( 223248 ) 2024/10/17 14:45:42 2 00 服脱ぐ候補者も 過激な政見放送はなぜ止められないのか 過去に放送カットで訴訟の例毎日新聞 10/17(木) 11:00 配信 https://news.yahoo.co.jp/articles/d961937c6aea04b672c07e65fbfef2a4bd7800a0 |
( 223251 ) 2024/10/17 14:45:42 0 00 かつての政見放送の収録の様子。直前に秘書が候補者にアドバイスした=東京都渋谷区のNHK放送センターで1990年1月30日、八木正撮影
政見放送の品位はどこまで低下するのか。この夏の東京都知事選では、候補者が服を脱ぐ過激な政見放送がテレビを通じてお茶の間に流れ、物議を醸した。実は、候補者と無関係な人が巻き込まれ、ストレスにさらされたことはあまり知られていない。だが、こうした「やりたい放題」を止めることは難しいという。なぜなのか。
【写真まとめ】衆院選に出馬しなかった前議員ら
「あー、暑いね。緊張で。暑くて、困っちゃうわ」。カメラの前で、一人の若い女性が突然、シャツを脱ぎだした。胸元を強調するような姿になり、カメラを見つめながら首をかしげる――。 これは、7月に投開票された都知事選に立候補した人物の政見放送だ。 候補者の意見を伝えるための政見放送では、過去の他の選挙でも奇抜なパフォーマンスが行われ、たびたび話題となってきた。スーパーマンの服装をして「スマイルしてますか?」とポーズを取ったり、公開プロポーズをしたり……。2022年参院選では当時のNHK党の政見放送に、比例代表で立候補した「暴露系ユーチューバー」のガーシー(本名・東谷義和)氏が登場。芸能界の悪事を暴露すると宣言した。 だが、過去最多の56人が立候補した都知事選は、「品位」という意味ではレベルが違った。服を脱いだ女性の他にも、1分間笑い続けたり、机の上に寝そべったりする候補もいた。
公職選挙法は政見放送について、放送局が「そのまま」放送しなければならないと定めている。写真はNHK放送センター=東京都渋谷区で、尾籠章裕撮影
こうした奇抜な政見放送は、なぜ流せるのか。 まず、政見放送は衆院選や参院選、都道府県知事選挙で放送されるものだ。公職選挙法で「選挙運動」の一つと定められ、テレビとラジオで流せる。費用は公費で賄われるため、候補者や政党は無料で自らの政見を公共の電波で発信することができる。 そして公職選挙法は、候補者や政党が録音・録画したものを、放送局が「そのまま」放送しなければならないと定めている。公職選挙法は同時に、候補者や政党は「品位を損なう言動をしてはならない」と規定しているものの、放送局は基本的にそのまま流しているのが現状だ。
こうしたなか、都知事選で一部候補が見せたような過激な政見放送で、ストレスを受ける人たちがいる。手話通訳士たちだ。 都知事選では、多くの候補者が政見放送で手話通訳をつけた。服を脱ぐ候補者の発言も、画面後方に立った女性が手話通訳した。候補者が1分間にわたって笑い声を上げ続けたシーンでは、通訳した人もずっと口に手をあてて笑う仕草を見せた。
政見放送に手話通訳がつかないケースでは、聴覚障害者たちを集めて手話通訳をすることもある=長野市で2016年7月7日、安元久美子撮影
聴覚障害者の情報格差の解消に取り組むNPO法人「インフォメーションギャップバスター」の伊藤芳浩理事長は「品位を欠いた発言を通訳することは、手話通訳士に大きな精神的・倫理的負担になります」と指摘する。 手話通訳士は職業上、発言者の意図を正確に伝える義務があり、不適切な内容を手話にするジレンマに直面しているという。 テレビで政見放送を見る聴覚障害者にとっても、こうした手話を目にすることは負担が大きいそうだ。伊藤理事長は「視覚的な言語である手話は、差別的な内容や攻撃的な表現がより強く伝わります。感情的なストレスを引き起こす恐れがあります」と危惧する。 手話通訳の話をすると、「字幕をつければよいのではないか」という声が上がるが、聴覚障害者には手話の方が理解しやすい人もいるため、手話は欠かせないものだ。 伊藤理事長は対策として、候補者に手話通訳の重要性を理解してもらうための研修▽放送内容の事前の共有による表現方法の検討――などが必要だと訴える。
一方、衆院選では都知事選ほど政見放送は荒れないかもしれない。 都道府県知事選や参院選(選挙区)の立候補者なら誰でも政見放送を流すことができるが、衆院選の小選挙区の政見放送に出られるのは「前回の国政選挙で得票率2%以上」など一定の要件を満たす政党の候補者に限られるからだ。このため、自民党派閥の裏金問題で非公認となる候補者も政見放送に出ることはできなくなる。 政見放送を巡っては、放送局側が一部カットして放送した例もある。1983年の参院選で、候補者が使った差別用語の音声をNHKが削除した。候補者が裁判を起こして最高裁まで争われた結果、NHK側の勝訴に終わった。最高裁は、差別用語の使用は品位を損なう言動を禁止する公職選挙法に違反すると判断したのだ。 一連の問題を受けて、与野党が公職選挙法改正に向けた議論を進めている。ただ、憲法が保障する政治活動の自由や表現の自由を考えると、やみくもな規制は望ましくない。自民党の逢沢一郎選挙制度調査会長(当時)は7月、「法的にどんなグリップを利かせるのが適切か。放っておくことができないという問題意識を強く持っているので、そういう姿勢で臨んでいきたい」と述べるにとどめている。【小林慎】
※この記事は、毎日新聞とYahoo!ニュースによる共同連携企画です。
|
( 223252 ) 2024/10/17 14:45:42 0 00 =+=+=+=+= この記事の内容は、大変重要な視点であり、問題提起です。
記事にあるように、公職選挙法において「品位を損なう言動をしてはならない」と規定されているにも関わらず、過激かつ下品な放送をそのまま流す事は、耳の不自由な方でなくとも、大変不愉快な思いをします。
手話によるコミュニケーションは、音声言語よりも伝わる情報量やニュアンスが少ないと思われがちですが、逆だと考える方も大勢います。特に、手話では目で見たものの情報を表現する語彙が多く、細かい文法があります。
視覚に訴える下品な行為や言語を手話で表現すると、より悪い方向に際立ってしまって、伝わった相手にも悪いインパクトを与えます。そして、それを仲介する通訳士の方の心にも影響を与える。早急に対策を講じるべき案件です。
