( 228513 ) 2024/10/31 14:39:01 2 00 東京電力HD元会長の勝俣恒久氏が死去、84歳…福島第一原発事故時の会長読売新聞オンライン 10/31(木) 10:47 配信 https://news.yahoo.co.jp/articles/8aa974774274763c9cff8bfe5f638cd6d3aca57d |
( 228516 ) 2024/10/31 14:39:01 0 00 勝俣恒久・東京電力元会長
東京電力(現東京電力ホールディングス)の社長や会長を務めた勝俣恒久(かつまた・つねひさ)氏が21日、死去した。84歳だった。東京電力ホールディングスが31日発表した。勝俣氏は2011年3月の福島第一原子力発電所事故の発生時に会長を務め、事故後の対応で指揮を執った。
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東京都出身。1963年、東大経済学部を卒業後、東電に入社。2002年10月に社長に就任し、08年6月に会長に就いた。福島第一原発事故で、東電は巨額の賠償金支払いや原発の運転停止などで経営危機に陥り、勝俣氏は政府と再建問題で調整にあたった。実質国有化が正式に決まった12年6月に会長を退任した。
社長時代は原発で問題が相次いだ。07年3月には、1978年に福島第一原発で起きた臨界事故を隠したことや、原子炉の緊急停止を国に報告しなかったことなどで、社内関係者の大量処分を行った。2007年の新潟県中越沖地震では柏崎刈羽原発で火災が発生するなどし、09年12月まで7基すべてが運転を停止した。
福島第一原発事故を巡っては、旧経営陣とともに業務上過失致死傷罪で強制起訴された。1審、2審ともに無罪判決を言い渡されたが、検察官役の指定弁護士が最高裁に上告した。事故を巡る株主代表訴訟では東京地裁が22年7月、勝俣氏ら旧経営陣4人に13兆円余りの賠償金を支払うように命じた。旧経営陣、原告の株主の双方が判決を不服として控訴し、東京高裁で審理が続いている。
葬儀は近親者で済ませた。連絡先は東京都千代田区内幸町1の1の3、東京電力ホールディングス秘書室。
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( 228517 ) 2024/10/31 14:39:01 0 00 =+=+=+=+= 逃げ足は速かった。 識者が提唱してた防潮堤を建設さえしていればこんな事になってなかったのに。 原発にまつわる事は全て想定外で片付けられ、国を始め責任を負う者がいないというのが最大の誤りだと思う。 対応年数を越える原子炉の稼働延長を決める規制委員会といい、あまりに乱暴すぎると思う。
=+=+=+=+= 東京電力の社員は頑張ったんだと思うが、福島に住んでいる方には本当に辛い思いをさせてしまったと思う。消防、自衛隊、米軍ではなく、津波で亡くなった以外の社員が、全員とは言わないまでもトップも含めて文字通り身体張って野外でも活動すべきだったの検討すべきではなかったかと厳しいことを言いたい。 ただ、それだけ人の命は大切。元会長に思う人もいるとは思うが、私は素直にご冥福をお祈り申し上げます。
=+=+=+=+= 英才、天才の誉れ高い勝俣三兄弟の一人と言われたが、原発災害にはあまり関心がなく、リスクから原発を除外視していたのが運の尽きだった。真の優秀な経営者なら最悪の事態も想定する姿勢が求められていた。
=+=+=+=+= 東京電力で勤めあげ、 長年積み重なったリスクが一気に出てしまったときに会長になってしまい… その点は少し可哀想と言うか、同情するところもあるかなと思います。
しかしそれは同時に、 長年自信も含め原発にはリスクがないとして、 最悪な事態からは目を背けてきたわけで… 会社の体質を変えるというのは難しいところではありますが、 少しでも変わっていればまた結果も変わったのかもしれませんね。 ご冥福をお祈りいたします。
=+=+=+=+= 三羽ガラスや三兄弟や三姉妹はよく伝え語られますが、経済界では勝俣三兄弟は名をはしていました。親にとっては自慢の三兄弟だったでしょう。孝雄・恒久・宣夫、孝雄氏は新日本製鉄副社長、恒久氏は東電社長・会長、宣夫氏は丸紅社長・会長を務めました。
何時の世にも悲劇があります。東日本大震災の犠牲者が、黄泉の国で恒久氏を待っているかも判りません。一つの区切りが出来たのかも判りませんが、今では何とも仕方のないことです。
=+=+=+=+= 事故当時から不思議なんですが、 当時の社長の清水氏は早々に表舞台から姿を消し、 この人だけが事故の責任者として追及されてたのは何故なんでしょうか。清水氏はどこに行ったの? 社長である以上、勝又氏だけでなく清水氏も追及されるべきと思ってたんですがなんで? よくわからんです。
=+=+=+=+= 福島の原子力事故は安全優先を捨てて利益追求のためだったのです。原発は二種類あり関電グループの加圧水型と東電グループの沸騰水型があり沸騰水型は燃料棒を冷却水を沸騰させその蒸気でタービンを回すために冷却水送水ポンプが停止すると樹夫初しているために水が枯渇するためにメルトダウンを起こすタイプなので台風、地震、津波がない安全な場所で行う原発であり、加圧水型は燃料棒で高温になった高温水を高圧で配管内に閉じ込めているために循環ポンプが停止してもメルトダウンが起きないタイプです。しかし沸騰水型の2倍の建設費がかかるために東電は安全より安価を選んだのです。安価を選んだのなら停電が起きないよう非常電源の安全性を高めればいいのですがそれを怠ったために発電機は稼働したのに操作盤が海水に浸かり電気を供給できなかったのです。原発には純水があり電気を通しません。純水を制御盤内に掛けて洗い流せば作動したかもしれません。
