( 227831 ) 2024/10/29 17:08:43 0 00 チューナーレステレビが注目を集めている(イメージ)
近年、動画配信サービスの普及により、テレビの視聴スタイルは大きく変化している。NetflixやAmazon Prime Video、Huluなどのサービスが一般的になり、若年層を中心に地上波放送を視聴しない層が増加している。その中で注目を集めているのが、「チューナーレステレビ」だ。
【画像】ドンキ、ニトリ、山善のチューナーレステレビを比べて見る
チューナーレステレビは、地上波放送を受信するためのチューナーを搭載せず、インターネット接続による動画配信サービスの視聴に特化したテレビである。2019年ごろから市場に登場し、「NHK受信料が不要になるテレビ」として話題になった。
ドン・キホーテが販売したチューナーレステレビはヒット商品となり、2023年9月時点で累計3万5千台以上が売れたとしている。ドン・キホーテのみならず、家電量販店やニトリ、山善といった異業種の企業も参入し、市場は今なお拡大を続けている。
しかし、チューナーレステレビに対する各社の取り組み方には「温度差」が存在する。チューナーレステレビの販売を積極的に推進する企業と、そうでない企業があるのだ。本稿では、各社のマーケティング戦略の違いに焦点を当て、その背景と狙いを探っていく。
各社がチューナーレステレビに注力する理由は多岐にわたる。
1つ目に、価格競争の激化が挙げられる。チューナーレステレビは地上波チューナーを搭載しない分、製造コストを抑えることができ、従来のテレビよりも安価に販売できる。特にドン・キホーテは低価格戦略を強みとしており、チューナーレステレビでもその戦略を貫いている。
2つ目に、顧客ニーズの変化である。動画配信サービスの普及により、地上波放送を視聴しない層が増えている。特に若い世代を中心に、インターネット経由でコンテンツを楽しむライフスタイルが定着している。チューナーレステレビはこうした新たな顧客ニーズに応えている。
3つ目に、新たな収益源の開拓が挙げられる。家電業界はスマートフォンやタブレットの普及により、従来のテレビの需要が減少傾向にある。その中でチューナーレステレビは新たな市場を創出し、収益源として期待されているのだ。
4つ目に、店舗への集客効果である。チューナーレステレビを目玉商品として販売することで、店舗への集客力を高める狙いがある。特にドン・キホーテは来店客に「ついで買い」を促すことで、売り上げ全体の向上を図っている。
チューナーレステレビの普及は、家電業界において「事業の共食い化」という新たな課題をもたらしている。事業の共食い化とは、自社の既存製品やサービスが、自社の新規製品やサービスによって市場シェアを奪い合う現象を指す。
従来のテレビ市場は、地上波放送の視聴を前提としていた。しかし、チューナーレステレビの登場により、従来のテレビの需要がさらに減少する可能性がある。これにより、既存のテレビメーカーや家電量販店は、新たな戦略を迫られている。
大手家電メーカーからすると、チューナーレステレビよりも、大型の有機ELテレビといった、より高画質・高機能のテレビを売りたいはずだ。なぜならチューナーレステレビは低価格であるだけに利益も低く、より高単価な商品を売って利益を確保したいからだ。
実際、各種ECサイトのチューナーレステレビの人気ランキングに、国内大手家電メーカーは見当たらない。そもそも取り扱っていないか、取り扱っていたとしても法人向けといった限定的な領域にとどまるからだ。
一方で、ドン・キホーテやニトリのような異業種の小売り業者は、チューナーレステレビを「ロスリーダー」として活用することで、既存の家電量販店の顧客を奪取しようとしている。
ロスリーダーとは、ある商品を原価を下回る価格で販売し、その商品単体では赤字になるが、他の商品も一緒に購入してもらうことで、全体的な利益を確保するマーケティング戦略だ。
ドン・キホーテ、ニトリ、山善のチューナーレステレビに関するマーケティング戦略と、製品の特徴を詳しく見ていこう。
ドン・キホーテ
ドン・キホーテは、低価格戦略と高回転率、そして衝動買いを促す陳列方法で知られている。チューナーレステレビにおいてもその戦略は一貫している。製品は幅広い価格帯で提供され、シンプルな操作性を特徴としている。また、豊富な品ぞろえにより、顧客の多様なニーズに応えている。
ターゲットとしては、価格を重視する学生や一人暮らしの人々が中心である。マーケティング施策としては、「驚安価格」で他店よりも大幅に安い価格を打ち出し、顧客の注目を集めている。
さらに、チューナーレステレビと他の家電製品をセットで販売することで、客単価の向上を図っている。定期的に限定モデルを発売し、話題性を作り出すことでも顧客の関心を引いている。
ニトリ
ニトリは、家具とのコーディネートやライフスタイルの提案を戦略の中心に据えている。チューナーレステレビもその一環として位置付けられており、シンプルなデザインと家具との一体感を追求している。高いデザイン性により、インテリアとしての価値も提供している。