=+=+=+=+= 字幕を付ければいいじゃないか 自分も以前はそう思ってました。
当事者と話をした時の、文字(筆談)は聾者にとって第二言語のようなもの、そんな言葉が印象に残ってます。 自分からするとテレビの字幕が英語で表示されてるようなもの。 わからなくはないが、理解するのに少し時間を要すし、微妙なニュアンスはわからない、早く話されるとわからない、なかなかの課題ようのようです。
=+=+=+=+= 選挙、民主主義の根幹の一部を担う政見放送をそのまま報じるというのは、“仕方ない”とは思うが、発言した者に対する発言内容の責任が失われるわけではないはずだ。 一方的にデマを流布されたり、中傷される人権侵害被害を黙って我慢しなければならないという法に、日本はなっていないと私は信じたい。 だから、もし、放送された内容によって、著しい人権侵害を受けた者がいたならば、発言した者には損害賠償を負う責任があるということを明確にすれば良いと思う。立法整備に不足があり訴訟を起こしづらい状況があるなら、政見放送による人権侵害に対する訴訟支援制度を作ればいい。 変な恣意的な法の運用で言論の自由を損なうような規制を望む意見がまるで保守の意見であるかのように語られているが、それは多分偽物。表現と発言の自由に対する責任を明確にすることで品格を促すことこそ、本来保守が目指すべき姿勢ではなかろうか。
=+=+=+=+= 成熟期を過ぎた平和な国家の国民から”公共”の概念が希薄になる社会的病理を見ているようにも思います。 個人の自由の暴走は民主主義のコストですが、”公共”の概念を逸脱する自由はその権を失うというのが原則です。 こと原則論が軽視されがちな昨今ですが、選挙への規制は悪用の恐れがあるため、可能な限り避けたいという原則と、公共の概念を逸脱する自由はその権を失うという原則とのせめぎあいだけに、具体的にどう落とすかが悩ましいところです。
=+=+=+=+= 政権放送の是非はあるが、そもそも政見放送は録画を放送局がそのまま流すしかない。 公選法に品位を損なう言動をしてはならないとあるんだから録画をチェックして放送して良い内容か判断することをした方がいい。その結果放送して良いものにだけ手話通訳を入れれば通訳さんも視聴者も不快な思いをしない。 無論確認結果と放送しなかった理由については言葉を選んで放送予定だった枠に文面だけで載せれば良い。 少なくともストリッパーを公共放送に乗せることは防げる。
=+=+=+=+= これに限った話では無いですが、時代にそぐわない法律は時代に合わせて変化させてほしいです これも立法府の仕事ですし、政治家が長年サボってる証拠だと感じます 政権与党はもう少し責任のある仕事をお願いします
=+=+=+=+= 政見放送自体を止めれば良いのでは今ではネットによる運動も可能ですし街頭にて選挙運動も活発に行われているはずでしょ、何も公費を使ってまで政見放送をする必要は全く無いと思うしそれも税金ですよね。投票するのは国民です国民自体が投票しようと思う候補者を調べれば其で良いのではないでしょうか
=+=+=+=+= 投稿動画なんかと勘違いしているんだろう。 近年街頭インタビューなどで映る若い人たちが変にカメラ慣れしている様子をよく見るようになって(大抵の場合は語彙が少ないので内容が薄いし滑舌も良くないが、とにかく「カメラの前で喋る」こと自体には慣れている)、その度に訓練もていない素人が形だけプロ然としていることに強烈な違和感を覚える。 器ばかり立派で中身があまりにも粗末というのは何ともいたたまれない。 人間教育はもう少し見直された方が良い。
=+=+=+=+= 志と信念と熱意があって、民のために働く人が政治家になるというイメージが、人に注目されたい、偉くなりたいという欲求を満たす職業だというイメージに変わったから、候補者がこういう行動をとるのだろうと思う。過去や現在の政治家がこのような事を成し遂げたとか、その人の人柄や志を教えるものは教科書くらいであり、マスコミは政治家の悪い行動ばかり報道するから、今後もイメージは変わらず、こういう事がエスカレートしていくと思う。
=+=+=+=+= かつて我々が持っていた日本人としての矜持が徐々に失われていくように感じます。それは法的な枠組みとは別のところに存在していたもので、社会の雰囲気として度を超えるようなことを許さなかった。でも今は本当にここまで来ちゃったかという感じです。色んな今でのグローバリズムを過度に意識するが故に、我々が置き忘れてきたものは果てしなく大きいような気がします。
=+=+=+=+= もちろん記事にある通り「候補者のモラル」が問題なのは間違いないが、やはりモラルに任せて明確なルールを決めないのでは、今後も改善は望めないだろう。 しっかりとルールを定めて、そのルールの範囲内か放送局が検閲する。もしルールに抵触する可能性がある場合は、第三者機関で最終的な判断を下す、くらいのやり方でどうかと。
こんなものに表現の自由とか考えなくて良い。
=+=+=+=+= 個人的にはNHKから国民を守る党の責任はかなり大きいと思います。 モラルとして守られていたことを、ルールでないからと穴をついて破る行為は民主主義への冒涜だと感じます。 もちろんそのような行為を面白がって当選させてしまった有権者にも責任はあります。 もうそのような行為は完全スルー、明らかなモラル違反は制限をかける仕組みを早急に進めて欲しいです。
=+=+=+=+= 今まで、政治家で言えば、強権である程度不正を働いていても活動に影響が無かったことと、現代人はやることを極端にすることで目立つという共通認識の中で動いているがためにそのアピール方法にモラルが無かったりする。 元々はそんな変なのが立候補するようなことはなかったがために制度による規制を設けていないんだと思う。しかし、近年の傾向で言えば、確実に規制や罰則は必要になってきていると思う。
=+=+=+=+= 僕は地域の手話サークルに参加しています。 日本で使われている手話には、日本手話と日本語対応手話があります。 日本手話の文法は英語に近く、ろう者が使う手話です。日本語対応手話の文法は日本語と同じで、中途失聴者が使う手話です。 つまり、字幕は中途失聴者が読むもので、ろう者には難しいのです。 ろう者はろう学校で日本語を習いますが、最近まで口話法により学校内では手話禁止、授業も手話は無くて教師の唇の動きを読み取っていたそうです。 口パクで日本語を覚えられると思いますか? 今は手話で授業を行う学校もあり、日本語を理解できるろう者も増えていますが、30歳以上の人は小学生低学年レベルの日本語を理解するのがやっとです。