=+=+=+=+= 原発稼働に強い権限を持ち、高い報酬を得ているなら責任も大きいはず。権限をふるい、高収入を得ながら責任は取らなかった人。これから原発を動かしていくのなら、事故時の責任の所在と罰則、被害住民への補償額を取り決めてからにするべきだと思います。
=+=+=+=+= 想定外の津波の可能性の予見は、3.11前から東電には各方面から警告されていたが、東電は何の手も打たずに問題の3.11を迎え、多くの犠牲者を出し、多くの被災者を出し、原発による地域への汚染拡大を引き起こし、更には我が国のエネルギー政策をも崩壊させてしまった。 原発を扱う企業のトップには超最高レベルのリスク管理、危機管理が求められている筈だ。 同会長は当時その責任を放棄して、単なる普通の企業の如く一企業のトップとして業績業容拡大にひた走ってしまった。 その結果、日本全体は未だに負の遺産を引きずって今に至っている。 勝俣氏が亡くなられ、一つの時代が終わったが、これを機に原発を扱う電力会社はよりリスク管理の強化を心に刻んだ経営をして頂きたい。
=+=+=+=+= やはり経営陣としての責任は回避できないと思う。この人にとっては、たまたま起きた事故なのかもしれないけれど、高い給料貰って、チヤホヤされて、重役用の椅子に座り決済だけしていただけでは? 個人攻撃をするつもりは無いが、被害に遭った人達は人生が良くない方に変わってしまった。事故は止められたのでは無いか、社長をはじめ経営陣は何をしていたのかと思わざるを得ない。
=+=+=+=+= 「原子力発電所事故の際、会長として事故対応の指揮を執った」という記載には、強い違和感を覚えます。当時のことを取材した記事では、東電本店からのピント外れの指示やら無理難題などに振り回されながら、本店を誤魔化してでも現場が最善と思われる対策を行っていたさまが伝えられています。事故対応の指揮をとったのが吉田所長というならわかりますが、本店の首脳陣は無為無策で、むしろ足手まといになっていたと理解しています。読売新聞の記載は訂正すべきレベルだと思いますけどねぇ。
=+=+=+=+= 事故調に記載されてる一部だけど、 「想定を超える津波によって全電源喪失や海水ポンプ機能喪失による炉心損傷リスクがあることを、2006年の段階で東電と保安院は認識していたことを問題点として指摘している」 当時、東電社内でも危惧する声が上がったと聞く。死人に鞭打つことになってしまうが、この社内意見を軽んじて勝俣氏を始めとする経営陣が一蹴してしまった事実は罪深い。
=+=+=+=+= いくつか映画にもなりましたが、東電はなすすべがなく、現場の吉田所長の奮闘のおかげで、奇跡的に助かった印象。
防潮堤工事が良く言われるが、原発の起動装置を水がつからない高さまで上げておけば良かったのに、それもしていなかった。 東電の責任は重大。電力トップのエリート意識もあったと思う。
=+=+=+=+= 被災者です。当日、福島の南相馬市にいました。 この会長は、事件が起こる前はカリスマと呼ばれていたようですが、とんでもない人だと記憶しています。 逃げ足は早くて、責任放棄しました。
事件の数カ月後に、東京電力の賠償説明会があり参加しました。 事件を起こした東京電力社員に対して、当時風当たりは大変強かったです。東京電力の一般社員は大変だったと思いました。 ただ、その会では普通の東京電力社員が謝罪をして話をして進めていくのですが、一切役員などの上層部は参加せず。 すべて、被災者への辛辣な謝罪を部下の一般社員にやらせて、上の立場の人は逃げました。 これには、私もビックリしひどい経営人達だなあーと感じました。
=+=+=+=+= 政府与党、経産省、東電の三位一体の犯罪的不作為が原因の危機発生だったのでこの人一人に責任を負わせるのはもちろん不適切ですが、それでも人類史上でも例の少ない日本を壊滅させる可能性すらあったこの事件に対して企業、個人として責任を取ったとは全く思えない。
=+=+=+=+= 原発事故に至るまでには、その時々の経営陣によってさまざまな判断が行われて最終的に事故に至ったわけですから、勝俣氏あるいは当時の経営陣が全て悪いわけではありません。 しかし、震災発生当時、世界的にも稀にみるシビアアクシデントを発生させ、多くの人の人生を狂わせた企業の最高責任者を務めていたのですから、批判は免れません。故人となった後も、津波による電源喪失のリスクを過小評価した責任を追及せざるを得ないと思います。
そうした責任とは切り離して、お亡くなりになったことについてご冥福をお祈りいたします。
=+=+=+=+= 安全にかけるコストは、それをしなかったことにより事故が起きることによって正当化されるという根源的な問題はあるものの、事故はいたらなかったヒヤリハット事象を正しく認識して対策することによりかなり防げるのですが、事故隠しをするような首脳部ならそれは望むべくもなかったということでしょう。
=+=+=+=+= 福島の件がなければ、今でも原発は元気に稼働してて、なんなら地震でも安全という実績のもとに更に原発依存度が高まっていた可能性が高い。それは諸刃の剣で、当時の危機意識の薄さのまま依存度が高まって各地に原発が増産されたら、日本国内におけるリスクは高まる。 一方で、再生エネルギーに関わるFIT由来の環境破壊は起きていないだろう。同時に原油価格と電気料金の相関性が弱まり、経済が安定していた可能性もある。結果的には2011以降は深刻な災害は起きてないが、今後は判らんしな。まぁ、日本経済の転換点を招いた人の一人ではあったよ。
