( 222286 ) 2024/10/14 16:35:16 0 00 撮り鉄のイメージ(画像:写真AC)
列車撮影を楽しむ「撮り鉄」のマナーが問題とされて久しい。
運行を妨害するような線路内への侵入は論外だが、それ以外にも鉄道会社や沿線地域に迷惑をかける行為が相次いで報じられている。
【画像】「えぇぇぇぇ!」 これが40年前の「流山おおたかの森駅」です!
必要なのは、撮り鉄の「慣習」をアップデートすることだ。
近年、業を煮やした鉄道会社が駅などに掲示した撮影者への警告文を紹介しながら、改めて考える。
写真1(画像:豊科ホタカ)
まず、「写真1」をご覧いただきたい。これはJR北海道の多くの駅に掲示されている注意書きである。
「ホームから線路に身を乗り出す行為」 「自撮り棒、長い棒等を使い撮影・録音する行為」
とある。これらは、撮り鉄に限らず、乗客一般に向けた注意といえる。
近年は観光客、とりわけインバウンド(訪日客)の増加にともない、駅での危険な撮影が目立つようになった。自撮り棒は代表例で、列車への接触や架線の高圧電流による感電などの恐れがあり、とても危険である。
一方、撮り鉄を意識したと見られるのが
「三脚・脚立・フラッシュ・ライト等を使用した撮影行為」
の項目だ。動画サイトへの投稿動画を撮影する人が三脚を駅構内で使用しているケースもあろうが、多くは撮り鉄を対象としているだろう。
いうまでもなく、列車が運行されている駅ホームで、三脚を使うのは危ない。思いがけず倒れた三脚が走行中の列車に当たったり、ホームを歩く乗降客に接触してけがをさせたりする恐れがある。脚立も同様だ。
至極当然な指摘で、撮り鉄はもちろん、全ての利用者が守るべきルールである。しかし、その一方で、こうした行為は長らく大目に見られてきた経緯がある。十数年の経験がある中堅~ベテランの撮り鉄にとっては、
「以前は三脚を使っても問題なかった」
と、安全意識がアップデートされていない可能性があるのだ。
写真2(画像:豊科ホタカ)
例えば、鉄道ファンに高い人気を誇ったブルートレイン(青い客車の寝台特急の総称)の廃止間際の模様を振り返ってみたい。往年の人気ブルートレインが毎年のように廃止されていくにつれ、撮影者も年々ヒートアップしていった。
とはいえ、東京~九州を結んだブルートレイン「あさかぜ」「さくら」が廃止された2005(平成17)年の前後までは、まだ横浜駅など主要停車駅で三脚を構える撮り鉄が存在した。ところが撮影者が増えたからだろう、2008年のブルートレイン「銀河」(東京~大阪間)廃止の頃には、駅では「三脚・脚立禁止」のアナウンスも聞かれるようになった。一方で、東北や北海道方面へ向かうブルートレインが発着した上野駅では、もう少し後、2010年代の前半頃まで、ホーム上での三脚使用が見られた。
もとより、これらは駅側が「やめるよう注意しなかった」だけであって、使用を許可していたわけではない。かなり古い資料になるが、1978(昭和53)年10月号の雑誌「鉄道ファン」に、既に当時の国鉄が「ホームでの三脚使用」は
「厳禁」
としていたことが記されている。公式には、半世紀近くにわたって「三脚禁止」なのである。
このことが明示されるようになったのは、おおむね上記の時期といえる。一部の駅では、より早い時期(2000年代半ば頃)から「三脚禁止」の掲示を出していた例もある。
「以前は三脚を使っても駅員に何もいわれなかった」
といいたい撮り鉄もいるだろう。しかし、禁止されているかどうかでなく、列車の運行に与えるリスクを考えれば、鉄道用地内での三脚使用は避けなければならない。加えて、SNSの普及などを背景に「撮り鉄人口」の裾野が急拡大した近年にあっては、黙認の余地はもはやない。
「写真2」は、熊本・鹿児島両県を結ぶ第三セクター鉄道の肥薩おれんじ鉄道の各駅に張り出されている掲示、「写真3」(次ページ参照)は江ノ島電鉄(江ノ電)の駅の掲示である。いずれも、三脚や一脚、脚立などの使用を禁じている。全国共通の「現代の撮り鉄ルール」と考えていいだろう。これが、現在の撮り鉄に必要なアップデートのひとつである。