=+=+=+=+= 手話通訳に関しては、多くの番組で用いられているようにワイプが良いのではないか。別室で手話通訳したのを画面の端の方に入れると。また、手話通訳する前に、一通り手話通訳者に視聴してもらい、場合によっては「一部手話通訳を止めています」とお断りしてもいい。
参議院議員に関しては全国統一で行わなければならないので、東京都選挙区で立候補する場合は供託金を増額するということできないが、東京都知事選挙は都の条例で供託金の額を保有資産の5%とかにしても良いのではないか。当然、選挙期間中に生活保護の給付決定するか否か並みの資産調査を行い(これは生活保護担当と滞納処分担当が組んで行う)、大幅な過少報告があれば当選無効や供託金没収(当然、本来の額との差額納付)、任期始まったらすぐに資産公開がよい。
=+=+=+=+= 非常識な候補がいる以上、対策としての法整備は必要で、選管が放送前に確認する作業も必要かもしれない。今までの日本は選挙に出る人々はほぼ良識人であったが、時代が変わり危ないやつも立候補するようになった。関係各所は粛々と取り締まるべき準備をする必要があると思う。
=+=+=+=+= 会社でのプレゼンとかのパワポ資料でのルールとして、今では 当たり前ですが政見放送とはいえ、 その候補者が放送前に訴えたい事を ポイントまとめて放送局と視聴者双方に見せるべきです。 意味不明に目立つためだけに出てる候補者が多過ぎるので その事前資料がわかりにくいや放送局側の基準に満たさない場合は 放送させないとか毅然とした対応をしてもいいと思いますよ。 個人や団体でネット番組が出来る時代ですから、 政見放送の在り方も見直すべきです。
=+=+=+=+= 法的にカットや編集が不可というのは聞いたことがあります。 ここ数年、仕事で「柔軟性」や「アジリティ」という言葉をよく耳にしますが、対して「法律」は、その対局にいる存在だなと思いました。 見るに堪えない放送禁止用語を連呼したり、服を脱いで裸になっても、放送せざるを得ない法律を簡単には変えられないのでしょうから。 もちろん法律が簡単に変えられてしまう状況も危険な状態だと思います。
=+=+=+=+= 難しい問題ですね。「あなたの正義は私の正義とは違うんです」と言われるとどうしようもない。今世間に蔓延している「多様性」なるものが根本的な問題かとも思えます。法律で強権的に押さえつけるしかないとしたら日本人の民度も地に落ちたもんだと情けなくなります。立候補にあたっては誓約書を書かせるなどの規制もやむを得ない様に思います。
=+=+=+=+= これが我々の民度、政治のレベル、と割り切る考えも持ったが、一方で、このような暴力的な露出を通して選挙への関心を低下させ、民主主義、ひいては日本社会の安定にダメージを与えようという根本的な悪意も感じる。この状況に慌てて規制論を安易に取り入れることはそれに拍車をかけることになるので慎重にならなければならないが、指摘されているような手話通訳者の負担は取り除くよう抑止策が必要であろう。
=+=+=+=+= 字幕をつければ‥ 生まれつき耳が聞こえない方々にとって文字を読んで完全にニュアンスまで理解する事はとても難しく、それができる方はかなりの努力を払っているはずと聞きました。例えると私たちが1度も聞いたことのない言語を文字だけで習得していくようなものだからだそうです。
=+=+=+=+= やれるかどうかは別にして、手話の形が決まっているなら、今なら割と候補者が話した直後にあまり間を置かずに、AIで聞き分けられるだろうから、それをCGの人物が手話で通訳するという事はできないのだろうか? 完全AI任せだと、間違ったメッセージも生じるかもしれないので、そこに人間の手話通訳者が介在、監督するという立ち位置ならば、手話通訳者も役目が無くなると言うことはなくなるし、おかしなパフォーマンスを通訳するという事でのストレスも軽減されるのではないだろうか。
=+=+=+=+= 政見放送は不要に1票。広く国民に各候補者の主張を無料で届けるものだけど。その時間にどれだけの人が見てて全ての主張を見てる人なんているのか。 それより私なら紙で配布される候補者の公告を充実して欲しい。また、若者向けにはTikTok活用もありかも。 メディアを使う利点には候補者間の討論会でお互いの主張をぶつけ合い隠れた部分も暴かれる事だと。大統領選のが最たる例。メディアはもっと効率的で深い議論が出来るようにIT活用ででも工夫して欲しい。更にはあまりに低すぎる投票率を上げる工夫をして欲しい。
=+=+=+=+= こうした奇抜な言動の線引きは難しい。どこまでが品があって、ないのか、は個人の主観によるところだから。常識と言っても結論はあくまで個々の判断による。評価委員会でも設けて事前に録画したものを確認して多数決で是非を決めるとか…も、政見放送となれば偏りが出るし。難しいところです。
=+=+=+=+= 難しい問題ですね…。
「品位を損なう言動」の認識には個人差がありますから。また放送局が検閲して放送すべきというのも、今度はそこに放送局の手ごころが加えられていないか疑う必要も出てきますよね。
取り敢えず出来る事と言えば、有権者はまずその様な行為を行った候補者をきっちりと選挙で落とす。そしてその所属党にも利益が出ない様な法整備が必要ですね。
=+=+=+=+= 政見放送だと、候補者に「出演するな」と言う拒否権はないし、公共の電波で公に流さないといけない。ここを突かれてしまったのだと思う。先日の都知事選、服を脱いだり、奇声を上げたり、変なコスプレしたり、挙句の果てには、プロフィールいっさい非公開のやつがいたり、もはや渋谷のハロウィーンさながらの様相を呈していた。 せめて次回の都知事選までには対策を講じて、真面目な候補者が報われるようにしてほしい。
=+=+=+=+= 今は、インプレッションを得れば得る程、大金が稼げるようになっている。だから、誰かに迷惑かけても目立てば、大勢に見て貰って大金になるなら、捕まりさえしなければやってもいいんだと言う様な人間が選挙に参入してしまっている。 法で一定の基準を設けたり、各プラットフォームは、迷惑系に素早く厳しく対処して欲しい。
=+=+=+=+= 自由を履き違えている立候補者が大勢いるから、このような不始末が起こる。日本の民主主義は発展途上にあり、この程度なのだとの思いを強くする。
一部の識者のコメントにもあるように、テレビ・ラジオという放送メディアを使った政見放送が必要なのか再考するべき時期に来ている。