=+=+=+=+= 堤防を高くする、非常用発電機を高台に設ける等の幼稚園児でも分かる安全対策を怠り、毎年膨大な利益を貪り続けてきた企業のトップであり、厳しい批判を受けて当然。殺人や巨額の損害賠償の罪を被せられても致し方あるまい。日本のみならず世界の原子力政策までも激変させた人災とも言えるこの原発事故、多くの人々の安全に関わる巨大企業の経営陣においては倫理観が何を置いても真っ先に来なければならないということを突きつけられたのではないか。
=+=+=+=+= 事故後、計画停電はあったものの過去に使用していた火力発電所をすぐに使えるようにメンテナンス管理していたおかげで東京のオフィスが停電になるようなことはありませんでしたが、よい面も注目されないようでは、目にみえなくても水道や金融のように日々の生活や経済発展を長年支えてきた人達に対する感謝の念すらない現代の不平不満ばかりの風潮にがっかりさせられます。電力こそ他の業界に比べ、比較的危険と隣り合わせ、かつ独占的な企業であるとはいえ、政府が取り組んで来なかった使用済みウラン燃料の処理費用まで民間会社にまかせられてはコストが嵩みすぎて、現実的ではないでしょう。
=+=+=+=+= 福島原発事故の前にもたすあの事故を起こしていた訳で原発運営にあたる企業のトップとしては企業利益を安全より優先する経営者だったのではないか。過去の災害を過小評価していたから津波発生に耐える対策を施せてなかったのだろう。安全第一を徹底していたなら技術者たち防潮堤の高さを高く、電源の二重化も図っていたのではないか。また、事故発生後も原発の継続利用を優先して原発に水を入れる事に反対した事も周知の通り。実際東北電力の女川原発は地震に耐えている。原発施設は設計、施工、運営、施設管理の各点で電力会社の力の及ばない監査機関が責任を持って常に電力会社以上の権限を持ちチェックし指導させることが必須である。現在はそのような体制が取られているのか?自民への献金などで電力会社寄りの判断がされるような組織構造であってはいけない。日本はそう言うことがありえる国である。
=+=+=+=+= これだけ国に損害を与えた民間の会長だか社長の個人資産を差し押さえできないものか。 電力とはいえ、国と国民が間接的に損害の負担をしているのはおかしいと思う。
=+=+=+=+= 福島第一原発事故により、自衛隊の幹部に「原子炉の管理を自衛隊に任せる」と発言して顰蹙を買った「合理主義の人」です。勿論、自衛隊から一蹴されました。従業員の殆どを退避させることが現実味を帯びていたことを示すエピソードではないかと言われています。柏崎刈羽原発の60キロ圏内に在住しておりますが、ほぼ福島第一と同じ考え方で建設され、7基の内4基の原子炉建屋は海抜5メートルレベルで、防潮堤の高さは15メートルです。しかも能登半島地震の際、各地で避難渋滞が発生し避難計画が破綻していることが露呈しました。「再稼働に支障はない、安全性は確保されている」と言われても困難です。あの惨状を当事者として経験された方なので、想定外の震災という言葉で組織を守るだけではなく、何を間違ったのか自問する謙虚さを引き継いで頂きたかったと思います。震災後も発電所内で続く不祥事からは、緊張感も謙虚さも感じられません。
=+=+=+=+= プラントでの事故時に陣頭指揮を取れるのは、どんな世界でも現場を知り尽くした技術経験者であるべきです。経営者として優秀であったのかわかりませんが、目指すべくは利潤の追求のみではないはずです。日本ではメーカーでも経営陣に文系出身者が多いですが、真実は現場にあると思うんですがね。
=+=+=+=+= ご冥福をお祈り致します。未曾有な震災の中でご尽力いただき感謝致します。あれだけの災害にかかわらず、最悪のケースを免れたのは東京電力の会長、経営陣ひいては社員様の日々のご尽力の賜物かと思います。今の東京電力の企業経営苦を時には叱り、時には温かく見守って頂けますと幸いです。
=+=+=+=+= 東電の原発事故の責任は福一設計時の担当者から現在に至るまでの経営者全てにある。特に、東北電力·女川原発が津波を想定しての設置高さや冷却水プール設置、外部電源の複線化など、当時の責任者·平井弥之助副社長の慎重な設計により、福一と同じ沸騰水型であるにもかかわらず事故を免れた。 これと比較すると、東電に染み付いた利益優先、安全軽視の社風が事故の根底にある。 しかし勝俣氏はそれを知りながら訴訟では責任逃れに終始した。経営者としては会社経営の教科書にも採り上げられる悪い見本であろう。
=+=+=+=+= 裁判の結果は別として、結果的に多くの国民、地元民、そして国にも大きな迷惑をかけ、今後も事故処理が延々と続く事故を招いた会社のトップとして、どんな責任を感じておられたのだろう。 お悔みとと同時に、どうしても複雑な思いが募る。 もちろん、原発創設には、この方は関わってはおられないわけだが、それにししても、事故の影響があまりにも大きく、途方もなく長い。
=+=+=+=+= 電気事業は、社会性のとても高いもの、勝俣氏は、それをどう認識していたのか。社会貢献という意識はあったのか。利益至上主義の人物としか思えないのですが。 こうした人物を社長会長とした東電とは、どういった企業なのか。その体質は改革出来ているのか。 これからも廃炉作業は国民の税金などで行われ続けます。少なくとも、彼には裁判によって厳しく指弾されてほしかったです。裁判の途中で亡くなったこと、残念です。
=+=+=+=+= 経済学部卒の1963年入社では原子力発電事業にはどの程度携わって来たのかは不明ではあるが、 全町全村避難を余儀なくされた住民への損害賠償はされているが、一部の社員家族の中でその地域で生まれ育ち仕事もあり地域住民と変わらぬ暮らしを送っていたにもかかわらずいまだにまともに賠償されていない住民もいる 会社の方針として自社の従業員が後回しなのは理解できるが家族までもを巻き込み同様に扱うのは人権侵害ではないのか この方針を決めたのは勝俣氏の独断ではないと思うが「最後の一人まで賠償の貫徹」を掲げている以上、後を継いだ経営陣は今一度賠償方針を見直さなければならないのではないか
