( 231156 )  2024/11/07 17:10:51  
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「手取りを増やす」というメッセージが響いた(写真:Bloomberg) 

 

 2024年10月27日に実施された衆議院議員選挙では自民・公明与党が過半数割れとなった一方で、28議席ながらにわかに政権運営を左右する存在に浮上したのが国民民主党だ。石破茂政権は同党の協力を得るべく政策協議に入った。 

 

【図表で解説】そもそも最低課税ライン「103万円」とは何か 

 

 政策協議の中でカギを握るのが、所得税の「課税最低ライン(給与収入の場合103万円)の引き上げ」だ。 

 

 国民民主党の玉木雄一郎代表は選挙期間中、目玉公約として「手取りを増やす」と先々で訴え続けた。インフレによって所得税の負担が増していることを問題視したゆえの公約だった。したがって、自公政権に協力するには、この公約の実現を必須条件と位置づけている。 

 

 ただし、103万円を「最低賃金の増加率1.73倍を当てはめ178万円まで引き上げる」という具体策をめぐっては、税収減が7.6兆円(政府試算)と大きいことや、高所得者ほど減税幅が大きい逆累進であることなどに対して批判が上がっている。 

 

 何より、国民民主党が「103万円の壁」というフレーズを使い、パート主婦らの「働き控え」対策の側面を打ち出したことが議論の的となった。 

 

■「インフレで税負担増」はもっとも 

 

 ここでまず押さえておきたいのは、所得税の課税最低ラインとは、収入から差し引かれる基礎控除と給与所得控除の合計額であり、パート主婦に限らず収入のある人に関係することだ。 

 

 なおかつ、「インフレによる負担増」という問題意識そのものはもっともな面がある。 

 

 「インフレを受けた所得税制の調整は確かに必要だ。だがその方法はよく考えなければならない」。税制や社会保障制度に詳しい大和総研の是枝俊悟主任研究員はこう指摘する。 

 

 なぜ所得税制のインフレ調整が必要なのか。所得税は負担できる人がより負担するという累進構造のもと、収入の伸び以上に税負担が増すためだ。 

 

 税率が一律の消費税や法人税と異なり、所得税は収入から課税所得を算出する際に控除される額や税率が金額ごと定められている。この2~3年で物価と賃金が上昇する中、物価と同じペースで賃金が上がったとしても、税負担が増すことで実質可処分所得の目減りが起きる。自然増税となるのだ。 

 

 

 かつては物価上昇に合わせて所得税の課税最低ラインが引き上げられてきたが、1995年以降、物価が上がらない中で103万円に据え置かれてきた。 

 

 しかし、物価上昇に応じて調整するなら、物価上昇率を用いたほうが自然に思える。国民民主党の主張は、「1995年からの最低賃金の伸び率1.73倍に合わせて課税最低ラインを178万円まで引き上げる」というものだ。物価上昇は1.1倍だ。 

 

 なぜ国民民主党は最低賃金を基準に用いるのか。ここで意味を持ってくるのが、国民民主党が用いる「103万円の壁」という表現だ。 

 

■「働き控え」解消のために大幅減税?  

 

 これまで、パート主婦や学生アルバイトが、課税されるがゆえに103万円の手前で「働き控え」ることが起きており、これが人手不足を招いていると言われてきた。そのため、「働き控えをなくす」という別の政策目的をミックスしているのだ。 

 

 最低賃金に連動するパート・アルバイト時給の上昇に合わせ、1995年当時と同じ時間働いても税負担が生じないよう調整するというわけだ。 

 

 ただし、働き控えに対する効果、それに「103万円の壁」のフレーズを用いることについては疑問符がつく。 

 

 「年収の壁」という言葉は、パート主婦がより多く働くと手取りが減るため、手前で働き控えを行う意味で用いられてきた。「年収の壁」にはいくつか金額があるが、103万円は手取りが減る「壁」ではなくなっているからだ。 

 

 現在の制度で「年収の壁」といえるのは、社会保険制度にまつわるものだ。国民年金の3号被保険者として保険料が免除されていたパート主婦に106万円、130万円で保険料負担が生じ、手取り減となる段階がある。 

 

 政府はこれまでさまざまな対策を講じてきた。厚生年金の保険料を払えば将来の年金額が増えるという「手取り」では測れないメリットもある。 

 

 一方、税にまつわる金額のうち、課税最低ラインである103万円は超えても手取りが減るわけではない。所得税は103万円を超えたぶんにかかるからだ。 

 