最早、PCや携帯電話を使ったネットの普及は著しいものがあり、候補者の主義主張はネットメディアで行い、テレビ・ラジオでの政見放送は止めたらどうかと思う。
具体的には各選挙の選挙管理委員会でHPを立ち上げ、そこから立候補者の主義主張のサイトをリンクする形式を取る。
ネットにあれば、放送時間を気にせずに見ることが出来る。
=+=+=+=+= 例えば、猥褻な内容が放送されたとして、その事で民主主義がゆがめられるとは思わない。主張に内容が無く、単純に猥褻なだけの放送には共感が得られず、その候補は落選するだけ。 しかし、政見放送の内容を行政機関がチェックするようになると、表現の自由・政治活動の自由などがリスクにさらされる。多数の人が不快に思う内容でも、やはり政見放送の内容をチェックするのは、危険ではないか。
=+=+=+=+= 政治的な主義主張ではなく、単に目だつことで名前を売り込もうとするものがいること。 政見放送の、目的を逸脱した行為には、厳しく対処するべきではないだろうか…! やっぱり、政見放送のルールに明確なものがないためではないだろうか!? 明確なルールを定めて逸脱したものには、罰則と放映の中止と損害賠償を求めるくらいのものが必用だと思う。
=+=+=+=+= 対策は2つあるでしょう。
1、『品位』の定義付けをし法文化する。 公選法に定められている品位には、具体的な規定が存在をしません。 つまりは、当事者ないしは視聴者の主観になります。 極論を言いますと、脱いでもそれが品位あると主張すればそれまで。 要は『モラル』頼みなのです、規定に無いから問題無い、という解釈。 故にこれを阻止するには、明文化された法文が必要。
2、供託金の増額 品位に欠ける行為を行う候補者は、そもそも当選する気などありません。 と申しますか、当選するはずがありません。 要は選挙とは別の目的で出馬してますから。 一言で申しますと売名行為ということです。 ネットサイトなどでインフルエンサーを目指せます。 供託金を没収されても価値があると判断してるから。 つまりは、没収される供託金を上げる、のが効果的。
=+=+=+=+= 憲法で思想の自由を保障しているので止めることは違憲です。 たとえば日本人は裸族になって服を着るのを法律で禁止しようという思想自体は自由であり、それを嫌だと決めるのが選挙です。 なので選挙の時点で思想を縛るのは違憲でありそれを縛ることはとても危険なことでもあります。 何を持って過激で放送できないものかの価値を決めるのも基本は選挙でこれが民主主義の根本ですから。 価値観とはその時代によって変わります。この流れで戦争反対を叫ぶ思想ですら禁止になったりすることだってあり得るのです。
=+=+=+=+= 手話の経験はないですが、通訳のストレスは理解できます。自分が何かを表現するのは自分の思いを伝えたいからで、自分の思いに反した表現をすることは本当にストレスです。 自分が色んなことに注意して関係構築したアメリカ企業との商談で、英語出来ない上司が私の意に反した日本語を話し、それを自分が英語にして発声する時の苦痛ったら、、、。通訳というのは意思を持つと出来ないのだと思いました。
=+=+=+=+= 何かと話題の町田ゼルビア所属選手の突飛な行為に対して「スポーツマンシップに反する」と批判したり「スポーツマンシップとは…」と自説を主張するのは誹謗中傷や名誉毀損になると一昨日の報道ステーションでわざわざボードを使って小木さんが説明してました。ファンに取材しても「ルールに違反してるわけではないから批判は誹謗中傷だ」という調子でしたね。きっとテレ朝はビジネスパートナーであるサイバーエージェントに要求されたのでしょうね。これは政見放送も選挙ポスターを巡る問題も含めて「法律やルールで禁じられてないことなら何でもやって良い」という居直りの価値観が面白がられてYouTubeなどSNSで支持を集め、社会通念やモラルという壁を越えてしまう時代になったということです。
=+=+=+=+= マナーの問題だとは思いつつも、理解できる面もある
例えばTV等のメディアが候補者を集めて討論会の様な場を開催したとする そうすると、候補者の中でごく一部の既に名前の知れている人にしか 声が掛からない 本来は候補者は公平に扱うべきなのに、だ
また仮に真面目に発信したところで、有権者側も名前の知れてる人に 投票する可能性が高く、そうなれば少しでも目立たなければ 当選の可能性がある候補者”以外”のとある一人になってしまう
結局、顔と名前を憶えてもらわないと選挙が始まらない以上、 仕方のないことだとも言えるのでは、と思う
=+=+=+=+= 昔から政治活動をしている政党の候補者は、党の規則に従い、まじめに演説をやっている。最近の社会の問題への対応、自分ならこうする等、要点をまとめて話をしている。ところが、一部のマイノリティの候補者は、モラルを考えず、ただ目立てばいいという考えで、過激なパフォーマンスをやってしまう。政見放送は、派手な芸をやる場所ではない。政見放送に、規制を設けることが必要だ。
=+=+=+=+= 11区民です。私の選挙区には誰もが知る大物議員がいて、多くの人がその人に投票してしまうのですが、私はその議員に入れるつもりは全くなく、別の候補者に入れたいところなのですが、立候補者のページを見ると「日本をなめるな」とか書いてあり、はぁ?なんだこれ?大丈夫かなこの政党。。って思ってしまいました。なんだか最近の政党は何でもありになってきているような気がします。
=+=+=+=+= 媒体である放送局側は勝手な判断で放送するしないを決められない、と。当然である。 品位を損う言動をしていけないのは候補者や政党で、それを規定しているのが公選法。 ならば、選管が判断して注意や警告、可能であれば差止など行うべきだろう。 差止は選挙の自由や生放送などハードルは高いだろうが、事後であっても注意警告はすべき。
選挙ポスターの件もそうだが、あまりに選管は弱腰。法的根拠が必要なら改正すれば良いが、今の法律でもやれることはあるのでは無いかと思う。
=+=+=+=+= 品位って曖昧なものは下品との境も曖昧で単純に線引きできるものでも無い。正直、不快と思うなら見なければいいし投票しなければいい。トンデもない人間が選ばれるかもしれないがそれが選挙というもの。政見放送は見たい人が好きな時間に見れるネットが向いていると思います。政府主導で政権放送アプリなり、既存の動画サイトと協力するなどして対応してみては?