何はともあれ、事故により奔走されたのは事実でありその苦労は想像を絶するものだったでしょう 勝俣恒久氏のご冥福をお祈りします
=+=+=+=+= 当時の経営陣のミスでどれだけの人々が命を落とし、生活の危機に遭ったか、その罪は万死に値します。大地震は防げなかったけれども、原発事故は防げたはずです。経営を優先し、原発事故対応を後回しにした結果責任は非常に重大です。歴史に残る大惨事でした。
=+=+=+=+= 万能の神みたいな人間はいないので、優秀な経営者だったかは運の良さや結果論でだいぶんその評価は左右される。 因みに丸紅の勝俣さんは東日本の前に東電とのウエスチングハウスの買収話を蹴った人。 買収資金がなかった事もあり、それが最大の功労となった。
=+=+=+=+= ずいぶん昔ですがF1が福島県から1年間停止処分を受けた時、防潮堤の事も散々言われてましたね! その時は原発関連企業のゼネコンと知事の身内に確か汚職事件になって有耶無耶になりました。 地元近隣自治体の長から早く動かせ仕事を奪うなとか出て防潮堤の防の字も出なかった事を覚えてますね? あの時作ってたら被害が少なかったのかは疑問が残りますが大義名分にはなったと思います。
=+=+=+=+= 勝俣五兄弟の4男亡くなったか(経済界だけでは勝俣三兄弟で有名) 長男が新日鉄副社長、二男は日本道路公団理事、三男は東大教授、 四男が今回無くなった東電社長、五男が丸紅社長。 まさに日本のエスタブリッシュメントの象徴のような一家だが、最も出世したであろうこの四男は東電事故でこけてしまった。
=+=+=+=+= 事故調では委員長が「お忙しい中、ご出席いただき…」と丁寧な対応をしたのに対して、マイクを持つ手を肩肘ついて応答してました 兄弟5人とも出世、父親は代ゼミ創始者だそうですが、東大→官僚コースに乗る人はゼミの頃には見当がついたかもしれませんね
=+=+=+=+= 東電の事故の責任は誰もとっていない こんなことが許されるわけがない
福島第一原発事故を巡っては、旧経営陣とともに業務上過失致死傷罪で強制起訴された。1審、2審ともに無罪判決で、検察官役の指定弁護士が最高裁に上告した。事故を巡る株主代表訴訟では東京地裁が22年7月、勝俣氏ら旧経営陣4人に13兆円余りの賠償金を支払うように命じた。旧経営陣、原告の株主の双方が判決を不服として控訴した。
=+=+=+=+= 元々、設計に欠陥が有った原発を押し付けられた事を考慮した安全管理が出来ていなかった。防潮堤の高さ不足、配電室を地下に置く致命的な設計ミス。米国では正式に設計ミスを指摘されて建設出来ない代物を認めた責任は東電にだけ有るのではないでしょうね。しかしながら、同じ原発を建設した東北電力の女川は津波の被害を免れたのは技術者の指摘を真摯に受け入れた経営者と無視した東電の経営者の違いが有ったのでしたね。
=+=+=+=+= 東電は日本一の会社と思っていたのが、福島原発事故で、失望しました。どれだけ経費をかけても、儲けを上乗せできる経営なんて、馬鹿でも出来ることが分かりました。 経営陣の能力の無さにびっくりしたのも、福島原発事故でした。 経営者たちの、責任の取り方には、全く失望しました。 いまだに、帰れない住民の人々がいらっしゃることを思えば、安全を謳って、人心を操った、東電、政府の責任は重い。
=+=+=+=+= 記事に間違いが生じているようなのでお伝えいたします。
文章が段落単位で繰り返しが起きています。ざっと読んだところ、内容の強調というよりは、一言一句同じにみえますので、コピーペーストの人的ミスと思われ、早急に修正した方がよろしいかと思われます。
また、故人に静かに休んでいただく為の弔辞ばかりでないものが寄せられる可能性がありますので、連絡先は載せない方がよかったのではと思いますが、いかがでしょうか
=+=+=+=+= なぜ東北電力の女川原発は安全だったのか。地元民が避難してきたって話もあるくらいだし、設計の甘さと、非常時の訓練さえしていなかった東京電力は信用ならない。米国では停電を想定して消防のポンプを繋ぐ訓練が法令で義務付けられているのと、非常時冷却装置(イソコン)も定期的に動かしている。福島ではイソコン稼働の経験者が少なく、稼働していると勘違いをしてしまった。停電時訓練を定めていなかった国の責任も重い。
=+=+=+=+= 何かあった時に税金投入など政府が助けてくれるような大企業は給与を貰いすぎだと思います。(特に経営陣) 事故後はもっともっと減額すべきだったのにやっぱり貰いすぎだった感があります。 現場で命をかけていた人達より給与が多かったり、被災地で全財産を失った方もいたのに納得出来ませんでした。
=+=+=+=+= 福島第一原発事故は、日本の歴史に残る大事故で、政府・産業界・一般国民すべてに激震を与えました。 奇しくも東電経営者の他界と同時期に、あのとき指揮にあたった民主党時代の有力者たちが、総選挙後再び表舞台に登場しようと動いています。 民主党政権の総括がどう行われ、国民がどう評価するのか注目されます。
=+=+=+=+= 賢い人なんだろうけど、国民の命を軽視した経営者さんだったと言うことですかね。事故後どのように社会貢献に努められたのでしょうか。何かあるなら表に出して欲しいですね。ただ隠れて暮らしてただけで資産も何もそのままなんですかね、電気代値上げ祭りなのに。推測ですみませんが、きっと東電さんの料金は処理費用も増してるでしょ?
