( 224064 )  2024/10/19 16:52:28  
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10月15日に行われた総選挙公示を受け、自民党の石破首相がこれまでの主張を一変させたことが注目されている。

経済政策や金融政策、格差縮小に関する主張が否定され、党内結束優先のための方針転換として捉えられている。

自民党は保守政党として知られるが、その中には革新勢力も存在し、石破氏はその一翼を担っていた。

しかし、彼の急激な方向転換は、自民党が持つ党内外の票を取り逃がす結果となった可能性が指摘されている。

(要約)

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Photo:Anadolu/gettyimages 

 

● 総選挙公示、問われる石破首相の豹変 これまでの自らの主張をほぼ“全否定” 

 

 総選挙が10月15日に公示され、27日の投開票日まで各党の政治改革や経済政策などでの論戦が続く。 

 

 だが自民党・石破政権の経済政策は、石破氏が自民党総裁選で主張していたものから全く変更され、それとは逆向きのものになってしまった。 

 

 金融政策の面では、利上げ支持だったはずが、日本銀行に対して追加利上げをけん制した。金融所得課税の強化は行なわないことにした。 

 

 格差縮小で唱えていた法人税や所得税の増税の主張は影を潜めた。 

 

 総裁選で石破氏は、こうした政策を掲げて総裁の地位を獲得した。アベノミクスについては検証が必要だとして批判的な意見を述べていた。 

 

 だがそれらは地方創生プランを除けば、全て”否定”されたことになる。 

 

 君主は豹変すると言うが、あまりの豹変ぶりに言葉を失う。節操がないと言われても反論できないだろう。 

 

 選挙を意識してのことのようだが、むしろ「逆効果」ではないか。 

 

● 選挙対策で党内結束優先 自己否定という判断は正しいか? 

 

 石破氏は、なぜ豹変したのか? 

 

 これまでの主張を掲げていては選挙に勝てないと判断したからだろう。なぜそう判断したのか? 

 

 第1に、政権発足直後に株価が下落した。マーケットは石破氏が語っていた利上げ支持など、金融や財政の正常化を図ろうという政策に”No”を突きつけたのだ。 

 

 第2に、総選挙のためには党内を固める必要があると考えられた。党内で意見が分裂していては選挙に勝てない。総選挙で勝つためには主義、主張などを言っていられない。とにかく党内の統一を見せることが必要なのが現実の政治なのだ、と考えられた。 

 

 しかし、豹変するだけで選挙に勝てるのだろうか? 石破氏の方向転換は総選挙への正しい戦術だったのだろうか? 

 

 私は、そうではないと考える。 

 

 自民党の支持層の投票行動を振り返ると、自民党の基本的な理念には賛成するものの、自民党政治に不満や不信を強めた際に、改革を望んで野党に投票することがしばしばあった。今回は、その人たちが、長く党内では非主流だった石破氏の政権になったことで、投票先を自民党にする可能性があるからだ。 

 

 しかし、石破氏が方向転換すれば、そうした票を取り逃すことになる。 

 

● 「包括政党」としての自民党 石破氏は党内の“革新勢力” 

 

 民主主義国では、おおざっぱにいえば「保守政党」と「革新政党」が対立する構造になっている。 

 

 アメリカは共和党が保守で民主党が革新。イギリスは保守党が保守で労働党が革新。フランスでは保守政党は共和党で、左派側の政党は社会党。そしてドイツではキリスト教民主同盟(CDU)、キリスト教社会同盟が保守政党で、ドイツ社会民主党(SPD)が革新政党といった具合だ。 

 

 保守と革新を分かつ基本は、資本家と労働者の立場の対立だ。前者の所得は高く、後者の所得は低い場合が多い。したがって高所得者対低所得者の区別ともほぼ一致する。つまり資産の保有者である高所得者と、低所得の労働者の区別だ。 

 

 また経済政策手段では、保守政党はマーケット・メカニズムを重視し、政府の介入や補助はできるだけ少ない方が望ましいと考える。それに対して革新政党は、政府の介入や補助政策が望ましいとする場合が多い。 

