( 229296 ) 2024/11/02 15:22:55 0 00 10月31日、ドジャースのワールドシリーズ優勝を、スポーツニッポンは号外で報じた(写真:REX/アフロ)
(田中 充:尚美学園大学スポーツマネジメント学部准教授)
米大リーグのワールドシリーズ(WS)は、大谷翔平選手と山本由伸投手が所属するナショナル・リーグ王者のドジャースが、アメリカン・リーグ王者のヤンキースを4勝1敗で破り、4年ぶり8度目の頂点に立った。大谷選手にとってはメジャー7年目で悲願のシリーズ初制覇となり、日本でもスポーツの話題は、大谷選手やWS関連で持ちきりとなっている。
【写真】ドジャーズのワールドシリーズ優勝を大きく報じるスポーツ紙
不運だったのが、日本のプロ野球界だ。パ・リーグを制したソフトバンクとセ・リーグ覇者のDeNAによる日本シリーズの今年の日程が、WSに重なってしまった。時差の関係で試合時間帯は朝と夜に分かれたものの、朝にWSを生中継したフジテレビが、夜の日本シリーズの試合時間帯にもダイジェスト版を放送したことで“割を食う”事態にも。
日本野球機構(NPB)がフジテレビの取材パスを没収したと報じられるなど、日本球界の危機感はかつてないほど高まっている。
「世界一 大谷」「大谷 最高の笑顔で成就」「ドジャースで悲願」――。
11月1日の東京都内の駅構内の売店には、ド派手な見出しのスポーツ紙が並んだ。
日刊スポーツ、スポーツニッポン、サンケイスポーツ、スポーツ報知、デイリースポーツ、東京中日スポーツと主要6紙全ての1面が「大谷一色」で飾られた。
1面に「大展開 祝 ドジャース優勝」と銘打ったスポニチ紙面は、新聞を見開いた2、3面もWS関連記事で埋め尽くされ、4ページ目は大谷選手を祝福する企業の全面広告が掲載され、5ページ目はWS制覇に歓喜するドジャースのチーム写真で彩られた。
日刊スポーツも5面までWS関連記事が並んだ。前夜もNHKの報道番組「ニュースウオッチ9」などが相次いでトップニュースで報じた。
移籍1年目ながらすでにドジャースの「顔」でもある大谷選手は今季、10年間で総額1000億円以上(契約時のレート)という破格の契約でドジャースへ移籍し、レギュラーシーズンでは前人未到の50本塁打、50盗塁(50―50)をマーク。WS制覇という最高の栄誉を手にし、野球界はまさに「大谷選手のシーズン」となった。
一方で、日本国内でもプロ野球の年間王者を決める日本シリーズが佳境を迎えている。
■ 「ここは日本だぞ」
今季の日本シリーズはソフトバンクが2連勝した後、DeNAが10月31日の第5戦にも勝利して3連勝。レギュラーシーズン3位から26年ぶりの“下剋上”日本一へ王手をかけた。しかし、WS報道の影に隠れ、スポーツ紙の扱いも10月31日の紙面では5面以降の扱いにとどまった。
4年ぶりの日本一を目指すソフトバンクの小久保裕紀監督は今回の日程にシリーズ前から危機感を抱いていた。
「皆さん(報道陣)にお願いしたいのは、ここは日本だぞということ」
10月25日の会見で報道陣にこう呼びかけた。
「やっぱりワールドシリーズとかぶるので。朝はワールドシリーズで夜は日本シリーズ。それ(ファンやメディアの注目)に値するゲームをしないと、(メディアでの)扱いは大きくならない。そういう思いもあります」
悪い予感は的中し、シリーズ開幕前からポストシーズンの“主役”はすっかりWSに奪われてしまった。
駅やコンビニなどでの「即売」に影響するスポーツ紙の1面は、読者の関心を引くニュースという編集方針で決まる。大谷選手が出場しているWSが、日本のプロ野球よりも注目を集めているのが現状だろう。
テレビの地上波にも“異変”が生じている。
■ 日本シリーズ中継よりWSのダイジェスト番組?
