からの信心はなかなか変わるものではないだろう。 

 

 佐藤氏が早くからトランプ氏の時に独断的に見える思考や行動の背後に、カルヴァン派の発想があると指摘してきた。 

 

 佐藤氏は2017年1月、都内で行われた新党大地主催の月例定例会で、次のようにも語っていた。 

 

 「カルヴァン派の場合、神によって選ばれる人は生まれる前にあらかじめ定められている、と考える。本人の努力は一切関係ない」 

 

 「そうすると、試練にすごく強くなる。どんなにひどいことに遭っても、負けない。どうしてか。神様が与えた試練なので、最後に勝利すると決まっていると考える。そして、問題はどういう勝利の仕方なのか、と考える」 

 

 そして、トランプ氏については「自分は神様に選ばれたときっと思っている」と当時分析していた。 

 

■持論を現実のものにできるか 

 

 佐藤氏は雑誌『プレジデント』2020年7月17日号の寄稿の中で、「トランプ米大統領の信仰する長老派の特徴は、打たれ強いこと。その代わり、負けを認めず、反省しません。新型コロナウイルスや人種差別反対デモへのトランプ大統領の対応は、俺は間違えていない。だからやり方を変えないという態度です。強い信念はカルヴァン派の思考の特徴ですが、そのマイナスの面が出ていることを感じます」と指摘していた。 

 

 

 
 

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