( 224071 )  2024/10/19 16:59:23  
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水元公園の航空写真(画像:国土地理院) 

 

 X(旧ツイッター)で「水元公園」が危険だという投稿が拡散され、注目を集めている。この騒動は2024年10月14日頃に始まった。水元公園は東京都葛飾区にある広大な公園で、ジョギングや散策、ピクニック、バードウォッチングなど、さまざまなアクティビティが楽しめる自然豊かな場所だ。公園の開園面積は、なんと東京ドーム約21個分に相当する96万3631平方メートルに及ぶ。 

 

【画像】「えぇぇぇぇ!」 これが「35年前の水元公園」です! 画像で見る(15枚) 

 

 きっかけは、水元公園の魅力について語るユーザーの投稿だった。その投稿に対し、別のユーザーが反論し、水元公園で未報告の女性への性被害を多数知っていると主張した。さらに、そのユーザーは自分が直接目撃したとまでいっている。驚くことに、この反論の投稿には 

 

「11万」 

 

を超える「いいね」が集まり、瞬く間に拡散した。これにより、水元公園の評判は大きく揺らいでいる。 

 

 しかし、本当にそれほど多くの事件が起きているのだろうか。実際の状況を確認するために、新聞データベースで調査してみた。直近の事件としては、2020年11月に発生した事件がある。この事件では、21歳の男が朝の時間帯にジョギング中の40代女性を狙った。男は性的暴行を目的として被害者を押し倒し、カッターナイフを突きつけて脅迫したという。この事件は確かに深刻だが、SNSで主張されているような 

 

「頻繁な犯罪発生」 

 

とはかけ離れている印象だ。むしろ、この一件が報道されていること自体が、水元公園での重大事件がいかにまれであるかを示唆しているといえる。 

 

 さらに、水元公園が危険だということを示す事件は、公園の開園以来ほとんど報じられていない。報道されているのは、 

 

・自殺 

・死体遺棄 

 

が数件ある程度だ。 

 

 性被害に遭った女性が通報をためらい、事件化していない可能性も考えられる。実際、法務省の「第5回犯罪被害実態(暗数)調査」(2019年)によると、過去5年間の性的事件で警察に被害届を出した人はわずか14.3%だ。性犯罪は暗数(統計に表れている数字と実際の件数の差)が多く、統計に表れていない実態があるのは確かだ。 

 

 しかし、それを考慮しても報道された事件が 

 

「極めて少ない」 

 

という事実は注目に値する。 

 

 

水元公園の位置(画像:OpenStreetMap) 

 

 水元公園に対するネガティブなイメージは、1984(昭和59)年に起きた不幸な事件が原因だ。 

 

 この事件は5月24日の夜、公園内の遊歩道でオートバイに乗っていた17歳の高校生が、何者かによって路上に張られたナイロンテープに首を引っかけて転倒し、頭を強く打って死亡したもの。事件現場は駐車場に通じる遊歩道で、夜間は自転車の乗り入れが禁止されていたが、鍵を壊して侵入する少年たちが絶えず、問題視されていた。騒音に耐えかねた近隣住民が犯行に関与したのではないかとも考えられたが、事件は未解決のままだった。 

 

 当時、暴走族が全国的な社会問題となっていたため、亡くなった高校生が暴走族でないにもかかわらず、関連づけられることが多かった。この事件を通じて、水元公園には 

 

「なんとなく危険」 

 

なイメージが定着したと考えられる。 

 

 しかし、報道が少ないからといって、安全だと判断するのは早すぎる。そこで、客観的なデータを使って、水元公園を含む地域の治安を確認してみた。2023年の葛飾署管内の犯罪発生状況を見ると、水元公園がある葛飾区の東金町地区、水元地区、西水元地区の犯罪総数は次のとおりだ。 

 

・東金町地区:47件 

・水元地区:161件 

・西水元地区:106件 

 

 葛飾区内でも特に犯罪が多い新小岩地区(429件)や亀有地区(376件)と比べると、これらの地区の犯罪数は多いとはいえない。たしかに、水元地区では侵入盗(18件)やオートバイ盗(6件)が区内ワーストではあるが、全体的に見て治安が極端に悪いとはいいがたい。 

 

 特に注目すべきなのは、葛飾署管内を含む葛飾区の治安が、東京都の他の地域と比べても比較的安全な部類に入るという点だ。 

 

水元公園(画像:写真AC) 

 

 一般的に治安の指標として使われるのが「刑法犯認知件数」だ。刑法犯認知件数とは、警察が把握している犯罪の件数のことを指す。具体的には、警察に通報されたり、捜査によって明らかになったりした刑法に基づく犯罪行為(窃盗や暴行、殺人など)の件数を指す。 

 

 この認知件数は、犯罪が実際に発生したかどうかは関係なく、警察が認知した時点でカウントされる。つまり、被害者が届け出たものや、警察が自ら発見した犯罪が含まれる。そのため、すべての犯罪が報告されるわけではなく、実際の発生数よりも少なくカウントされることもある。この指標は、地域の治安状況を把握するための目安として使われ、自治体や国が治安対策を立てる際の重要なデータとなっている。 

 

 警視庁が公開している2023年の「区市町村の町丁別、罪種別及び手口別認知件数」によれば、23区の犯罪認知件数は次のように多い順に並んでいる。 

 

