( 222821 )  2024/10/16 01:29:57  
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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/spflaum1 

 

世界各国の経済力を測るために使われるのが「ビッグマック指数」だ。日本は一体どのように評価されているのか。ふくおかフィナンシャルグループでチーフストラテジストを務める佐々木融さんの著書『ビッグマックと弱い円ができるまで』(クロスメディア・パブリッシング)より、一部を紹介する――。 

 

【図表】世界のビッグマック価格ランキング(2024年7月) 

 

■本場のビッグマックは1個850円もする 

 

 マクドナルドはアメリカの会社だけど、お店は世界中にある。ビッグマックはアメリカでも日本でもだいたい同じサイズで、味もほとんど変わらない。ただ、アメリカでビッグマックを注文すると、日本円に換算すると850円もする。 

 

 なぜアメリカのビッグマックは日本と同じ大きさなのに日本の1.8倍も高いのだろうか? 

 

 答えは円と米ドルの交換レートが原因だ。ニュースなどで「米ドル/円相場」という言葉を聞いたことがあると思う。 

 

 これが何かを説明しよう。日本で使われているお金は「円」だ。基本的に「円」は日本でしか使えない。一方、アメリカで使われているお金は「米ドル」。一部例外もあるが、ほとんどの国では自国通貨でしかモノやサービスを買うことができない。 

 

 したがって、海外に遊びに行ったり、海外からモノやサービスを買ったりする時には、現地の通貨と円を交換する必要がある。日本人がアメリカに行く時は円から米ドルに交換し、アメリカ人が日本に来る時は米ドルから円に交換する。 

 

■円が弱くなると千円札1枚では買えなくなる 

 

 このように、「円」と「米ドル」を交換する時、何円と何ドルで交換するかを決める必要があるわけだが、その交換比率が「米ドル/円相場」だ。 

 

 世の中にはたくさんの国があるので、たくさんの通貨が存在する。それぞれの通貨と通貨の交換比率のことを「外国為替相場」と言う。通貨と通貨の交換は毎日世界中で頻繁に行われているので、外国為替相場は、日本の月曜日の早朝から、アメリカの金曜日の夕方(日本の土曜日の朝)まで、常に変化している。 

 

 英国のエコノミスト誌が世界のビッグマックの価格を調べていて、アメリカのビッグマックの価格は平均すると5.69米ドルだそうだ(2024年7月公表のデータ)。 

 

 今、円を米ドルに交換しようとすると、1米ドルを受け取るのに150円必要になる。簡単な掛け算をすると、150円(米ドルと円の交換レート)×5.69米ドル(アメリカのビッグマックの値段)=約850円になる。 

 

 もし、今よりももっと米ドルが高くなって、円が弱くなって、1米ドル=180円になってしまったら、アメリカのビッグマックは1024円になってしまい、千円札1枚ではビッグマック1個(飲み物・ポテト付きのセットではなく、ビッグマック1つだけ)も買えなくなってしまう。 

 

 

■米ドルと円の交換レートの主語は米ドル 

 

 通貨と通貨の交換を行う外国為替市場は、日本人だけではなく、世界中の人々が参加している市場。米ドルと円の交換レートだけではなく、米ドルとオーストラリア・ドルの交換レート、米ドルとイギリス・ポンドの交換レート、オーストラリア・ドルと円の交換レートなど、世界の通貨の数だけ交換レートがある。したがって、一定のルールで交換レートを見る必要がある。 

 

 例えば、米ドルと円の交換レートである、米ドル/円相場は「1米ドル=何円」というレートで見ることが慣習として決まっている。米ドル/円相場は、米ドルを主語とする慣習になっていて、米ドル/円相場=150円というのは、1米ドル札と交換するために150円必要という意味だ。 

 

 これを円を主語にしてしまうと、1円=0.00666米ドルということになる。これは1米ドル=150円と同じ意味だが、人や国によってどちらを主語にするかが違っていると、分かりにくくなってしまう。だから、米ドル/円相場は米ドルを主語にして、1米ドル=XXX円と表示される。 

 

■上下逆さまなグラフが誤解を生んでいる 

 

 例えば米ドル/円相場が150円から170円になるということは、1米ドルを受け取るのに必要な円が150円から170円となることを意味する。つまり、1米ドルの価格が高くなっている。だから米ドル/円相場の数字が大きくなるのは、「米ドル高・円安」を意味する。それでも分かりにくいと思うので、数字が大きくなると「米ドル高」と覚えて、米ドル高と円安は同じ意味だから、「米ドル高(=円安)」と覚えておけばよい。逆に数字が小さくなると「米ドル安(=円高)」と覚えればよい。 

 

 日本ではよく、「円/ドル相場」と呼んで、グラフを上下逆さまにして表示するメディアもあるけど、これは他の国では通用しないし、正しく理解し始めた後には逆に混乱するので避けた方がいい。 

 

 普通に150円より170円が上になるグラフで、数字が大きくなると、米ドルが高くなっているから「円安」、米ドルが安くなっているから「円高」なんだと理解する習慣をつけてしまった方がよい。 

 

 つまり、米ドルを主語に考えればよいということだ。プロの世界では「米ドル/円相場が上がった」とか「下がった」としか言わない。もちろん、「上がった」は米ドル高(=円安)のことで、「下がった」は米ドル安(=円高)のことだ。 

 

 

■世界一高いビッグマックは1200円超え 

 