フジテレビは10月21日、公式ホームページで「全試合を緊急編成、地上波で緊急生中継決定! 大谷翔平 ワールドチャンピオンへの挑戦」と告知した。
メジャーリーグベースボール(MLB)日本語公式サイト「MLB.JP」によると、WSは米FOXが映像制作を担当し、日本ではフジテレビとNHKBSのほか、JSPORTSやスポーツ配信サービス「SPOTV NOW」、第1戦のみABEMAでも中継された。
スポーツニッポンによると、地上波では、フジテレビが独占中継し、ドジャースが世界一を決めた第5戦の平均世帯視聴率は8.7%(ビデオリサーチ調べ、関東地区、以下同)だった。瞬間最高視聴率は、ドジャースが優勝を決め、マウンド上に歓喜の輪ができた12時52分だった。平均世帯視聴率は10月26日の第1戦が12.7%、同27日の第2戦が13.9%、同29日の第3戦が8.2%、同30日の第4戦が9.3%と好調に推移した。
スポーツニッポンが第2戦終了時に報じた記事では、同時間帯の前4週の平均視聴率の数値を4倍近く上昇させ、“大谷効果”によるWSの注目度の高さをうかがわせる結果となった。
WSと日本シリーズの日程が重なっていても、当初は朝帯にWS、夜帯に日本シリーズと中継時間帯は重ならないはずだった。ところが、10月25日には、フジテレビが朝帯の生中継に加え、夜帯でもダイジェスト版のハイライト番組の放送を緊急決定したと発表した。日本シリーズと地上波中継が重なる事態となった。
夜の時間帯に日本の野球ファンは日米の頂上決戦のどちらを選んだのか。WSのダイジェスト版は同26日が8.1%、27日が5.6%で、同時間帯にTBSが放送した日本シリーズは第1戦が10.5%、第2戦が6.9%だった。
夕刊フジが同29日発行の紙面で「大谷人気が生んだ異常事態 日本シリーズ 視聴率でWSに惨敗」の見出しで報じた記事によれば、米大リーグ機構が発表した第1、2戦の日本での視聴者数は、第1戦が1440万人で、2戦目はポストシーズンの史上最多を更新する1590万人だった。第1、2戦を通じた日本の平均視聴者数は1515万人だった。
こうした中で毎日新聞が10月30日、NPBがフジテレビから日本シリーズの取材パスを没収していたと報じた。
■ 大リーグの市場規模は日本のプロ野球の7、8倍とも
記事の中では、NPB幹部の「スポンサーを含めて、日本の野球界全体で日本一を決める試合を行っている裏に、わざわざワールドシリーズの番組をぶつけてくるのはおかしい」という発言を紹介している。フジテレビは同29日の日本シリーズ第3戦の中継局となっており、WSのダイジェスト版を放送した後に、日本シリーズを中継した。毎日新聞の取材に対しては、企業広報部が没収の有無も含めて回答を控えている。
ビジネス的な観点でみれば、民放の放送時間帯に“市場原理”がはたらくのは当然で、高い視聴率が見込まれる夜のゴールデンタイムにダイジェスト版を放送するのは、視聴者のニーズがあるからである。
日本のプロ野球界の現状は、決して人気が低迷しているわけではない。NPBが発表した今季のセ、パ両リーグのレギュラーシーズンの観客動員数は2658万6977人で、新型コロナウイルス禍を乗り越えて史上最多となった。
ただ、メジャーとの比較になると、市場規模は開く一方だ。
日本のプロ野球の市場規模に対し、メジャーは7、8倍の規模があると言われ、収益はさらに増え続けている。日米の経済力の違いや、莫大な放映権料を手にするメジャーの収益構造に加え、増益の要因となっているのがスポンサー収入だという。
米ビジネス誌「Forbes」の日本版「フォーブス ジャパン」は10月25日、スポンサーシップのデータ分析会社「SponsorUnited」が今年10月に発表したレポートを紹介。この中で、メジャー全30球団の今年のスポンサー収入は前年比23%増の約19億ドル(約2900億円)に達し、2年前とべて5割以上も増えた。
大谷選手のドジャース移籍で、日本の企業からのスポンサー契約も相次ぎ、今年のメジャー球場とのスポンサー契約数は35社で、2年前から約3倍に膨れ上がったという。SponsorUnitedの創設者兼CEOのボブ・リンチ氏によれば、ドジャースは大谷選手の加入後に約7500万ドル(約110億円)のスポンサー収入増を実現させたとし、大谷選手の年俸以上の恩恵を受けたことになる。
■ 来季は「二刀流」復活で注目度はさらに上昇か
日本球界にとっては、スター選手が流出しただけではなく、国内市場も“浸食”を許す格好となっている。苦境は今後も続くとみられ、このオフには、22歳のロッテ・佐々木朗希投手のメジャー移籍の可能性が報じられるなど、日本のトップ選手のメジャー移籍までの期間は短くなる傾向にある。
大谷選手や山本投手が所属するドジャースは来年以降もWSに進出できるだけの戦力を備え、来季も大谷選手が投手としても復帰すれば、「二刀流」再現で注目度は一段と高まるだろう。
日本球界の対応は急務だ。メジャーの動向を注視し、日本シリーズの日程をWSとは重ならないように編成するなど、ビジネス的な見地からの防衛策は不可避だろう。もはやメジャーリーグは“海の向こう”の話題ではなくなった。
田中 充(たなか・みつる) 尚美学園大学スポーツマネジメント学部准教授 1978年京都府生まれ。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程を修了。産経新聞社を経て現職。専門はスポーツメディア論。プロ野球や米大リーグ、フィギュアスケートなどを取材し、子どもたちのスポーツ環境に関する報道もライフワーク。著書に「羽生結弦の肖像」(山と渓谷社)、共著に「スポーツをしない子どもたち」(扶桑社新書)など。
田中 充
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