( 226996 ) 2024/10/27 16:43:25 0 00 Photo:JIJI
日本の少子化の現状を「危機的な状況だ」と述べる政治家に対して「危機的な状況にあるのは日本の政治だ」と斬るのは、前明石市長の泉 房穂氏だ。「明石モデル」で大胆な子育て改革を実現し、地方政治に革命を起こした泉氏によれば、政府がやるべきことはシンプルで、海外の成功事例を参考にベーシックな政策と法整備を進めることだと語る。本稿は、泉 房穂『日本が滅びる前に 明石モデルがひらく国家の未来』(集英社新書)の一部を抜粋・編集したものです。
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● 市内の小中学校で不祥事が 起きても市長は介入できない
私自身、教育学部を卒業した身なので、教育には強い思いがあります。市長だった12年間を振り返ると、ある程度できたことと、あまりできなかったことがあります。後者の代表が教育です。
市長になってみてよくわかったのは、日本の教育制度の権限と責任の所在がばらばらで、戦後から半世紀以上たった今もまったく変化していないことでした。市内の小中学校の教員の不祥事が発覚したときなどに「私に調査権限や教員に対する指導権があれば、もっとスピーディに動けるし、思い切った再発防止策も取れたのに」と痛切に思ったものです。
現在の教育制度では、人事権は県にあります。だから、小中学校の建物は明石市立なのに働いている職員は県教委の管轄となり、教員たちが何か問題を起こしても市長は手出しできない仕組みになっています。
つまり、現場から離れた都道府県の教育委員会が権限を持っていることで、権限と責任が二重構造になっているわけです。
市長である12年間でもっとも心残りなのは、文部科学省と日教組が結託して治外法権をつくっているかのような昭和のままの旧態依然とした教育制度を突き崩せなかったことです。
教育の権限を県教委や市教委から市長部局に移してもらえれば、ヨーロッパ並みの充実した教育環境をつくる自信はありました。いじめや不登校ももっと減らせるし、障害のある人と障害のない人がともに学ぶインクルーシブ教育も広げていけたはずです。
● 教育現場に根強く残る 旧態依然とした一律主義
欧米では、障害のあるなしにかかわらず、ともに同じ学校、教室で学びます。支援が必要な子どもには、スタッフがプラスして配置されます。ところが、日本は長い間、障害のある子どもは別の学校に行かされてきた歴史があり、このことが日本の福祉を非常に排他的なものにしてきました。
義務教育はすばらしい制度だとは思いますが、それが行き過ぎると子どもにとってはただの強制になってしまいます。「学校に来るのが正しい。遅刻は間違っている」という杓子定規な考え方が、不登校の子どもを生んでいる原因のひとつになっています。そのことを教育に携わる人間は、もっと真剣に考えるべきです。
子ども1人ひとり、個性もあれば考え方や成長のスピードも異なります。そんな多様な子どもたちに対応するために、明石市では学校外の居場所づくりにも力を入れています。2021年度には、無料で利用できる公設民営のフリースクール「あかしフリースペース☆トロッコ」をオープンしました。これはNPO団体との連携で実現したもので、全額公費で助成しています。
子どもたち1人ひとりの個性をしっかり伸ばす。それをサポートしていくのが学校の役割であり、あるべき姿です。学校は行っても行かなくてもいいものであって、そこに子どもの選択権をしっかり保障してあげる。子どもの将来は子ども自身が決めていくものなのです。
今の日本の教育現場には旧態依然とした一律主義が根強く残っています。そのせいで、子どもにとって非常に居心地のよくない場所になっています。
「不登校が増えるのはよくない」と言っているだけでは子どもたちが不幸になるばかりです。子どもたちをサポートするために、1人ひとりが生きるエネルギーを存分に発揮できる居場所をもっとたくさん整備していく必要があります。
● イーロン・マスクが日本滅亡の 警鐘を鳴らした「出生率1.26」
近年、日本の合計特殊出生率(15~49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもの)は下降を続け、上向く気配すらありません。フランス、スウェーデン、イギリス、フィンランド、そしてアメリカも出生率がプラスに転じたのに、日本は前年比マイナスが続いています(図B)。
日本の2022年の出生率は1.26。イーロン・マスク氏から「このままだと、日本は消滅する」と言われたりもしましたが、現実化しかねない状況です。私には、日本の政治の“何か”が間違っているような気がしてなりません。
国会議員をしていた2003年ごろ、海外の取り組みを参考にしようとフランスの少子化対策を勉強したことがあります。
フランスでは「第3子から支給される家族手当」「3人以上の子育て世帯に対しての大幅な所得税減税」「3人以上子どものいる家庭は公共交通機関や公共施設が割引きになる」などの手厚い支援政策を行っていました。