 

 日本の場合も、「自民党と公明党が保守で、それ以外の政党が革新」という区別が一応されている。しかし、そうした基準では分類しきれないところが多々ある。 

 

 日本では、共産党が上記の意味における革新政党であることに間違いはないが、それ以外の政党は、政治的イデオロギーの違いをそのまま前面に押し出すことは少なく、キャッチオールパーティ(包括政党)としての性格を持っている。つまり、自民党が資本家を代表し野党が労働者の立場を代弁していると明確に分かれているわけでは、必ずしもない。 

 

 自民党が万年政権党であるのに対して、それ以外の政権が万年野党だという違いのほうが分かりやすい(ただし、1993~1994年の非自民・非共産8党派連立政権、2009~12年の民主党・社会民主党・国民新党連立政権党政権を除く)。 

 

 特に自民党は包括政党の性格が強く、支持層、また政策も全ての階級を対象としている。とりわけ重要なのは、従来型の産業や自営業、そして衰退産業を代表している面もあることだ。 

 

 実際、日本では、農業などの衰退産業を保護することが自民党の重要な政策と考えられてきた。 

 

 その典型が農業だ。高度成長に取り残されていく農業を強力な支持基盤とし、さまざまな補助政策を導入した。また自営業者についても類似のことが言える。つまりこの面では、自民党は資本家の政党というよりは、むしろ従来型産業の利害を守るという性格を強く持っていたのだ。 

 

 

 石破氏が長く掲げてきた「地方創生」も、そうした側面を強調したものだ。 

 

 このように、自民党の中での政策理念は非常に幅広い。だから自民党のなかでの“革新”というのも十分あり得る。 

 

 とりわけ石破氏の場合は、戦後最長となった安倍政権以降、その流れを汲んだ菅、岸田政権が続いてきた中で党内非主流としての立場であり、経済政策でもアベノミクスに対して批判的な考えを示していたし、著作の中でそのことを明言していた。 

 

 いわば自民党の中での”革新勢力”といえた。この位置づけは、今回の自民党総裁選の過程や結果ではっきりと示された。 

 

 旧安倍派を中心とした裏金問題で政治不信が強まる中で、刷新が必要だとの自民党内の空気が石破氏の勝利を後押ししたのだ。 

 

● 自民党に不満の人の「票」を得た可能性 千載一遇のチャンスを取り逃がした 

 

 ところで国民は、自民党内の勢力分布に直接影響を与える手段をもっていない。 

 

 そこで、これまで選挙の際に「野党の政策に賛成しているわけではないのだが、自民党のこれまでの政策に反対ということを示すために、野党に投票する」、「自民党の政策方向に間接的に影響を与えるために、とりわけ過度に保守的な方向に走ることを牽制するために、野党に投票する」という考えで投票していた人が、かなり多かったと考えられる。 

 

 日本の革新政党は政権党となる可能性が非常に低いので、選挙で革新政党に投票しても現実の政策を変えることにはならない。しかし、野党票が増えれば、政権党である自民党の中での保守勢力と革新勢力の力関係が変化し、その結果、現実の政策が変わる可能性がある。だから、こうした投票行動は合理的なものであると評価することができる。 

 

 しかし、こうした間接的方法は、投票したくない対象に投票するわけだから、フラストレーションが残る。しかも効果が明らかでないから不満が募る。 

 

 そうした人たちは、自民党の中の改革派が自民党総裁になれば、当然、自民党に投票するだろう。 

 

 だから、今回の総選挙で石破氏が総裁選で主張していた路線を標榜すれば、これまでの自民党政権の政策に不満だった人々は、野党に投票するのではなく、石破政権による方向転換を期待して、自民党に投票することが大いにあり得るだろう。 

 

 ところが、石破氏は自ら豹変したことによって、そうした人たちの票を逃してしまったのではないか? 

 

 そうだとすれば、自民党は(そして日本の政党政治は)政策転換の千載一遇のチャンスを取り逃がしたことになる。 

 

野口悠紀雄 

 

 

 
 

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