=+=+=+=+= 今回の衆院選では、都知事選に時のような不適切な状況は起きないと思うが、兵庫県知事選の際の泡沫候補の出馬によって警戒せねばならない状況であると思う。 2016年の都知事選で起きた性器の名前を連呼する候補者の場合は公職選挙法の規定で音声を消すということが行われていたが、政見放送という点でも公職選挙法は抑制的な様子であると感じる。 文字情報だけではどのような口調やニュアンスで候補者が発言しているのか難しいことから手話通訳が必要であると改めて感じるが、不適切な行為による負担を減らすには公職選挙法で改正するしかないだろう。 品位に関して規定を設けようと検討していたようだが、どこまで客観的に判断できるのか慎重に考えねばならないと感じる。 選挙を急がせた結果、議論が決着することなく進むことになってしまった。暴走行為が相次ぐことになれば現政権や現与党の責任が重いことになると改めて思う。
=+=+=+=+= 動画配信者が視聴数稼ぎの為に、迷惑行為に及ぶ。 これと思考回路が同じと言う事でしょう。 注目を集める為に。 どれだけ立派な事を言ったところで、こちらへ目と耳を向けてもらわなければ何も聞いてもらえないから。 見栄えを気にしている場合ではないと。 見境なくと言う事ですね。 元々ありもしない品位をひけらかす者が品位云々言ったところで、聞く方からすれば耳が汚れると思ってくらいなので、こういうパフォーマンスを演じる事自体は否定的には思いません。 賢いやり方だとは思いませんが、今の禄でもない議員なんかよりも潔いとすら思いますけど?
=+=+=+=+= テレビを見ない人も多い中政見放送が必要なのか?国民は考えた方が良い。また立候補者の政見をそのままのルールも一定の条件を付けモラル低下の行為は禁止すべきだ。自民党の前の幹事長が検討するような発言を聞いたがどうなったのか?国会で議論して欲しい。
=+=+=+=+= 政見放送で意見を訴えても聞く耳を持ってくれない。 そう、候補者が考えているからでしょうね。
その結果、注目を集めたいがために過激に下品になっていく。 お笑い芸人だって、話術が乏しければ・・下品路線に走っていく。
ただ・・そういう訴えをしたところで、有権者には響かないし届かない。
最大の問題は、メディアが候補者を取り上げる時間を平等にしないからだと思う。都知事選でもそうだ。
あれだけの候補者がいて、各候補者の報道時間数を算出してみれば、当選する理由が見えてくるような気がする。
=+=+=+=+= いろいろな考えがあって、しかるべきと理解をするものの、あんまりにも下品なものを見せられると落ち込む。俺が生まれ育った国の品性は、いろいろな人がいるのは理解しているけれども、こんなにもひどいものもあるのかと。
そのように感じているのは、多分、私だけではないだろう。そういった行為がどれだけ国民の気持ちを傷つけているか、考えて欲しい。まぁ、そんなことを理解できない人がやるんだろうけど。
=+=+=+=+= もし今後、悪意ある候補者が公共の場において、極めて反社会的で過激な政権放送を行い、不特定多数の視聴者に対して精神的苦痛を与えるということがあった場合、それは公共の福祉に反する事象ではないでしょうか? 候補者の品位に委ねられるとはいえ、今後はある程度のルールを設ける必要があると思います。 表現の自由があれども、責任の無い自由はただの身勝手にしか思えません。
=+=+=+=+= 泡沫候補の政見放送なんて昔からそんなものじゃない?
子供の頃に初めて見た政見放送で、「お酢は身体に良いです」から始まって、持ち時間を全部使って『お酢』について語り続けた候補者がいた。
また、別の機会ではUFOや異星人との交信について語り尽くした政見放送もあったし、変な一発芸を続ける候補者もいた。素人芸人の番組だと思って観てた。
=+=+=+=+= 一番の被害者は記事にある通り、あれを通訳しなきゃいけない人なんだよな。
今回の事例のように、法律が間違ってる事・対応しきれない事なんていうのはその内出てくるわけで、 放送法で規定されていようが、一般的なモラルを著しく逸脱しているものについては立候補者としての資格を取り消してもらいたいくらいだ。 また、通訳者が申し立てれば即訴訟をおこして精神的苦痛に対する慰謝料を請求できるような環境を作るべき。
今の日本の法律は穴だらけだから、本来なら作り直した方が良いくらい。 いや、流石に石破内閣には作り直してほしくないが。 このご時世にWindows95使ってインターネット繋いでるみたいなもん。
=+=+=+=+= 厳しいことを言うが、こうした記事も自分で「品位」を定義している時点で、民主主義的ではなく、独善的な発想がある。 品位などという客観的な尺度は存在しない。 それを「悪きもの」「社会不適合」と断じて論評すること自体の独善性を考えないといけない。 繁華街にタムロする不良と同じく、そこに有意義な動機やリアクションが存在する限り、彼らはタムロし続ける。つまり我々の社会は、我々のリアクションで成立している。 選挙におけるリアクションはまさに「投票」に集約される。どんな政治家を選ぶか、我々の民度や誠実さが、いまの世の中のありようを全て決めている
=+=+=+=+= 候補者には表現の自由がありますので、名誉毀損や侮辱罪、公然猥褻等の法令に抵触しなければ、寝そべりもコスプレも何でもありだと思います
納得いかないなら他の候補者に投票すれば良いですし、良いと思えばその人に投票するのも民主主義です
ただ選挙はどんな政治をするかが大切ですので、有権者は白けた顔で見ていると思いますし、彼らは自動車が買える供託金を国庫に捧げるのが趣味なのかなと思います
=+=+=+=+= 主張と品位は別だと思います。 素晴らしい主張を持つ方でも、品位がなければ排除すべきです。
例えば、放送前に事前にどのような内容を伝えたいのかレポートに記載して頂くというのはどうでしょうか。 それだけでも、よほど品位の無い方は見抜けると思います。また要注意人物とした場合は、放送時に注意して構えることが出来るハズです。
