( 228251 ) 2024/10/30 17:17:58 0 00 〔PHOTO〕iStock
この国にはとにかく人が足りない!個人と企業はどう生きるか?人口減少経済は一体どこへ向かうのか?
【写真】いまさら聞けない日本経済「10の大変化」の全貌…
なぜ給料は上がり始めたのか、経済低迷の意外な主因、人件費高騰がインフレを引き起こす、人手不足の最先端をゆく地方の実態、医療・介護が最大の産業になる日、労働参加率は主要国で最高水準に、「失われた30年」からの大転換……
話題書『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』では、豊富なデータと取材から激変する日本経済の「大変化」と「未来」を読み解く――。
(*本記事は坂本貴志『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』から抜粋・再編集したものです)
足元の日本経済の状況を振り返ると、人手不足が進行する中で賃金は上昇に転じ、人件費高騰による物価上昇も緩やかに進みつつある。
私たちはこのような状況をどのように評価したらよいだろうか。確かに賃金上昇は労働者にとっては望ましい現象である。しかし、賃金が上昇することがすべての経済主体にとって望ましい現象なのかというと必ずしもそうではなく、企業にとって人件費の高騰は利益を縮小させる要因になる。実際に最近の人手不足の進行とそれに伴う賃金上昇によって、経営が危機的な状況に追い込まれている企業は少なくない。
消費者についても同様のことがいえる。たとえ賃金が上昇したとしても、物価がそれに合わせて上昇することになれば、高齢世帯など働いていない世帯を中心に実質的な消費水準は低下していくことになる。名目賃金が上昇し、これに並行して物価が上がること自体が人々の暮らしを豊かにするというわけではないのである。
一方で、賃金と物価が上昇するなかで生産性も高まっていくのであれば、今後の展開はこれまでとは異なるものとなる。
企業側の視点で考えれば、仮に労働者の1時間当たりの賃金が上昇したとしても、これと並行して労働者の1時間当たりの生産性が高まれば、総人件費の高騰を抑制することが可能になる。
消費者にとっても、労働者の賃金が上昇して財やサービスの生産コストが上昇したとしても、そのコスト増を生産性上昇によって吸収することができれば商品やサービスの価格高騰を抑制することが可能になる。そうなれば、消費者の実質的な消費水準も上昇していくだろう。
長期的には実質賃金と労働生産性は連動することから、持続的な実質賃金上昇のためには絶え間ない生産性上昇のための努力が不可欠である。
そうした意味では、これからの経済の局面にとって重要なテーマは、恒常的な人手不足が企業の生産性向上の努力を促し、それが経済全体の供給能力向上につながっていくかどうかという点になる。
賃金上昇が単なる物価上昇を引き起こすだけに終わるのか。それとも緩やかな物価上昇を伴いながら生産性も上昇していく軌跡を描くのか。そこに問題の核心は移ることになるのである。
人件費高騰に危機感を持った企業が生き残りをかけてAIやIoT、ロボットなどをはじめとするデジタル技術を活用した業務効率化に取り組み、生産性向上を実現する。あるいはその過程の中で生産性が低い企業が市場から退出を迫られる。そして、生き残った企業は、提供するサービスに見合った適正な価格設定が可能となることで、上昇する人件費の原資を獲得し、さらなる賃金上昇につなげる。
こうした好循環を描けるかどうかが、今後の日本経済や人々の生活の行方を大きく左右するのである。
日本経済が人口減少局面を迎える中、一人ひとりの生活者がいまよりも豊かな暮らしを送ることができるかどうかは、物価や名目賃金の行方ではなく、あくまで生産性が上昇するかどうかで決まる。
労働の生産性を向上させるには、二つの方向性が考えられる。
第1には、労働のインプットを維持もしくは拡大させる中で、それを上回る規模の付加価値額の拡大を達成するという方法である。
第2に、付加価値の総額を維持もしくは拡大させながら、労働投入量を減らしていくという方向性である。
生産性の上昇といって多くの人がイメージするのは前者の経路とみられる。実際にこれまでは人口規模が増加していくなか、拡大再生産を志向することは世界の経済の常識であった。あるいは技術革新が失業を発生させないためにも、供給能力を向上させるとともに新たな需要をいかにして喚起するかということが、これまでの経済においてはしばしば論点になってきた。
しかし、今後の日本経済が進むべき道がこれまでとは異なるものになることは明らかである。今後の日本経済においては、人口減少や超高齢者の増加に伴い、医療・介護サービスなどの分野を中心に慢性的な超過需要を経験することになるとみられる。構造的な人手不足が進む今後の日本経済においては、失業者の増加を心配するよりも、供給能力の上昇が需要の拡大に追い付かないことを心配しなければならない。
そう考えれば、人口減少経済においては、より少ない人手で効率よくサービスを提供するという考え方が支配的になっていくはずである。少ない人手で効率的に生産する体制を整えるためには、これまで人が担ってきた仕事を機械などによって代替し、自動化をしていく必要がある。