=+=+=+=+= 組織が大きくなればなるほど現場の声が届かない、また経営陣も聞かないと言うが、東電は正しくそれでした。電力は誰が何処でどうやって産み出しているのか、それを維持するために如何に努力しているか、そして何を心配しているか、それを謙虚に聞き真摯に向き合うことが本当の経営者ではないでしょうか。また全ての責任は経営者にあります、部下の失策を咎める前にするべきことし、謝罪し潔く退く、これまた日本人の気質です。
=+=+=+=+= 勝俣氏が原発の事故を予見しながら経営していたかどうかは ともかく、事故後の対応がお粗末だった。 菅直人首相が視察に行って東電の対応が遅れたと、自民党 は当時から民主党政権の対応のまずさを指摘していたが (マスコミも自民党と結託して)、でも本当は東電が事態の 深刻さを認識できずに、まだ福島第二を使いたいからと 海水注入を渋ったのが、この事故のそもそもの発端。 裁判でも事故の予見性を争点にしていたが、そもそも問題は 事故後の対応。 占い好き、予想好きの日本人には、そもそも災害対応は 出来ないのかもしれない。
=+=+=+=+= 東日本大震災の際に国の基準は守っていたので事故の責任は東電にはないと逃げ回った事は鮮明に覚えています。 私としては社会正義として今でもブラック企業と云う印象は拭えません。 最終的には東電なのでしょうけど直接東電に利用料を払うのは不愉快なので電気会社は切り替えました。
=+=+=+=+= 政府(実質的に財務省)が当時進めていた株主資本主義に従って配当だけを増やし、肝心の原発の安全対策をおざなりにしてきた筆頭であり、東電OL殺人事件にも…。 以前から福島第一原発の電力施設は津波で水没するから移動しないと言われていたのに株主優先で配当に回し、そのほか柏崎刈羽原発の安全対策もいい加減で安全対策に充てるべき予算を配当に回していた。 もし、これらに一つでも対応していたら今はきっと違った世界になっていただろう。それだけに亡くなる前にすべてを話していただきたかった。なんで原発の安全対策をおざなりにしてきたのか。
=+=+=+=+= 歴史の教科書に載るような人物だろう。 与えた悲劇は戦争並み、かつての東電のずさんな経営を担った一人。 誰でも知っているが、かつての東電は社員、役員を優遇する所、例えば保養所なども福利厚生は日本一といってもいいくらい充実。 一方で原発の設備は老朽化していた。 防げた事故だけに残念。
=+=+=+=+= リスクとリターンはトレードオフの関係にある。 リスク対策をすればするほどリターンは下がり、リスクを無視すればリターンは上がる。 問題が起きていない間は、いくらリスク対策をしろと言っても通らない。それは東電だけでなく、古今東西、世界中の組織に共通する。
=+=+=+=+= 原発利権は推進した政治屋やその上の主権国の支配層も含めて無責任なのよね 一国の首相が国会の場で「万全の体制」と連呼した原発が実は杜撰極まりない運営されてて未曽有の大事故を起こした 何処も誰も大した罰無く済ませてるし、再発防止するべく厳罰含めた穴の無い法改正もやってない 程度は違えど杜撰な姿勢は何も変わらず後始末に公金投じられそれも利権にされ焼け太りしてる
また同じ様な事をやらかしても「想定外」で逃げ切るんだろうな、このままじゃ
=+=+=+=+= 東京電力が全ての責任を取るのが当然だけど 東京電力と関わりがない他府県の国民の税金や株の配当金から未だに東北の原発事故の負担を徴収している事に矛盾を感じる。自民党政策は国民に責任を転嫁するが本当に東北原発被災者救済にその税収は使っているのか不信感が拭えない
=+=+=+=+= 非常用ディーゼル発電機を高台に移転しておけば福島原発事故は起きなかった。 故人の事故は起きないとの前提で原発事業を継続した責任は重大です。 事故後も事の重大性を認識しないで、福島原発の廃炉を認めない発言をしていた。 何ら責任を問われず死去された事は問題だと思います
=+=+=+=+= 東電では何億という報酬と退職金をもらい、院政で権力をふるい、原発事故になったとたん無責任さや責任逃ればかりした輩の1人。 結局明確な責任はとらせることはできずに亡くなった。原発村は責任をもっととらせないと被害者だけ苦しむことになる。
