( 221571 ) 2024/10/12 16:27:45 0 00 党首討論に臨む石破茂首相 Photo:Tomohiro Ohsumi/gettyimages
● ブレ見せる首相に市場は乱高下 異次元金融緩和の検証が必要
石破新政権の発足前後から金融市場の不安定性が強まっている。
自民党総裁選でアベノミクスの功罪を検証すべきだと主張した石破茂氏が新首相に就任したので、市場はアベノミクスで始まった大規模金融緩和などの政策が大転換すると考えたのだろう。株価は下落、円高が進んだ。
金融政策の正常化は、岸田前政権で始まり、日本銀行はすでに政策金利を2回引き上げている。
しかし、石破氏は総裁選勝利後の9月29日のテレビ番組で「緩和傾向は維持しなければならない」と発言。首相就任後の10月2日の植田和男日銀総裁との会談後も「緩和維持」を発言するなど、ブレを見せている。
株価はその都度、上昇に転じたが、市場は首相の経済政策のスタンス、とりわけアベノミクスとの距離をはかりかねているようだ。
アベノミクスは、金融面では異次元緩和と呼ばれた大規模緩和策が実施された。だがこの政策は誤った目標を誤った手段で実現しようとしたものであり、その失敗はその後10年の日本経済を見ても明らかだ。
石破首相はアベノミクスの「検証」を確実に行ない、それによって今後の経済政策の方向づけを確固たるものにする必要がある。
● 誤った目標を誤った手段で実現しようとした 異次元緩和は成功するはずなかった
異次元金融緩和は、簡単に言えば「物価が上がればすべてがよくなる」という政策だ。
具体的には、消費者物価の対前年比2%を目標値とし、政策手段として国債の大量購入を行なった。そして目標を2年間で達成できるとした。
しかし、約束された「2年で2%」は、実現できなかった。
ただし、円安と低金利が進んだ。その結果、日本は衰退した。経済成長は実現できず、日本はいまだに「失われた30年」から抜け出せずにいる。
この数年間は消費者物価上昇率が高まったが、これは、異次元金融緩和によって実現したものではなく、世界的なインフレが輸入されたことによるものだ。物価高のために、国民生活は圧迫され続けている。
異次元金融緩和の検証は、徹底的に行なわれる必要がある。なぜなら、それは誤った目標を、誤った手段で実現しようとするものであり、もともと成功するはずがないものだったからだ。
物価上昇率を目標としたことについて。これは、「フィリップスカーブ」と呼ばれる経験則から導き出された考えだ。高い物価上昇率と低い失業率とは正の相関があるので、物価上昇率を高めれば、経済が活性化するとされた。
しかし、フィリップスカーブの関係は単なる相関関係に過ぎず、因果関係を示したものではない。だから、物価上昇率が何らかの方法で引き上げられたとしても、それによって失業率が低下することには必ずしもならない。
多くの場合、因果関係は「失業率が改善すると物価が上がる」ということだろう。
アメリカのように労働生産性が上昇する経済では、「生産性が上昇して賃金が上昇し、そのため消費が増え、その結果、物価上昇率が高まる」という関係がある。実際、アメリカでコロナ禍からの経済回復の過程で起きたインフレは、こうした因果関係によってもたらされた。
異次元金融緩和について、「物価が上がれば、なぜ賃金が上がるのか」という疑問は、多くの人が抱いたものだった。しかし、これに対しては、日銀からは「賃金が上昇せずに、物価だけが上昇するということは、普通には起こらない」という説明がなされた(2014年3月20日の黒田東彦日銀総裁の講演)。実質賃金の下落は、1990年代の後半から続いていた長期的な現象だったにもかかわらず、こうした説明がされたのだ。
● 国債買い入れでマネーの元は増えたが マネーは増えず、物価も上がらず
異次元金融緩和の第2の問題は、日銀が民間金融機関の国債を買い上げるという政策手段だ。これによって貨幣供給量が増え、物価が上がるとされた。しかし、このようなメカニズムは民間の資金需要が強い場合にしか実現しない。
実際には、日銀が民間金融機関の国債を買い上げた結果、銀行が日銀に保有する預金が増えるだけの結果に終わった。この預金は「マネー」ではなく、「マネタリーベース」(マネーの元)だ。つまり、マネタリーベースが増えるだけで、銀行貸し出しというマネーは増えなかったのだ。だから、物価が上がるはずはなかった。
以上のような意味で、異次元金融緩和は、全く正当性を欠く政策体系だった。それが失敗したのは当然のことだ。
● 放漫財政からの訣別が必要 増税と正面から向き合う必要
アベノミクスは、異次元緩和策を「第1の矢」とするが、それだけでなく第2の矢もあるとされた。
第2の矢とは財政政策だ。さまざまな面で放漫財政が進行したことは間違いない。特にコロナ禍期に行なわれた政策がそうだ。
これは、アベノミクスによって国債が市中から大量に買い上げられた結果、金利が低下し、財政資金の調達コストが著しく低下したことによるものだ。これは事実上の財政ファイナンスであり、アベノミクスの重要な構成要素だった。
ただし、特定の重点政策のために重点的に財政支出を増やしたというよりは、単なるばらまきの側面が強かった。全国民を対象とした定額給付金が、その代表例だ。
一部の人々は、放漫財政を正当化する理論として、MMT(現代貨幣理論)を援用した。これは「国債が内国債である限り、自分自身に対する負債なので、財政赤字が幾ら増えても、インフレーションが起きない限り、問題がない」とする主張だ。ニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授らによって唱えられた。
これは、一般に異端の理論だと言われているが、理論の大部分は正統的な経済学の結論を繰り返しているにすぎない。特に「内国債である限り、負担は自分自身に対するものだ」という点は、1940年代に「国債の負担」の問題として議論された結果、正統的な経済学が到達した結論だ。そこにおかしなことは何もない。
しかし、正統的な経済学は「財政赤字がいくら増えても、問題がない」とはしていない。なぜなら、財政赤字はインフレーションを引き起こすからだ。インフレーションは国民の負担になる。しかも、「もっとも過酷な税」と言われるように、低所得者に重い負担を課す(正統的な経済学はさらに、支出が国債で賄われると無駄な支出がされ、その結果、生産性が低下して、将来のGDPが減る。この意味において「国債の負担」が発生するとしている)。
ところがMMTは、「インフレが起こらないかぎり」という限定条件を付けて、この問題を切り捨ててしまったのだ。ここにMMTの最大の問題があった。
MMTは、多くの人が感じていたように虚構の議論に過ぎなかったのだ。
MMT的な考えは、さまざまな政策の財源問題に影響を与えている。その最大のものは、防衛費増額の財源手当てだ。
防衛費の増額が決定され、その財源の一部は法人税や所得税、たばこ税の増税によって賄うという基本方針が決められたにもかかわらず、実行されていない。
現状では、特別会計からの繰り入れや積立金や基金の不用分などで創設された「防衛力強化資金」によって増額分のかなりが賄われている。しかし、これは実態的には赤字国債による財源調達なのだ。それを分かりにくくしているだけのことだ。
日本は防衛費だけでなく、高齢化社会の安心確保や成長のための人材投資などの問題や財源確保の増税に石破政権は正面から向き合う必要がある。そして正しい政策を進めるためには、アベノミクスを徹底検証し、そして決別することが必要だ。
(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)
野口悠紀雄
|
![]() |