その結果、1994年には1.66まで下降していた出生率を2006年には人口維持に必要な2.07辺りまで戻しました。
わかりやすいインセンティブがあるとそれが国民の安心感となり、出生率は上がるのです。
そもそもOECD諸国の中でも日本は、子どもに関する予算が先進国の半分程度なのに、公共事業は平均より多いという状態が続いています。これは世界の流れとはまったく逆を行っています。
だから私が市長となってから、明石市では公共事業予算などを削減し、子ども予算を倍にしました。そして、ヨーロッパ並みの予算配分と子育て支援策に取り組んだ結果、明石市の出生率は2018年に1.70になりました。コロナ禍の2021年に1.65となりましたが、全国の1.30に比べ高い水準を維持しています。
● 出生数が80万人を割ったのに 日本の政治家は危機感ゼロ
2022年の出生数が統計以来初めて80万人を割ったことについて、磯崎仁彦官房副長官(当時)は「少子化は危機的な状況であると認識している」と述べました。
私はその報道を見て「『危機的な状況』なのは、まさに『日本の政治そのもの』」であり、「あなた方(政府)こそが『危機的状況』」であると思い、ツイッターでもそう発信しました。出生数減少の背景にあるのは今まで続いてきた国政の驚くべき「危機感の欠如」と「やる気の欠如」に他なりません。
国立社会保障・人口問題研究所の2021年の出生動向基本調査によると、夫婦に理想的な子どもの人数を尋ねたところ、その平均は「2.25人」でした。
私はやみくもに人口を増やすべきだとは考えておらず、子どもを持たないという選択をする夫婦がいれば、その考えを当然尊重すべきだと思っています。ただ、「子どもが2人は欲しい」と願う夫婦が多い今の状況を直視し、その希望が叶う環境整備に取り組んでいくのは当然だと考えます。
今、多くの夫婦が理想の人数の子どもを持てないのは、国民みんなが不安だからです。「この給料では結婚できない」「今の収入では子育てなどできない」……。結婚したい人が結婚しないのも、子どもを産みたい人が子どもを産むことができないのも、今の社会に不安を抱いているからです。
ということは、少子化を改善していくには、フランスのようなわかりやすいインセンティブを示し、国民の不安を解消してあげればいい。たったそれだけのことなのに、国は「予算がないから」などの理由をつけて思い切った子育て支援策をしようとしません。
財源はあります。実行できないのはやる気がないからです。明石市でできたことがなぜ国にできないのか?その理由はただ1つ、「トップにやる気がないから」です。
● シングルマザーが確実に 養育費を受け取れる仕組みを
2023年4月、子ども政策を担当する小倉將信大臣(当時)は離婚などによる子どもの養育費に関して、受け取っている母子世帯の割合を2031年に40%まで拡大するという初めての政府目標を発表しました。
2021年時点では28.1%にとどまる養育費の受け取りを10年後の2031年に40%にするとのことですが、まさに今生活が困窮している子どもは待つことなどできません。今すぐ法整備をして、すべての子どもたちが養育費を受け取れるようにするのが政治家の責務です。
海外では、立替、強制徴収(給料天引など)、罰則など、国が当然のごとく法整備をしています。何もせずに放置しているのは日本ぐらいなもの。養育費はすべての子どもの手にわたることが当たり前です。
どのような環境下でも受け取れるようにするため、行政がセーフティーネットを張るべきです。明石市は困っている子どもたちを救うために、2020年から市独自の公的立替制度を運用しています。
ちなみに海外の養育費の確保策については、図Cのようにフランスや韓国では養育費の立替も強制徴収も罰則も実施されています。イギリスやアメリカでは、立替制度はありませんが、罰則として車の免許やパスポートの停止が科されます。
また、明石市では2022年7月にそれまでの立替制度をさらに拡充しました。離婚後の子どもへの養育費不払いの立替が1カ月分だったのを3カ月分に期間延長しています。日本では、明石市が“全国初・唯一”ですが、世界的には当たり前のよくある制度です。
私が市長になってから、明石市では全国初の取り組みを100以上も具体化してきました。もっとも、ほとんどは海外の施策を手本としたものにすぎません。「養育費立替」は韓国を参考にしたものですし、「生理用品のトイレ常備」はニュージーランド、「障害者の参画」はアフリカのルワンダを参考にしました。
要は地球儀レベルで「これはいい政策だな」と感じたらそれをマネすればいいだけのことなのです。でも、我が国の政治家たちはそんな簡単なことをなかなかしようとはしません。
養育費の立替を含め、明石市が取り組んでいることは本来、国がしなければならないベーシックなことも多いのです。社会全体の意識を変え、自治体レベルではなく国レベルで一刻も早く法整備と実際の運用を開始してくれることを願うばかりです。
泉 房穂
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