 世界中のビッグマックの価格は、英国のエコノミスト誌が、毎年2回、約50カ国・地域の価格を調査・比較してくれている。 

 

 この調査の範囲内で、ビッグマックが最も高いのはスイス。スイスではビッグマックの価格が7.10スイス・フランで、今のスイス・フランと円の交換レートは1スイス・フラン=170円くらいなので、スイスのビッグマックの値段を円に換算してみると170円×7.10スイス・フラン=1207円もする。これはセットの価格ではなく、ビッグマック1つの価格。実に日本のビッグマックの2.5倍もする。 

 

 次に高いのはウルグアイで、その次がノルウェー。ノルウェーではビッグマックの価格が74ノルウェー・クローネで、今のノルウェー・クローネと円の交換レートは1ノルウェー・クローネ=14円くらい。したがって、ノルウェーのビッグマックの価格を円に換算してみると14円×74ノルウェー・クローネで1036円となる。 

 

 その次に高いのが、アメリカ、イギリス、ユーロ圏、カナダなどで、概ね同じくらいの価格。つまり、日本円に換算するとだいたい800~900円前後。 

 

 調査対象の国・地域の中で真ん中より少し下くらいに位置するのが、お隣の韓国。韓国のビッグマックの価格を円に換算すると600円くらいなので、日本の価格より25%くらい割高になっている。日本の順番は下から数えて11番目で、中国よりも少し下の水準となっている。 

 

■24年前は日本よりアメリカのほうが安かった 

 

 エコノミスト誌の調査によると、今から24年前の2000年4月時点の日本のビッグマックの価格は世界の中で上から5番目くらいに高かった。日本のビッグマックの価格は当時294円で、アメリカのビッグマックの価格は2.24米ドルだった。当時の米ドル/円相場は1米ドル=105円前後だったので、アメリカのビッグマックの価格は日本円で240円程度で、日本よりも安かった。 

 

 過去24年間で、日本のビッグマックの価格は294円から480円まで1.6倍程度にしか値上がりしていない一方、アメリカのビッグマックの価格は2.24米ドルから5.69米ドルと2.5倍も値上がりしていることが分かる。さらに、1米ドルと交換するために必要な円が、105円から150円に大幅に増えてしまった。 

 

 つまり、アメリカでビッグマックの米ドル建て価格が大きく上昇したことと、一方で円の価値が米ドルに対して大幅に下がってしまったことが、以前と比べるとアメリカでビッグマックを買うのに必要な円が多くなっていることの原因であることが分かる。 

 

 (注) 『エコノミスト誌』調査の価格は2024年7月時点。 

 

 

■世界で日本人の労働価値が低く評価されている 

 

 復習すると、日本のビッグマックの価格がアメリカよりも大幅に安くなっているのは、2つのことが影響している。 

 

 1.アメリカのビッグマックの米ドル価格の上昇率が、日本のビッグマックの円価格の上昇率より大幅に大きいこと 

2.円が対米ドルで大幅に安くなっていること 

 

 つまり、アメリカでは、ビッグマック1つを買うのに、より多くの米ドルを必要とするようになっているのに、それに加えて、その米ドルと交換するのにより多くの円を必要とするようになっているということだ。 

 

 モノやサービスの「価格」が上昇するということは、お金の『価値』が下落していることを意味する。逆にモノやサービスの「価格(値段)」が下落するということは、お金の『価値』が上昇している。 

 

 だから、アメリカでビッグマックの米ドル建ての価格が日本よりも大きく上昇しているということは、それぞれの国で別々に考えると、ビッグマックに対して円よりも米ドルの価値の方がより大きく下落していることを意味している。 

 

 だから、普通に考えれば米ドルに対して円の価値が上昇しているはずなのに、実際には米ドルに対して円は下落して、大幅に円安が進んでいる。その結果、円で海外のビッグマックを買う時により多くの円を必要とするようになっている。つまり、海外のビッグマックに対する円の価値が大幅に下がっているということになる。 

 

 日本国内の閉じた世界では、円の価値はさほど下がっていないのに、国際的に見ると、円の価値が大幅に下がっているということになる。そして、それは円でお給料をもらっている我々の労働の価値が世界の中で低く評価されていることも意味する。 

 

 

 

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佐々木 融(ささき・とおる) 

ふくおかフィナンシャルグループ チーフストラテジスト 

1992年上智大学外国語学部英語学科卒業後、日本銀行入行。調査統計局、札幌支店を経て1994年から1997年まで国際局(当時)為替課に配属。市場調査・分析の他、為替市場介入も担当。その後考査局を経て、2000年7月よりニューヨーク事務所に配属され、NY連邦準備銀行等、米国当局と情報交換を行いつつ、外国為替市場を含めたNY市場全般の情報収集・調査・分析を担当。2003年4月、JPモルガン・チェース銀行にチーフFXストラテジストとして入行。2009年6月債券為替調査部長、2010年5月マネジング・ディレクター、2015年6月市場調査本部長。20年以上にわたってJPモルガンの世界全体のオフィシャルな円相場予想作成の責任者を務める。2023年12月より現職。2024年3月、財務省「国際収支に関する懇談会」委員。著書に『弱い日本の強い円』(日本経済新聞社)『インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?』(ダイヤモンド社)がある。 

 

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ふくおかフィナンシャルグループ チーフストラテジスト 佐々木 融 

 

 

 
 

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