( 221251 )  2024/10/11 17:12:55  
00

(写真:ccckkk/PIXTA) 

 

現在プレーオフ真っ最中の大谷翔平選手。まさにアメリカを熱狂させているが、過去には解説者が大谷選手のモノマネをして即降板になったことがあるという。何が問題になったのか。日本でも近年話題となっている「キャンセル・カルチャー」について、アメリカで活躍する日本人スタンダップコメディアン、サク・ヤナガワ氏が解説する(本稿は『どうなってるの、アメリカ!』より一部抜粋・編集したものです)。 

 

■アジア系のアクセントを模したら 

 

 2021年8月、MLBのデトロイト・タイガース対ロサンゼルス・エンゼルスの一戦が、本拠地デトロイトの中継局バリースポーツで生放送されていた。6回表、大谷翔平が打席に入った際、実況アナは、解説のジャック・モリス(白人)に「あなたなら大谷をどう攻めますか」と問いかけた。 

 

 すると、モリスはアジア系のアクセントを模した英語で(具体的にはLとRを混同させながら)、「ベリー・ベリー・ケアフル(とても慎重に攻めるよ)」と答えたが、この白人によるマイノリティの英語のモノマネが差別的だと炎上。試合途中の9回にモリスは謝罪に追い込まれた。 

 

 「先ほどの大谷選手への発言は、差別的な意図があったわけではありませんでした。しかし、特にアジア系コミュニティの方々に不快な思いをさせてしまったのなら申し訳ありませんでした」 

 

 試合後、この一件をUSAトゥデイやESPNなどの大手メディアが一斉に報じると、局はモリスに対し、無期限出演停止処分を下した。 

 

 たった数秒のアクセント・ジョークで、1人のベテラン解説者が職を失った。この発言自体に無論悪意があるわけではなく、ネット上ではこうした処分が重すぎるのではという声も聞かれた。 

 

 これまで、他者のアクセントを真似るこうした「アクセント芸」は伝統的にエンターテインメントの王道と見なされてきたが、特に白人によるマイノリティのアクセント模倣は近年、大きな批判の対象になりうるため、舞台上でもほぼ披露されることがなくなった。 

 

■アメリカを席巻するキャンセル・カルチャー 

 

 不適切な言動のあった企業や個人、作品を社会的に抹殺しようという「キャンセル・カルチャー」の風潮が、今アメリカで大きな広がりを見せている。「キャンセル・カルチャー」という時流は日々形を変えながら、アメリカを覆い、また対立軸となって私たちの生活に大きな影響を及ぼしている。 

 

 

 「キャンセル・カルチャー」を考察する前に、その起点である「Woke Culture(ウォーク・カルチャー)」について触れる必要がある。 

 

 もともと「Woke」という言葉は「Wake(目覚める)」の黒人アクセントに由来し、1940年代にブラック・コミュニティの間で、人種差別に対し「目覚める」こと、すなわち「立ち向かう」ことを喚起する口語として用いられたのが始まりと言われている。 

 

 活字としても、公民権運動が盛り上がりを見せる1962年の時点ですでにメディアに登場し、黒人作家、ウィリアム・メルヴィン・ケリーが『ニューヨーク・タイムズ』誌に「“If Youʼre Woke You Dig It”(目覚めているなら、わかるはずだ)」と題した記事を寄せた。 

 

 以後、約半世紀にわたって日の目を浴びることのなかったこの語だが、2008年にミュージシャンのエリカ・バドゥが自身の楽曲『Master Teacher』内で「I stay woke」と歌ってからは、リバイバル的に使用されるようになった。 

 

 とりわけ2014年、黒人青年マイケル・ブラウンが警官に射殺された事件をきっかけに、ブラック・ライヴス・マター運動が全米で展開されると、多くの人々が「目覚め」た結果、連日「ウォーク」が用いられるようになった。 

 

 そして2010年代後半に突入すると「ウォーク」は「黒人への人種差別」という本義を超越し、あらゆる差別に対して抵抗する姿勢を表す言葉へと変容を見せる。 

 

 2017年以降の「#MeToo運動」や、同性婚の権利、人工妊娠中絶へのアクセスを求める社会的なムーヴメントの中でもしきりに用いられ、現在では「差別に敏感な姿勢」全般に対して用いられる。こうした「正しさ」を追求する社会的風潮を「Woke Culture(ウォーク・カルチャー)」と呼ぶ。 

 

■「正しさ」と「言論の自由」のせめぎ合い 

 

 そして重要なのは、この「ウォーク」という語は、それを用いる人々の政治的イデオロギーによってニュアンスが異なる点だ。 

 

 リベラル層が「マイノリティへの差別に敏感な文化」を指すポジティヴな文脈で使用するのに対し、保守層は「ポリティカル・コレクトネスを遵守しすぎる、過敏すぎる文化」という揶揄含みの批判的文脈で用いる。 

 

 2017年、大統領に就任したトランプの差別的かつ排外的な言辞は連日メディアやSNSで批判にさらされた。しかしそうした批判をも、本人は「言論の統制」であり「軟弱」だと一蹴した。 

