( 221586 ) 2024/10/12 16:45:48 0 00 ベストカーWeb
日本のみならず世界で「女性はクルマの運転が下手」という根拠のない主張がまかり通っているが、このたび、延べ2200万件に上る米国のトラック検査記録を分析した論文が発表され、トラックの安全運転におけるジェンダーギャップが明らかになった。
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それによると「労働時間」と「安全運転」の両方とも、違反する可能性は男性のほうが高く、先の主張とは真逆の結果となった。少なくともトラックに関しては「女性のほうが運転が上手」といえる結果であり、伝統的に男性社会とされる業界のあり方にも一石を投じる結果となった。
文/トラックマガジン「フルロード」編集部 写真/Daimler Truck AG
どのような事業においても法令遵守(コンプライアンス)は安全性を担保するための基礎となるが、残念ながら多くの状況でコンプライアンス違反がみられる。
私たちの生活を支えるトラック運送業は非常に大きな産業だ。ただし、トラックが関係する事故により毎年(米国だけで)数千人が命を落とし、数十億ドルの経済的損失が発生している。この事実に鑑みると、トラック業界のコンプライアンスと安全性を考えることは、他の業界以上に意義があるといえるだろう。
そのトラック業界だが、伝統的に男性社会とされる。これは日本に限った話ではなく、米国やドイツなど女性の社会進出が進んでいるとされる国でも、その割合はわずかだ(女性トラックドライバーの比率は、日本が2%強、ドイツが約3%、米国が4%弱とされる)。
近年、深刻なドライバー不足が世界的な課題となり、各国がより多くの女性をトラック業界に就労させるための取り組みを進めている。特に日本は働き方改革に関連した「物流の2024年問題」もあって、女性ドライバーの活躍が欠かせない状況にある。
そんな中、トラックの運転におけるジェンダーギャップ(男女差)を調査したオープンアクセス論文()が公開された。
テネシー大学のアレックス・スコット氏らによるこの論文は、2010年から2022年までの12年間にわたる、延べ2200万件という膨大な米国のトラックインスペクション(検査)記録などを分析したもの。
一般論として、男性のほうがリスキーな行動が多く、規則を破る傾向にあるとされているが、分析の結果、トラックの運転においても男性ドライバーは女性より安全でない運転をする傾向にあることがわかった。
人手不足に加えて、安全運転とコンプライアンス改善のためにも、今後、業界内で女性トラックドライバーが重視されるようになるかもしれない。
トラックの運行には様々な規則が設けられている。車両の最大積載量や大型車の速度制限は安全運転のためだが、トラックドライバーの労働時間・運転時間の制限も、疲労運転を回避しトラックを安全に運行するためだ。
日本の「改善基準告示」と同様、米国では「HOSルール」(HOS = Hours of Service)が連続運転時間や休憩時間などを規定している。
米国運輸省(DOT)はトラックの安全性に関する規則を実効的なものにするため連邦自動車運輸安全局(FMCSA)を通じて全米各地でトラック検査を実施している。検査は車両とドライバーの両方に対して行なわれ、安全運転、HOS、車両整備、薬物(禁止薬物とアルコール)、危険物、ドライバー適正の6つのカテゴリーにおいて遵守状況がチェックされる。
論文ではこのうち「安全運転」と「HOS」を分析に用いた。ドライバーに責任がある違反20件のうち17件はこの二つに属するといい、薬物の影響下での運転はドライバーに責任がある重大な違反だが、全体からみると件数が少なく今回は対象外。それ以外のカテゴリーは主に運送会社の責任だ。
ちなみに、米国では2017年12月よりトラックに電子ログ記録装置(ELD)の搭載が義務付けられており、HOS違反を含む運行ログを自動で記録するため、紙の日報と比べてデータの改ざん・隠ぺいが非常に難しくなっている。
事業における性別に基づく違いは、近年では大きな関心が寄せられている分野だが、米国のトラック運送業での大規模なジェンダーギャップ調査は意外にもこれまで行なわれてこなかった。
考えられる理由の一つが、トラック業界が伝統的に「男性社会」だったからだ。最近はドライバー不足などを背景に女性ドライバーの採用が進められているが、それでも調査時点で女性トラックドライバーの比率は全体の5%未満。ただし、女性ドライバーは過去10年間で着実に増えているそうだ。
別の業種の調査では、女性は作業においてよりディフェンシブな(安全な)行動をすることが示されていが、果たしてトラックの運転におけるジェンダーギャップはどのくらいなのか?