写真3(画像:豊科ホタカ)
ところで、鉄道撮影において、なぜ三脚が必要なのだろうか。
理由は主にふたつ考えられる。ひとつは、撮影の構図がずれないよう、固定しておきたいから。もうひとつは、特に夜間や暗い状況の場合、低速シャッターで被写体をブレさせずに撮影するには、カメラを固定する必要があるから。
これらはもっともだが、危険を冒してまで三脚を使う理由にはならない。特に、長足のデジタルカメラの発達を踏まえれば、カメラの機能に十分代替できるともいえるだろう。
まず、暗い状況での撮影については、デジタルカメラの高感度撮影機能が格段に向上したことで代替できる。フィルム時代には考えられなかった高感度撮影ならば、三脚を使わない手持ち撮影でも、十分な高画質が得られる。また、高感度撮影の際にノイズが生じる問題も、ノイズ除去機能でかなり解決できる。
ノイズが心配で高感度にしたくない場合でも、最近の多くのレンズやカメラに搭載されている手ぶれ補正機能があれば、かなりの低速シャッターでもブレない。
もう一点、構図の固定についても、やはり近年の高性能なデジタルカメラの機能でおおむね補える。上記の手ぶれ補正機能は構図の安定にも有用だし、画質と連写機能の向上により、たとえ撮影結果が思っていたものと若干ずれても、傾きを補正したり、外周をトリミングしたりと、後からの修整が十分利く。
三脚使用にこだわるのは、フィルム時代からの
「古い慣習」
といえるだろう。駅構内や線路近くでは、三脚は使わず、最新のカメラの機能を十分に活用すればいい。
写真4(画像:豊科ホタカ)
次に「写真4」を見てみよう。千葉県を走る小湊鉄道の無人駅に張り出されている掲示である。注目すべきは
「通学中の学生等の撮影は厳禁です」 「人物が映り込む撮影は極力控えてください」
の項目だ。小湊鉄道は東京の近くに位置しながら、のどかな里山や木造の駅舎など、フォトジェニックな情景で知られ、鉄道ファンだけでなくアマチュアカメラマンが多く訪れる。もちろん、観光客も多い。人物撮影を巡る上記の2項目からは、撮影者や観光客と「日常」のはざまで生じたトラブルが想像される。
人物、とりわけ、生活感のある地元の人々の姿は、プロ・アマを問わず、スナップ写真の主要なモチーフとされてきた。カメラ雑誌の投稿欄でもしばしば主要な被写体とされてきたし、鉄道雑誌においても、鉄道の日常性を表現する上で、重要な「点景」とされてきた。鉄道写真では、車掌や駅員など鉄道で働く人たちも、鉄道の魅力を際立たせる「脇役」のような位置付けで、撮影の対象とされてきた。
しかし、これもアップデートが必要だ。
私生活をみだりに公表されない権利である「プライバシー権」や、顔や姿態をみだりに撮影されない自由を保護する「肖像権」は、特にSNSの普及にともなってより厳格に考えられるようになってきている。
SNSによってフォトジェニックな情景が大量に拡散されている現在、のどかな駅にたたずむ地元の利用者は「絵になる」存在だ。実際、そうした「人と鉄道」を題材にした写真が、今もSNSに投稿されている。しかし、それは慎まなければならない。とりわけ、
「鉄道で働く人たちを撮影する」
ことは、運転業務に支障を来すことにもつながる。鉄道会社のなかには、乗務員の撮影を禁止する旨、運転席の近くに掲示があるし、撮影されることを想定し、マスクをして乗務する運転士がいるという話もある。エスカレートすれば、安全に影響しかねない。
撮影者が鉄道従事者を神経質にさせてしまった例が、早くも1997(平成9)年の時点で確認されている。中国地方を走るJR因美線でタブレットの通過授受(単線区間の「通行証」を輪っか状のキャリアに入れ、走行中の列車から駅員に投げ渡す)の廃止が報じられ、ファンがローカル線の小駅に殺到。勤務中の駅員を構図に入れ撮影しようとする撮り鉄が相次ぎ、ついに「駅員の撮影禁止」が告知されてしまったのだ。「顔や容姿、姿態をみだりに撮影」することの自重はもちろん、撮影が安全を脅かすことも念頭に置く必要がある。
