( 229396 )  2024/11/02 17:15:27  
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大規模な広告投資やリニューアルにもかかわらず、スプリングバレーは売り上げが低迷している(記者撮影) 

 

 「正直、スプリングバレーは決してよくない。目標を下回って推移している」。キリンビールのクラフトビール事業部長・大谷哲司氏は苦い顔でこう語る。 

 

【図で見る】キリンと提携会社が展開するクラフトビールの代表商品 

 

 キリンは2023年、クラフトビールの主力ブランド「スプリングバレー」の販売数量を前年比70%増以上にするという高い目標をぶち上げた。だが、結果は同0.1%増の170万ケースと、理想からほど遠い結果に終わった。 

 

 今年もさらに深刻な状況が続く。数量目標(缶商品のみ)は前年比21%増の190万ケースと控えめに設定したものの、1月から9月の累計では前年同期比で31%も減少しているのだ。 

 

■新たにクラフトビール事業部を立ち上げ 

 

 決して力を抜いているわけではない。2023年にはスプリングバレーの新フレーバーを目玉商品として打ち出した。俳優の山田孝之や広瀬アリスを起用し、大きな広告投資も展開。さらに今年3月には、ブランド全体で味やパッケージをリニューアルし、数量の成長を狙ってきた。 

 

 数々の取り組みが空振りに終わった理由は「効率よく大量生産し、大量のCMを投下して飲んでもらう(『一番搾り』のような)商品のマーケティング手法を踏襲してきてしまった」(大谷氏)からだった。多くの消費者にとって「名前は知っているけど買わない」ブランドになっていたのだ。 

 

 この反省から、今年10月、キリンはクラフトビール事業部を立ち上げた。従来はキリンビールの中のマーケティング部や営業部がクラフトビール関連の業務も行っていたが、一連の業務を1つの部署に集約する。 

 

 テレビCMからWeb広告へシフトし、タレントの起用方法も見直すなど方針を変更する。事業部の設置と同時に、キリンが2014年に資本業務提携しているクラフトビール大手・ヤッホーブルーイングから初めて出向者を2名受け入れた。同社と連携し、売り場づくりやイベント開催を実行する考えだ。 

 

 また、広告投資によってスプリングバレーのブランドの認知は獲得できていたものの、実際に飲食店やイベントでクラフトビールを体験し、それを缶の売り上げにつなげるサイクルがうまく回っていなかった。 

 

 そこで、クラフトビール専用の業務用サーバーの導入に力を入れる。どのビールとどんな料理がマッチするかといったメニュー提案とともに、居酒屋やバルなどへの営業を進める。業務用と家庭用のつながりを意識してブランドの強化に努める。 

 

 

 「クラフトビールの魅力は歴史・文化・創造性。(一番搾りのような)一般的なビールと同じ伝え方では無理。スピーディーに量を売るのではなく中期的に取り組む。事業部の設置はこうした意思の表れだ」(大谷氏) 

 

■「反・大量生産」のブランドだったが・・・ 

 

 そもそも、スプリングバレーはビールの大量生産に対する疑問から生まれた商品だ。キリンがブランドの構想を開始したのは2011年。当時、世間では「ビールは味がどれも同じ」「ワインや日本酒に比べて安っぽく工業的」といった評価がなされていたという。 

 

 効率よく量産し、競争してビールの価格を下げてきた大手メーカーが、ビールを退屈にしたのではないか。そんな反省から、キリンビールの礎とも言えるスプリングバレーのブランドを用いて、クラフトビール醸造所を設立するプロジェクトが始まった。 

 

 当初は業務用で、料理の特徴に合ったクラフトビールを組み合わせる提案や、ほかのクラフトブルワリーとのコラボレーションなどを実施。一般的なビールでは珍しい取り組みを進め、クラフトビールを飲食店へ草の根的に普及させていく活動に力を注いでいた。 

 

 ところが、2021年に家庭用の缶商品「スプリングバレー 豊潤<496>」を全国発売し、方針は大幅に変化していく。 

 

 テレビCMを大量投入し、多額の広告宣伝費を使用してきた。全国の小売店へむらなく展開するための大量生産、大がかりな広告投資は当初の理念と相反する行動だった。 

 

 国内のクラフトビールに明確な定義はないが、ヤッホーブルーイングによれば「小さな醸造所が造った、造り手たちの革新性から生まれた多様な味わいのビール」のこと。スプリングバレーを製造するのは「小さな醸造所」ではない。 

 

■原点回帰で盛り返せるか 

 

 業界関係者からは「このままではスプリングバレーは消えていくだろう。小さなブルワリーの運営にとどめておけばよかった」との厳しい声も聞こえてくる。 

 

 スプリングバレーの元々の理念に立ち返り、再出発を決めたキリン。一番搾りや「晴れ風」など、標準的な価格帯のスタンダードビールを大量生産と大規模な広告投資でヒットさせた同社にとって、クラフトビールはまだ経験値の浅い商品群といえる。 

 

 「大手メーカーが大量生産するクラフトビール」という矛盾点を抱えつつ、どうブランドの再成長につなげていくのか。キリンにとって、スプリングバレーの拡販は長い道のりになりそうだ。 

 

田口 遥 :東洋経済 記者 

 

 

 
 

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