=+=+=+=+= 原発事故で仕事を失い家を追われ住み慣れた土地を追われ被災者と罵られ避難先で肩身の狭い思いをして最後は身体悪くしたりしてる人が大勢いる中で、亡くなるまで何不自由なく過ごしてきたのだろう。この人ひとりに責任がある訳でもないけれど、もう少し被災者に寄り添ったことがあっても良かったと思う。例え恨まれ下げづまれても…
=+=+=+=+= 事故時の会長と言うより、事故を招いた経営陣の筆頭と言うべきでは?技術者の意見をキチンと取り入れていれば、大きな被害は免れた。万が一なんて、とか、想定外、なんて、といった安易な判断が原発事故を招いた。事故が起こった場合の対処も安易過ぎて恥ずかしいほど。
=+=+=+=+= この当時の幹部たちが、地震を甘く見て、投資よりも自分たちの報酬優先にした結果が原発のメルトダウン。 また、地震直後の対応も後手後手で、全く話にならなかった。では、今なら上手く対応できるのかというと、先の能登地震でもわかるように全く対応できない。こんな状態(利益しか考えていない)で、原発の運用を彼らに任せていていいものか?
=+=+=+=+= 女川原発が再稼働しました。 東北電力は防波堤の高さを計画より高くしていたそうです。 経営陣の英断でした。そして3・11で壊滅的な被害は受けませんでいた。 福島にも「10メートル以上の津波があるかもしれない」という予測があったにもかかわらず、対策を怠ったという指摘があります。 06年の予算委員会で質疑があったそうですが、「その高さでいい」という答弁だったようです。 そのときの首相はのちに暗殺されました。 オカルトじみてますが、原発の事故で「もう死ぬまでこの町、村には戻れない」と言われ土地を離れざるをえなかった人たちの無念を考えると、「そうか」と思ったりします。 国土のあれだけ広い場所が使えなくなる、住めなくなるというのはめったにない惨事で。 女川の報道に触れて、当時の東電の幹部がどういう亡くなり方をするか、ボンヤリと考えていた次の日が今日でした。 非科学的なただの感想ですみません。
=+=+=+=+= 大橋弘忠とともに、重大インシデントの発生確率が低いという机上の議論で準備を怠り、実際にそれが起きた際の対応が不十分となり、ありえないと言われた炉心溶融を招き、原子力発電のトータルコストを爆上げさせてしまった。
=+=+=+=+= 原発問題ではいつの間にか存在感をなくして、気がつけば安全圏に身を置く処世術は見事なものです。多くの人たちが悩み、苦しむ中で何を思っていたのかは分かりませんが、長きにわたり東電という大きな組織の最上層部で見ていた景色に満足していたのでしょうかね。
=+=+=+=+= 改めて振り返ると、東電管轄の原発は、同様の災害があっても問題なく維持した他の電力会社管轄の原発と比べると問題が多いと感じる。この場で言うのは不謹慎だが、経営マネジメントに問題があったとしか思えない。
=+=+=+=+= 死者に鞭打つつもりはないが、責任は重く大きい。そこへ向き合っている印象に乏しく、事故発生のリスクを軽視していたものと思う。結果として事故発生に至り、東電としての信用も含めて地におちた。そのくせ、報酬含めて東電の不誠実さが多くの人の怒りを買ったと思う。
=+=+=+=+= 東電の会長と言えば経団連の会長にも選ばれる重要な地位を占めていた。 事故が起きてから、世間から叩かれて苦労は絶えなかったと思いますね。 東電に限ら会社は会社は電気に対する啓蒙活動を充実させる必要があるね。 議員を含め多くの国民は電気のことは知っているようで知らない人が多い。
=+=+=+=+= 勝俣会長は何と言っても福島原発事故時の記者会見で明日広告を出します発言が有名だろう。スポンサーの立場で金の力で言論の自由が封じられる場面は多くの国民が目撃した。その後のジャニーズ、最近のイナバの箝口令の走りとも言える事件だった。マスコミは国家権力なんかは恐れないが金を出す相手には忖度することを如実に示した。
=+=+=+=+= 東北電力は適切な3電源をとっていたのに、東電はこの方が効率を優先して最低限の事故対策を怠った。法的に想定外で逃げきったが明らかな人災。図る知れない損害を日本に与えた。