写真撮影を巡る一般論として、スナップ写真はコミュニケーションが大前提といわれる。たとえ禁止されていなくても
「写真を撮っていいですか」
といった一言は、鉄道写真であろうとなかろうと、マナーとして欠かせない。
撮り鉄のイメージ(画像:写真AC)
アップデートが必要なことは、他にもある。そのひとつが、線路脇の草刈り行為だ。
2024年4月、千葉県を走るローカル線の銚子電鉄がSNSに投稿した内容は、記憶に新しい。
「撮影マナーをなぜ守っていただけないのでしょうか」
という悲痛な問いかけとともに、起点からの距離を示すため線路脇に設置されている棒状の「キロポスト」や、警告の看板が何者かによって取り去られたことが明かされていた。
「犯人」は不明ながら、写真撮影で有名な場所であることから、悪質な撮り鉄の仕業ではないかと推測されている。当然ながらキロポストや標識類は列車の安全運行に欠かせないものであり、勝手に撤去したり持ち去ったりすることは、器物損壊や威力業務妨害などの刑法犯に問われる恐れがある。これはいつの時代でも許されざる行為だ。
それらに加えて、線路脇に生えている草(低木)を勝手に伐採する行為も同SNSで報告された。もとより伐採するためには鉄道敷地に侵入することになるし、線路の間近に接近することになり非常に危険である。さらにいえば、たとえ雑草でも鉄道会社の私有地にあるものを勝手に伐採していいわけがない。
実は、こうした草刈り行為は少し前まで、現在よりもおおっぴらに行われていた。列車の「足回り」(車輪や床下など)が雑草に隠れるのを防ぎ、すっきりと撮影するためだ。度を超した撮り鉄が
「ガーデニング」
などと称して、お目当ての列車が通過する前に草刈りをし、ネットなどで「苦労談」を語ったり、褒めたたえたりする例はかなり前から見られた。
これも、今まで「何もいわれなかった」のをいいことに、仲間内で暗黙のうちに繰り返されてきたあしき慣習といえるだろう。草刈りは線路内侵入であり、列車妨害になることを改めて確認しておきたい。
写真5(画像:豊科ホタカ)
鉄道写真の撮影は非常に奥が深く、楽しみ方が幅広い趣味だ。列車をカタログ的にきれいに撮影にするには事前の計算と経験が欠かせないし、山や海などを背景に列車を撮影することで、沿線風景の美しさに気づくことができる。
車両だけでなく、古い駅舎やトンネルなどの施設には、重ねてきた歴史や、地域の栄枯盛衰さえ感じられる。そのために列車を乗り継ぎ、駅から何十分も歩くことも、アクティブで視野を広げる経験となる。
SNSで多くの傑作が発表され、見られているのも、そうした感動を伝えたい、自分も味わってみたいという思いを反映したものだろう。
こうした魅力ある趣味を今後も楽しみ続けるには、どうすればいいだろうか。
最後に、「写真5」、「写真6」(次ページ参照)を見ていただきたい。前者は横浜市内のJR鶴見線の無人駅、後者は川崎市内のJR南武支線の無人駅の掲示である。
いずれも「三脚禁止」などの注意を記したものだが、「写真5」は「駅構内は電車をご利用になる目的で使用することを前提としており、写真撮影の場ではありません」と明示されている。ここまでの「拒絶」に至るまでにあっただろう問題の大きさを思わせる。
写真6(画像:豊科ホタカ)
一方で「写真6」は、同様に禁止事項が列記されているが、最後に
「マナーを守って最高の一枚を」
との文句がある。ここは貨物列車を撮影する人に知られたポイントで、撮影者も多い。駅の理解に頭が下がるとともに、この関係を崩さぬよう心がける必要を感じる。
以前、撮り鉄による迷惑行為が問題となった際、ある鉄道雑誌の編集長は
「迷惑行為をする者は鉄道ファンではない」
とコメントした。しかし、もともとは鉄道が好きで撮影を重ね、踏み外してしまったと考えるべきだろう。
鉄道写真撮影という楽しく、誇るべき趣味を育てていくためには、誰もが迷惑行為の当事者になり得る、という意識を失わず、現状に合わせたアップデートを重ねていくしかない。
豊科ホタカ(新聞記者)
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