( 223786 ) 2024/10/19 00:08:01 0 00 コラージュ・舘七菜子
10月1日に就任したばかりの石破茂首相は、これまでの自民党出身の首相とは違ったアプローチで、外交・安全保障政策を展開しようとしている。日米地位協定の改定や、アジア版NATO(北大西洋条約機構)の創設……。国内だけではなく、外国にも波紋を広げた首相の構想は、新しい日本外交のかたちを描き出すのだろうか。
【図解】主要6党が公約で掲げる外交・安全保障政策①
「安全保障、防災、地方創生の三つがライフワークだった。それを実現するために総裁になるんだ」 自民党総裁選を1週間後に控えた9月20日午前、東京・永田町にある衆議院第2議員会館。毎日新聞の単独インタビューに応じた就任前の首相は、ゆったりとしたそれまでの口調を一変させて語気を強めた。背にした書棚には、国防に関する書籍がずらりと並んでいた。
首相は、防衛庁長官や防衛相を歴任した党内きっての防衛族議員。総裁選で「最後の戦い」を宣言して掲げた政策集には「安全保障基本法の制定」や「日米地位協定の改定の検討」「地域の多国間安全保障体制の構築(アジア版NATO)」といった渾身(こんしん)の政策を盛り込んだ。いずれも現行の安保体制を大きく転換させうる刺激的な構想で、自らのカラーが前面に出た内容だった。「自分がやりたいことをどうしても実現したいという思いは、今までの4回よりはるかに強いものがある」。5度目となる総裁選挑戦での悲願の勝利に向け、熱い思いをたぎらせていた。 その11日後、第102代首相に就任した。ところが、政権の基本構想を語る場として注目を浴びた所信表明演説やその後の国会論戦などで、構想を「封印」した。衆院選の党公約にも「日米地位協定のあるべき姿を目指す」と触れただけで、石破カラーが早くも失われたとの落胆と批判の声が交錯した。
3万人が参加し開かれた、米軍ヘリ事故に抗議する宜野湾市民大会=沖縄国際大学で2004年9月12日、木葉健二撮影
日本の外交・安保政策の根幹は、同盟国米国との関係のあり方だ。首相は日米安保条約を「米国は日本の防衛義務、日本は基地提供の義務」を負う仕組みと分析。「非対称双務条約」だと断じる。 同条約に基づく在日米軍の身分などについて定めた日米地位協定についても「運用改善で対処してきたが、そろそろ限界なのではないか」と問題視しており、国内での訓練用地不足に直面する自衛隊が米国で訓練できるようにする「在米自衛隊地位協定」の締結や在日米軍基地の共同管理を訴える。 数々の訴えの背景には、実体験がある。2004年8月に米軍の大型ヘリコプターが沖縄県の沖縄国際大に墜落した事故だ。日本の警察は地位協定に阻まれて現場に立ち入ることさえできず、日本政府は厳しい世論の批判にさらされたが、当時、防衛庁長官だった首相は、批判のまっただ中に身を置いた。近年は政権中枢から距離を置き、時には「党内野党」と呼ばれたが、その間も安保政策の持論を磨き上げてきた。
多国間安保体制としての「アジア版NATO」構想も異彩を放つ。総裁選では、ロシアに侵攻されたウクライナが欧州諸国の相互防衛システムであるNATOの加盟国でなかったために抑止が破れたとの持論を展開。「アジアにそのようなシステムがないことは極めて問題だと20年以上前から思っている」と訴えた。 首相は、日米同盟や米・オーストラリア・ニュージーランド3国間の相互安全保障条約(ANZUS)など、既存の枠組みを統合して「アジア版NATO」を実現していく道筋も想定している。しかし、長年の「非主流派生活」のため、党内基盤は盤石ではない。構想が内外に波紋を広げる中、首相が持論を「封印」する場面も増えている。 10月9日の衆院解散を受けた記者会見。「石破らしさ」が阻まれている理由を問われた首相は「自民の中できちんと議論し、コンセンサスを得なければならない」とした上で、こう強調した。「党内にいろんな考え方がある。なんで自分の意見をわかってくれないんだという人がいないように丁寧に丁寧にやっていきたい」
日米共同訓練に参加した陸上自衛隊水陸機動団の隊員=静岡県の東富士演習場で2022年3月15日午後0時18分、西夏生撮影
コンセンサスを得るのは党内だけではない。中国に対する警戒感を強める国々でも有事の相互防衛を許容するまで国民的な理解が得られているとは言えない。そもそも、欧州に比べ、アジア各国は一枚岩ではなく、急速に力を増す中国に対する距離感にも違いがある。 首相の主張は米国からも冷ややかな視線を浴びている。従来は米国に「アジアの実情に合った連携網作り」を助言する役回りだった日本だが、逆に米国から「現実離れ」(米元高官)を指摘される皮肉な状況となっている。 「米国はアジア版NATOをつくろうとしているのではない」。バイデン米大統領の側近、サリバン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は今年7月の安保関連のイベントでこう強調した。自民党総裁選のさなかには、クリテンブリンク国務次官補(東アジア・太平洋担当)が首相の構想について「議論するのも時期尚早」とくぎを刺す場面があった。
