( 223981 ) 2024/10/19 15:11:54 0 00 大学卒業後、無事に就職したとしても、多額の奨学金の返済に苦しむ人が増えている(photo 写真映像部・和仁貢介)
学生生活の支えとなる奨学金。けれど、卒業後に返済に苦しむケースは多く、社会問題になりつつある。そんな中、福利厚生の一環として奨学金の肩代わり返済を打ち出す企業が増えている。
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■学生の2人に1人が奨学金を借りている
「第二種奨学金(有利子)を借りていましたが、今となっては総額がわかりません(笑)。ただ、月々5万円を3年間借りていたため、利子を含めると200万円くらいでしょうか? 卒業してまもなく10年ですが、今も毎月1万5000円が自動的に口座から引き落とされています」
そう語るのは、通信系の企業に勤める小金井麻衣子さん(33・仮名)。学費の値上がりが続く中、日本学生支援機構(以下、JASSO)が公表した「令和2年度学生生活調査」によると、学生の2人に1人が奨学金を借りているとされている。返済に追われている社会人は大勢いる。小金井さんは、こう続ける。
「『その程度の額なら……』と思うかもしれませんが、大変なのは社会人になって数年間です。手取りは20万円もいかないのに、そこから奨学金と家賃が引かれていくため、なにを食べていたのかも記憶にないほど、お金のやりくりには苦労しました。3年目くらいで限界を覚え、JASSOに電話して、『経済的に困窮している』という理由でおよそ2年間、返済を止めてもらいました」
奨学金を借りて大学を卒業し、社会人になってからその返済に苦しんでしまう――。小金井さんのような若者は、決して珍しい存在ではない。
■福利厚生の一環で「奨学金編成」
いま、社員が学生時代に借りた奨学金を「肩代わり返済」する企業が増えている。福利厚生の一環として、毎月の返済額を会社が代わりにJASSOに振り込んでくれるのだ。2021年に企業がJASSOへ奨学金を直接返済できるようになったのを機に、この制度を導入する企業が一気に増加した。
福岡市南区に本社を置き、配電線、屋内線、空調・給排水などの設備工事の施工管理・設計を主な事業とする、九電工も今年から「奨学金返還支援制度」を始めた。同社の人事課の担当者は、こう語る。
「この制度は24年4月1日から、26年の間に入社した新入社員が対象者となります。弊社が属する建設業界は需要が高まっており、採用の競争力を強化すると同時に優秀な人材の確保、そして離職防止につなげて、会社の魅力を向上させたいと思っています。さらに社員たちの経済的・精神的負担を軽減して、安心して働くことができる環境づくりのために、この制度を導入しました。今年度の新入社員129人のうち、この制度の対象者は56人です」
同社では10月から社員の奨学金の返済が始まる。その仕組みはどうなっているのだろうか? 九電工の人事課の担当者は、次のように解説する。
「返還の上限は月1万5000円で、それを10年間肩代わりしていきます。例えば毎月2万円の返済がある社員の場合は1万5000円を弊社が払い、残りの5000円は給料から天引きする形になります」
■内定者からの評判は「すこぶる良い」
企業にとっては、それなりの支出だが、内定者からの評判はすこぶる良いという。
「内定者に取った複数回答のアンケートでは、奨学金を借りている内定者の75%が内定を承諾する検討材料になった、と回答しています。これからも説明会や学校訪問でも強調して説明する予定です。また、返済期間は10年までと定めています」(九電工・人事課の担当者)
■まずは「やりたい仕事」を目指す
現役学生のこの制度について、どう考えているのだろうか? 日本最大の奨学金プラットフォームを提供しているガクシーで、インターンとして働いている富山大学3年生の寺田瑞季さん(21)は、こう語る。
「大学1年生から奨学金を毎月10万円借りているような友達もいます。大学を卒業する頃には相当な額になっている。だから、学金を肩代わりしてくれる企業は魅力的です。でも、多くの学生は、将来の返済のことは考えずにやりたい仕事を目指しています。みんな、返済のない給付型奨学金を支給してくれる団体を探したほうがいいと思います」
確かに、現在は将来返済する必要のない給付型奨学金も充実している。寺田さんも給付型奨学金の支給を受けている一人だ。
「高校時代に両親が相次いで他界してしまったため、民間の公益財団法人から毎月7万円を給付してもらっています。ただ、これは4年生までの奨学金のため、大学院に進学する際にはもう一度審査を受ける必要があります。もし、その審査に通らなかったら、貸与型の奨学金を借りることになるでしょう」(寺田さん)
奨学金運営者向けのクラウド型管理システムの開発会社ガクシーも、20年に奨学金の返済肩代わり制度を始めた。その恩恵を受けているのが、カスタマーサクセス部の福田貴大部長(30)。大学と大学院を出るまでの間に、第一種奨学金(無利子)と第二種奨学金を合わせて1000万円以上、借りている。
そのため、社会人になってからの返済額は毎月4万6000円。社会人1年目は今とは違う会社に勤めており、肩代わりもしてもらえなかったため、かなり金策に走ったという。
「奨学金を借りている同期が少なかったため、『同じ年収なのに僕だけが55万円が返済分で消えている』ということを考えると、『貯蓄に回せたよな』とは常々思っていました」(福田部長)
今の会社に転職して以降、金銭的にも精神的にも負担が大きく減ったそうだ。
「毎月の返済額の半分、つまり2万3000円を会社が肩代わりしてくれるようになりました。もちろん、年収が上がったという面もありますが、それを加味しなくても、生活はかなり楽になりました。結婚をして子どもが生まれて、出費も増えたため、月々2万3000円を肩代わりしてもらえるのは非常に助かります」(同)
■企業と社員がWin-Winの関係になれる
話を聞く限り、企業と社員がWin-Winの関係になれる、企業の奨学金返済肩代わり制度。
冒頭の小金井さんは、「そんな制度が就活していた当時あったなら、私も志望する理由のひとつになっていたでしょう」と話す。一方で「奨学金を借りた人は福利厚生で肩代わりしてもらえる一方で、奨学金を学生時代に借りなかった社員たちには、入社後になにかメリットはあるのでしょうか?」と首をかしげる。
その問いに九電工の人事課の担当者は、次のように答えてくれた。
「今のところ、奨学生ではない社員に対して、なにか特別な措置を取る予定はありませんが、会社全体で処遇など人に対する投資を意識して取り組んでいきます。また、今後は若手社員の意見を取り入れ、さらに魅力的な制度を増やしていきたいです」
岸田政権の置き土産である大学院生向けの「出世払い型奨学金」が今秋から始まる。一定の収入が得られるまでの期間返済が猶予されるものだが、結局、返済期間が先延ばしになるだけ。学生時代に奨学金を借りたことで、社会人になってから生じる問題の解決にはなっていないだけではなく、何の意味もない。民間企業が「奨学金肩代わり制度」によって、格差是正を率先して行なっているのが現状だ。
(ライター・編集者 千駄木雄大)
*AERAオンライン限定記事
千駄木雄大
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