=+=+=+=+= 国の審査で立候補権を与えたほうがいいのではないですかね。 SNS文化が浸透しすぎた結果「目立った者勝ち」という風潮はどこかで歯止めをかけなければ日本のポピュリズムは際限なく拡大を続け最後は国体を失ってしまいます。
=+=+=+=+= 近年のSNSでバズればいいといったネット社会の風潮が政権放送にも波及している気がしてなりません。有権者の支持を得たいというより、自分がバズって注目を浴びたいだけだと思います。 倫理観から逸脱した奇抜なファッション、過激な言動、過度なパフォーマンス、視聴者目線に合わない候補者の政権放送は中止にすべきです。
=+=+=+=+= 政見放送は無編集で流さなければならないという決まりになってるのが。
一応公職選挙法第150条の2(政見放送における品位の保持)で、他政党(他団体)の名誉を傷つける内容、風俗を害する内容、商品の広告や宣伝は禁止されているにはいるのですが、これに違反した場合の罰則は明記されていません。
表現の自由は尊重されるべきですが、選挙管理委員会による一定の検閲はあってもいいでしょうねぇ。
=+=+=+=+= 今まで、こういう政治モラルの問題って日本人の民度が他に比べて低いからだと思っていましたが、恐らく民度が低いほど政治は多様性が無いから、日本の社会が成熟して民度が上がってきたのだろうと思うようになりました。これから必要なのは多様性からきちんと変なものは選ぶほうが選り分ける必要があるんだろうな。
=+=+=+=+= 方向は違えど、現職だって品位を持ち合わせていない方、たくさんいらっしゃるでしょ。子供は親を見て育つじゃないけど、まさにそれだと思いますよ。やり過ぎたほうがウケるって風潮も追い風になって、品位なんかないほうがむしろ注目されやすいし、落選しても自身のSNSの宣伝活動だと思えば安いもの。個性を重んじて礼儀をないがしろにした現代教育の結果ですよ。
=+=+=+=+= こんなのはごく一部の人だとしても、もう日本人のモラルが高い前提で考えることは出来ないってこと。ここまではしていなくても、ポイ捨てが平気な連中はたくさんいるじゃないか。 政見放送なんて放送中に見られる人は殆いないのだから廃止すれば良い。何でもかんでも自由だ権利だというのは間違っている。他に選挙活動の手段は多いのだから、ポスター掲示も場所を減らすべきだし、金がかかって効果的ではない部分は削ぎ落とすべき。
=+=+=+=+= 政見放送についても倫理に基づく放送コードを設定すべきです。表現の自由は公共の福祉を侵害してはいけないと言う憲法規定もあるので、放送界は最高裁まで争い判断を求める事を恐れずに規定を設けて規制すべきです。
=+=+=+=+= 品位を欠く言動をする人間が候補出来る事が問題だ! 〉「品位を欠いた発言を通訳することは、手話通訳士に大きな精神的・倫理的負担になります」 これは至極真っ当な意見ですよ、誰がこんな奴等の通訳しなければ成らないのか。
そうした事でも分かる様に、誰でも立候補出来てしまう事が先ず間違いでも有る。 どれだけの熱意とこの国や土地への愛情、感謝、敬意等が有るのかの意思確認位はすべき事じゃないか。
もっと言えば、どれだけの規律や教養が有るのかも大切な条件だと感じる。何でも誰でも、多様性なんてのはおかしい事であり間違いもある。
=+=+=+=+= 限度はあると思うけどこれは仕方ないだろ 打ち合わせと同意なく通訳の方に触れたりする人は明らかに悪いけど 候補者の言論や表現を個人が不快だからと遮ることはおかしい
こういうことは自分目線ではなく第三者目線で見て、自分の発言なども不快だから禁止なって言われたらどう思うのか考えるべき
=+=+=+=+= 敷居が低くなった分、様々なタイプが出るようになった。 表現の自由が絡むから放送制限を個別にする基準策定が難しいと言うか泥縄だろう。 一つの案として、画像は静止画だけにして音声は時間制限付き原則ノーカットで行うと言う手もある。 そうすれば、寝ようが裸になろうが自由だ。
=+=+=+=+= 敷居が低くなった分、様々なタイプが出るようになった。 表現の自由が絡むから放送制限を個別にする基準策定が難しいと言うか泥縄だろう。 一つの案として、画像は静止画だけにして音声は時間制限付き原則ノーカットで行うと言う手もある。 そうすれば、寝ようが裸になろうが自由だ。
=+=+=+=+= 政治は何もかもが遅れている。 もちろん、ある程度の許容はあって叱るべきだが通訳への行為・脱ぐなどのハラスメント行動はもちろん、寝そべるなど関係のない行為は厳しく取り締まり罰するべきもの。
そもそも政見放送はリアルタイム放送が必要なく ネットを活用し録画で行えばよく、選挙カーも不要でネット配信によってアピールすればよい。
ネットが触れないという年配の方用に、例えばNHKBSである程度均等に流せばいい。 そうすれば、高齢者が時期によって外に出て汗をかいたり、熱波の中不要に倒れたりすることもなくなる。 テレビのアンケートで投票もできるし(個は難しいという点は残るが)、ネット投票もしやすくいけるので不必要な準備や人手も減るかと。
=+=+=+=+= 残念ながら、我々自身の問題ではないでしょうか。
有権者、つまり国民は、非常識で派手なパフォーマンスや過激な言葉に反応すると思われているのです。 実際、記事にもあるように、それで当選した候補者もいました。
ではどうするべきなのか。必要なのは、有権者が棄権しないことだと思います。 おそらく、過激な政見放送を見てその候補者へ投票する人は、どちらかというと積極的に投票所へ向かうと思います。一方、普通の有権者ほど棄権が多いと思います。
ですから、たとえ過激な政見放送をした人に投票する有権者がいたとしても、普通の有権者が棄権をしなければ過激な政見放送に意味がないことを示すことができるのではないでしょうか。