ターゲットは、家具にこだわりを持つ女性やファミリー層である。マーケティング施策としては、チューナーレステレビを家具の一部として捉え、インテリアコーディネートを提案している。
カタログやオンラインストアで製品情報を詳しく紹介し、購買意欲を刺激している。また、実店舗とオンラインストアを連携させた販売戦略で、顧客の利便性を高めている。
山善
山善は、高機能・高コストパフォーマンス、そしてカスタマイズ対応を戦略としている。製品は高機能で、豊富なカスタマイズオプションを備えている。専門性の高い情報の提供により、顧客の信頼を得ている。
ターゲットは、高機能な製品を求める人やDIY愛好家だ。マーケティング施策としては、自社Webサイトで製品に関する詳細な情報を提供し、顧客の購入意欲を高めている。顧客のニーズに合わせたカスタマイズにも対応しており、独自性を打ち出している。さらに、SNSを活用して製品情報を発信し、顧客とのコミュニケーションを図っている。
各社の製品を比較すると、ドン・キホーテは1万円台の低価格帯でシンプル操作を特徴とするモデルを提供し、価格重視の顧客層を狙っている。
ニトリは2万円台で、家具とのコーディネートやデザイン性を重視したモデルを展開し、インテリアにこだわる顧客に訴求している。山善は3万円台で高機能・カスタマイズ性の高いモデルを提供し、高機能を求める顧客層をターゲットとしている。
チューナーレステレビ市場は、今後も成長が期待される。特に、5Gの普及やスマートホームの拡大に伴い、チューナーレステレビの機能は一層高度化していくことが予想される。
また、動画配信サービス間の競争が激化する中で、チューナーレステレビと各サービスとの連携も深まっていくだろう。
しかし、市場の拡大に伴い、競争も激化することが予想される。各社は、独自のマーケティング戦略や製品開発で差別化を図り、顧客の獲得と維持に努める必要がある。
各社の製品や戦略を見てきたところで、それぞれの取り組みをマーケティング戦略として評価してみよう。
価格戦略
ドン・キホーテの低価格戦略は、価格に敏感な顧客層を引きつける上で効果的である。一方、ニトリはデザイン性やコーディネート提案により、付加価値を提供することで、やや高めの価格でも顧客に受け入れられている。山善は高機能・カスタマイズ性を武器に、機能性を求める顧客層に訴求している。
商品企画
各社は、自社のブランドイメージに合致した製品開発を行っている。ドン・キホーテは低価格で多機能な製品、ニトリはデザイン性に優れた製品、山善は高機能でカスタマイズ可能な製品を提供している。このように、商品企画の段階から差別化を図っているといえる。
販売チャネル
ドン・キホーテは店舗での販売に力を入れ、衝動買いを促す店舗設計を行っている。ニトリはオンラインストアと実店舗を連携させ、顧客の購買体験を向上させている。山善は自社WebサイトやSNSを活用し、専門的な情報提供と顧客コミュニケーションを重視している。
顧客体験
各社は顧客体験の向上に注力している。ドン・キホーテは気軽に商品を手に取れる環境を提供し、ニトリはインテリアとしてのトータルコーディネートを提案することで顧客満足度を高めている。山善はカスタマイズ対応や専門的なサポートで、顧客のニーズに細かく応えている。
チューナーレステレビは、単なる家電製品ではなく、新たなライフスタイルを提案する存在へと進化している。各社は、自社の強みを生かしたマーケティング戦略で市場にアプローチしており、その違いが市場の多様性を生み出している。今後も技術革新と市場環境の変化に対応しながら、各社の競争は続いていくだろう。
有限会社金森マーケティング事務所 マーケティングコンサルタント・講師
金沢工業大学KIT虎ノ門大学院、グロービス経営大学院大学の客員准教授を歴任。
2005年より青山学院大学経済学部非常勤講師。大学でマーケティングを学び、コールセンターに入社。数万件の「本当の顧客の生の声」に触れ、「この人はナゼこんなコトを聞いてくるんだろう」と消費者行動に興味を覚え、深くマーケティングに踏み込む。(日本消費者行動研究学会学術会員)。
コンサルティング会社・広告会社(電通ワンダーマン)を経て、2005年に独立。30年以上、マーケティングの“現場”で活動している「マーケティング職人」。マーケティングコンサルタントとして、B to B・Cを問わず、IT・通信、自動車・電機・食品・家庭用品メーカー、金融会社、生損保、自動車販売、EC等、幅広い業種に対応し、新規事業・新商品開発・販売計画・販売のテコ入れ案・コミュニケーションプランの策定等、幅広くマーケティング業務の支援を行っている。講師としても業種を問わず、年間100コマ以上の企業研修に登壇。コンサルティング経験を元に企業課題に合わせた研修のオリジナルのコンテンツやカリキュラムを提供。研修によってマーケティングを「知っている」だけではなく、「業務に生かせるようになること」にこだわっている。執筆は、「初めてでもマーケティングが楽しく体系的に学べる本」をテーマに10数冊刊行。「3訂版 図解よくわかるこれからのマーケティング」(同文舘出版)など。
ITmedia ビジネスオンライン
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