機械化・自動化を進めるために鍵を握るのは技術の動向であるが、近代において、テクノロジーが経済の効率性に貢献してきた領域はもっぱら製造業が中心であった。あるいは1990年代以降、IT革命が浸透したことによって情報通信業の生産性は高まり、事務職などホワイトカラーの業務効率性は大きく向上してきたと考えられる。
しかし、現代において人々が需要している多くのものはサービスなのである。ではサービスの領域で、はたして生産性は上昇しているか。
たとえば運輸関連のサービスについて、近年、ドライバーの運輸技術水準が向上してより多くの物品を輸送することは可能になっただろうか。あるいは、介護の仕事に従事している人の技能が向上し、より多くの介護サービスを利用者に提供できるようになっただろうか。
現代において需要が高まっているこれらサービス分野の多くは、近年の技術水準においては生産性を上昇させる余地が少なかったことから、需要の高まりに対して生産能力の上昇が追い付いていない状況にある。その結果として、現代の労働市場においては、サービスを直接提供する現場の労働者の人手が慢性的に不足している。
今後の日本の経済成長にとって重要になるのは、これまで仕事の効率化が難しかった領域である運輸や飲食・宿泊、医療や介護などの労働集約型産業の業務をいかに高度化していくかということになるだろう。
いわゆるエッセンシャルワーカーと呼ばれているようなこれらの仕事について、AIやロボティクスを活用したオートメーションがどこまで広がっていくかが、今後の日本経済の行方を大きく左右することになるのである。
写真:現代ビジネス
このような問題意識のもと、『ほんとうの日本経済』第2部ではさまざまな事例を交えながら、これまでに生産性の上昇が難しい領域であったサービス関連の業種の現場で働く方々の仕事に関して、そのタスクが今まさにどのように変わりつつあるのかを紹介していく。多くの事例を見ていけば、このような業態においても、労働者のタスクが少しずつ高度化しつつある兆しを確認することができる。
経済の高度化の行方を決める上で重要な要素は、テクノロジーの進展の具合である。技術が実体経済に与える影響を考えるにあたっては、技術革新そのものがいかに進展していくかということに加えて、それが現場のビジネスでどの程度適用可能なものになるかという点が重要になる。
また、現場で適用可能な新しい技術が生まれたとしても、実際問題として地方の中小企業などあらゆる事業の現場で運用されるようになるには相当な時間がかかる。新しい技術の適用可能性に関しては、企業の現場や労働者のタスクの現状を丁寧にひも解いていかなければ、その構造を理解することはできない。
実際の労働現場に新しい技術が浸透していくかは、市場環境にもかかっている。日本全体として人手不足が深刻化しているということは、市場メカニズムが日本社会全体の供給能力を上昇させるように強力な圧力をかけるということでもある。多くの企業は労働市場の需給がひっ迫するなかで、人手の確保に困難をきたしており、賃金上昇に伴う人件費上昇の圧力にさらされている。
過去の時代においては、人件費単価を抑えながら人手を増やしていた企業も多くあったが、これからの時代は、人件費単価の上昇についていくためにも人手を減らしていくことが、企業の合理的な行動になっていく。こうした環境下においては、企業は生き残りをかけて労働生産性を上昇させることで、必要な人員を減らそうと考えるはずだ。さまざまな事例からは近年の市場の環境変化が企業行動に影響を与えている様子も垣間見ることができるだろう。
実際に多くの企業は経済の局面が変化してきていることに気づき始めている。そして、企業経営者は日本経済の将来の姿を見据えたうえで、これまでとは異なる局面に対処するための懸命な努力を続けている。第2部では企業で行われている経営変革の実際の様子を取り上げる。
事例として取り上げるのは、建設や運輸、販売関連など生活に身近なサービス関連の職種である。さまざまな業界における事例を見ていく中で、多くの仕事について、同一の職種内に技術的に業務を大きく機械化・自動化できるタスクもあれば、そうではなく人手によらなければ到底遂行できそうもないタスクも存在するなど、現実の労働の現場においては多種多様なタスクが複雑に混在している現実が見えてくる。
機械に任せることが可能な業務としては、繰り返しの作業が多く含まれるルーティンの業務があげられる。しかし、ルーティンの業務であっても身体的なきめ細かな作業を伴う業務については、技術面やコストの面での障壁が高く自動化は難しい。こうした現実を前提とすれば、多くの領域においては、ロボットが人に完全に置き換わることで人が働かない未来を実現させることは現実問題として不可能であると理解できる。その一方で、近年の技術は確かに現場における働き方を少しずつ変えつつあることも事実である。そう考えれば、現下の先進技術への注目の高まりを過去のAIブームなどと同列視し、一過性のものだととらえるような見方も誤りだろう。
市場環境の変化やAIやロボティクスなど科学技術の進展に伴って、企業経営の現場はどのように変わっているのか。また、各現場における労働者のタスクはどのように変化しているのか。『ほんとうの日本経済』第2部では、現場における労働の実態について、私が行った企業へのヒアリングから探ることで、これからの日本経済の行方を考えていきたい。
坂本 貴志(リクルートワークス研究所研究員・アナリスト)
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