=+=+=+=+= この頃から「想定外」という言葉が世間で頻繁に使われるようになった気がする。 そもそもリスク管理の要諦は「最悪の事態を想定する」こと。 従い「想定外」ではなく「思考停止」が正しく、会社側の責任を追及されるべくで、更に安全神話を唱ってその対策を看過してきた政府自民党も同罪。
=+=+=+=+= この人のせいばかりではないけど、電源喪失対策をしっかりやってくれてれば・・と思わずにはいられない。 あれだけの地震でも原子炉は壊れなかった。
電気代は今よりもっと安く済み、原発関連産業は日本の重要な輸出産業の一つになっていたはずだった。
=+=+=+=+= お悔やみ申し上げます。 しかしながら、原発事故発生時の対処の悪さの印象が残る人物。 現地の住民たちの日常が原発事故により奪われてしまったからね。 当時の菅直人も無責任な指示や図さんさが更に拍車をかけたけどね。
=+=+=+=+= 原発事故のときにその任にあったから詰め腹を切らされた。そりゃそう見えるけど、トップってそういうもんだからね。だから普段は社用車だの秘書だの執務室だの与えられてる。日本全国が地獄に落とされそうな危機を招いたのだ。いい目だけみて、事故にあったら「前任者にも責任あるよね」なんていってたら誰も責任取らなくてよくなる。それは駄目だ。もちろんその前任者たちにも道義的な責任はある。法的には無理だとしても、彼らもせめて辱めは受けるべきだ。
=+=+=+=+= 東電の経営者としては優秀だったんだろうけど、福島第一原発事故で非難の的とされてしまった。タラればだけど、原発の非常電源設備をもっと高台に設置しとければとか、津波で被災時に原子炉に早めに海水注入しとければとか、今更だけど、そんな指示だしとければ、これだけの災害はおこらなかったのにね。人生は偉人になるか、罪人になるかは、紙一重だね。
=+=+=+=+= 原発事故に関してはそれを推進していた政府にも大いに責任はある。 莫大な原発利権を享受しておきながら、一旦事故が起こると 当事者企業である東電にすべて責任を押し付ける。 この人も矢面に立たされて、ある意味では気の毒であった。
=+=+=+=+= あの時、北京にいた東電会長が、福島第一原発の正確な状況を知り、ベント作業を直ちに下命していたら?そもそも、津波の危険に対する報告と対策の具申を素直に受け入れていたら?原発事故はあれほど酷くにはならなかったのではないか?
また、あの時、米国(米軍)の緊急支援申出を日本政府(民主党政権)が直ぐに受け入れていれば、原発事故の拡大を留め得たかもしれないのではないか?
今、原発事故の終息、デブリの処理等が見通せない状況下で、しかも「南海トラフ巨大地震」の固着域で不気味な地震が起きている中で、女川原発が再稼働し、40年越えの原発も動き出している状況である。
次の311が起きる時。浜岡原発の、あの防潮壁が、波高20m超の巨大津波の回折と衝撃に耐えうると、本気の本気で思っているのだろうか?「もんじゅ」、どうするのか?難題だらけのままである。
いずれにせよ、その日、その瞬間が、刻一刻と迫っている。
=+=+=+=+= おそらく裁判で前例を作らないように国を上げて判決には配慮があったのでは?有罪にしてしまうと、これからの電力各社の社長や会長は個人的にも責任をおわなくてはいけなくなり財産を没収され親族まで降りかかる事になる。本来なら私財を投げ打ってまで欲しいところではあるが、そうはいかないのが世の常。
=+=+=+=+= 勝俣氏も亡くなったのですね。昔事故前に東電OL殺人事件と言うのがありましたが覚えている方はいるでしょうか?そのOLのお父さんが本店の部長の時に福島の防潮堤建設を進言したら却下され左遷させられその娘がそのOL殺人事件の被害者で当時その上司が勝俣氏であったという。そのOLはお父さんが左遷させられたのを機におかしな社員になったという。吉田所長は福島の前は本店の原子力の部長で防潮堤を否定した1人。そして福島に赴任して東日本大震災。吉田所長は神様から自らの落し前をつけさせられたとも思う。そしてガンで亡くなる。勝俣氏も原発事故の当事者であることは間違いないがある意味そのOLから落し前をつけさせられたかも?可能性としては勝俣氏が指示してその部下であったOLを殺せとした可能性もないとは言えないと思う。真犯人も捕まっていないし。神のみぞ知る範疇かな?でもすべてがつながる。勝俣氏も84歳では老衰ということは?
