( 223051 )  2024/10/16 17:33:45  
00

陸上自衛隊第3師団の手榴弾投てき訓練(写真:同師団のXアカウントより) 

 

 近年自衛官が殉職する痛ましい事故が多発している。自衛隊の任務は過酷であり、どんなに気をつけても訓練で一定の確率で事故が起こるのは不可避ではある。しかしながら、適切に対策を取れば多くの事故が未然に防げるもの事実である。だが自衛隊が殉職事故を真摯に反省し、対策を取っているようには思えない。多くの場合、直接的な原因には言及されるが、もっと川上の根源的な問題は放置されているように思える。 

 

【画像でわかる】自衛隊の手榴弾の問題点 

 

 本年5月に陸上自衛隊の北富士演習場における第1普通科連隊の手榴弾の投擲訓練で、手榴弾が爆発した際、隊員が手順通りに弾を投げているか確認する係だった男性隊員(2曹)の首に破片が当たり、死亡した。7月に出た報告書では2曹が手榴弾の破片が飛び散る際の軌道や防護の体勢を正しく認識しておらず、指揮官も指導していなかったことが原因と結論づけた。だが述べられている対策ではさらなる事故が起こる可能性がある。 

 

■陸自の報告書に記載された原因 

 

 7月に公表された陸自の報告書には以下の通りの原因が書かれている。 

 

原因① 

投てき後の「位置」と「姿勢」によっては、曲線の軌道により飛散した破片に接触する危険性があったが、訓練参加隊員にはその認識がなく、加えて、投てき壕の前壁に依託(投てき壕の前壁に身体をもたれさせ、かつ、前壁の高さよりも低く姿勢をとること。いたく)して伏せる姿勢をとるとの認識もなかった。 

原因② 

第1普通科連隊長以下各級指揮官等は、原因①の状況を認識していないため、「事前の教育及び予行」並びに「射撃実施間の指導」を十分に実施しておらず、それぞれの職責を果たしていなかった。 

 

 そして以下の対策が示されている。 

 

再発防止策① 

全ての陸上自衛官が、投てき壕の前壁に依託して伏せる姿勢の重要性について、統一した認識を持つよう教範を改正する。 

再発防止策② 

投てき訓練に携わる全ての各級指揮官等が、再発防止策①の教範の改正に基づき、訓練の「事前の教育及び予行」及び「射撃実施間の指導」を確実に実施するよう徹底する。また、一連の投てき訓練の動画を作成し、訓練実施前に必ず視聴させる。 

 だが報告書には触れていない事実が存在する。掩体壕に隠れても破片は放物線を描いて飛んでくるので被弾する。このため他国の軍隊では手榴弾の投擲訓練では掩体壕に隠れるだけではなく、退避壕の中でもヘルメットの頭頂部を手榴弾の爆発する方向に向けることによって頭部、顔面、頸部を保護する。 

 

 

 これを行っていれば件の2曹の被弾は顔面と頸部だったので防げたはずだ。これは必ずしも遮蔽物がない実戦でも有用な防御方法だ。だがこのような指導を陸自では行ってこなかった。陸自では教範を見直すといっているが現状どうなるは不明だ。 

 

 この事故で使用されたのは米軍でも使用されていたM26破片型手榴弾だ。M26は50年代に開発され米軍で採用された。陸自では昭和62年度から豊和工業が製造したものを調達しているが現在では調達されていない。米軍はすでにその後継のM67手榴弾を採用してM26は現在では使用されていない。 

 

 M26は全方位に、一定範囲で均一に軽量な破片が飛び散るように設計されている。軽量な破片は空気抵抗で急速に速度低下するので投擲者は爆発から充分な距離を保つことができて安全が確保される。確保されるように設計されている。これはその前に使用されていたMk2に問題があったから改良された結果だ。 

 

■訓練でも使用される旧式の手榴弾の正体 

 

 だが陸自ではそのもっと旧式なMk2を大量に保有し、訓練でも使用している。これは極めて危険だ。Mk2手榴弾は陸自では「MK2破片手榴弾」の名称で採用され、その形状から通常パイナップルと呼ばれている。一般の人間がイメージする手榴弾だ。アメリカ軍では第1次世界大戦の直後に採用されて第2次世界大戦でも使用された。1950年代にM26手榴弾が開発された後もベトナム戦争でも使用されたが、危険であるために米軍ではベトナム戦争後に使用を停止した。 

 

 旧世代の手榴弾であるMk2には大きな欠点がある。Mk2は本体が鋳造製で溝が彫られ、表面は凹凸になっている。この凹凸が爆裂時の破片となるが、破片生成が不規則でまったく予測不可能である。威力が均一に発揮されないMk2は爆薬を少なく弾殻を重くして殺傷能力を強めたので、大きな破片が予想外に遠方まで飛来して投擲者を危険にさらすことがあった。 

 

 爆発有効範囲は5~10ヤード(4.5~9.1メートル)とされているが、50ヤード(45メートル)先の人間を殺傷する場合もあるという。つまり、有効殺傷範囲が均一ではなく、破片は予想外に遠くまで飛び、投擲手や友軍を殺傷することがある。米軍がベトナム戦争以降にMk2の使用をやめたのはこの危険性ゆえである。 

 

 

 ところが先述のように陸自ではその危険な手榴弾を大量に保有し、現役に留めている。しかも製造は60年以上は前であり、炸薬や信管も劣化している可能性がある。その意味でも危険であり、本来処分すべき代物だ。今後、手榴弾投擲訓練でこれを使用し続けるならばさらなる被害者が出る可能性がある。また掩体壕がない実戦において隊員が死傷する可能性も高くなる。 

 

 またMk2は重量が567グラムと重たい。普通科隊員によれば、1~2個しか携行できないという。対してM26は454グラム、M67は390グラムにすぎない。つまりMk2の重量はM26の1.25倍、M67 の1.45倍も重いということだ。個人装備の重量化が問題となっている昨今、無視していい問題ではない。 

 

 しかも陸自では20式小銃に40ミリグレネードランチャーを装備するので、そのグレネードを分隊隊員が、分担して携行する必要があるからなおさらだ。まして今後は対ドローンという点で、姿を隠すためのスモークグレネードをより多く携行しなければならなくなり、重いMk2はこの点でも問題だ。 

 

■安全対策を抜本的に見直す必要がある 

 

 しかも面妖なのは陸幕広報によるとMk2は米国製だけでなく国内でも製造されたが、ライセンス生産かどうか、わからず、M26もライセンス生産ではないという。ライセンス生産とはメーカーの同意を得て、設計図や仕様書を得、使用料を払って生産するものだ。陸自のMk2やM26は単にコピーしたものである可能性がある。そうであればオリジナルより劣っている可能性がある。それが今回の事故の原因に影響している可能性も否定できない。 

 

 Mk2は全部廃棄処分にして、新型の手榴弾を導入し、米軍や諸外国の教範を研究して安全対策を抜本的に見直す必要がある。同様にM26も廃棄し、相互運用互換性の面からは米軍と同じM67破片手榴弾、あるいは同等のものの採用が求められる。 

 

清谷 信一 :軍事ジャーナリスト 

 

 

 
 

IMAGE