 以前は世帯での手取り減を招いていた配偶者控除も、段階的に減ることで手取り減を招かないよう変更されている(学生アルバイトの場合、103万円を超えると親は扶養控除がなくなり税負担が増す)。 

 

 

 とはいえ、現実には「103万円」でパート主婦の働き控えが確実に起きている。給与収入の分布でも、103万円手前にピークが生じている。 

 

 その理由としては、103万円を基準に家族手当を支給する企業が減ったとはいえいまだ存在することもあるが、税負担=手取り減という思い込みや、税負担を避けようとする心理面は大きい。 

 

 思い込みや心理面の「壁」に基づく働き控えへの対策として、国民民主党が掲げる、最低賃金に基づいた課税最低ラインの大幅引き上げは妥当なのか。税の「壁」の強調は、働き控えにつながる思い込みを強めかねない。 

 

■「最低賃金」が基準でいいのか 

 

 加えて、前出の是枝氏は「最低賃金を基準に課税最低ラインを引き上げることは、所得税制において『最低賃金で一定時間働くのなら課税しない』という新たな考え方を導入することになる」と指摘する。すなわち、税制の根幹に関わる問題が生じてくるというのだ。 

 

 現在の課税最低ラインは、基礎控除48万円、給与所得控除55万円の合計だ。 

 

 基礎控除は雇用されて給与を受け取る人に限らず、個人事業主も対象となる。生活保障のため、生活に必要な最低限の金額には課税しないという位置付けだ。 

 

 給与所得控除は、働くための必要経費という位置付けで、個人事業主が売り上げから差し引く経費にあたる。 

 

 生活に必要な金額、必要経費という位置付けからすれば、課税最低ラインを引き上げるうえでは物価上昇率を当てはめるほうが妥当だろう。 

 

 是枝氏は、国民民主党の案に沿って、基礎控除を75万円引き上げたケースと、物価上昇の10%に基づいて課税最低ラインを引き上げるため、基礎控除を10万円引き上げたケースを想定し、所得税・住民税の減税額を試算している。 

 

 物価上昇率に基づく場合、税収減は1.1兆円にとどまる。ただ、一律幅で控除額を引き上げる限り、税率の高い高所得層ほど減税幅が大きくなることは変わらない。 

 

 基礎控除・給与所得控除のあり方についてはこれまでも見直しが進められてきた。見直しの大きな方向性は、働き方に対し中立な税制を組み立てることとしつつ、所得税の累進構造を回復させ、所得再分配効果を高めることだ。 

 

 具体的には、基礎控除については38万円から48万円に引き上げると同時に超高所得層では不要とした。 

 

 

 代わりに給与所得控除を引き下げた。給与所得控除は、かつては源泉徴収の給与所得者に比べて、必要経費を水増しできる自営業者は税負担率が低いとして不公平感が強いことに対応する面もあったが、大きすぎるとみなされてきた。 

 

 課税最低ライン「103万円」は1995年から一定だが、控除の内訳は基礎控除にシフトしている。 

 

■基礎控除を引き上げ、高所得層では調整 

 

 国民民主党の玉木代表は、課税最低ライン103万円の引き上げを恒久的な措置として年末の税制改正に反映させることを求めている。 

 

 主張の軸であり、実際に足元の課題である「所得税のインフレ調整」を、大きな流れである「働き方に中立な税制」「累進課税の回復」に沿って実現できるような落としどころはあるのか。 

 

 103万円のうち、48万円の基礎控除は月額にすれば4万円で、生活保障という意味合いからすれば十分とはいえないだろう。 

 

 そこで、基礎控除を拡大しつつ、給与所得控除を高所得層では縮小することが考えられる。たとえば課税最低ラインを1995年からの物価上昇10%分引き上げ113万円とするには、基礎控除は58万円となる。 

 

 政局がもたらした課税最低ラインへの注目は、所得税のあり方が俎上に載る機会でもある。 

 

 所得税の控除では、扶養控除や配偶者控除、公的年金等控除などとの兼ね合いもある。そもそも収入から控除して課税するという仕組み自体が、同じ控除額でも税率の高い高所得層の税負担を抑えるよう働く。課税額から差し引く税額控除に移行することが望ましいとも指摘される。 

 

 時間的猶予のない政策協議で、恒久的な措置として大幅な減税を行えば、あとから修正しようにも今度は「大幅増税」となりハードルが高くなる。目先の政権安定を優先して制度の根幹を揺るがすような税制改正を行うことは避けたほうがいい。 

 

黒崎 亜弓 :東洋経済 記者 

 

 

 
 

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