・新宿区:4394件 

・世田谷区:3282件 

・足立区:3235件 

・大田区:3179件 

・江戸川区:3116件 

・渋谷区:2874件 

・練馬区:2753件 

・豊島区:2721件 

・江東区:2545件 

・板橋区:2401件 

・港区:2319件 

・葛飾区:2208件 

・台東区:2024件 

・杉並区:1854件 

・千代田区:1806件 

・品川区:1685件 

・北区:1654件 

・墨田区:1598件 

・中野区:1526件 

・中央区:1455件 

・目黒区:1068件 

・荒川区:940件 

・文京区:849件 

 

これを見てもわかるように、葛飾区は港区よりも刑法犯認知件数が少なく、治安が良好な地域だといえる。つまり、水元公園とその周辺地域は、東京都全体の中でも 

 

「比較的安全な地域」 

 

と評価できるのだ。冒頭で触れた話題の発端となっているXでの投稿は、根拠のない情報で地域への偏見を助長する誹謗(ひぼう)中傷に近いだろう。このようなデマを真に受けている人が多いのは驚きだ。 

 

 考えてみてほしい。大規模な公園には多くの人が集まるため、どこでも一定のリスクがともなう。夜間はもちろん、日中でも女性がひとりで歩くのが不安に感じることもあるだろう。また、子どもに近づけたくない不審な人物を見かけることも珍しくない。 

 

 これは水元公園に限った話ではなく、日比谷公園や他の大きな公園でも同じことがいえる。要するに、公園の規模が大きければ大きいほど、そこに潜む危険性も比例して大きくなるのだ。 

 

 

水元公園の空撮(画像:写真AC) 

 

 さて、SNSを用いた悪意の拡散で話題となった水元公園だが、実際は魅力あふれる公園だ。23区最大の敷地内には、高さ20mにも達する200本のポプラ並木や約1800本のメタセコイアが生い茂り、都立公園で最大の森が形成されている。広い面積を生かして、バーベキュー広場やドッグラン、キャンプ場なども整備されている。 

 

 埼玉県との県境にある23区の外れに、なぜこんな大規模な公園が整備されたのだろうか。現在の水元公園があるエリアは、江戸時代に水害対策として開発された場所だ。1729(享保14)年、幕府は現在の東水元6丁目付近で、江戸川に流れ込む古利根川の支流をせき止める工事を計画した。この工事の目的は、支流を遊水池にして洪水被害を防ぐことだった。 

 

 完成した遊水池は「小合溜井(現在は小合溜)」と名付けられ、平時には下流の地域に水を供給する役割も果たした。現在の水元公園の水面部分はこの遊水池であり、公園前のバス停から入り口の土手までを「内溜」、水元公園内を「外溜」と呼ぶ。現在でも遊水池の機能が残っているため、小合溜は公園の管理区域ではなく、葛飾区が管理する準用河川となっている。 

 

 その後、小合溜は1930(昭和5)年に旧都市計画法に基づく「江戸川風致地区」に指定され、自然環境を保護するための取り組みが始まった。このとき、 

 

・洗足 

・善福寺 

・石神井 

 

なども同時に指定された。1940年には「水元緑地」として都市計画が進められ、公園として整備されることになった。この計画は紀元2600年記念事業の一環で、防空緑地としても指定されたため、急速に進められた。 

 

 しかし、土地の買収は行われたものの、公園としての整備は戦争の影響で中断され、買収した土地は農耕地として解放されてしまった。戦後の1946年には、既に買収した土地の約76haが耕作者に払い下げられたため、水元公園の一部は、買収した土地を再度買い直すという複雑な経緯を経て完成したのだ。 

 

 1957年には再び都市計画が決まり、水元公園という名称が正式に定められ、1965年に公園は開園した。その後、1969年には埼玉県に関する部分が都市計画から除外され、以降は東京都の都市計画公園として整備されることとなった。近年も施設の再整備や拡張が行われており、23区最大規模の公園としての魅力がさらに増している。 

 

 

金町駅から水元公園までの徒歩時間(画像:Merkmal編集部) 

 

 水元公園の“欠点”といえば、他の地域からの 

 

「アクセスの悪さ」 

 

だ。公園は最寄りのJR金町駅から離れており、バスで移動する必要がある。iPhoneのアプリで調べたら、2.4km、徒歩32分と出た。23区内には葛西臨海公園や木場公園など、さまざまな規模の都立公園があるが、水元公園に比べると公共交通でアクセスしやすいところが多い。ただ、地元民にとっては、比較的アクセスしやすい近隣にある大きな公園だといえる。 

 

 特に、最寄りのJR金町駅周辺は、ここ十数年で新しい住民が急増しているエリアだ。2013(平成25)年に東京理科大学が誘致されたことをきっかけに、都心へのアクセスのよさから再開発が進んでいる。駅南口にはタワーマンションが建ち、商業施設や図書館も整っていてにぎわっている。 

 

 北口でも、地域の名物である金町自動車教習所を含むエリアの再開発計画が進行中だ。最近では小さな子どもがいる家族連れ向けの店も増えており、非常に充実したエリアとなっている。こうした街の魅力を補完しているのが、水元公園だろう。 

 

 ネット上の風評に惑わされることなく、多くの人に水元公園の魅力を知ってもらいたい。 

 

昼間たかし(ルポライター) 

 

 

 
 

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