 

 

 そして、しだいに「ウォーク」の時流は発言者そのものを社会から「キャンセルする(排除する)」ベクトルへと発展していく。トランプという「ウォーク」とかけ離れた大統領の時代、「正しさ」と「言論の自由」のせめぎ合いの中で、今日の「キャンセル・カルチャー」は生み出された。 

 

 これまで実に多くの「発言」が「キャンセル」の対象となってきたが、とりわけその「ジョーク」によって「キャンセル」され、職を失ったコメディアンは枚挙にいとまがなく、私自身の周囲でもその都度大きな議論を呼んだ。 

 

 近年では、その歯に衣着せぬ芸風で人気を博していたトニー・ヒンチクリフが記憶に新しい。2021年、テキサス州オースティンでのライブで、中国系のコメディアン、ペン・ダンの後を受け舞台に上がったヒンチクリフは、 「みんな、今一度会場を沸かしたこの薄汚いチビの〝チンク〟(原文はfilthy little fucking chink)に大きな拍手を」と言い放った。その後も、中華レストランの店員に扮した中国アクセントの英語を話すスキットを披露した。 

 

 ちなみに「Chink(チンク)」とは19世紀ごろから用いられた中国系を侮蔑する卑語。鉄道建設に従事することの多かった彼らが鉄を打つ音に由来しているとも言われており、日本人に対する「Jap(ジャップ)」と同様、その歴史的背景も含めて決して使用が許されない差別的な呼称である。 

 

■一部だけ切り取られて拡散されてしまった 

 

 当日、劇場で観客がこのネタを録画しており、その切り抜き動画がSNSにアップされると大きな批判が寄せられた。この時期、新型コロナウイルスをアメリカに持ち込んだという理由で、各地でアジア人に対する深刻なヘイト・クライムが発生していた。それだけに、事態を重く見た彼のエージェントWMEは、即日解雇に踏み切った。 

 

 しかし、ここで重要なのはヒンチクリフが、友人のコメディアン、ペン・ダンのネタのオチを受けて前述の発言をしたということである。ダンは、アジア人差別の現状に触れつつ、「みんな、もう少しアジア人に優しくなってくれよ。その代わり無料で追加の醬油をあげるよ(中華レストランの店員として)」と締めくくっている。 

 

 それを受けたヒンチクリフの、あえて中華系に強く当たる昨今の「愚かな白人」という像を演じてみせたジョークが、その部分だけ切り取られネット上に拡散したのである。実際、この時期多くのメディアが、「トニー・ヒンチクリフがアジア人差別ネタで炎上!  エージェントから解雇される」という見出しでこの出来事を批判的に報じ、炎上は約1カ月にわたって続いた。 

 

 

 コメディアンのシェイン・ギリスも過去の「チンク」発言で「キャンセル」された1人だ。2019年、人気テレビ番組『サタデー・ナイト・ライブ』の新キャストにアナウンスされたギリス。 

 

 しかし前年に自身のポッドキャストの中で披露したコントの中で「チンク」という表現をしていたことが発覚し、1日も出演しないまま降板に追い込まれた。 

 

 「白人コメディアンのシェイン・ギリス、アジア人蔑視で『サタデー・ナイト・ライブ』を降板へ」というセンセーショナルな見出しは当然私の目にも届いた。この発言も、本人の口から発せられたものではあるものの、あくまでも「キャラ」を演じる中で用いられたものだったことは強調に値する。 

 

■文脈を無視した批判が殺到 

 

 自身で制作するポッドキャスト番組『マット&シェイン』の中で、「こんな家主は嫌だ」というテーマで即興コントを展開したギリスは、1940年代のレイシストな白人家主をカリカチュアして演じてみせる中で、この卑語を用いた。 

 

 当然、忌まわしい歴史を内包する言葉の発話が軽率だとの批判もあるが、それ以上に音声の切り抜きが独り歩きし、文脈を無視した批判が拡大したことも確かだ。 

 

 近年、こうした時代の流れの中で、少なくともコメディ・シーンにおける「キャンセル・カルチャー」は少しずつ形を変えつつある。ここ数年で、文脈を無視したジョークの切り抜きによる「キャンセル」はむしろ暴力的であり忌避されるべき、という意見が目立つようになった。 

 

 そして「アジア人蔑視発言」で「キャンセル」されたトニー・ヒンチクリフは現在、同劇場のレギュラーとして活躍するほか、新たに大手エージェントと契約を交わし、昨年大規模なアリーナ・ツアーを成功させた。 

 

 シェイン・ギリスもテレビなどでキャリアを積み重ね、昨年全米ツアーを成功させた。そしてついに今年、降板となった『サタデー・ナイト・ライブ』にキャストよりも格上とされる「ホスト(司会)」での「返り咲き」を果たした。この出演はテレビ業界の「キャンセル・カルチャー」への姿勢の転換点として注目すべき事例であろう。 

 

 

 
 

IMAGE