( 223201 ) 2024/10/17 02:09:35 0 00 今年のノーベル経済学賞を受賞したダロン・アセモグル氏が日本の民主主義と経済について語った(撮影/大野和基)
ダロン・アセモグル氏ら3人の研究者が今年のノーベル経済学賞を受賞した。ポピュリズムのさらなる台頭、災害、AIの利用で世界はどう変わるのか。アセモグル氏が日本の民主主義について語った。朝日新書『民主主義の危機』から。
【写真】単独インタビューに応じるアセモグル氏
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■日本の民主主義
日本は1990年代のバブル崩壊以後、長期停滞に入ったままと言われます。国家は、少子高齢化による人口減・経済格差など多くの社会問題を解決できないにもかかわらず、政権転覆につながるような激しいデモや社会変動は起きていません。つまり、国家を監視し、国家の「専横」を防ぐほどには社会は強くない。この日本の状況はとても興味深いと思います。
私は日本の専門家ではありませんが、なぜ日本の労働者が賃上げをもっと激しく要求しないのかわかりません。日本は最近の例で、高齢化が最も早く進んでいる社会ですが、ロボットを多く使ったり、経済活動を立て直したり、いくつかの点で日本はその傾向にうまく適応したと思います。
少子化対策というのは非常に難しいチャレンジです。もっと子どもを作るように人に命令することはできません。中国では人口減が問題視されているようですが、他のヨーロッパなどの多くの国は日本と同じような人口統計学上の問題に直面していません。なぜなら移民の受け入れに積極的だからです。
日本はそうした選択をしませんでした。難民認定がとても厳しいからだとも言われますが、その理由はわかりません。
とはいえ、いろいろ考慮してみると、日本の民主主義は総合的にうまく機能しています。もちろん贈収賄や談合も起こっていますが、それは民主主義のプロセスがそうした問題を認識して立ち向かわなければなりません。
私の祖国トルコにおける民主主義はまったく異なります。
トルコの民主主義はほとんど死んだも同然です。他方、経済は違います。地方から都会に移っています。一時、大規模な建設ブームがありましたが、労働組合はトルコでは非常に弱く、大きなストライキは起こっていません。トルコの労働市場は規制されており、それが多大な非効率性を生み出しています。
トルコでは民主主義が〝逆戻り〞したので、報道の自由はまったく残っていません。国に対して反体制的なものの見方を公表したことで刑務所に入れられている人がたくさんいます。司法は完全に大統領のコントロール下にあります。
■中国の新しいナショナリズム
中国は日本を抜き世界2位の経済大国となり、アフリカや中東への関与を拡大させています。とはいえ、中国においても景気後退と人口減というリスクは指摘され、かつ、リーダー自ら憲法改正して任期制度を撤廃し、初の3期目を務めるなど民主国家・自由主義とは異なる「専横」の道を突き進んでいます。
習近平・国家主席がますます専横的になってきたことは間違いありませんが、私は中国に対して、以前とはいささか異なる解釈をしています。
以前は、elite circulation(エリートの循環)という鄧小平のモデル下で、エリート・コントロールをしていたから、中国はうまくやっていたと考える人がいました。つまり一人のエリートが入ってきて、さらにもう一人のエリートが入ってくると、彼らがお互いを抑制し合い、それでうまくいっていたのです。けれども、そのモデルが安定したことは一度もないと思います。
これは私の著書『自由の命運』の主要テーマの一つです。
トップに君臨するエリートによって計画された経済的ダイナミズムと、自由は両立しません。そこには社会の参画が必要です。中国がますます裕福になったことで中間層が出現してくると、自由に対する要求がより多く出されるようになりました。ある意味、習近平自身が過去の均衡を維持して、中間層を抑圧してきた共産党システムの結果です。
それにはある程度経済改革を必要としますが、政治的抑圧と情報コントロールが著しく引き締められます。
中国共産党にとって、それを実行する一つの方法は、ナショナリズムをあおることです。実際のところ、中国の新しいナショナリズムは、共産党のコントロール下にありません。それは自律した力になりました。もちろん、より習近平らしい方法もあります。例えばゼロ・コロナ対策です。これはより特異な対策でしたが、私は習近平を中国の政治システムからの逸脱とは見ません。単に、以前からの継続であると見ます。
中国と政治的・経済的・軍事的に覇権を争うアメリカは、トランプ以後、国内の分断と格差問題を抱えています。2023年3月に起きたシリコンバレーバンク破綻をきっかけとした銀行不安に証券市場の動揺が重なれば、新たな信用不安となりグローバルに波及していく可能性も指摘されています。
しかし、実際それがグローバルに広がるとは思いません。むしろ、アメリカが抱えている主要な問題はバンキング・セクターにあるのではなく、テクノロジー・セクターにあり、格差を生み、他のすべての会社を食い物にする少数の企業が幅を利かせていることにあります。
■豊かさの本質はどこにあるのか
国家の能力、経済発展、経済成長とは何か。それを一般の人に対してどのように説明したらよいか。そもそも「豊かさ」や「繁栄」の本質はどこにあると考えたらよいのでしょうか。
経済成長というのは、それをどう測定するかで変わってきます。それについては新著“Power and Progress : Our Thousand-Year Struggle Over Technology andProsperity”(サイモン・ジョンソンとの共著『技術革新と不平等の1000年史』)で強調した、もう一つのテーマです。
GDPだけで経済成長を測定することはできません。意義ある人生、良い仕事、平等が必要です。これらはAI革命がさらに脅威にさらす問題です。
恐らくAIはデータや新しいプログラムなどの面で生産性を増すでしょう。でも、もしそこから得られた利益を平等に分配することができなければ、より良き市民、労働者になる気持ちをわかせることは難しいでしょう。そうなるとそれは進歩とは言えません。
新たな産業革命が起きたり、AI革命が起きるとパワーバランスが変わったり、まったく異なる局面に入ることになります。だから妄信的に楽観主義になるのは危険であると私は言いたいのです。テクノロジーをコントロールする人が勝者になり、他の人は取り残されます。
AIについて最近よく考えます。
AIには確かに明るい将来があるでしょうけれども、私が今まで抱いていた懸念も象徴しています。テクノロジーの変化の歴史について振り返れば、AIなどテクノロジーが発達すると経営者や企業はますますパワフルになりますが、それは労働者や一般市民を犠牲にしたうえでのことです。
「自由への回廊」はAIのせいでますます狭くなっていると思います。さきほど言ったように、AIは一般市民や労働者を食い物にして、最大規模の企業と政府だけをますますパワフルにさせているだけです。
(聞き手・ジャーナリスト 大野和基)
※朝日新書『民主主義の危機』から抜粋。『民主主義の危機』では、ダロン・アセモグル氏インタビュー全文のほか、世界の知性たちが語る未来予測を読めます。
ダロン・アセモグル/1967年、トルコ生まれ。経済学者、マサチューセッツ工科大学教授。専門は政治経済学、経済発展、成長理論。ノーベル経済学賞にもっとも近いと言われるジョン・ベイツ・クラーク賞を2005年に受賞。著書に『国家はなぜ衰退するのか 上下』(ロビンソンとの共著、鬼澤忍訳)、『マクロ経済学』(レイブソン、リストとの共著、岩本康志・岩本千晴訳)、『自由の命運:国家、社会、そして狭い回廊 上下』(ロビンソンとの共著、櫻井祐子訳)など。近著にサイモン・ジョンソンとの共著『技術革新と不平等の1000年史 上下』(鬼澤忍・塩原通緒訳)。
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