=+=+=+=+= 世の中は、ルールとマナーで成立している。 ルールは明文化されたもので、皆がそれに従って守るべきもの。 マナーは明文化されず、その集団等に属する人間から共通で持っている「常識や良識」に従って、自主的に守るべきものである。 この2つがあってこそ、人間社会は成立するのだ。
しかし、最近の政見放送に代表されるように、今の日本はルールさえ守っていればマナーなんて知らねーよ、という人間が増えてきた事が分かる。 これの根本的な原因は、貧しい者が増えてきたという事であろう。 経済的な側面の貧困は教育レベルの低下に繋がりやすく、結果、道徳面・精神面での貧困も招く。当然、マナーなんて金にならない事には興味が湧かないメンタリティになる。興味があるのは金に直結する(しかも自分自身の)事柄しかない。なので、この様な事態になっている訳だ。
=+=+=+=+= 私は一度も政局放送ってみたことないけど視聴率というか見てる人どれぐらいいるんだろう? 変な候補者たちはYouTubeやSNSに転載されて面白おかしくみられることを期待して変な放送するんだろうけど、そうなっちゃうなら政見放送は別にいらなくてSNSで個々人が発信するだけてわ良いのでは? 昔よりも個人が発信できるツール増えてるし政見放送という公共のもののの必要性が無くなってるように思います
=+=+=+=+= 政見放送は全て実費にしたら如何でしょう。 これだけ愉快犯が出て来てしまう選挙制度も問題ですが、抜本的な法改正をしなければ今後も続くでしょうね。 供託金300万円も名売りのYoutuberにとってははした金ですし、ここを強化してしまうと候補者も極めて限定されてしまう可能性が有りますね。 候補者に対してモラルを説いても無意味ですし、やはり法改正以外出口が見えないですね。
=+=+=+=+= 学校の道徳教育や 親のしつけの行き過ぎが問題になり あまりその関係を厳しく言わなくてなりました 昔はよく品がない とか人様に笑われる 目上の人には敬意をもちなさい また大切にしなさいと言われて育った私からすれば 今の時代は悲しくなります たとえ 選挙のライバルでも敬意を持って接するべきだと思いますよ
=+=+=+=+= 候補者のモラルで済ませていいのだろうか。 まあ、そのまま放送することはその候補者のモラルの低さをさらけ出していいと思うけど。
本当に、見るに堪えない政見放送が多すぎる。 法規制で、1度でも下品な政見放送をした場合、次から5年間立候補を認めないとかにしたほうがいいと思う。
=+=+=+=+= 最近特に疑問に感じるのが、反ワク、反NHKって連中の実態です。
何か起きると、コメントなどでも、これらやトランプ辺りを無理やり絡めている連中を散見します。 先ほどはトクリュウと反ワクの繫がりを報じた記事がありましたし。
そんな連中が、人心を混乱させたり、国民同士を疑いあわせ疑心暗鬼に貶めるような作用を狙いながらに、個々を特に高齢者を孤立させ、実際に連日起こっているような闇バイトを用いた強盗、致傷、致死事件のような実質的な被害を広めている感じがします。
放送倫理に鑑みて放送しないと、毅然と対応すればいいものを、法曹界すらもその手の、事実、法の隙間を狙った悪意のある連中をのさばらせるのに協力した前例を作ったってことでしょう。
=+=+=+=+= 選挙の公示前から予想してはいたが、実際に政見放送を観たときは、とても不愉快だった。 しかし、政見放送の規制には賛成できない。 記事には「候補者のモラル」とあるが、自分から見るとむしろ有権者側のモラル…民主主義に対する意識の低さこそが最大の問題と思う。 当選はしないまでも、実際に票は入るし、商売に利用できているのが現状。 そこが問題なのだと思う。
=+=+=+=+= そして公職選挙法は、候補者や政党が録音・録画したものを、放送局が「そのまま」放送しなければならないと定めている。公職選挙法は同時に、候補者や政党は「品位を損なう言動をしてはならない」と規定しているものの、放送局は基本的にそのまま流しているのが現状だ。
この「品位を損なう言動をしてはならない」の品位を損なう言動の具体例を可能な限り並べて法令化するしかないと思う。
まぁそもそも現実的に考えたらちょこっと服を脱ぐとかのレベルじゃなくて例えば下半身丸出しなら間違いなくモザイクかけるかカットするやろ。
=+=+=+=+= 今の政治への不満の現れなのかもしれません。現役の政治家がやりたい放題なのですから、合法ならやもうえない。手話の方には、いくらならやると契約をしてもらいそれなりの報酬を払いましょう。これで政見放送を若者が見て選挙に興味を持ったらそれはそれで国益と思います。
=+=+=+=+= 投票率が上がって有権者のモラルが上がらないと対応できないかなぁ。 問題になったような政見放送は多分規制できないし。 そしたら何が効果発揮するかって、モラルの無い政見放送に価値が見いだせなくなることが必要ってことでしょ。 そしたら、政見放送にモラルを持って出られないような輩に対してスルーすることが必要だと思うんだよね。
=+=+=+=+= あの政見放送は、まさしく現代社会の縮図だと思いました。私たちの心を映し出していると言っても良いと思います。暴れて机の上に乗り、叫んだ候補者もいましたが、あれはこんな世の中で、もう叫ぶしかないという悲鳴のように悲しく聞こえました。
=+=+=+=+= 何故、基本的にそのまま放送するのか、これは恣意的な検閲を避けるためです。 「自由」を履き違え、とにかく義務の発生や監視を強化、とした昭和の時代とは違い、またちがった履き違えかたをしてしまっており、昭和の時代に戻らざるを得ないような状況では、最終的に国民の側が「損」をする事になるでしょう。
=+=+=+=+= 政見放送を利用して、過激なパフォーマンスにより、ネット視聴回数を増やすとともにフォロワーを増やす。選挙での立候補時の費用含めて安く、元は十分に取れる。最初から選挙で当選しなくても良い訳で、これが問題の根源。
早急な、何らかの法改正が必要である。