なお、分析に使用したデータは、公開されている公的データと情報公開法によりFMCSAに請求して入手したもので、トラックのインスペクション記録など2010年から2022年までのコンプライアンス違反に関する、延べ2200万件以上の膨大なデータだ。この期間中にELDが義務化されたため、その効果についても調査した。
ブルーカラー(肉体労働)の仕事で女性の就業者が男性より少ないのは珍しいことではなく、トラック運送業は典型的な例だ。
ただしトラックドライバーという仕事はステレオタイプ的に「男性的」であって、女性がこの業界への就労を希望しない傾向があるとともに、雇用側も女性ドライバーを避ける傾向があり、その両方がトラック運送業の男性社会を形成している。
ジェンダーギャップを定量的に評価することは、こうしたステレオタイプを打ち破る可能性を秘めており、ドライバー不足を背景に各国が政策的に進めている女性ドライバーの就労支援についても、より科学的なアプローチが可能になる。
一般のドライバーでは、速度制限や飲酒運転など交通法規への違反は男性のほうが多いという証拠があるが、トラックドライバーは運転によって生計を立てているプロのドライバーであり、一般のドライバーとは違反に対する動機が異なる。
例えば制限速度を超過すれば目的地に早く着くことができ、ドライバーは少しだけ多く稼ぐことができる。その代わり、事故を起こせば仕事を失うだろう。職業ドライバーのコンプライアンス問題は、「非遵守」の利益とリスクをどのように評価する傾向があるかという問題である。
そこで研究では、次のような仮説を立てて、これを検証した。
仮説1:トラックを運転する職業において、男性は女性と比べて安全にかかわる違反が多い
仮説2:トラックを運転する職業において、男女の安全性コンプライアンスにギャップがあり、男性は女性と比べて軽微な違反より重大な違反を犯す可能性が高い
仮説3:トラックを運転する職業において、運転する車両が小さいほど男女の安全性コンプライアンスのギャップは小さい
仮説4:トラックを運転する職業において、有償の貨物運送事業者より自己運送事業(自社の物流部門)のほうが、男女の安全性コンプライアンスのギャップが小さい
仮説5:トラックを運転する職業において、ELDの義務化のような全業界にわたる運転監視技術の導入により、男女の安全性コンプライアンスのギャップは小さくなる
2244万4353件もの検査記録に対して、違反の「重大さ」を1から10の重みによって判断する。例えば時速15マイル以上の速度超過は最大の10が割り当てられ、休憩中の駐車違反はもっとも小さい1が割り当てられる。安全運転とHOSの双方について、1~5を「軽微な違反」、6~10を「重大な違反」と定義した。
そしてオッズを計算した上でオッズ比を比較した(「オッズ」はある事象が起こる確率を表し、「オッズ比」はある群と別の群とを比較した場合の事象の起こりやすさを表す)。
今回の場合、男性ドライバーに対する女性ドライバーのコンプライアンス違反の起こりやすさを表し、オッズ比が1より大きい場合、女性ドライバーは男性より違反しやすく、1未満の場合は違反しにくいことを示す。
結果は仮説とおおむね一致している。トラック保有台数の多い大手運送会社は、中小運送会社よりHOS違反を起こす可能性ははるかに低く、また有償の貨物運送事業者は自己運送よりHOSの規則を破る可能性が高い。ただし、安全運転に関しては傾向は同じではない。
安全運転における軽微な違反(オッズ比は小さいが有意差なし)を除くと、すべてのモデルで女性は男性より違反を起こす可能性が有意に低くなった。
重大なHOS違反は7.4%、軽微なHOS違反は1.6%、重大な安全運転違反は13.2%も低くなった。特に安全運転・HOSともに重大な違反ほどギャップが大きく、「仮説1」のトラック運送におけるジェンダーギャップの存在や、「仮説2」の軽微な違反より重大な違反のほうがギャップが大きいという予想を支持している。
保有台数が10台まではHOS違反に男女間の有意差は見られなかったが、11台以上ではギャップが大きくなった。重大なHOS違反は「仮説3」を支持するが、重大な安全運転違反は支持しないという結果だ。同じく「仮説4」もHOS違反ではこれを支持するが、安全運転違反は支持しないという結果になった。
ELDの義務化が反映される2018年にHOS違反は大幅に減少し、「仮説5」の監視強化によりジェンダーギャップは縮小するという予想は正しいように思える。ただ、安全運転違反についてはやはり義務化後もオッズの変化が見られない。
これらをまとめると、ドライバーの労働時間に関しては運送会社としての取り組みや監視装置によって違反を少なくすることができるが、安全運転に関しては個人の資質によるところが大きく、制御がより難しいといえる。また、重大な違反には大きなジェンダーギャップがあり、女性ドライバーが違反を起こす可能性は男性より大幅に低いという結果だ。
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