=+=+=+=+= 勝俣元会長は東電の、勝俣天皇とか、勝俣太閤とか呼ばれ、東電の独裁会長ど絶大な権力、権限、権能を有していたと言われていたが、強制起訴されて被告人のまま天に召されましたな。 天国では、福島原発事故で一足先に天に召された被災者に対して謝罪をして欲しいものです。
=+=+=+=+= 今日も福島の原発からデブリを取り出すニュースが報じられています。失敗や検討を重ね重ね大変な作業なんだと思います。 震災からもう10年以上が経ちますが、まだまだ先は見えません。 経営者が果たす責任というものをこの方を見る度考えます。
=+=+=+=+= 喉元過ぎれば熱さを忘れる。 今の東電にピッタリの言葉。 電力自由化とは言え名ばかり。 好き放題電気料金の値上げをし、せっせと私腹を肥やす。 事故後、東電が不動産や有価証券、あらゆる形で驚くほどの財産を持っていたかが明るみになったことを国民は忘れてはならない。
=+=+=+=+= 福島の原発事故は、いま私たちと今の若い人たちの負担となって残ってしまった。当時東電の中では、崇拝されていた人。おごれていたことは間違いない。 亡くなったことはお悔やみとして、こんな負の遺産を残して、責任も逃れたてどうなのよ?と感じている。
=+=+=+=+= 心からお悔やみ申し上げます。大変寂しい事ですが、その悲しさと共に原発を思い東京電力さんを思い、これからの行く末を見て聞いて感じ考えていきたいです。どうか安らかにお眠り下さい。
=+=+=+=+= 原子力村の代表格だったが、責任能力を著しく欠いた代表格でもあった。 原発を持つことが目的で、原発が持つ宿命的な課題と問題には向き合う資質に欠けていたと言える。 原発事故後の対応のザマは、一段と評価を下げて難局に向き合える人材ではなかった。 あの時期、どの原発で事故が発生していても、経営陣の体たらくはあのようなものであったろう。政府も電事連も無責任体質なのだから。
=+=+=+=+= 東電の勝俣元会長はどんなに言い訳しようと日本を滅亡の危機に陥れた人物であることは間違いない。当日も日本で影響力のある政治家や財界人、マスコミ人を大勢引きつれて訪中しており、全員なにをしていたのか分からないが、各々最高責任者の判断が必要なときに揃って帰国できなかった。因みに訪中に同行していた人物は一切表に出て来ない。名前を言えないほどなにかやましいことをしていたのではないかと勘繰られても仕方あるまい。
=+=+=+=+= イメージに過ぎないが、福島原発事故の根源だと思っていた。 電源を上に設置しかったことが大惨事につながった。 コストの削減のためか。 (津波を想定していなかった)彼一人だけではなく、同時期の経営陣のこと。 それを許した国にも責任も当然ある。
=+=+=+=+= あの時の東京電力が津波の最大到達点を受け入れて防波堤を作っていたらこのような災害にはならずに済んだだけではなく安全性も評価されたのにね。
=+=+=+=+= 営業畑ではない、プラントの絵を描ける理系でもなく、保守と運転に当たる現場の人でもない。 早い話、中抜きを主導できる資材調達部署から頂点に上がった人です。 自民党から原発利権を奪った民主党政権は、麻生政権で廃炉が決まった1号炉の再稼働を強行。 さらに14基の増設を決めました。 その自民党で原発利権を育てた角栄さんは、ムツの放射線遮蔽材料を低質なモノに替えて利鞘を得る。 ムツは結局漏洩事故ばかり起こして日本中をタライ回し。 角栄さんの愛弟子は一郎さんで、政権交代を実現させ、フクイチ危機では真っ先に逃げ出しました。
=+=+=+=+= 18m級の大津波が予想され防潮堤増設の提言を無下にした方ですよね。裁判では責任を逃れても大勢の死者と地域再生の苦労と莫大な費用負担を我々にもたらしたことは忘れていません。
=+=+=+=+= ほんと逃げ切ったなー。 現場で指揮をとられた吉田さんはどうみても働きすぎで病気を悪化させて早死にしているし、現場で爆発に巻き込まれながらライン確保やら弁を空けにいった従業員の人達はPTSDとかもあるでしょうし、ご近所からもいろいろ言われたでしょ。 この現場で最後まで残った数十人の人達には勲章すらあげない国ですから。 本当に酷い。
=+=+=+=+= 痩身で知的な風貌からは、いかにも東大卒のエリート経営者のイメージで、東日本大震災当時の福島原発事故当時の会長であったこともあり、好感を持っていませんでしたが、直木賞作家・万城目学氏のエッセイ集『ザ・万字固め』に収められた「やけどのあと―2011東京電力株主総会リポート」と題した一文で印象が変わりました。 氏は、作家という不安定な職業柄、配当目的の堅実な資産運用として東電株に投資していたものの、原発事故で大きな損失を被り、事故から3ヶ月後に開かれた東電株主総会に出席、その模様をレポートしたのが上記エッセイです。 ここで万城目学は、荒れ狂う株主総会を仕切る東京電力会長・勝俣恒久、当時71歳の姿を「私が素直に驚嘆したのは、六時間にわたり、ほぼひとりで怒号がやむことのない荒れる株主総会を差配し続けた、勝俣会長の頭脳と胆力だった。」と記しているのです。少なくとも不誠実な人間ではなかったようです。
=+=+=+=+= 電力会社は殿様商売をして来た。 地震による津波の危険性は叫ばれていたのに、対策を無視続けた、東電の責任は大きい。 原子力発電の安全性が担保されずに、 日本の原子力発電が停滞した大きな要因だ。
=+=+=+=+= 法的な責任はともかく東北電力と日本原電の原発が津波に耐えたのに対して、東京電力の原発が津波に耐えなかったのは経営陣の戦略の責任と言わざるを得ないだろう
=+=+=+=+= きちんと投資をして防波堤を作り冷却装置を設置していればこんな惨事になってはいなかっただろう 当時の会長や社長らの経営陣は日本国に多大な負の遺産を残してくれました
=+=+=+=+= 勝俣 三兄弟 勝俣恒久氏 逝くですから。 東電も、国策であの事故の会長… 私は、勝俣恒久氏さんで、忘れられないのが、昔、神泉で起きた東電社員の事件。 その 父親が当時、勝俣恒久さんの部下、事件に あわれた社員さんは、直属の部下「当時、女性 初の管理者だったと記憶してます」。 事故終結迄、数百年かかってしまいそうですね… なにを考えられて無くなったのか? 結果が全てですが、本当に壁の高さ。 人災、天災、忘れないようにいたと想います。
=+=+=+=+= 会長のためにも、これからの東京電力さんの益々のご発展とご成長に期待したいと思ってます。今後は、二度と失敗しないように安全を期して、新潟原発再稼働を。日本経済を、より発展させて、世界の東電として再出発していただきたいと思ってます。
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