=+=+=+=+= 政見放送は、ありのまま放送されなければならない。一方で、"政見放送ではないもの"は、文字通り政見放送ではないので放送する必要がない。問題は誰がどういう基準でそれを判断するのか?ということ。一義的な判断は不可能なので、それはやはり個々の視聴者が判断すべきだろう。ではどうするべきか? 見たくない、聞きたくないと視聴者が判断した場合、TVのリモコンでNGボタンを押せば、その人の政見放送が終わるまでは映像と音声がカットされる仕組みがあればよさそうである。
=+=+=+=+= 世の中にはモナリザにペンキぶち負けて、環境問題に目を向かせようなんていう連中もいる。 ならば、今の政治や選挙がいかに茶番で虚しいものかを、いろんな形で表現する自由はあった方が良い。 しかし、批判とは形ばかりで単なる売名行為でyoutube稼ぎのためだけにやっている連中なら、公民権は剥奪した方が良い。ジャッジする方、責任重大です。よろしくお願いします。
=+=+=+=+= 常日頃からディベート形式で討論番組が必要だと思う。そして政治が権力持ちすぎだね!政治家は特権意識特に自民維新の議員は目に余るものがある。金で票を買うとか例えばN国党なんかはいい事例だよ。誰でも政治に参加できるのは必要だと思うけど、誰でもって訳やない。そこには高い意識とモラルが必須だと思うな。
=+=+=+=+= 東京都知事選挙ではあまりに酷い政見放送を流す候補者が続出し、手話通訳の方々が不憫にさえ思えた一方で、どのような仕事もやり遂げるプロ意識には感銘を覚えました。 とはいえ、低モラルな候補者のお遊びに付き合わされるのはたまったものではなく、通訳者の方々に多大な負担がかかっているのは事実でしょう。この手の非常識な連中の良識に訴えても仕方ありません。憲法が保障する政治活動の自由や表現の自由とのバランスは非常に難しいですが、何らかのルール作りは必要なのだろうと思います。 余談ですが、N党一派の候補者が「NHKをぶっ壊す」を連呼したせいで、その部分の手話を覚えてしまいました。通訳者によって表現の仕方は微妙に違うんだなあ、という・・・どうでもいいですね。
=+=+=+=+= 東京都知事選挙ではあまりに酷い政見放送を流す候補者が続出し、手話通訳の方々が不憫にさえ思えた一方で、どのような仕事もやり遂げるプロ意識には感銘を覚えました。 とはいえ、低モラルな候補者のお遊びに付き合わされるのはたまったものではなく、通訳者の方々に多大な負担がかかっているのは事実でしょう。この手の非常識な連中の良識に訴えても仕方ありません。憲法が保障する政治活動の自由や表現の自由とのバランスは非常に難しいですが、何らかのルール作りは必要なのだろうと思います。 余談ですが、N党一派の候補者が「NHKをぶっ壊す」を連呼したせいで、その部分の手話を覚えてしまいました。通訳者によって表現の仕方は微妙に違うんだなあ、という・・・どうでもいいですね。
=+=+=+=+= 難しく分析しなくても単純に過激なことをしている候補者を見て喜ぶ人たちがいるってだけでしょう? その瞬間に目立ったらいい人と、その瞬間だけ面白かったらいい人たちとである意味需要と供給が完成されていると思いますけど。 ただそのような人たちの政見放送は決して心に刺さる訴えはできないと思いますけどね。 自由と権利を認めすぎるとこんな感じになるいい例だと思いますよ。
=+=+=+=+= どんなルールであっても完璧ということは絶対にありえないわけで、だから法律にも解釈の余地があり判断する人がいる 全ては程度の問題ですよ 少なくとも発信力の強いテレビ放送は規制を厳しくしてもいいでしょう
=+=+=+=+= 視聴者にストレスとか言うなら、視聴者が評価できる仕組みを考えたら?不快に思うとかの割合が一定数を超えたら禁固刑とか?dボタン使えばできそうですけど?「表現の自由」には『表現したものを他人に評価される自由』も含まれるから、それくらいしてもいいのでは?
=+=+=+=+= 公職選挙法に「品位を損なう言動をしてはならない」という規定があるのだから、公示/告示から立候補の締め切りまで一定の期間を設けたうえで、ポスターと政見放送の審査を行い、規定に反する内容の場合立候補できないようにすべきだと思う。
=+=+=+=+= 現在のように情報ソースが豊富にあり、候補者も大衆化した時代に、NHKによる放送はそぐわないのだろう。 今後は選挙対象の自治体や国が①選挙サイトを設け、候補者のリンクを掲載する②書面資料を作成し、配布する、ことで十分てはないか。費用も抑えられるだろう。
=+=+=+=+= 結局こういうところに国の品や質が問われるんだろうと思います ルール上許されているんだから何を言っても、何をしても良いという下劣さが 今の日本という国を物語っているように感じます 人は人の評価の上にあり、まして政治家に本気でなろうとするならどういう評価が必要かという視点が唯一無二であり、その上で行動する必要があると思います 国政選挙における選挙活動で、コスプレや奇声を発する、他の立候補者の邪魔をする、ましてや女性が肌を露出するなどがあれば、この国の将来はもう悲しい先しか見えてこなくなってしまいます
=+=+=+=+= 自由をはき違えている。NHKもだが、政府がルールを厳格化しなきゃ、賢くない国民ばかりになり、罰する規則も必要ですよ。 これは批判ばかりする政党達が原因。悪口ばかり、権利を主張するには義務を真っ当しなきゃ、政府政治がわるい。もっと厳格な国にしよう。
=+=+=+=+= 国民共通の常識は存在しないことを肝に銘じて立法機関は禁止すべきことはすべて法律で定める必要が有ると思う。外国から観光客だけでなく労働者もどんどん受け入れようとするならば当然必要なことでしょう。
=+=+=+=+= 良し悪しを決めるのは有権者だとしても、良しを示すことはできても悪しを示す手立てに乏しいことが問題ではないかと。 投票時に信任だけではなく不信任者への投票もさせて、一定水準以上の不信任を得た候補者には公民権の制限などペナルティーをさせるとか。
|
![]() |