主要6党が衆院選の公約で掲げる外交・安全保障政策①
バイデン政権は中国との戦略的競争を見据え、同盟国との個別の連携だけでなく、同盟国同士の結びつきを強めるのに腐心してきた。日米を中核として、豪州、フィリピン、韓国との3カ国協力、豪印との4カ国協力の枠組み「クアッド」の連携を強化。米国の有識者やメディアでも「アジア版NATO」の可能性は話題にはなってきた。 しかし、米政府は一貫して「軍事同盟をつくる意図はない」と強調している。米シンクタンク「ランド研究所」国家安全保障研究部のジェフリー・ホーナン日本部長は毎日新聞の取材に「NATO加盟国と異なり、インド太平洋地域の各国には共通の脅威認識も相互防衛の意思もない。例えば、日本と豪州、日本と韓国でも対中国の脅威認識は異なる。大半の専門家は、アジア版NATOは非常に難しいと考えている」と指摘する。 首相が連携相手に想定する国からも否定的な声が上がる。インドのジャイシャンカル外相は10月1日、「インドはどの国とも条約上の同盟国になったことはない。我々には(日本とは)異なる歴史、異なるアプローチの方法がある」と指摘。カナダのブレア国防相も9月の米ブルームバーグ通信のインタビューで「インド太平洋の戦略的競争への対応は、NATOとは異なる形になるだろう」と述べた。
主要6党が衆院選の公約で掲げる外交・安全保障政策②
一方、米政府は、首相のもう一つの持論であり、野党第1党の立憲民主党も訴える「日米地位協定の改定」については慎重に出方をうかがっている。国務省や国防総省に改定協議に応じる用意があるか尋ねたが、いずれも回答を避けた。 ホーナン氏は「米軍人が関与した疑いのある事件の司法権の問題が念頭になるのなら、米政府が議論に応じるとは思えない。米国は、どの国とも改定の協議には消極的で、改定を強硬に主張すれば、日米間に摩擦を生むだろう」と指摘する。 元米政府高官も「地位協定の見直しを巡る議論は常に難しい。やるからには相応の目的が必要であり、例えば南西諸島での米軍と自衛隊の基地の共同利用を促進するような改定なら価値がある」との見方を示す。
「日米同盟を基軸とした安定した外交・安全保障政策を進める」。政権交代を掲げ、自民の最大のライバルとなる立憲民主党は衆院選公約でこう明記した。日米地位協定の改定などは訴えるものの、政策の根幹は自民政権から引き継いだうえで発展させようとする姿勢が鮮明だ。野田佳彦代表も「空白をつくらないため、一挙に180度転換するようなことはできない」と訴える。 自民党政権の「継承」も視野に入れる背景には、緊迫化する国際情勢に加え、かつて政権を担った際の「トラウマ」がある。立憲の源流とも言える民主党政権(2009~12年)で外交・安全保障政策は大きく混乱。政権交代時の鳩山由紀夫首相は「東アジア共同体構想」を打ち出し、アジアを重視して日米同盟を相対化すると訴えた。加えて、沖縄県の米軍普天間飛行場に関しては「最低でも県外移設」と表明。しかし、いずれも実現せず、日米関係は不安定化した。安保政策は旧民主系政党の「アキレスけん」と今もやゆされる。 民主党政権最後の首相を務めた野田氏は代表選で当時を振り返った際、「前の前(の鳩山政権時)に日米関係がかなり後退していた。私は立て直しの役だった」と苦々しく語った。当時を知る立憲関係者は自嘲気味に語る。「あの時は自民党や官僚が寄ってたかって潰しに来た。今、野田さんが変えると言っても霞ケ関(の官僚)が猛反発して変えられないし、変わらないよ」【川口峻、中村紬葵、ワシントン秋山信一】
川口峻記者・秋山信一記者
9人もの候補者が立候補した自民総裁選のさなか、石破茂首相が強烈な自負心とこだわりを見せたのが安全保障政策だった。 総裁選の構図が固まる前から防衛政策では誰にも負けないとの自信を示し、豊富な知識と経験で他候補との差別化を図ろうとしていた。告示日の演説では10分程度の限られた時間の6割を安保に費やしたことも、石破氏らしさだったと思う。 一方、難解な安保用語を用いることもしばしばあり、政府が毎年発行する防衛白書にも近年は載らない用語を使い、「記者がこんなことも知らないとは」とあきれてみせる場面もあった。 日米地位協定の改定もアジア版NATOも、国民的な理解を得られるかは首相の問題意識や説明が広く共感されるかどうかにかかっている。安保に関する議論は概念的になりやすく、自衛隊など最前線の動向や能力も公にされることはほぼない。首相には安保の議論を専門家だけのものにせず、国民に広く、分かりやすく示してほしい。
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