( 222551 ) 2024/10/15 15:30:38 0 00 トルコ語で「ルールを守れ!」と記してあるゴミ捨て場
迫害を受ける「受難の民」か、あるいは違法行為を繰り返す「不法滞在者」か。埼玉・川口市に集住するクルド人についての見方は巷間で相反している。この春、トルコで現地調査を行った難民問題の第一人者・滝澤三郎氏が、この問題の深層を詳らかにした。【前後編の後編】
【写真を見る】「時速140キロ超で飲酒スマホ」「過積載のクルドカー」 川口市で問題となっているクルド人
(取材・構成=ノンフィクション作家 西牟田靖)
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前編【「僕自身がクルド人だが、トルコで迫害はない」 川口市に集まるクルド人は本当に難民なのか? 「マスメディアの報道は現実と乖離」】では、トルコ人への取材から、日本のマスメディアが報道している内容が実態に即していない問題について報じた。
こうして実際のクルド人に話を聞いてみても、トルコではクルド人だからという特性だけで迫害されるといった主張は、事実に反し、根拠がないといえます。ちなみにトルコは350万人ものシリア難民を受け入れていますが、その大部分がクルド人なのです。
差別はあるでしょうが、難民条約に抵触するような「迫害」には至らない例がほとんどであるといえます。
実際、イギリスやオーストラリア、アメリカなど各国が出している「出身国情報」を見ても同じ趣旨のことが述べられています。これは難民認定の際、難民かどうかの判断の材料として用いられるもので、その国の外務省だけではなく、アムネスティやHRWなどの人権団体の報告も含めた、極めて信頼性の高いもの。
イギリス外務省のそれによるとこうあります。
「一般的に言って、クルド人が直面するいかなる差別も、その性質や繰り返し、累積性を考慮したとしても、迫害や深刻な被害の現実的なリスクに相当するとはいえない」
「クルド人がその民族性だけで国家から迫害の『根拠ある恐怖』を立証できる可能性は低い。クルド人という民族性にのみ基づく難民申請は、『明らかに根拠がない』と判断される可能性が高い」
では、なぜそうしたクルド人が日本まで来て、自身を「難民」と主張するのか。
背景にはトルコの経済事情があります。トルコではここ最近、50%以上のインフレが毎年続いており、生活が苦しい上、昨年、南東部では大地震の被害がありました。そうした経済的困難の中で、既に外国にいる親族や知人を頼った移民が増えています。
彼らは、かつては欧州諸国へ出る例が多かったのですが、最近は入国規制が厳しく、今はカナダを目指す例が多い。非合法移住を助ける密航業者のネットワークが張り巡らされており、密航業者は偽造文書も準備し、綿密な手配で目的国まで届けています。
ちなみに、前編【「僕自身がクルド人だが、トルコで迫害はない」 川口市に集まるクルド人は本当に難民なのか? 「マスメディアの報道は現実と乖離」】に登場したアレヴィー派の男性の弟はそのような方法でカナダに渡り難民認定を受けました。男性は「弟は難民なんかじゃない。移民だ」と言っていました。
日本に来る場合は、密航業者に頼る必要はありません。トルコと日本の間ではビザは不要です。トルコ人がビザなしで旅行できるのは49の国・地域。先進国では日本、韓国、シンガポール、香港のみ。日本では2017年までは難民申請をすれば合法的に自由に就労可能で、申請は何度も繰り返すことができ、その間は送還が例外なく禁止されていました。これを利用して入ってきた人の親族や知り合いが川口周辺に集住し、彼らを頼ってクルド人がさらに来日したのです。ちなみに、川口にいるクルド人のほとんどはガジアンテップ周辺の村の出身です。
すなわち、川口市へのクルド人の来日は、就労と家族統合が主たる目的というのが実情といえるのです。
以上をまとめると、クルド人が帰国しても「迫害」されるような客観的状況はない。「クルド人」であるという理由で「迫害」されるとの言説は正しくない。彼らの多くは地震災害も含めた経済的困難から来日した経済移民とみていいでしょう。クルド人がほとんど難民認定されないことの理由はそこにあります。
実際、昨年のトルコ人の日本での難民申請は2000人以上と急増しましたが、そのうち4分の1程度は帰国したといわれています。本当に「迫害」されるならば帰国しないでしょう。
では、これらを踏まえて、対立を解消するためにはどのような道があるでしょうか。
第一は、改正入管法を迅速かつ着実に運用することです。難民制度の誤用乱用を抑制し、仮放免中の外国人には自国に帰ってもらうことが必要です。最近になって、仮放免中のクルド人の自発的な帰国や送還も始まっているようですから、いずれはこの問題は収まると思われます。
第二に、在日クルド人指導層は、若者たちが日本社会のルールを守るよう厳しく監督すべきです。法的には問題がなくても、ゴミ出しや大きな騒音などで地域住民に迷惑をかけるのを放置するなら、クルド人のイメージを悪化させ、外部からのヘイト集団の介入を許すことになるでしょう。
第三に、支援団体は、難民認定や送還回避にエネルギーを使うのではなく、クルド人が社会的ルールを守り合法的な就労の機会を探すことに力を入れるべきだと思います。
日本の人手不足は深刻な問題で、解体業などで仮放免中のクルド人たちが働いている現実がある。彼らがいったん帰国し、新設の「育成就労制度」などを通して合法的に正面から入国し、日本語と仕事のスキルを学ぶのを支援するなら、互いにとってウイン・ウインとなり得ます。
川口のクルド人問題がさらに深刻化する前に手を打たないと、移民や難民に関する日本社会の拒否反応が大きくなります。
新聞やテレビなどのメディアは世論に対して大きな影響力を持ちます。「かわいそうなクルド人」だけでなく、地域住民の不安の声をしっかり聴くと共に、トルコ本国での取材も含め、バランスの取れた建設的な報道を行うべきです。
それが川口市のクルド人問題の解決と、外国人との「共生社会」への道の第一歩だと考えます。
前編【「僕自身がクルド人だが、トルコで迫害はない」 川口市に集まるクルド人は本当に難民なのか? 「マスメディアの報道は現実と乖離」】では、トルコ人への取材から、日本のマスメディアが報道している内容が実態に即していない問題について報じている。
滝澤三郎(たきざわさぶろう) 東洋英和女学院大学名誉教授。1948年、長野県生まれ。東京都立大学大学院修了後、法務省に入省。以後、国連ジュネーブ本部やUNRWAなどに勤務し、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)では駐日代表等も務める。東洋英和女学院大学の教授を経て、現在は名誉教授。
「週刊新潮」2024年10月10日号 掲載
新潮社
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